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願い-15

「ヴァルキュリア……お前は、どうしてそこまで、変わる事が出来た……?」



 ヴァルキュリアは、それ程までに誰かに寄り添う事の出来る子供では無かったと、父親だからこそ理解していたつもりだった。


勿論、彼女には強い正義感と使命感があって、弱きを守る力があれば、それを振るう事に躊躇いの無い子である事は間違いない。


けれど、それは他者に共感する力ではなかった筈だ。


むしろ若き日のガリアと同じで――そう在らなければならないという、ある種の強迫観念にも近い感情が大きくあって、こうして過ちを犯してしまった父親に対し、自分の気持ちを発露させ、互いに許し合おうとするような、そんな聡い子供では無かっただろうに。



――いつの間にか、大きくなっていた娘を、成長させたモノが何か。



エンドラスは、父親としてそれを、知りたいと願えた。



「変わった自覚は、無いのだが……クシャナ殿と、ファナ殿で、あれば……こうしていたと、思う……誰かの弱さを、認めて……自分の弱さも、見つめる……そうであるからこそ……きっと、アルスタッド家は、あんな風にいられたので、あろうな」



 ヴァルキュリアはきっと、クシャナからも、ファナからも、レナからも、多くの事を教えて貰う事が出来たのだ。


自分にとっての普通が、アルスタッド家にとっての普通ではなくて、けれどそうして違う事を、卑下する事は無いと。


十人十色、一人ひとり違う人間がいて、暮らしが異なれば在り方も異なり、そして感情の伝え方も違うという事。


けれど、言葉にしなければならない事もあって……アルスタッド家は、伝えなければならない事を、しっかり語り合い、認め合い……その末に、家族としての掛け替えのない時間を生み出したのだ。



だからこそ、ヴァルキュリアも学べたのだろう。


想いを言葉にしない限り、通じ合う事など出来ないと。


もし本当に通じ合いたいと願うのならば、言葉にしないと始まらなくて、それを怠ったにも関わらず、通じ合えないと嘆く事が、どれだけ愚かしい事なのか。


エンドラスがレナに教えて貰えたように――ヴァルキュリアもそんなアルスタッド家の三人と過ごす内に、学ぶ事が出来たのだ。


父親として、そんな成長を果たした娘が……今は誇らしいと、尊ぶ事が出来る。



「……すまない、ヴァルキュリア。私の方も、お前と語らう事を蔑ろにしていた……いや、違う。私は、怖かったんだ……お前が」



 ガリアが死んだ日、エンドラスはヴァルキュリアから剣を取り上げようとして、その末に敗北した。


エンドラスは娘を、怪物のように強大な存在に仕立て上げてしまったのではないかと、恐怖すら覚えてしまったけれど……ヴァルキュリアという娘がそうなってしまったのは、なんて事の無い、当たり前の現実に生きていたから。


ヴァルキュリアは幼い頃から、そうして父と母と共にいる時間を何よりも幸せと感じ、その時間を大切にしただけだったんだ。


大切にした時間、教えて貰った事、それがヴァルキュリアにとっては代えがたい宝物で、真摯にその時間を受け止め続けた、純粋無垢な想いが……強くない筈もない。


その末に手に入れた力を【普通】ではないと畏怖したエンドラスの方が、娘を理解できていなかっただけなのだ。



「ガリアが、母が死んだと聞いて、ただ結果を受け入れる事が出来たお前が……ひどく歪な存在に見えた。おかしいと思うよな。そう育てたのは、他の誰でも無い、私とガリアだった筈なのに……」



 それだって当たり前の事だと、当時から理解していた筈だ。


ヴァルキュリアは、生前のガリアとも多く話をしていない。元々ガリアとヴァルキュリアは、そうした距離感で関わっていたのだから。


しかし、エンドラスの中にあった【普通】は、大切な肉親を亡くした娘が、近くにいる存在である母を亡くした時、涙を流して悲しむと考えていた。


そんな幻想の普通とかけ離れたヴァルキュリアを、普通ではないと恐れたのだ。



「どうして、あの時もっと……お前と話し合おうとしなかったんだろうな、私は。お前はきっと、これから普通の生き方をしようと言っても、それを理解しないだろうと、勝手に決めつけて……私はお前を理解しようとしなかったんだ……っ!」



 きっと、ヴァルキュリアは父の言葉に耳を傾けてくれた筈だ。


エンドラスの言葉を理解できなくとも、理解しようと、藻掻いてくれた筈だ。


アルスタッド家の在り方を見て、それだけで変わる事が出来たヴァルキュリアならば、父として尊敬してくれたエンドラスの言葉を受け止める予想は十分にあった筈だ。


それからの人生が、どんな風になったかは、今更分からない。


けれど、少なくとも残された家族同士で分かり合おうと、努力する事は出来た筈なのだ。


その末に――家族という言葉に囚われず、ただ愚直に分かり合おうと務めた、アルスタッド家の三人のようになれた可能性も、どこかにはあったのかもしれない。



「う、ぐぅ……、ッ!」


「、ヴァルキュリア……っ」



 深く傷を負った半身。変身時にある程度の修繕を終わらせていた傷が痛むように、娘が痛みに喘ぐ姿を見て、エンドラスは慌てて彼女の身体を見据えるが……しかし、身体の表面に出来た細やかな傷が徐々にではあるが、再生を果たしていく姿を見て……理解した。


ヴァルキュリアは既に――煌煌の魔法少女への変身を繰り返した副作用として、アシッドへの変化を果たしている。


以前からその兆候こそあったけれど、今は兆候という生易しい表現ではなく、アシッドへと成ってしまっている。


 それを本来は悲しむべきなのかもしれないが……今はむしろ、彼女が死なないでいてくれる事を、心のどこかで嬉しく思ったのだろう。



「もう、良いんだ。ヴァルキュリア……お前は、よく戦った」



 頭部を失くし、身体だけが残されたアシッドの大群。ヴァルキュリアはそれを葬りながらエンドラスと渡り合い、確かにエンドラスにトドメを刺す事こそ出来なかった。


それはヴァルキュリアにとっての弱さであるのかもしれないが……エンドラスは父親として、娘がそんな、か弱い部分も残した子供であってくれて、嬉しく思っている事も確かだ。



「ま、だ……! 拙僧は、拙僧は……クシャナ殿を……ファナ殿を……皆を……っ!」


「大丈夫だよ、ヴァルキュリア。……後は、私に……父に任せなさい」


「……父、上……?」



 強く抱きしめ、体温を娘に伝える。


痛みに加えて、変身を多用した事によって襲い掛かる強い疲労感が押し寄せて来たのか、ヴァルキュリアは重たいまぶたを何とか開け続けようとしていたようだが……エンドラスがその、大きな胸板に彼女の顔を押し付けると、その温かさによって、彼女は目を開け続けるという使命感から解放され、目を閉じた。


目を閉じれば、意識が閉ざされていくのも時間の問題だ。



「私は、自分の選択が正しいと思っていた。罪があると分かっていても、選んだ道は正しいのだと、ガリアはこの道を、喜んでくれると。……けれどそれは、過去を見て正しさを決めつけただけで……お前のように、未来へ目を向けなかった……ここままではガリアにも、顔向けができんからな」


「ちち……うえ」


「おやすみ、ヴァルキュリア。お前が目を醒ました時、どんな形であるかは分からないけれど、間違いなくそこには、未来がある。強い心を以て、未来へと進め。……お前には、未来へと共に進んでくれる仲間と、力と……願いがある」



 エンドラスの言葉を、ヴァルキュリアはどれだけ聞いていた事だろう。


既に意識を閉ざしていたヴァルキュリアが静かに寝息を立てている事を確認したエンドラスは、大きくなったけれど軽いままの娘を抱き上げた後、彼女のマジカリング・デバイスを胸元のポケットに収め、聖ファスト学院の門を叩くと、既に施錠されて固く閉ざされていた筈の門がゆっくりと開き、恐る恐るといった様子で、帝国警備隊の人間が顔を出した。



「この子を……娘を頼む」



 ただそれだけの言葉を残し、エンドラスは男に娘を預け、その場を後にした。


警備隊員の静止を聞く事なく、ただ真っ直ぐ……帝国城の方を目指して。



(すまない、ガリア。私は、お前の願いを、叶える事が出来なかった)



 けれど、ガリアはきっと、許してくれるような気がする。


エンドラスは、そんな自分勝手な考えを過らせて、苦笑しながら、地面に落ちていた自らのグラスパーを拾い上げて鞘に納め、止まる事なく歩んでいく。



(でもな、もう良かったんだ。私達は、とっくの昔に……当たり前の家族だったんだよ。その事を、ヴァルキュリアが気付いてくれた……ヴァルキュリアと向き合い、道を示してくれた者達が、教えてくれたんだ)



 ヴァルキュリアに、道を示してくれた者がいる。


シックス・ブラッドという仲間たち、帝国の夜明けという宿敵達がいる。


中でも――魔法少女という在り方を示してくれた、クシャナ・アルスタッドという少女は、ヴァルキュリアにとっても、エンドラスにとっても、大切な願いを、想いを、理解させてくれた恩人だ。



「ならば、父親として……そのお礼だけは、しなくっちゃな」



 六年という月日を迷い続けていた筈のエンドラス。


彼という男の瞳は今――新たな【願い】という方向へと、前へと向けていて、もう既に迷いなどない。



ラウラに【命じられし者】でも。


汎用兵士育成計画の【提言者】でも。


帝国騎士でも、帝国軍人としてでもない。



今の彼は、ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスの父親。



――娘の為に戦う事を決めた、ただ一人の男として再び戦いに出向こうと、瞳に煌きを宿す男である。

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