願い-09
「エンドラス大隊長殿、こちらにいらっしゃいますでしょうか!?」
データベースを一括管理している、帝国軍司令部の情報室に籠っていたエンドラスを呼ぶ大きな声が。エンドラスの部下であり、帝国軍司令部第二作戦部隊の中隊長、サマレ・トリニトルだ。
読み漁っていた情報を一斉に伏せながら立ち上がり、彼へ「騒々しいぞ」と一言伝えると、彼は敬礼をしながらも「緊急事態でありまして、申し訳ありません!」とだけ断った。
「帝国警備隊及び帝国軍司令部への緊急伝令、レアルタ皇国が以前対応を行ったという、フォーリナーの出現を確認いたしました!」
「……フォーリナー。本当に実在したのか」
フォーリナーとは外宇宙から現れた流体金属生命体の名称であり、その一団が以前、レアルタ皇国に出現し、襲撃を受けた事は世界に伝えられた。
レアルタ皇国第二皇女であり外務省長官の地位にいるアメリア・ヴ・ル・レアルタは、自国が襲撃を受けた経験を糧としてフォーリナー対策に力を入れ、グロリア帝国を除くほぼ全ての国家と同盟・協定関係を結び、有事の際に対処が行えるように情報共有を行っている。
加えて今日は、何ヶ月も前から予定していた、アメリアとラウラ王による非公式会談が設けられた日であり、そのタイミングに合わせてフォーリナーの襲撃があったという。
――フォーリナーなんて存在は、レアルタ皇国が作り上げたおとぎ話か何かかと考えていたエンドラスには、本当に実在していた事がまず何よりの驚きであった。
「……それで、伝令内容は」
「ハ! フォーリナーに対抗するために必要とされる、レアルタ皇国製の刀が都合、十五本用意されております! 優秀な帝国軍人及び帝国騎士に優先配備し、フォーリナー迎撃に当たられたし、との事であります!」
つまり、現状は作戦も何もないという事だ。ため息をつきながら、エンドラスは「現在の状況を伝えろ」と告げながら、色々と積み重なった記録をその場に置いて、帝国軍司令本部の廊下を歩んでいく。
作戦指令室へと辿り着くと、既に通信魔導機を通して状況伝達を行う伝達隊員達が声を荒げている様子が見受けられる。
忙しそうに走り回る者達に目をくれる事無く、作戦指令室の机に置かれた十五本の刀に手を伸ばして一本を握りしめると、エンドラス以外の兵達も、一斉に手を伸ばした。
エンドラスは刃を鞘から抜きながら、浮きあがった刃紋を見据えたが……それに思わず、目を細めた。
――なるほど、これは伝え聞いていたモノより、想像していた者より、数段優れた刃だ。
グロリア帝国にとってレアルタ皇国は仮想敵国であり、敵国の技術を認める事はエンドラスにとっても癪ではある。
が、手に取った刀が自分の有するグラスパーと、性質こそ異なっているが、確かに業物であるという事は、一瞥しただけで理解できた。
しかし刀に見惚れているわけにはいかない。素早く鞘に刃を収めながら状況を聞き出したエンドラス他、彼の指揮するべき強者達。
現在、フォーリナーは首都・シュメルの中心部に出来上がった巣のようなものから、定期的にフォーリナーの先兵が射出させているという。
射出のタイミングは最初こそ等間隔であったようだが、時間が経過するにつれて射出感覚を狭めていき、現在はレアルタ皇国軍人であるサーニス・ブリティッシュ、及び自軍の帝国騎士であるガルファレット・ミサンガが対応し、帝国警備隊の方はフェストラが指揮を執る事で、市民の避難誘導を急がしている、との事だ。
しかし……フェストラも現在戦線に加わりながら、直接帝国警備隊を指揮しているという。如何に彼が優秀であれ、配備状況と市民の避難状況を戦場に出ながら正確に把握できる筈も無い。
「……バラバラだな。避難誘導はともかく、敵の迎撃など出来ようはずもない」
「ええ。帝国軍司令部からも、警備隊の方には通信魔導機で伝達を送り、避難誘導を円滑に行う為、定置配備を徹底せよと命じているのですが、しかし現場が混乱状況では、上手く連携が取れておりません」
エンドラスの言う通り、現在報告が上がっている、帝国警備隊の配置はバラバラだった。混乱状況においては、何時もよりも冷静な判断を求められるというのに。
だが、それも仕方ない事なのかもしれない。外宇宙からの侵略者などという存在から市民を守るなどという、おおよそ想像さえしないような事態に上手く立ち回る事など出来ないだろう。
「緊急伝令を下したのはフェストラ様だろう。彼からはどのような命令が?」
「現在別動隊が、事態解決に向けて奮闘中との事で、時間稼ぎを命じられております。……我々帝国軍を差し置いて、別動隊に事態解決を任せるなど、フェストラ様は何をお考えなのやら」
「彼には彼の私兵がいる。ガルファレット君もそうなのだろう」
その別動隊に、もしかするとヴァルキュリアも含まれているのかもしれない……そう一瞬思考を乱したが、しかしそこで状況を伝えてくれていたサマレが、表情をしかめさせる。
「それが、対処を行っている別動隊とやらは、どうやら聖ファスト学院の学生で、クシャナとかいう少女と、クアンタとかいうレアルタ皇国の女鍛冶師なのだそうです」
彼が告げた名に、エンドラスは思わず顔を上げた。
「……クシャナ、だと?」
「ええ。ご存じなのですか?」
「……いいや、知らん名だと思ってな。まぁ、フェストラ様の認めた人間ならば、相当の強者なのだろう」
色々と気になる事はあるが、今は帝国軍人としての務めを果たすべきだと、皆に気付かれんよう僅かに首を横へ振った。
「ならばむしろ、この状況を利用しよう。レアルタの兵士とフェストラ様の私兵である、ガルファレット君が既に対処へ当たっているというのならば、我々は彼らの討ち漏らした敵を優先的に排除。帝国警備隊には、市民の避難誘導を徹底させ、市民の安全を守る為以外に、戦闘への参加は極力避けるよう伝達しろ。これより皆へ、配備計画を伝える」
幸い、現状ここに集まっている面々はエンドラスもそれなりに信頼をおいている兵達だ。ならば、ガルファレットが討ち漏らした敵を相手取るだけであれば、そう大した労力でもあるまい。
その場にいる面々の名を呼びながら、シュメルの地図へ指を向け、配置場所を伝えていく。
伝え終わった後に、配備数が僅かに少ない低所得者層地区に誰を配備するかと、皆の視線が集まったが、そこはエンドラスが刀を腰に携えた。
「私も現場に出る。指令室は常に情報管制を厳とし、細かな情報さえ漏らさず伝達しろ」
「かしまりました!」
「では、作戦開始。健闘を祈る」
エンドラスの命令に合わせ、それまでジッと彼の言葉を聞いていた兵達が刀を手に駆け出していく。エンドラスもその流れに従って帝国軍司令部を飛び出すと、自分の立案した配備計画を下に、低所得者層地区へと向かう。
外へ出ると、銀色に輝きを放つ、巨大な花の蕾にも似た塊がシュメルの中央を陣取っていた。
その姿を確認した時、地面が強く横に揺れると同時に、その巨大な銀の塊が僅かに形を変え、疾く空中へ何かを射出した。
それがこれより向かおうとしていた低所得者層地区へと向けて射出された事が理解できたからこそ、彼は足を素早く動かして駆け出す。
駆け出した先、低所得者層地区から首都中央部へと繋がる道に、一人の女性が避難誘導を行う帝国警備隊の人間と、何やら言葉を交わしている様子が見て取れた。
しかし強い横揺れに彼らが姿勢を崩した次の瞬間、上空から降ってきた銀色の塊が地面に勢いよく叩き付けられて、砂煙をあげる。
砂煙の中から現れた、全身を銀色に染める何か――外宇宙からの侵略者、流体金属生命体・フォーリナーの先兵が、その両腕を振るって、女性を守ろうとした帝国警備隊の人間を殴り飛ばした。
その凶暴性、その人間とは違う存在に、恐れ、慄き、膝を震わして逃げる事も出来ずにいる女性へと、それが迫ろうとした所で――エンドラスの足が、動いた。
疾く駆けだしたエンドラスが、普段と感覚の違う柄を強く握り、その刃を抜き放ちながら、銀色の存在、フォーリナーの腕へ向けて刃を振るう。
フォーリナーの腕が飛び、宙を舞った後に、地へと落ちた瞬間、フォーリナーは何が起こったか、それを理解できないと言わんばかりに周囲を見渡そうとするが、しかし次の瞬間、エンドラスが突き立てた刀の刃によって突き刺され、その刃を中心点として、粉々に砕けていく。
塵を一つも残さず、消えていくフォーリナー。その姿を見届けたエンドラスは……今、膝を折って尻餅をついた女性、レナ・アルスタッドへと手を差し伸べた。
「久しぶりだね、レナ君」
「……あの、もしかして……エンドラスさん、ですか?」
彼女が自分の事を覚えているとは思わず、エンドラスは一瞬言葉を失った。
彼女にとって自分は、愛人に仕えていた男、程度の存在だと思っていたのだが、どうにもレナはエンドラスの事を記憶に留めていたらしい。
刀を鞘に納めながら、彼女を起き上がらせる。まだ僅かに膝は笑っているが、しかし彼女は気丈に顎を引いて、エンドラスと向き合った。
「こうして顔を合わせるのは、何年ぶりだろうか」
「えっと……多分、私が退職する前、だったので……相当に前かと」
「相変わらず、無茶をする女性のようだな、貴女は」
「……ごめんなさい。でも娘がまだ家に帰ってなくて」
「クシャナ・アルスタッド君なら心配しなくとも良い。彼女はフェストラ様が真っ先に保護している」
嘘であるが、しかし全くの大嘘というわけではない。フェストラがこの状況で使役している私兵がクシャナ・アルスタッドというのならば、彼女の実力はそれなりに高いのだろうし、母親であるレナを安心させるためのウソも、時として必要だろう。
「……むしろ、もう一人の娘さんだろう。問題は」
指をレナの後ろへ向けると、慌ててこちらへと手を振りながら駆け出してくる、一人の少女が。
その薄いピンク色の髪の毛と、小さくて幼い顔立ち、そして発達していない可愛らしい外観は、美しいレナとは少しも似ていない。
「ファナ!」
が、レナがそうして名を叫んだ事で、エンドラスは確信する。
(この子が、ファナ・アルスタッド――ラウラ王の子供と思わしき、第七世代魔術回路を持つ子供、か)





