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獣-07

アマンナ・シュレンツ・フォルディアスは、巨大なフレアラス像が破壊され、咲いていた花々が踏み荒らされた帝国城内の園庭、その柱の陰に身を隠しながら、ボトルに備えていた水を浴びた。


冷たい水の感覚、それと同時に彼女の浴びた血が洗い流される感覚はとても心地良かったが、しかしそれを感じてばかりもいられない。


意識が僅かに遠のいていく感覚。時間停止の魔眼を酷使し過ぎた結果として、疲労が蓄積しているが故の体調不良だが、まだ園庭の中心にルトが立ち、アシッド達の注目を集めながら、彼らの猛攻を凌いでいるし……時々、ラウラの手によって蘇ったドナリア・ファスト・グロリアの、正気を失った絶叫が聞こえる事で、彼女の意識を取り戻してくれる。


チラリと、ドナリアの声がする方向を見ると――既にそこにあるのは、人ならざる存在同士による殺し合い。


首さえ斬り落とされなければ良いとする、アスハとドナリアの斬り合いは苛烈を極めており、今チラリと見ただけでも、ドナリアは左腕を失い、アスハは右肩が抉られ、また右足首はあらぬ方向に捻じ曲がっている。



「Ga、Aaaaaa――ッ!!」



 今、ドナリアが突き出した左手の五本指から爪が一斉に伸びて、アスハが剣で弾いたが、しかし剣は既に幾多にも及ぶ斬り合いで既にひび割れていたのか、綺麗に真ん中でバキリと折れ、彼女は「チッ」と舌打ちしながら、右腕の掌で再度伸びようとする爪を受け止めた。


 挿し込まれた五本の爪、その爪が接触した部位から小さな切り傷が生み出されていき、本来であれば無数に切り刻まれる感覚に痛み、苦しむ筈であるが、痛覚の無い彼女だからこそ、無理矢理その爪を掴んで彼の身体を引き寄せると、その右腕に向けて左手の手刀を振り込んだ。


関節部が破壊されながら、引き千切られたドナリアの右腕。しかし左腕が既に再生を始めていた彼は、まだ皮膚の再生がされていない、骨と筋肉だけの左腕でアスハの顔面を殴打し、彼女をアマンナの隠れる柱の方まで殴り飛ばす。



「ッ、」


「大丈夫、ですか……?」


「問題無い。そっちは」


「少し……疲労が」



 少し、という言葉で誤魔化しているが、既に身体を動かす事も難しい。今は治癒魔術を付加する事で何とか意識を保ち、回復を待っているが、しかし動けるようになるまで、まだ時間はかかる筈だ。



「残りアシッドは六体か」



 正確に言えば、残るアシッドの数は九体であるが、内の三体はアスハの付与した支配能力によって、こちらの味方として行動している。


アマンナとルトがアシッドの首を落とし、その首を処理する為に利用している。アスハさえ生存していれば、彼らは如何様にも処理できる。故に数としてカウントしてないのだろう。



「私がドナリアの処理するまで、何とか時間を稼いでくれ。残りの数が六体なら、私だけでも何とか出来る」


「でも、貴女の方こそ、大丈夫ですか……?」


「問題無い――と、言いたいが、どうにも、な!」



 アスハに向けて突撃してきたドナリアの、鋭い拳の一撃。それを避けながら腹部へ膝を叩き付けると、彼は血を噴出しながら僅かに動きを鈍らせる。


如何に正気を失っていようと、ドナリアには元々痛覚がある。痛覚があれば、痛みで動きを抑制する事は出来る。



「ハイ・アシッド同士の殺し合いは、如何に相手の首をもぎ取る事が出来るか、自分の首を守る事が出来るかが重要だ。そして、首を落とすという事について、有利であるのはドナリアに違いない」



 ドナリアとアスハの、白兵戦能力はほぼ同等。むしろ固有能力が裂傷であるドナリアの爪はアスハの刃に触れるだけで、接触面に傷を与える事が出来る。軍配はどうしてもドナリアに上がってしまう。


 だが、アスハは先ほどドナリアによって折られた剣の柄を乱雑に放置した後、腰に手を寄越すと、何処からか顕現した剣が再びその手に収まる。


 右手に剣を持ち、左手にグロックを握った彼女は、呻き声を挙げながら駆け出してくるドナリアの視線を奪うように、アマンナの隠れる柱から駆け出した。



「頼んだぞ!」



 アスハはアマンナに向けて叫ぶと共に、こちらへと向かってくるドナリアの身体に向けて、グロックを三射。反動を左手のみで上手く押さえつけて狙われた射撃だったが、しかし獣的な本能故か、彼はその銃弾を綺麗に避けると、再生を終えた両手の爪を伸ばしながら、アスハへと斬りかかった。


黒く、鋭く、硬い十本の爪。内の五本はアスハが振るった剣により弾く事が出来たが、残り五本はアスハの首を狙って振り込まれる。


しゃがみつつ、彼の身体にタックルをして転ばせたアスハはドナリアの腹に馬乗りし、剣を彼の顔に突き刺そうとするが、その直前に振り込んでいた爪が、アスハの剣を弾き飛ばす。



「この――ッ!!」



 左手のグロックを彼の口内に突き付け、トリガーを引く。射出された弾丸が口から脳天を撃ち抜き、僅かに彼の身体がブルリと震える。


 だがまだだ、まだ彼は動ける。脳が正常に動いていなくとも、彼は獣としてアスハを喰う事に専念する事だろう。


ならば、この引き金を引き続けなければならない。


何度も、何度もトリガーが引かれ、その度に衝撃が二者を襲う。銃弾はドナリアの頭から血と脳髄を流し続け、ツンとした刺激臭が周囲に蔓延するが、二者はそれを気にする事が出来ない。



「ドナリア――ッ!!」



 銃弾を撃ち尽くした。身体を痙攣させ、上手く動く事の出来ないドナリアは隙だらけだ。


口を大きく開け、その首筋に食らいつこうと、彼の頭を両手でホールドしたアスハだったが、しかしそこで、ドナリアの爪が彼女の身体を貫いた。



「ぶふぉっ」



 内臓が斬り裂かれた影響か、アスハの口から飛び出した血反吐をドナリアが浴びた。


だがその血反吐を気にする事無く、彼は爪で貫いた彼女の身体を高く放り投げ、彼女は頭から地面に落ちる。



「ッ、身体、が……、動かな……!」



 脳を強く殴打し、加えて脊髄周囲を爪が襲ったからか、彼女は身体を上手く動かす事が出来ず、その場でのたうち回る事しか出来ずにいる。痛覚があれば全身を襲う痛みで気絶していてもおかしくない筈だが、痛覚が無い故に、彼女は意識を保ったまま不自由な体の状態に苦しむ事となる。



「A、Suha……、Asuha……ッ!」



 対するドナリアも、銃弾を多く撃ち込まれたせいか、上手く身体を起き上がらせる事が出来ぬようで、彼の場合は脳の修復が行われるまで、身体を幾度も痙攣させつつ、そう呪いの言葉のように、彼女の名を口にする。



「……私が、分かるのか……ドナリア」



 少しずつ、破損した神経が再生されていく。アスハはゆっくりと身体をうつ伏せにさせながら、両腕を動かして立ち上がろうとするが、その度に失敗して、顔を地面に擦り付ける。



「正気を、失っても……私の事を、分かってくれる……名を、呼んで……くれる。ああ、それは……とても嬉しい……っ」



 自分の身体に手を伸ばすアスハ。彼女は、懐に入れていた小さな直方体をした何かに触れると、それを――アシッド・ギアを、強く握った。



「だから私も……お前の名を、お前に言葉を、かけ続ける……どれだけ私が狂う事になろうとも……ッ!!」



 首筋に、一本のアシッド・ギアを突き挿すと、彼女は自分の身体が僅かに肥大化する感覚を理解する事なく、続けて懐に手を伸ばし、三本程のアシッド・ギアをまとめて取り出した。


一本挿し、抜き、身体を膨張させ、また一本挿し、と繰り返し、計四本のアシッド・ギアが突き刺さった後の身体を無理矢理起こして、立ち上がる。


脳を襲う強烈な浮遊感、加えて身体全体が自分のものでないのではないかと誤認識する程の違和感が彼女を襲ったが、しかしその度に、彼女は肉体に宿る力を確信する。


真なるハイ・アシッドへと覚醒した彼女が、養殖のアシッド因子を身体に注ぎ込む事で、それをエネルギー源としてドーピング効果を発揮する。


既にクシャナが幾度か行っている事ではあるが、その身体にかかる負荷は大きく、思わずふらつく体を制御するのに精いっぱいだ。


けれどそれでも……動けぬよりはいい。



「ド……ナリアァアアッ!!」



 頭の再生を終わらせ、立ち上がろうとしたドナリアに襲い掛かるアスハ。その凶暴で獣のような動きに、彼も一瞬動きを止めそうになるが、しかし彼女の振るった拳に自分の拳を叩き付け、二者の筋肉を痺れさせる。



「ぐ、うァアアアッ!!」


「Ga、AAAAAAッ!!」



 それは既に、敵の首を如何にして落とすか等、考えていない獣同士の喰い合いだった。


アスハはドナリアの腕に強く噛みつき、ドナリアも絶叫をあげながら、負けじと彼女の乳房に食らいつく。


肉を互いに噛み千切って、それでも両者が動くものだから、敵の口を先に食いつぶしてしまえばよいとする思考が、二人の額同士を叩き付け合わせる。



「ゥグッ! ガァァッ!」


「GoaAッ、aAAッ!!」



 頬を喰らうアスハと、耳を引き千切るドナリア。


そして彼らの攻防を見て、唾を飲みながら吐き気を堪えていたのは、アマンナである。



「あれが……アシッド同士の……喰い合い」



 アシッドの戦いは何度か見ているつもりだったし、加えて彼女達ハイ・アシッドが、他のアシッドを処理する光景も、見慣れているつもりだった。


それに今はドナリアの意識は無いに等しい。既にただのアシッドと同等の存在に堕ちてしまっているドナリアとアスハの戦いが、それまで見てきたものとそう大きく違う筈も無いだろう。


けれど本来仲間であった二人が喰い合っている様子を見ていると……どこか胸の奥がキュッと引き締まるような感覚を覚える。



「惨たらしい筈なのに……でも、何かが、違う……」

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