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願い-10

 一見しただけでは、ファナに第七世代魔術回路があるという確信は持てない。だがもし、彼女が本当にラウラの子であり、第七世代魔術回路を持つとしたら、ラウラがただこの子供をレナに預けているわけではあるまい。この子供の力を抑える制限が行われている筈だ。



「どうして追いかけて来たのっ!?」


「だ、だってお母さんが心配で――」



 レナには似合わない、大声をあげて叱咤する様子は新鮮だったが、しかし今の状況は、そんな会話が許されるほどよろしくは無い。



「レナ君。ここから君のご自宅は遠い筈だ。娘さんを連れて帝国城の給仕用通用口へと行きなさい。場所は分かるだろう?」



 そう指示すると、レナは頷いてファナの手を引いたが、そこでエンドラスへと語り掛ける。



「……ありがとうございます。娘さん、ご立派に育っておいでですね」


「お世話になっているね。どうにも、娘とはあまり話さぬのでな」


「伺っています。……ちゃんと、娘さんの事を見てあげて下さい。子供という時間は、あまりに短いものですから」



 ファナを連れて、帝国城へと避難していくレナの様子を見据えながら、エンドラスは今の言葉を反芻させた。



(娘の事を見てあげてくれ、か。……見ているつもりは、あったのだが)



 レナとヴァルキュリアは、一体どんな話をしたのだろう。レナは人との対話が得意な女性だった。少なくとも、エンドラスよりはまともにヴァルキュリアと向き合い、語らった事だろうとは思う。


 しかし今は、娘の事ばかりを考えている余裕もない。フォーリナーは次々に射出され、これから勢力を増していく事が予想出来る。


先ほどフォーリナーに殴り飛ばされていた警備隊員の身体を起こしたエンドラスは、周囲に集まった警備隊員達に声をかける。



「フォーリナーへの対抗には、歯がゆい事だがレアルタ皇国製の刀が必要だ。人員は随時追加するが、フォーリナー発見時は慌てず、刀が配備された人員への報告を。君達は市民の避難誘導を第一優先行動せよ」


『ハッ!』


「私個人の発言となるが――慌てず、落ち着いて行動なさい。命を無駄に果てさせる事こそ、この世で最も無為な事だ。君達の仕事は、一人でも多くの力無き人々を守る事だと、覚えておきなさい」



 その発言を最後に、エンドラスはその場を離れ、次なる戦いの場へと向かっていくが、しかし自分の言葉がどこか虚言めいた言葉に思えてならなかった。



(本心を語ったつもりだ。だが今の私は、彼らにそんな綺麗事を口に出来る程、良い軍人ではない)



 国の為など関係なく、ただ妻と子供の幸せだけを求めて行動する事に決めたエンドラス。


確かに命を無駄に散らす事を望んでいるわけではない。


けれど例えばこの戦いにおいて、多くの命と一人の娘、どちらかだけを助ける事が出来ると言われれば……エンドラスは迷わず娘を選び、娘の命を守る為に、この刀を振るうだろう。


一人でも多くの命を守る事が職務であると他者へ語り掛けておきながら、自分の心はそう在らない。それは、自らの言葉が虚言である事に他ならないのではないだろうか。


 そんな苦悩を胸に秘めている事など、他者には理解されない。


先ほど声をかけた帝国警備隊の者達は、エンドラスの言葉を胸に、守るべき民を助けようと己を鼓舞し、駆け出していく。


その姿がエンドラスには直視できず、思わず目を逸らした。



**



フォーリナーの出現も起こり、未曽有の大災害となりかけた事件、通称・ビースト騒動も収束し、既に二日が経過した。


グロリア帝国首都・シュメルは騒動における爪痕を残しながらも、少しずつ復旧を始めている。


帝国の夜明けも (少なくともフェストラが帝国政府に開示する情報上は)沈黙を続けていて、ヴァルキュリアも騒動に多少巻き込まれていたようだが無事に生き残り、そして最後までビーストと戦ったと聞いている。


 そんな訪れた束の間の平和とも言える時間の中で、エンドラスはファナ・アルスタッドの情報を可能な限り集めて回っていた。


しかし、得られる情報はどれだけ自分の権限を駆使して調べ回っても、一定以上の成果は得られなかった。


ファナ・アルスタッドの生まれは少なくとも公的記録に残されておらず、帝国政府が管轄する国民管理センターにおいても、彼女はあくまで捨て子であり、レナがその身柄を拾った上で養子として迎え入れた旨しか記録されておらず、その後の記録にもおかしな点は見受けられない。


彼女が本当に第七世代魔術回路を持つのか否か、それを判断する目利きも出来なければ、彼女に関する情報がどこか改竄されていたとしても、改竄された箇所を見つけ出すような情報技術も無い。


 エンドラスが直接ファナと接触し、彼女の力量他を確認するという術もあるが、エンドラスが彼女と接触する事は、帝国の夜明けメンバーを刺激する事になり兼ねない。可能ならば、接触は避けた方が無難だろう。



「手詰まり、か。フェストラ様のような行動力と権力が羨ましい。もし私にあれだけの器があったら、どれだけでも動けたのだろうが」



 しかし結局の所、エンドラスが気にしている問題はファナの事だけではない。ファナの護衛をするヴァルキュリアも同様だ。


 今後、もしファナを中心に争いが起こった場合、彼女を護衛する立場であるヴァルキュリアも、少なからず戦いに巻き込まれる。


ならば、ファナを危険に晒さぬよう務める事が出来れば、それ即ち、ヴァルキュリアが戦いに巻き込まれる危険性を減らせる事に繋がるのだ。


現状を維持し、ファナの安全を確保しながら、帝国の夜明けを穏便な形で捕縛する。それがヴァルキュリアの安全を守る為に必要な最重要課題としたエンドラスが……自分しかいない筈の執務室、その背後に何者かが立っているという気配を感じ取り、一瞬というにもおこがましい程のスピードでグラスパーの刃を抜き放って、背後にいる者を叩き切ろうとする。



しかし、そこで剣は動きを止めた。エンドラスが止めさせた。



「限られた情報の中で、良く確信に迫れたものだ。君はフェストラやメリー程に優れた知能者というわけではないが、その知能を補って余りある程の直感力に優れている。根っからの戦士であり、剣士でもある君を、我は尊敬している」



男の首筋で止まった剣先、エンドラスは目を見開きながら言葉を詰まらせ、何も言う事が出来なかった。



「フェストラはまだ、ファナが我の遺伝子情報から生み出されたクローニングである等と結論付けてはいまい。思考はしているだろうが、しかしそれを確信させる証拠がない。故にファナについて保留にせざるを得ない所を、君は直感に従って、仮定を確信に至らしめた。少々強引な思考ではあるが、しかし事実へと至る事が出来たのならば、それは間違いなく君の力だ」


「……何故」



 息を深く吐く事で、ようやく言葉を捻り出す事が出来た。それでも、恐怖とも威圧とも違う、何か力場のような力によって、擦れるような声しか出せなかったエンドラスの剣を、男は払いのけた。



「何故とは、何だ? 申してみろ、エンドラス」


「……何故、貴方が……?」


「そう不思議がる事でもあるまい。我は元々君の主でもあった男で、君は我の大切な家族について調べ回っていた。そんな君の動向を知ろうとする事は、そんなに可笑しな事であろうか?」


「そうではない、そうではありません……何故貴方が、ファナ・アルスタッドなどという子供を、産み出す必要があったと、そう聞いているのです、王よ……ッ!」



 王、ラウラ・ファスト・グロリアは、エンドラスの叫びを受けても尚、顔色一つ変えずにエンドラスの読んでいた資料を一つずつ丁寧に捲っていき、ファナの情報を読み進めていく。


まるで、自分が隠し続けてきた記録が、どれだけ巧妙に隠されているかを確認するかの如く。



「ファナという子供を産み出す理由、か。どれだけの事を君に語るべきか」


「……語って、頂けるのですか?」


「それは君の返答次第というものだよ、エンドラス」



 手にしていた資料を閉じ、杖をコツンと地面に軽く打ち付けたラウラの動きに合わせ、彼が手にしていなかった資料が、一斉に小さな煙を上げて、燃えだした。


この資料には答えなどないと、エンドラスへと示すかのように。



「何故君は、ファナについて調べる? 君の娘……ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスが、ファナを中心とした騒動に巻き込まれている事を我も知っているが、彼女は君がそうであれと育てた、汎用兵士育成計画の体現者であろう」



 汎用兵士育成計画、という言葉をラウラの口から聞けた事に、思わずエンドラスは言葉を詰まらせる。



「もし、君の提唱していた理論が、ヴァルキュリアという子供の才能が本物であれば、むしろファナという子供を中心とした争いは、その才能を、汎用兵士育成計画という存在を我に向けて証明する絶好の機会ではないか。であるのに、君はむしろヴァルキュリアという娘を戦いから遠ざける為に動いているようにしか思えない」



てっきりラウラは、エンドラスの提唱した計画を記憶にも留めていないと考えていたにも関わらず、彼はその言葉を口にし、その体現者がヴァルキュリアという少女なのだろうとまで、言い切った。


そして……こうして戦う事で、ヴァルキュリアの才能が、彼女の存在が計画の体現を果たすという、元々エンドラスとガリアが抱いていた理想さえも、言い当てるような物言いも。


だからこそ――エンドラスは威圧によって抑え込まれていた喉のつかえを払い、首を大きく横に振り、否定の言葉を口にする。



「違う。違うのです、王」


「――ほう」


「私は、ガリアは……もうそんな計画などに興味はない。ガリアの望みは、そんな世迷い事にも似た机上の空論等になく、彼女を含めた家族が、幸せに暮らせる、ありふれた日常の上にしか無かった……ッ!」



 本来、エンドラスが守るべき王の御前。つまり剣を握り続ける事は許されず、その切先を向ける事など在ってはならない。


けれどエンドラスは、剣の切先をラウラの首へと向けた上で、高らかに宣言する。



「故に私は、ガリアが遺した娘の幸せだけを求める。故に私は、あの子を戦いに巻き込む全てを許さない。……お答えを、ラウラ・ファスト・グロリア王」



 何故、ファナ・アルスタッドを生み出したのか。


何故、ヴァルキュリアという娘を戦いに巻き込むか。


もしそこに、何か彼に益のある野心があるのだとしたら――この剣を振るい、叩き切る事も厭わない。


エンドラスの目には、そんな狂った熱意さえ感じられた。

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