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ファナ・アルスタッドという妹-02

「ヴァルキュリアちゃんは、お母さんが料理とかするの?」


「否――母は既に亡くなっている。六年前、拙僧が十一の頃だな」


「それは……ゴメンね、無神経に」


「謝る必要は無い。話を戻すと、拙僧も父も料理はせず、食事は基本、給仕に任せているのだ」



 流石、高名な軍人家系だけあって給仕がいるのか。だから料理もしないし、一般的な庶民生活というのにも疎い。


その上で彼女の父親は、常識的な部分以外の、騎士として必要な教育すら自ら与えようとせず、学院に丸投げ状態……か。


ヴァルキュリアちゃんのお父さんは、話に聞いている通り、彼女の事を血族の繋ぎとしか考えていないのか、それとも何か別の考えがあるのか、それは分からないけれど……。



「ヴァルキュリアちゃんは、アルステラちゃんの誘いに乗る時、下流階級にお金を落とす事が貢献、って教わってたんだよね」


「うむ。……その方法が薬物であった事を除けば、彼女の言い分は、そして知見に関しては、今でも尤もであったと思う」



 先日、薬物使用及び所持、そして顧客斡旋によってフェストラとアマンナちゃんにしょっ引かれた、アルステラ・クラウスちゃんは、その薬物使用の如何はともかくとして、このグロリア帝国やシュメルと言う帝都の基盤を支える下流階級の人間に経済が行き届く為に、自分たち子供が出来る事は買い物であるとヴァルキュリアちゃんに語った。


そしてその考え方には、私も同感だ。経済と言うのはどんな形であれ流動させなければ意味がない。


多く金を有する上流階級のアルステラちゃんやヴァルキュリアちゃんが買い物をするというのは、金銭が滞りやすい上流階級のお金を流動させる方法となり得るだろう。



「そうして下流階級の事を知るのは面白い?」


「面白いかどうかはともかく、将来に役立てる事は出来る。拙僧はいずれ、どんな形であれ国に貢献をしていきたい。その為にはどんな些細な事でも、学んでいくべきであると考える」


「じゃあ、結果としては良かったのかもね。私の家に居候する事は」


「失礼かもしれないが……そうかもしれないのである」



 私の家は、正直フェストラに何時も言われているように庶民……つまり中流階級か下流階級のどっちかに分類されるだろう。


そんな私の家に居候するという事は、庶民と上流階級の生活レベルがどれだけ違うかを知る上で、良い経験となるだろう。



「クシャナ殿のご両親は、何のお仕事をなされているのだ?」


「お母さんはシュメルの運送会社で荷物の振り分け作業員。お父さんの事は知らないけれど、死んだって聞いてるよ」


「あ……なるほど。拙僧の方こそ申し訳ないのである」


「いやいや、こっちも問題無いよ。何せ私が産まれた頃、お父さんはもう居なかったからね」



 ヴァルキュリアちゃん家はお母さんが、私の家はお父さんがいないから、それぞれ片親家系ではあるけれど、どっちも片親がいない事に対して、特にコンプレックスが無い事は救いだろう。


 でもヴァルキュリアちゃんは私やファナの事で気を使う可能性もあったから、早々に話題を切り替えてしまおう。



「そう言えば家は、十一年位前まではお母さんと私で農家の手伝いしてお金稼いでた事もあったよ」


「そうなのであるか?」


「うん。あの時はそれなりに大変だった」



十年ほど前から、この国の農産業は魔導機による自動化が進められており、今や多くの農民が職を失い、補助金をあてがわれる事で生活をしている。


その直前まで、私とお母さんは農家の手伝いで日銭を稼いでいた、というわけだ。



「しかし、不思議である」


「うん? 何が?」


「不躾、というより失礼な事を聞くと思うのだが……聖ファスト学院の学費や入学費用は、一時より下がったとは言え、それなりに高いと聞き及んでいる。伺っている限り、母君はそほど高給取りには思えぬが、よくクシャナ殿やファナ殿の二人分、金銭を賄えたものだ」


「ああー……その辺はちょっと私が手を貸したね」


「クシャナ殿が?」


「うん。あんまり褒められた方法じゃなかったけど」



お母さんや私は当初こそ農家の手伝いをする事で日々の生活費と僅かな貯蓄。さらに余った野菜を頂き生活の足しにしていたけれど、農作業自動化の動きが見られた事で、事態は一変。


「機械なんぞに全部は出来ん」、「どうせ人の手が必要となる」と考えていた周りと異なり、私は相当焦った。求職者が溢れ出す前にお母さんへ転職指示と、転職までの日銭を賄える、ある程度の生活資金が必要だと鑑みたわけだ。


結果、六歳位の頃にお母さんへ指示し、まだ下限値付近でレンジ相場を形成していた魔導機開発メーカーで、農産省との繋がりもあったグテントという会社の株を、余っていた貯蓄で現物買いさせ、国による農作物自動化と参入企業が発表されて最高値を更新した段階で売らせた。この辺は元々個人投資家だった私の経験が功を奏した形となったね。


元手の三十倍近い金額になって返ってくる事で、ある程度まとまったお金は手に入ったけれど……農家の人達を救う事は出来なかった。


 あの時の私が六歳じゃ無かったら、ある程度予測を立てた上で、お世話になった農家さん達へ事業売却や農産省辺りへの土地売り付けとか、有利に進めさせるよう提言も出来たかもしれないのに。



……今でも、それが悔いの残る思い出だ。



「まぁそんな感じで、株である程度儲けたから、生活に余裕が生まれたのに合わせ、入学費用を補填出来る金額位にはなったから、お母さんが私を入学させたってワケだよ」



 で、私を入学させるのにファナを入学させないのは不公平だから、残った貯蓄をファナの入学費用に充てたというワケ。



「母君は六歳の子供に株式がどう、と言われるのは不思議に思わなかったのであるか?」


「だから褒められた方法じゃない、と言ったんだよ。お母さんは人の言う事をホイホイ信じちゃう人だから、娘の私が言ったことも正しいと信じ込んだ。……その、良心に私はつけ込んだのだから、褒められる事じゃないだろう?」



 私がお母さんを陥れる事を目的としていないから結果としては良い方向へと進んだけれどね。普通の母親なら六歳の娘に指示されて、貯蓄全てを株に投入しようだなんて思うまい。


 と、そんな話をしている内に、自宅へと戻ってきた。木造住宅の我が家、その二階建てでこじんまりとしているけれど庭だけは無駄に広い家の扉を開け、彼女を迎え入れる。



「さぁどうぞ、入って」


「お、お邪魔致します!」


「そうかしこまらなくていいよ。今日からしばらく住まうんだから」



 家に入ると、ヴァルキュリアちゃんが靴を脱ごうとするので「土足だよ」とだけ教えると、彼女は不思議そうに頷き、そのまま家の中へ。



「あら、もしかしてこの子がヴァルキュリアちゃん?」



 奥の台所で晩御飯を作っていたらしいお母さんがそこで現れ、ヴァルキュリアちゃんの前へ小走りでやってくる。



「ようこそヴァルキュリアちゃん。私はレナ・アルスタッド、クシャナとファナの母親です」


「本日からお世話になります、ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスであります!」



 背筋を伸ばして礼をした彼女に、お母さんは嬉しそうに「元気で可愛くて綺麗な子ねぇ」と感想を述べ、私へ視線を送ってくる。



(とっても良い子そうよクシャナ!)



 とでも言いたそうに。きっとお母さん的には私も応援してくれてるんだろうけど、ヴァルキュリアちゃんも良い子に見えて、ファナを任せるには十分理想的だと思っているのだろう。まぁ、全て私のついた嘘が原因だけど。



「はい、母さん大根」


「あ、ありがとうクシャナ」


「じゃあ私とヴァルキュリアちゃんはファナの部屋に行ってくる」


「ええ、お母さんは何も知らないフリをするわ!」



 実際何も知らないんですけどね。


玄関で大根をお母さんに渡し、そのまま階段を昇って二階へ。二階にはお母さんとお父さんの部屋、私の部屋、ファナの部屋と三部屋あり、私はファナの部屋をノックしたが、返事がない。



「まだ気絶中かな?」


「しかしクシャナ殿、ファナ殿には何と言い訳をするつもりであるか? 拙僧が同じ部屋で住まうなど……」


「任せてくれ。その辺はいい考えがある」


「あまり酷い嘘はやめて欲しいのであるが……」


「大丈夫だよ。ファナに対する言い訳は、ヴァルキュリアちゃんに被害が及ぶ事は無いから」


「む、むぅ……?」



 ノックに返事が無いのならば仕方ない。私とヴァルキュリアちゃんはファナの部屋へと入り、その可愛い小物で溢れた彼女の部屋を一望。


まだ可愛い顔で眠りに就く妹の無事を確認してから、ヴァルキュリアちゃんを椅子に腰かけさせ、ファナの肩を揺らす。



「ファナ、起きてくれないかい? 少しお話しがあるんだ」


「う……うーん……っ」



 目覚めが悪そうに、しかし私の声にしっかり反応したファナがゆっくり体を起こし始めたので、私はその背中を支える。


 お眠そうなファナが目をゴシゴシと手でこすり始めちゃったのでヴァルキュリアちゃんの事はまだ見えていないだろうけれど、ファナは私に朝の挨拶を。



「お姉ちゃんおはよぉ……もう朝ぁ?」


「違うよ、ファナは今日気絶しちゃったから、早引けしたんだよ。覚えてない?」


「早引け……」



 そこで少しずつ、意識を眠りから現実に戻し始めたファナが……顔を赤くして目を見開き、自分の椅子に腰かける、ヴァルキュリアを見据えて口をパクパクと開閉させた。



「ヴァ、ヴァヴァヴァ、ヴァルキュリア様――ッ!?」


「おはようファナ殿。良き目覚めであろうか?」



 微笑みながらそう返したヴァルキュリアちゃんのせいで今一度気絶しそうなファナを揺さぶり、無理矢理意識を保たせる。



「え、え、え!? な、なんで!? なんでヴァルキュリア様が家に?」


「それはね、少し込み入った事情があるんだ。……ファナ、私の目を見て、良く聞いて欲しい」



 お母さんに嘘をついた時と同じく、私は深刻そうな表情を作り出し、ファナと目を合わせる。


普段のとぼけた私と異なり、真面目そうな私の表情に事態を重く受け止めた様子のファナは、困惑しながら頷く。



「……実は、ファナは狙われているんだ」


「あ、アタシが狙われてる? 何を、誰に?」


「く、クシャナ殿、その事は……っ」



 突然の意図していなかった言葉に驚くファナと、真実を語るのではないかと焦るヴァルキュリアちゃんが、同時に声を発したが、私は首を横に振って、二人の言葉を遮る。



「いいや言わなければならない。……ファナは狙われている……あの、フェストラ・フレンツ・フォルディアスという、女の身体に目がない巨悪に……っ!」


「っ、ッ!?!?!?」



 心底驚嘆と言うべき表情で声にならない叫びをあげたヴァルキュリアちゃんと、聞いた事のないフェストラの名にきょとんと首を傾げるファナの相反する反応は、実に見ていて面白かった。フェストラが初めて役に立った瞬間である。

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