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獣-05

 頭突きの状態からシガレットの身体を瓦礫に叩き付けるが、しかし彼女は上手く受け身を取った上で、追撃として放ったガルファレットの回し蹴りを、同じく回し蹴りによって受け止める。


二者の激突によって生じた衝撃波が、至る所に乱立する瓦礫の山を崩れさせていく。


ファナは、そんな瓦礫に押しつぶされそうになりながらも、何とか身体を這い出させるようにして抜け出した。



「っ、先生……!」



 立ち上がろうとしても、上手く立ち上がる事も出来ない。既にマナが枯渇し始めているせいか、普段より身体が言う事をきかない。


ガルファレットもそれを理解しているからこそ、ファナの下から離れようとしたのだろう、とは理解できる。


しかし……彼が言う「止める」とは、何を指す?


ファナには、もうシガレットを止める方法など思い浮かばない。彼の言う通り、狙いに気付かれてファナの身柄を率先して確保するように動かれた時点で、二人の敗北は確定しているも同然だ。


これまでの戦いで、どれだけガルファレットが戦い、どうマナを消費すれば、最大マナ消費量に達するかの目算も立てているだろう。


シガレットは無駄なマナ消費を抑え、ガルファレットのマナを意図的に消費させる技術も持っている。


 この状況を打開する方法などない筈――そんなファナの思考に、シガレットが至らない筈もない。



(どういう事……? この子は、何を考えているというの?)



 先ほどまでのように、狂化魔術を最大まで引き出した状態ではないが、しかしそれでも、今のガルファレットはそれなりに高出力のマナを放出している。


その鋭く、必殺の威力を込められた拳を避け、彼の顎を強打し、脳をいくら揺さぶろうと……彼は下唇を噛むようにして立ち直り、すぐさま攻撃へと移っていく。



(鬼気迫る攻撃……確かに、こうして惜しまなく攻撃されれば、私としても体力は消耗するし、攻撃を回避、防御する為のマナも、それなりに使う)



 なるほど、確かに狂化魔術の最大出力によるデメリットは、何よりも思考能力の著しい低下だ。


勿論、獣のような本能的行動が可能な事によって思考能力の伴わない俊敏な行動が可能な点や、一部出力だけを調整する事に慣れれば、狂化状態でも汎用性を高める事が出来る等の利点は勿論あるが、しかし思考能力が伴わない分、単調な攻撃になりやすい。


今の彼は違う。シガレットが回避しにくい攻撃を、絶え間なく打ち込む事によって、彼女は回避しにくい攻撃に対して回避できるように、魔術的な対処か、肉体を酷使する事で対処出来るようにしなければならない。



(でも、貴方がそれだけ攻撃に特化するのならば、私はそれに対し、可能な限り回避と防御を行うだけでいい。それだけで、私が戦闘不能になるより前に、貴方のマナが枯渇する……それが理解できない貴方じゃ無いでしょう?)



 解せないと思いながら、しかし先ほどまでとは違い、今はファナさえ身動きが取れぬ程、マナを枯渇させている状態だ。恐らく蘇生魔術の遠隔発動によってマナを使い果たしてしまい、自らの身体が思ったように動かない、と言った様子だろう。


それがブラフには思えない。事実、数回だけでも蘇生魔術の遠隔発動が出来ただけでも称賛に値し、これ以上無理に酷使してしまえば、彼女の魔術回路が破損してしまう事だろう。



……あり得ないとは思うが、ガルファレットはもう一度位、ファナが蘇生魔術の発動を行えるかもしれないと、楽観視している可能性もある。



そしてファナも、それを求められた場合、そうしてしまおうとするのかもしれない。


だがそれは、シガレットとしても好ましくはない。



(ファナちゃんの力は、これからの未来で、必要な力。戦いによって失う命を蘇らせる事も、命が朽ちる前に再生を果たす事も出来る、素晴らしい力……それを失うわけにはいかない……これ以上ファナちゃんは、酷使させられない!)



 二撃の素早いジャブを避けながら、追撃として放たれる両足の足技も受け流すシガレットは、ビリビリと痺れる感覚の手を強化しながら無理矢理動かし、更なる追撃として放たれたアッパーカットを両手で受け止め、流す。


 しかしガルファレットは止まらない。アッパーカットの受け流しで僅かに姿勢を崩したシガレットの腹部に向けて振り込まれる回し蹴りは、今の彼女に防ぐ手立てはない。


急ぎ地面を蹴りつけて空中を舞い、その回し蹴りを避けた所で、ガルファレットは宙を舞うシガレットと目を合わせた。



「――ウォオオオオオッ!!」



 彼が右腕に狂化魔術を集中させ、強大な一撃を叩き込もうとしている事は、シガレットにも理解できた。何せ、目で見るだけでも空間が捻じ曲がって見える程の狂化だ。それが強大な力であると理解できない者もいまい。


空中を舞うシガレットの身体、それも彼の回し蹴りを避ける為に無理矢理跳び上がったが故に、姿勢も崩れてていて、拳をただ回避するのは難しい。


操作魔術で身体を制御させる、という手もあるが、下手に制御して避けるだけでは、ガルファレットが如何様にも動き、殴りつけてくる事だって十分考えられる。



ならば、この拳は回避するのではなく、受け止めて防ぐしかない。


そして受け止める為には、それとほぼ同性能に近い攻撃を行う事によって威力を拡散するしかない。



このやり方ならば、ガルファレットの姿勢も崩す事にも繋がり、また追撃があった場合にも対処がしやすくなる。


シガレットも右手の拳に、可能な限りのマナを投入し、その拳が相手に叩き込まれると同時に反発し、誘爆する仕組みを採用。


これならば、ガルファレットの拳を防ぐと共に衝撃で吹き飛ばし、追撃の手を弱める事が出来る筈だ。



――それは、ガルファレット・ミサンガという男の力を、信頼するからこその、迎撃と呼ぶべき反撃。


――その反撃を以て彼を止めるという、シガレットにしか出来ない、シガレットならではの対処。



その拳が、ガルファレットの強烈な一撃に対して、今触れようかという直前で。




「この瞬間を……待っていましたよ」




彼は……ガルファレットという男は。


笑みを浮かべながら、脱力する様に自分の全身から放出するマナを止め、その何の力も込められていない拳と、シガレットの振り込んだ拳が、今接触した。



 ――ガルファレットの拳が接触すると同時に、シガレットの拳は彼の拳を突き破り、血肉を飛び散らせながら、その腕にまで拳が到達。



更には拳に仕組まれた誘爆機構が起動し、彼の腕を起点として全身を焼き焦がす程の熱が一瞬の内に爆ぜ、ガルファレットの右半身は殆どが四散しながら、今……彼は仰向けに背中を預けた。



「……え」



 何が起こったか、シガレットには理解できなかった。


彼女の騎士であった男、最強の肉体と魔術回路を持ち、何者をも蹂躙できる筈の力を有する、ガルファレット・ミサンガという男が……その右半身を吹き飛ばされ、その断面は焼け焦げているからか血さえ流れず、ただ血と肉の焼ける匂いしか感じさせる事はない。


全身にある穴という穴から血を吐き出したガルファレットは、その虚ろな視線をどこへ向ける事無く……ただ、空を見ている。



「ガル……ファ、レット……?」



 目を大きく見開き、そんな彼の惨たらしい姿を、シガレットは見続ける事しか出来なかった。


こんな事がある筈もない。ガルファレットへの反撃には、彼が死に得ない力しか出していない。


そう頭の中で何度も、自分に対する言い訳を過らせながらも……今、彼が「ごほっ」と咳き込むと共に、口から吐き出した尋常ではない血液量に、そんな脳裏の考えなど振り払い、正気に至る事が出来た。



……否、それは正気などというものではない。



「い……いや……いや――ァッ!!」



 慌て、転びながらも瓦礫の上で横たわるガルファレットに駆け寄り、彼の引き千切れて焼き焦がされた右手を慌てて回収するシガレット。


 だが、それを回収した所で、ガルファレットはアシッドでも無ければ、ただの人間でしかなく、その砕け、焼き焦げた腕を元に戻す術など有りはしない。



「な、何で……なんで、ガルファレット……っ!」


「……こ、しな……ければ……あなた、は……止まらな、か……た」



 既に言葉を話す事さえままならないガルファレットは、今こうして生きている事さえ奇跡と呼べる程、既に致死量の血液を流し、さらに一言喋るごとに、彼は血を至る所から噴き出した。



「わ、私っ、貴方を、貴方を殺す気、なんて無くて……無くてぇ……っ!」


「しって、います……だから……あえて、こう、した……」



 まだ僅かに動く、左手をシガレットの頬へと伸ばすと、彼女はその手に触れながら、自分の顔をガルファレットの顔に押し当て、可能な限り彼が長く生き続けられるように、ありったけの技術を注ぎ込み、治癒魔術と共に再生魔術も展開。


だが、それだけでは駄目だ。彼を治す為には、シガレットの有する治癒魔術や再生魔術ではもう手遅れでしかない。ファナの蘇生魔術が必要になる。


……だが既に、ファナも力を使い果たしていると、先ほどシガレット本人が、見極めたではないか。



「シガレット……さま……もう、いいの、です」


「いや、いやよガルファレット……っ! し、死なないで、お願い……お願いだから死なないで……ッ! 貴方が、貴方が死んじゃったら……私、私ィ……っ!」


「これは……あなたが、のぞんだ、こと……だ」



 そんな筈はないと、シガレットは叫びたかった。


彼女の望みは、誰もが平穏で安寧な世界が訪れる事。その為に必要な戦いとして、シガレットは再び戦場へと身を投げた。


ガルファレットという、愛おしく、我が子のように思っていた彼の死を……望んでいる筈などない。

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