獣-02
(ガルファレットがこれまで放出したマナ総量は、おおよそ成人男性の平均マナ総量十六人分。これだけでもバカげた数字だっていうのに、まだ切れる様子が見受けられない)
シガレットが僅かにふらつく体を制御しながら、こちらへとゆっくり歩んでくるガルファレットの姿を、良く見据える。
(けれど、無尽蔵なんて訳もない。そんな生物在りはしない。ならばそこには、何か秘密があって然るべき。……そう、例えば)
目を細め、ガルファレットの肉体を見据えると、大爆発の只中で四散しなかった肉体に出来た火傷や破片などが飛来した傷や打撲痕など、細やかな傷が目立っている。
しかし、その傷はしばし時間が経過すると、すぐに煙をあげながら再生していく。自然治癒能力が如何に高められているかの証明であるように思えたが……そこで違和感を持ったシガレットは「まさか」と思わず口を開く。
シガレットは冷や汗を流しながら、その場から可能な限り遠ざかる為に、力強く地面を蹴って跳び上がると、そのまま既に倒壊した、しかし完全に崩れ切っていない建物の上に足を乗せ、周辺探知魔術を稼働させる。
アスハに展開されている周辺探知魔術とほぼ同等のモノだが……しかし、問題は現在この周囲が、シガレットとガルファレットの二人による戦いで、爆撃の後かのように荒廃し、つい数十分前まで多くの人がたむろしていた表通りとは思えない場所となってしまっている。
周辺探知魔術を作用させる為には、ある程度整理された場所である事が重要だ。この状況でどれだけ探知を働かせても、人の動きさえ満足に調べる事が出来ないだろう。
つまり――この荒廃し、多く倒壊している建物の陰に、ファナがいる筈だ。
(最初、ガルファレットは本気を出さなかった。それは勿論、逃げ遅れた人達が避難できる時間を稼ぐ為。私もそれには同感だったし、そう大して大暴れしたわけじゃない)
シガレットの思考には、若干世間的なズレがある事は間違いない。
シガレットとガルファレットの戦いは、初動の際から、何の力もない人間が見れば「大暴れ」という言葉が何より適した戦いではあった筈だ。
しかし、当人たちは本気を出しておらず、また二人が暴れ回る事で一般人が恐怖し、逃げ出す事を考慮した上での戦いであった事は正しく、事実として今は、周囲に人っ子一人存在しない。
(でもその後……ファナちゃんを除いて誰も居なくなったこの付近で、私とガルファレットは、ファナちゃんの事さえ考える事無く大暴れを続けた)
勿論、ファナを戦いに巻き込まないよう留意していた事は間違いない。けれど、二者はそれぞれの放つ何気ない攻撃によって命を落としかねない、そんな極限状態における戦いを繰り広げていた。
姿の見えないファナを気にする余裕などなかったし……倒壊する建物、混沌と化していく戦況の中で、少しずつファナに対する意識を薄れさせていた事は間違いない。
(今の私は、こうしてファナちゃんを見失っている。けれど、どう考えてもガルファレットの体力とマナの総量はおかしい。どこかで、ファナちゃんの蘇生魔術による、回復を受けているとしか思えない)
ファナの有する蘇生魔術は、蘇生という言葉を用いているが、大枠としては【治癒】や【再生】に近しい魔術であり、蘇生魔術を展開された対象者は、その肉体における最盛状態へと肉体を復活させる、という魔術である。
例えば、クシャナがファナの蘇生魔術を施された場合、彼女はハイ・アシッドとしての固有能力と肉体性能を百パーセント引き出す事が出来る状態にされる。
もし、ガルファレットがファナによって蘇生魔術を施されていると仮定すると……ガルファレットの肉体が有する全盛状態は、正に「マナ貯蔵庫にマナが充填された状態」を意味するだろう。
魔術とは元々、人の力だけでは成し得ない事を、人ならざる力……つまり【魔】の力を用いて成す【術】と書く。
だがそれにしても、使い果たして無い筈のマナを瞬時に戻し、元々有していた量を再度補填する……無から有を生み出すかのような事さえも可能であるとすれば、ファナの蘇生魔術が「人を癒す」という分かりやすい魔術等ではなく、人智を超えて神の力量にまで及ぶ、神術にも等しい力である事が分かるだろう。
(でも、さっきからガルファレットとファナちゃんが接触している様子は見受けられない。少なくともガルファレットの近くに居たら私が気付くし、そうでなくとも、今の完全狂化状態に近いガルファレットに接近する事はあまりに危険だわ)
幾ら死ねない力を有するファナでも、狂化状態となって敵味方の識別さえ満足に行えないガルファレットの、災害とも言うべき暴力の嵐に晒されたいと考えるわけもあるまいし、それをガルファレットが許容するとは思えない。
ならば、ファナはどうやってガルファレットに蘇生魔術を施し、ガルファレットはファナに近付く事なく、彼女の力による恩恵を受ける事が出来る?
――そう考えた瞬間、ガルファレットが再び膨大なるマナを放出し、その力場によって周囲の瓦礫が僅かに転がった音が戦闘再開の合図と言わんばかりに動き出した。
「チィッ!」
考える暇は与えてくれたが、しかし結論を出す前に、彼が動き出した。
先ほどまでのようにマナをセーブして戦闘状況を継続させるべきか、それとも先ほどのように詠唱魔術による大ダメージを与える事で、マナの多くを治癒魔術に充てさせる事で、少しでもガルファレットの体力とマナを削る方法に出るか。
何にせよ、彼の攻撃を凌がなければ次は無い。胸元の札は全て使い切ってしまった為、ポケットに備えていた三枚の札を取り出した所で――シガレットはその札に、何か違和感を覚えた。
札におかしな所があるわけではない。しかし、それが一種の答えであるような気がしたのだ。
(待って。そもそも、ファナちゃんがガルファレットに蘇生魔術を施していると仮定した場合、魔晶痕が残らないのは……何故?)
魔術の痕跡を示す魔晶痕。ファナの蘇生魔術もその神術に相応しい力故、その力が発動した際には周囲の人間を驚嘆させる程の痕跡が残る。
しかしガルファレットの周囲に、これまで戦ってきた場において、少なくともファナの魔晶痕は確認できていない。
この問いに対して考えられる理屈は、二つ。
一つはそもそも、ファナがガルファレットに対し蘇生魔術を展開していないという、今まで思考した仮説を全て否定する理屈。しかしこれには、ガルファレットの放出したマナの総量に説明がつかない。
蘇生魔術で無くとも、ガルファレットのマナを補給する術は何かしらある筈だが……少なくとも消費して無くなってしまったマナを補給する、もしくは元に戻す方法など、大魔術や神術レベルの魔術でなければ何なのだという疑問が湧いて出る為、この理屈は保留しなければならない。
もう一つは――ファナが魔晶痕を残さぬ蘇生魔術使役を行っている、もしくは魔晶痕を感知させぬ術を学んだという理屈。しかしこれも同様に、一週間程度で魔晶痕を残さないように隠密性の高い魔術使役が可能になるほど、魔術というのは浅い技術ではない。
例えば魔晶痕を残さない技術を、アマンナやルトという対魔師がどれだけの年月を積み重ねて会得したかというと、アマンナで五年近く、ルトでさえ四年近くの年数が必要であったと記憶している。
(でも、可能な限り魔晶痕を残さないようにする魔術使役の方法は、確かにある……そしてその為の知識を有する人間が、シックス・ブラッドと帝国の夜明けには、三人いる……っ!)
取り出した札を一旦胸元にしまい、自分の立つ瓦礫の山を強く踏みつける事で、衝撃によって宙へ飛んだ数個の瓦礫。
それを手に取りながらマナを注ぎ込み、操作魔術でそれぞれを自立駆動させる。
スピードを減退させる事なく、無軌道に動き、ガルファレットへと迫る瓦礫。それをガルファレットが防衛反応によって追撃すると言わんばかりに拳を振るった隙を見計らい、シガレットも突撃。
ガルファレットの足を払い、僅かに姿勢を崩した彼の脇腹に肘打ちを叩き込み、一瞬呻き声を挙げた彼の腹に手を当てると、その腹を貫く熱を帯びたエネルギー弾。
ガルファレットの腹部から背中を貫通。それにより血を噴出したが、その程度で死ぬ彼ではないし……もしシガレットの予想が正しければ。
「っ、やっぱり!」
「ゴ――ォオオオオオォッッ!!」
青白い光の放出と同時に、幾度も見た傷口の修復。
それはガルファレットの腹部に空いた穴を瞬時に塞いでいき、彼は嬌声をあげながらその両腕を振るうが、シガレットは彼の拳を躱し、受け流しながらその場を脱して、理解する。
狂化状態故の自然治癒ではない。ただの擦り傷や切り傷、火傷ならばともかく、腹に空いた大きな風穴を一瞬の内に再生するような治癒魔術など、あってたまるか。
正にガルファレットが施されているのは、今この場に居ない筈のファナが発動する、蘇生魔術である筈だ。
ここまで、状況を整理する事が出来れば、結論に至る事は難しくない。
魔晶痕を可能な限り残さないようにする方法、それは魔術使役を自動的に行うシステム、魔導機が使役する場合だ。
確かに魔導機製作者による、僅かな魔晶痕が残る可能性はあり得るが……現状、大量かつ高濃度の魔晶痕を放出し続けているような怪物、シガレットとガルファレットの二者による戦いが行われている今この場所においては、僅かな魔晶痕など感知出来るもない。
つまり――今ガルファレットのマナを補給し、その受けたダメージをゼロへとさせている要因は。
「遠隔発動を可能にする、簡易魔導機による蘇生魔術……ッ!」





