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獣-03

ファナ・アルスタッドは、倒壊して瓦礫の山となっている建物の陰に隠れ、荒い息と汗を溢しながらも、シガレットとガルファレットによる戦いを見据えている。


今、何か気付いた様子のシガレットによって、ガルファレットの腹部に突き付けられた手。


その手から放出されたエネルギー弾によって、一瞬の内に風穴が空いた光景を目にしたファナは、急ぎその手に握る機械に力を籠める。



「イタイノ・イタイノ……トンデイケ……ッ!」



ファナの手には、片手で握れる程度の小さな、縦長形状の機材があり、彼女が力を籠め、魔術詠唱を行うと、その分だけ僅かに先端が発光し、ファナも力が抜けていく。



「はぁ……っ、はぁ……っ!」



 魔導機を用いて行う魔術の遠隔発動という技術に関して、歴史は長い。


例えばシガレットの用いる札は【魔導符】と呼ばれる百年以上前から用いられてきた伝統的な魔導機の一種だ。


シガレットのように、魔導符に自分のマナを投じる事によって、エネルギー弾の射出装置にしたり、接着した人やモノの破壊を目的とした起爆装置とする事も可能である。


また東洋においては人形に魔導符を張り付け、魔導符を通じて遠隔操作を行う人形魔術が盛んだと聞いた事もある。それだけ歴史は長く、汎用性も高い。


しかしデメリットも存在する。簡易的な魔術の発動ならばともかく、大量のマナが必要となる大魔術等の使役となれば、魔導機の生産コストも高くなり、必要となるマナの量も相対的に多くなる点だ。


 ファナはまだ十五歳という子供だが、同年代と比べても貯蔵できるマナ総量は多い方だ。ファナが第七世代魔術回路を有するが故、相対的に貯蔵庫が多くなりやすいという側面はあるが、この辺りは単純な才能でもある。


 だが「対象人物を全盛状態へ復帰させる」という蘇生魔術は、ファナが意識しているよりもマナを多く消費する。加えて現在は、遠隔発動魔導機を用いて、離れたガルファレットに適応させなければならない。


幾度も蘇生魔術を発動し、それを遠隔発動させているとなれば、相当な量のマナが消費されている筈だ。



(ファナさま……この魔導機を使って、蘇生魔術を施す限界数は……約四回が限界だと、そう思って、ください)



 ファナに遠隔発動魔導機を与えた、アマンナとメリーの言葉を脳裏に反芻させる。



(君が思っている以上に、蘇生魔術というのはマナの消費量が激しい筈だ。何せ大魔術を超えて神術レベルの御業だ。遠隔発動魔導機の送信機と受信機の二つを用意し、如何に感度を高めたとしても、遠隔発動における消費量上乗せは、君の身体を蝕む事になる)



 ファナはこれまで、幾度か蘇生魔術の展開を行ってきたが、しかし自分自身の身体に負担がかかっていると意識した事は無かった。


正確に言うと、以前の戦いにおいてアスハとクシャナ以外に治癒を施した際、それなりの疲労感は残っていたが、それも聖ファスト学院における授業で経験した時と同等程度の疲労しか訪れた事は無い。


だからこそ、アマンナとメリーの言葉を心のどこかで大袈裟なと考えていた事も事実だ。


しかし、今はそんな楽観視していた自分に一発ビンタしてやりたいと思う程に、疲労している。


 遠隔発動における消費マナの上乗せが想定した何倍にも多い事を、アマンナとメリーの二人は見通していた、という事になる。



「はぁ、キッ……ツイ」



 マナの大量消費は、魔術師にも相応の負担をかける。


まず魔術使役は大なり小なり、魔術回路に負担を与えている。回路は世代を重ねる毎に、負担に対する強度も高くなるが、しかし大魔術レベルの使役を重ねれば、その限界値が如何に高くとも消耗は激しくなる。


これまでファナが蘇生魔術という神術の使役において、魔術回路に負担をかける事がなかったのは、その第七世代魔術回路という規格外に優れた最高位の魔術回路であるからであり、彼女以外の人間……例えば第六世代魔術回路を持ち得るフェストラが蘇生魔術を発動出来たとしても、第七世代魔術回路を持たなければ、発動と同時に回路が焼き切れて、二度と魔術使役が出来ぬ身体となるであろう。


 それに加え、魔術師は常人と異なり、マナという特殊なエネルギーを常に体内に宿し、魔術を行える素養を以て生まれる。それ即ち、生まれながらにして魔術という存在が身近にある者である。


意識していなくとも、自分の肉体を強化したりする事に慣れている者が、マナを大量に消費し過ぎた結果、普段よりも弱体化するという事は珍しくない。実戦慣れしていない魔術師程この傾向が強く……また、ファナも同様に実践なんて未経験だ。



「後、一回……先生、ホント頑張って……アタシ、そろそろ限界っぽい……ッ!」



 既にファナが、ガルファレットに施した蘇生魔術の遠隔発動回数は三回。理論上の発動可能回数が残り一回となった中で、ガルファレットはシガレットという歴戦の魔術師を相手に、降すか、マナを使い果たさせなければならない。



 ……だが、そこで一つ、ファナは何か様子がおかしいという事に気が付いた。



先ほどからシガレットの動きがやや慢性的で、暴れ馬状態になり自分へと襲い掛かるガルファレットの対処に、些か繊細さが欠けているような気がする。


先ほどのように詠唱魔術を用いてガルファレットを本気で倒そうとする気概も感じなければ、ガルファレットの攻撃を受け流した後も、反撃に転じる様子もない。戦いが激化してからは、ファナは二人の戦いに瞬きさえ許されなかったというのに、今は全くと言っていい程、戦いにスピード感もキレも無い。


ただガルファレットの攻撃から逃げ……何か周囲を警戒する様にも見える。



「っ、まさか――」



 そのまさか、と言っても良いのだろう。


ファナが慌ててその場から立ち去ろうとして、翻った先。そこには四本足の虫にも似た形状をした、折り紙によって作られた何かがいた。


古典的な式神魔術の一つで、マナを込めた魔導符を生物に見立てて折る事で、式神として使役する事が出来る術である。


それが今、ファナの事を見つけると、彼女の身体に飛び掛かったかと思えば、自分の身体を形作っていた折り紙の形状から一枚の紙へと成り代わって、彼女の服の中に入り込んだ。



「ちょ、何……っ!?」



 どこに入り込んだのか分からないまま、ファナは自分の身体を弄って、侵入した紙を探そうとするが……しかし次の瞬間、ゾワリとした気配を感じ取り、再びシガレットの方を見据える。



「ファナちゃん、見ぃつけた」



 既に、数十メートルほどしか離れていない位置で、ガルファレットの首筋に強く蹴りを叩き込んだシガレットが、汗を流しながら笑みを浮かべ、そう口にした。


蹴り飛ばされたガルファレットが、ファナの近くにある瓦礫の山に叩き落されて、その衝撃がファナの小さな体を揺らし、尻餅をつかせる。



「まさか、蘇生魔術の遠隔発動なんて方法を採用するなんて思わなかったわよ。褒めてあげる」


「どうして、気付いて……っ」


「ガルファレットが放出したマナの量が、どう考えてもおかしかったからね。それに加えて……アマンナちゃん達が参考にしただろう遠隔発動方法に、心当たりがあったしね」



 シガレットの言う通り、遠隔発動魔導機という手段を用いて、蘇生魔術を幾度も施す方法は、アマンナとメリーがとある魔術を参考に思いついた方法だ。


その参考とはアマンナが直接見た、シガレットの蘇生である。


ファナの擬似回路が書き込まれた魔導符を蘇生に用いる素体に張り付け、ファナのマナを送信する事で発動するというプロセスは、一種の遠隔魔術の一つであり、その仕組みに気付いたアマンナがメリーと相談した結果、今回の戦術に必要な遠隔発動魔導機の製作に繋がった。


ファナには遠隔発動魔導機の送信機を持たせ、ガルファレットには受信機側を小型化させ、肉体に埋め込む事で送受信を可能とする。


送受信を可能とする魔導機がある事により、ファナは送信だけにマナを注ぎ込めば良く、受信に対してはガルファレットのマナが反応するという仕組みは、シガレットも認める効率の良い魔導機と言ってもいい。



「グ――ォ」



 今、ガルファレットが瓦礫の中から身体を出そうとした所で、シガレットは空中を駆け抜けてガルファレットの腹部に重たい一撃を叩き込む。


それによって呻き声を挙げる彼の四肢に二枚ずつ、札を取り出して張り付けると、彼はビクンと身体を反応させた後、身動きが取れないと言わんばかりに首だけを我武者羅に動かし始める。



「ガルファレット、少し落ち着きなさい。こんな所で大暴れしたら、ファナちゃんが死んじゃうでしょう? あ、そうか。死なないんだったわね」



 新種のアシッド因子を持つファナは、頭部さえ完全に消滅させられなければ、死ぬ事は無い。


けれどシガレットは、そうであったとしても好ましくはないと言わんばかりに、ガルファレットが全身に展開する狂化魔術に対して、魔術相殺を行う。


するとパキンと何かが割れるような音と共に、彼の全身を覆っていた青白い発光が収まり、ガルファレットは正気を取り戻した。



「ぐ、がふっ……!」


「例え死なないとしても、可愛い女の子の顔が暴力で歪む光景なんて見たくもないし、そんな事を貴方にして欲しくもない。……さて。これで私の勝利、と言ってもいいんじゃないかしら?」



 既にガルファレットはシガレットの手によって捕らわれ、戦術の要であるファナも、シガレットが少し手を伸ばせば届く距離で尻餅をついている。


この状況をシガレットの勝利と言わず……何を以て勝利とするのかと、シガレットは疲労によって流れる汗を垂らしながら、二人へ問うた。

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