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願い-11

「そうか――君の妻、ガリアの願いは、そんな単純な願いであったというわけか」



 単純な願い。そう断言したラウラの表情は、僅かに口角が上がっているように思えたのは気のせいだろうか。



「ならば我と君は敵ではない。むしろ、同じ志を共にする事の出来る同志だ。友と表現する事も良いだろう」


「……敵ではないと仰られるのなら、何を企んでおられるのか、それをお答え頂けますでしょうか?」



 嫌な予感がすると、エンドラスが長年培ってきた直感が警告している。けれど、その意味を問わぬわけにはいかない。


彼一人の事じゃない。彼はガリアの願いを聞いた上で、汎用兵士育成計画などという存在が世迷い事だという言葉を聞いた上で、エンドラスとは敵同士ではないといった。


彼が生み出したファナという少女を中心に戦いが起きている事は事実であり――その根幹にラウラ王が関わっている事は明らかで、その戦いにヴァルキュリアが巻き込まれているにも関わらず、エンドラスが敵ではないと断言できる理由が、そこにある。


ならば、それを聞かぬわけにはいかぬのだ。



「知りたいのならば語ろうではないか――我がこの国の新たな神として君臨する計画を。その為に必要な力は我が手にある。その力が、ファナの力があれば、君に真なる幸せを与える事が出来るだろう」



 ラウラの語る計画は、その計画を実現するまでに必要だった下準備は、エンドラスにとって荒唐無稽な話しにしか思えなかった。


クシャナ・アルスタッドという存在は、その根幹に、魂にアカマツ・レイという女性の魂と特異性が刻まれている、輪廻転生を果たした人間であるという。


その特異性とは、地球という世界における【死ねない】怪物・アシッドであるという特異性。


その特異性を以て、生まれたばかりで多くの病に犯されたクシャナの命を救ったラウラは、しかしそのアシッドという存在を生み出す因子に着目し、それの研究と生産に取り掛かった。


そして、その因子研究の末に、彼はアシッド因子の持つ凶暴性を排除した、不死性にのみ特化した新種因子の製造に成功。


その新種因子を以て、ラウラの遺伝子情報のみを用いてファナ・アルスタッドという子供を作り出した。


ファナを生み出した理由は、ラウラという人間に対して新種のアシッド因子がどんな副反応をもたらす可能性があるかの試験。


 しかし、ラウラとほぼ同一の遺伝子情報を持ち得るファナは大きく副反応を引き起こす事は無く……今のラウラは既に、新種因子の埋め込みを終え、不老不死の力を得ているのだという。



「信じられんといった顔だな。ならば、証拠を見せようではないか」



 しかしそんな、現実味を帯びていない話をどれだけ信じる事が出来るだろう。


エンドラスの表情もそうした感情を物語っていたようで、ラウラはそんな彼の考えを読み取った上で、エンドラスの向ける刃に、自分の掌を刺し込ませた。


皮膚、肉、骨を貫き、彼の掌を突き破るグラスパーの刃。しかしラウラは痛みに表情を変える事も無く、その掌から剣を抜き、飛び散る血を振るいながら傷を外界に晒す。


そうしてしばらく放置すると――彼の手は再生を果たしていき、やがて傷口さえも分からぬ程に傷を癒していった。



「試したいというのなら、身体を両断でもすれば良い。我とて常人に理解させようというのなら、こうして証明する他無いとは理解している」


「……いえ。疑いようは、ありません」



 確かにそうした偽装を施す事は幾らでも可能かもしれない。が、瞬時に傷を癒す手段としては、治癒魔術と再生魔術しかあり得ない。そして今の修復状況から鑑みると、行われていたのは治癒魔術という個人の治癒能力を底上げする治癒魔術ではなく、肉体を再構成する再生魔術でしかあり得ないが、しかし再生魔術は高度な魔術行使となり、必ず魔晶痕が残る。


その魔晶痕を感じ取れぬという状況において、魔術的な作用を無しに、それだけの自己再生能力を保持するとしか思えない。


つまり、世迷い事と思える言葉だったとしても……ラウラの言葉を信用する他に、説明がつかないのだ。



「その力を用いて……貴方は王としてではなく、神としてこの国に君臨を果たす、と……?」


「その通りだ。君の提唱した、汎用兵士育成計画にもあるように、人間は教えの下で一つになる事により、厳粛なる秩序を保つ事が出来る。しかし、フレアラス教という存在は、既に時代錯誤も甚だしい宗教と言える」



 かつてエンドラスもガリアも、フレアラス教という宗教の下で教えを遵守し、その下で一つになる事により、厳粛なる秩序が保たれるとした。


けれどラウラは、そんな実体のない宗教観の下で一つになるのではなく、現存神の下で一つになる事が、何よりも効率よく人々の心を一つにする方法だと、そう説いた。



「我は愛するレナ君や、レナ君と我が生み出したクシャナ、そして我の遺伝子を用いて産み出したファナという存在を愛している。あの子達が幸せに暮らせる世界、それを作る為に、この計画を推し進めているといっても過言ではない」


「……だが事実、ファナという娘を中心にして、争いは起ころうとしている」


「それは我としても危惧している事でね――フェストラが気付くだけならともかく、このままではかつて君が同志としていたメリーが気付くのも時間の問題だ」



 ファナという存在がどれだけ危険な存在が、それを理解する事は難しい。ファナの用いる第七世代魔術回路にはリミッターが設けられているし、エンドラスという帝国軍司令部に属する人間でさえ、彼女の情報は改竄された後の情報しか得る事は出来なかった。既に一介のテロリストとなっているメリーには、ファナがどんな存在かを知る術はほとんど無いだろう。


けれど、ファナがフェストラ達に守られている事を、メリーという策謀家が不自然に思わぬ筈もない。いずれその特異性に気付かずともおかしいと感付き、ファナの身柄を拘束する事も考えられる。


それは、ラウラとしても好ましい事ではない、との事だ。



「しかし、ファナの護衛も情報の改竄も、ある程度は既にルトへ命じている。問題はあるまい」


「……ルト・クオン・ハングダム、ですか?」



 ルト・クオン・ハングダム。メリー・カオン・ハングダムの妹であり、十王族や帝国政府内の内偵を主な職務とするハングダム家の当主であり、当人も優れた認識阻害術の使い手として、多くの反政府運動勢力の始末に動いた事もある実力者だ。


隠密行動には最適な人間であり、彼女が動いている事を、兄であるメリーでさえ悟る事は難しいだろう。



「そうだ。ルトにはファナが新種のアシッド因子を持つ存在であるとは伝えてある。……君とは違って、我の最終的な野望までは伝えていないが」


「なるほど――貴方は既に、自分の周囲、自分が愛する者達が幸せに暮らせる世界の土壌を作り終えている。あとは、それを守る事が出来る勢力を引き込みたい、という事ですね」


「理解が早くて助かるよ、エンドラス」


「ならば私に、何をしろというのです? 私には貴方が、そんな計画の為に娘を戦いに引き込んだ、諸悪の権化にしか見えん……ッ!」


「それは我の手違い――否、我が君とガリアの願いを読み違えたが故に起こった悲劇といえよう。我は君とガリアが、ヴァルキュリアに武勲を与える事を願いとしていると考えていたが故な。謝れというのならば、謝罪もしよう」


「であるならば」


「しかし今、我は君とガリアの願いを知った。むしろ二人の願いには、一定の理解をしていると思う。汎用兵士育成計画などと言う世迷い事よりも、よほど共感できる」



 パチン、と。


ラウラが指を鳴らした瞬間、空間の裂け目にも似た異次元から、何やら棺にも似た箱が姿を現し、それがギギギ、と音を鳴らしながら、棺の蓋を開け放つ。


その中を見据えると――そこには一枚の札を張り付けられた、のっぺらぼうの人形が収められていて、エンドラスはそれが、東洋における機械人形技術にも思えて目を見開いた。



「蘇生魔術――その概念自体は知っているだろう」


「……既に死している人間を再び現世へと蘇らせる術。あのカルファス・ヴ・リ・レアルタでさえ行えぬとした、大魔術を越えた神術、とは」


「ファナの魔術回路は空間魔術に特化した我と異なり、蘇生魔術を実現するに相応しい回路でな。既に魔術式は構築済み。この人形には、ファナの魔術回路を模した擬似回路と、シガレット・ミュ・タース様の魂が刻まれている。後はファナのマナを注ぎ込み、詠唱を唱える事で、かの戦女神に二度目の生を与える事が出来る」



 そんな事が出来るものか、と。そう言いたい気持ちが喉元まで込み上がった所で、しかしエンドラスは言葉を止めた。


 その代わりに彼の口から漏れ出した言葉は……エンドラスという男の願いを理解したラウラが、彼の口から聞きたかった言葉でもあるのだろう。



「……その、蘇生魔術を……使えば」


「ああ」


「ガリアを……妻を……蘇らせる事も……出来るので、ありましょうか……?」


「出来る」



 力強い返答だった。ラウラの言葉には陰りも無く、その言葉に嘘が含まれているとは思えない。


世迷い事にも似た蘇生魔術という概念であったとしても……その存在を信じるに値する力強さがそこにあったのだ。



「ただ一つ問題があってね。現状この人形を三つを用意しているが、この人形を一つ作る為に必要な時間は、我を以てしても一年は時間を要する。そしてこの蘇生魔術という力は、我の計画を阻もうとする者達に対抗する戦力となり得る。かいつまんで言えば、我にとっても貴重なものなのだよ」



 ポン、と。エンドラスの肩に、ラウラの手が乗せられた。


先ほどグラスパーによって斬られた手、しかし既に再生を終え、僅かに残っていた血が、その帝国軍の制服を湿らすだけだ。



「しかしもし、君がその戦力となってくれるのならば、下手な存在を蘇らせるよりも心強い。報酬として一つを君の為に、ガリアを蘇らせる為に用いる事も、やぶさかではない」



 ラウラは、顔を真っ青にしつつ、しかし目を見開いて彼の言葉を一言一句聞き逃すものかと躍起になるエンドラスに向けて、追い打ちともいうべき言葉を垂れ流す。



「どうだね。君が戦いに参加すれば、ヴァルキュリアの事を君が守る事も出来るだろう。我の計画を阻む者さえ排除してくれるのならば、どれだけ娘に執着しても構わない。さらに報酬としてガリアを蘇らせ、我が神として君臨した暁に、平和な世界で君達は、幸せな家庭を築く――これこそ、利害の一致と言えるのではないかな?」

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