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願い-14

(よく、ここまで成長したものだ……手を抜いたつもりも無く、差し違える覚悟で挑んでも尚……この子には勝てない、か)



 新種のアシッド因子を持つが故に、エンドラスは死ぬ事なく、この世に生を留め続ける。


けれど、それは今だけの事に過ぎない。


距離を置く様に飛び退いたシャイン。


彼女は右手を自分の胸に向けて押し当てると、彼女の胸元が橙色の輝きを放ち、溶解炉マニピュレータを稼働させる。



〈いよぉおお! 太陽の煌きィ!〉



 マニピュレータより青白い炎が蔓延ると、その右掌に展開されたプロテクターさえも溶かしていくが、しかし右手は溶かされると同時に再生を果たし、その熱量を保っている。



「これで……終幕である……ッ!」



 言葉を詰まらせるようにしながらも、広げた掌を真っ直ぐ、エンドラスの顔面に向けながら駆け出すシャイン。


彼女の表情が、感情が、苦しいと叫んでいる。


その想いを読み取る事が出来たから……エンドラスは血を吐き出しながら、慣れない笑みを浮かべる。



(いいんだ、ヴァルキュリア……それでいい)



 悩む必要なんてない。悔やむ必要なんてない。


エンドラスという父親と、ヴァルキュリアという娘。


二者が全力を以て果し合い、その末に父親が負けた。


父親は多くの罪を犯し、その罪を祓う方法は、死する事だけ。


そして新種のアシッド因子を持つ父親が死ぬ為には、娘が終わらせる事が何より最適なのだ。



(悩まないで欲しい……苦しまないで欲しい……こんな、阿呆な父親を殺す事で、お前が苦悩しないで欲しい……ああ、それを、どうして言ってやれないのかな)



 喉が貫かれ、上手く言葉を発する事が出来ない身である事が悔やまれる。


もし言葉が放てたのならば――少しでも娘の心を安らかにさせる最後の言葉を、口にできたのに。



(……最後まで、私は……この子の父親として、不出来だったのかな……?)



 そう考えた瞬間、エンドラスの心中には――死にたくないという想いが渦巻いた。



――娘を不幸にしたまま、死にたくない。


――せめて一言、娘に言葉を残して、この娘を幸せにしてやりたい。


――それが出来なくて、何が父親だ。



そう願った瞬間……エンドラスは首を強引に動かし、自分の骨に刃を押し当て、そのまま血を噴出しながらも自分の首を掻っ切る刃を叩き折ると、鼻で短く息を吸い込み、言葉を発する。




「しあわ、せ、に……なれ」




 シャインの燃え盛る掌が眼前に迫る寸前、エンドラスが口にした言葉を。


シャインは……ヴァルキュリアは聞いて、思わずその手を、止めた。



 何故、その手が止まったか、それは分からない。


けれど、エンドラスは言わねばならない。


最後の言葉を。娘に遺す、最後の言葉を。



「し、あわせ……に、なれ……ヴァルキュリア……お前は、どんな、形でも……いい……ただ、お前の、望む……未来を……幸せ、を」



 自分勝手な言葉だと、理解できている。けれどエンドラスは敗北し、こうして死の間際に居る。


最愛の妻であるガリアは、死の間際にさえ、そうした言葉を娘に遺せぬまま死んでいった。


それが彼女にとって、強い後悔として残った事は間違いない。


 エンドラスも、例え自分が死するとしても……亡き妻の代わりに、娘へ残す言葉があっても良いだろうと、必死にただ、言葉を告げるのだ。


その瞬間――燃え盛る炎の熱によって蒸発しながらも、シャインもまた、その両頬にツゥ……と涙を垂らす。



「……勝手だ、父上は……っ!」


「……すま、ない」



 やはり、勝手だと怒られた。


けれどそれでも、最後の言葉を残したい。その想いを発露したかった。それを、娘であるヴァルキュリアには、理解して欲しかった。



「何故……何故、そうであったのですか……っ!」


「……そうで、あった……とは?」


「父上は、拙僧を……母上を、愛してくれていたのでしょう……? ならば何故、何故ラウラという存在に、魂を売ってまで……母上を蘇らせようと……ッ!」


「……言った、だろう……? ガリアの、望みは……幸せは……家族が、普通に暮らす事で」


「貴方にとって、母上にとって、普通とは何なのですか……ッ!」



 シャインの掌から放出されていた炎が散り、魔法少女としての変身も解かれた。


煌煌の魔法少女としてではなく、ただ一人のヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスとしての姿に戻ったヴァルキュリアは……エンドラスの全身を貫くフェイリアス・グローの展開も解除し、バギンと砕けるようにして、エンドラスの全身から刃が消えていく。


二者の周囲に飛び散った、純銀の輝きを放つ刃の破片。


既に、ヴァルキュリアのグラスパーはその役割を終え、もう二度と元の姿に戻る事は無い。


だが、エンドラスはまだ死していない。


肉体からグラスパーの刃が全て消えた事によって、彼の身体は再生を果たしていく事だろうが……その再生を果たす前、既に致死量を遥かに超えた血液を噴出していたエンドラスの身体に、ヴァルキュリアが体重を預ける。



「でも、ごめんなさい……ごめんなさい……父上……!」


「……何故、何故、お前が謝る……?」


「拙僧も、忘れていたから……拙僧にとっての、幸せを……普通を……っ、父上にも、母上にも……伝えた事など、無かった……」



 娘の身体を抱き留めながら、溢れる涙を抑える事のないヴァルキュリアに、手を回す。


温かな体温は、この子が生まれた時よりも僅かに高い気がする。


それが、先ほどまで煌煌の魔法少女として変身していたからか、それともエンドラスの血に塗れているからか……それとも、彼女が涙し、体温が上がっているからなのか、それさえも、分からない。


それが分からない程に、エンドラスは娘と触れ合う事を避けてきたのだから。



「拙僧にとっては……あの日々が普通の暮らしで、何物にも代えがたい、幸せであったのです……ッ!」


「あの、日々……?」


「父上が、拙僧に剣を教えてくれて……母上は、遠くから拙僧を見ていて……そうしてくれる事が……拙僧にとって、普通の生活だった……幸せだった……ッ!」



 ボロボロと流れる涙が、二者の身体にまとわりつく、エンドラスの血に滴る。


エンドラスは、大きくなった娘の身体を抱き寄せながら、目を見開き、口を僅かに開けながら……自分がどれだけ、取り返しのつかない事をしたのか、その事実に頭が真っ白となっていく。



「お前に、とっては……あんな事で、良かったのか……? 私は、お前に剣術しか教えていない! 私は、私とガリアは……娘のお前に、汎用兵士育成計画なんて定だけを押し付けてっ、お前をこんなにも、戦いに適した子供に育ててしまったのに……!?」


「それが……嬉しかった……だから拙僧は……母上が亡くなって、父上が拙僧に対して、おざなりになって……それが、何より辛かった……っ」



 ガリアが死んでから、エンドラスはヴァルキュリアにとっての幸せを求めてきた筈だった。


それがガリアにとっての望みであったから。それがガリアにとっての幸せだと理解していたから。


だからこそ、普通ではない生き方を……汎用兵士育成計画なんて存在から、娘を遠ざけようとした。


娘から、剣を取り上げようとした。


けれど、エンドラスは剣を取り上げようとして娘に戦いを挑むも敗北し、彼女は帝国軍人を志す者としての成長を続けていった。


そんな娘の姿が、より普通から遠ざかっていったように思えたから、エンドラスは次第に、娘の隣で剣を教えるのではなく、ただ遠巻きからヴァルキュリアの事を見るだけに留まった。


年頃の娘らしからぬ部屋を見て、エンドラスの思い描いた普通と、かけ離れているのだと、勝手に思い込んだ。



――でも、違った。



「私は……私は、お前の……お前にとっての【普通】を……奪っていた、のか……?」



娘が望んだのは、そんなエンドラスの中にある【幻想の普通】ではなかった。


娘の傍で不器用ながらも、ぶっきらぼうながらも、共に木刀を振るってくれて、訓練が終わった後に、良くやったと言葉にするよりも、ただ無言で頭を撫で、小さく微笑むだけのエンドラスが。


少し離れた縁側に座布団を敷いて腰掛け、微笑みながら娘と夫の生き生きとした姿を見据え、娘が父との接し方に何かに悩むと「あの人は不器用でありますからな」としながらそれ以上言わず、頬を撫でてくれるだけのガリアが。


そんな二人に支えられ、少しずつ強くなっている実感を得られる事が、何よりも嬉しかったヴァルキュリア。


それが、ヴァルキュリアにとっての普通だったのだ。



――エンドラスがもし、娘の幸せを一番に願っていたのなら。


――ガリアを亡くしたヴァルキュリアにしてやるべきだったのは、娘から剣という【普通】を奪う事じゃなくて。


――共に剣を握り、娘にとっての【普通】を、守り続けてやる事だったのだろう。



「だからこそ、ごめんなさい……拙僧も、父上と、語り合うべきだった……想いを叫ぶべきだった……っ!」



 エンドラスの胸に自分の顔を押し当てながら、ヴァルキュリアは大粒の涙を溢し、叫び続ける。



「母上が亡くなって、悲しみがあった事は、間違いなくて……それでも、拙僧は父上と、共に剣を振るいたい……父上の隣で……共に素振りをさせて欲しい……それだけでも十分に、拙僧は幸せだと……!」



 それは、遅すぎた後悔。


こんな結末に至るよりも前に、心を曝け出して語り合うべきであったのに、それを怠った、ヴァルキュリアにも罪があった、と。


父にある罪を帳消しにするわけではない。


 けれどその罪を、父親だけではなく、自分も背負いたいとする娘の慟哭を……エンドラスは、その肩を抱き留めながら、聞き続けた。

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