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願い-06

ドナリアを退去させ、一人でいる事の出来る時間を座禅に費やし、心を静めていたエンドラスは、しかし座禅というには数多の思考が身体を支配し、硬直させていたといってもいい。


ドナリアはヴァルキュリアが、フェストラに利用されると語った。そして、ヴァルキュリアがフェストラと共に居れば、そうして利用される事も確かにあり得る事だろう。


果たして自分はどうするべきなのか、否……そもそも動くべきなのかどうかも分からない。


ガリアの望みはどのようにして叶う? もし、フェストラに全てを委ねる事で叶うのならばそれで良い。しかしもし彼でもガリアの望みを叶えられないのなら……彼以上にガリアの望みを汲み取り、ヴァルキュリアが幸せに暮らせる世界を創れる者がいるのだろうか……?



「ガリア……私には、君の求めた幸せに至る、道筋が見えない」



既に、彼の知る世界は変革へと動き出してしまったのかもしれない。帝国の夜明けという存在が動いた事により、ヴァルキュリアも前へ向けて歩き出す時が、来たのかもしれない。


 なんて事を考えていると、エンドラスは誰かがこの家に入ってくる感覚を察知した。足音と気配からしてヴァルキュリアだと理解は出来たが、しかし聖ファスト学院の就学時間である筈だと、彼女の部屋へと向かう。



「ヴァルキュリア、帰っているのか」



 娘と自分を遮る仕切り、閉ざされた襖。その前で声をかけると、娘はいつもと変わらぬ声色で答えてくれた。



『父上。はい、やんごとなき事情がありまして』


「やんごとなき事情?」



 それまでヴァルキュリアは一度も学業を休んだり、怠惰な生活を送った事は無い。それは自分が娘を見ていた時もそうだし、自分が留守の際に彼女の身の回りの世話を任せた給仕も、聖ファスト学院での教員も同様の事を口にし、褒めていた事を覚えている。


ならば彼女のいう「やんごとなき事情」に意味があると理解し「そうか」と納得はした。



『父上、一つご相談……というより、お願いがあります』


「何だ」


『長く家を空けさせて頂きたいのです』



 ヴァルキュリアはこれまでエンドラスが知る限り、家を日数単位で空けた事は無い。だからこそ、エンドラスは少し驚き、何があったのかを知りたいと感じたからこそ「入っていいか」と声にして、娘の『どうぞ』という返答に合わせて、襖を空けた。



――そこは、何もない殺風景な部屋と形容しても良かった。小さな布団が一つと、勉学用の机。本棚が三つ並んで、その棚には兵法書や魔術書が並べられているだけで、年頃の少女が一冊は持っていそうな、俗物的な本や冊子なども無く、他者が見れば面白みのない部屋だと感じる事だろう。


けれどエンドラスはその部屋を見て、娘がどれだけ世俗とかけ離れた、少女の在り方とは思えぬ生活を歩んできたのか、それを見せつけられているようで、部屋から目をそらし、カバンの中に生活用品を詰め込んでいる娘に視線を向けた上で「何があった」とだけ問うた。



「本日より、魔術師の方をお守りするべく警護に当たります」


「それは学徒であるお前の仕事なのか?」



 確かに本来、魔術師の護衛という職務は、帝国騎士の役割として定められているが、ヴァルキュリアはまだ学生の立場だ。正式に帝国軍所属の人間となっているわけでもないヴァルキュリアがその職務に就かなければならない、というのは話が飛躍し過ぎている。


帝国軍司令部の人間として、ヴァルキュリアの父親として、意味の分からない話には疑問を呈さなければならないと口にした言葉に、ヴァルキュリアも答えてくれた。



「その方は聖ファスト学院の魔術学部に在籍する生徒なのですが、どうやら第七世代魔術回路を持ち得るようで……学院側は意図的に、その事を隠匿していたようでした」



 荷物のまとめ終わったヴァルキュリアがそう説明しながら立ち上がり、姿勢を正した上で自分と向き合ってくれる。


けれど、エンドラスの頭は、今の言葉を聞いて真っ白になっていた。



「故に同じ学徒であり、同じ魔術師、そして同性の拙僧が護衛に最適であろうと、判断した形であります。フェストラ殿も同様の意見であったようで、納得していただきました」


「……第七世代魔術回路、だと?」



 あり得ないという言葉を、脳裏で過らせながら、自分が知る限りで第七世代魔術回路に近い家系の子供を思い返すが、しかし思いつく子供はいない。


現状の聖ファスト学院に在籍する生徒で、ヴァルキュリアの有する第五世代魔術回路と匹敵する魔術回路持ちは、ルト・クオン・ハングダムの教育を受けたアマンナ・シュレンツ・フォルディアスしかおらず、あのフェストラでさえも、世界で数十人といない第六世代魔術回路しか持たないというのに、その第六世代を越えた第七世代持ちなど、いる筈がない。



「はい。第七世代魔術回路がどこぞの者に渡ってしまう事を避ける為の、最低限必要な措置であると、拙僧とフェストラ殿の両名で判断いたしました」



けれど、ヴァルキュリアの言葉に嘘は感じないし、フェストラも合わせて同様の判断を下したというのならば、恐らくその判断に過ちは無いのだろう。



「そうか。……理解した。フェストラ様の命ならば、その職務を全うしろ」



 認めるべきか、少し葛藤があった事は間違いない。ヴァルキュリアならば生半可な敵に後れを取る事は無いという父親ならではの視点で誇らしくもあり、けれど娘の安全を危惧する面もある。


第七世代魔術回路持ちを守るというのは、本来国を挙げての防衛が必須。であるのにヴァルキュリアだけにその重荷を背負わせるとは、フェストラが何を考えているのか、その真意を知りたい部分でもあった。


だが、そんな葛藤よりも前に、エンドラスには知らねばならない事がある。



(……第七世代魔術回路持ちの子供。まさかクシャナとかいう、ラウラ王とレナ君の間に出来た子供では無いだろうな)



 元々ラウラの帝国騎士であった経歴を持つエンドラスだからこそ、クシャナ・アルスタッドという子供の生まれについては知り得ている。とはいえ彼が知っているのは「クシャナがレナの卵子情報のみを使って生み出された」という事と「レアルタ皇国の技術で作り出された」という情報のみで、それ以上詳しい事を知らない。


けれど、この国にいる子供が、第七世代魔術回路を有するという事になれば、必ずどこかにラウラという男が関わっている筈だ。となれば、彼の作った子供が最もその候補として挙げられる事は間違いないだろう。


なんて事を考えている時だった。


ヴァルキュリアはエンドラスへ、一つ問いかける。



「父上は――国を守るという事を、どのように捉えておいででしょうか?」



 突然の事で、思わず言葉を呑みそうになったが、しかしなんとか「何だ、いきなり」とだけは返す事が出来た。



「少し、フェストラ殿とそうした話をしておりました。……父上の言う通り、彼はやがてこの国を率いる嘔吐なり得ると確信しましたが、故に父上はどうであるのだろう、と」



 ヴァルキュリアの問いに、答えないという選択をする事は容易い。


けれど、突然の問いかけであったからか、それともドナリアとの会話があったからか……それは分からないが、つい言葉を漏らすようにして呟いた。



「国は如何なる時も、厳粛なる秩序を以て守られていなければならない」



それは、かつてのエンドラスが良く口にしていた、口癖だった。



「厳粛なる秩序、それ即ちフレアラス様の教えであり……」



 そして、口癖であるが故に、自分で言葉にした内容を、思わず止めてしまう。


けれど、彼はかつて、汎用兵士育成計画という世迷い事を信じ、ヴァルキュリアという娘を育てたのだ。


その結果を否定したくなかったからか、少し詰まったが続く言葉はすぐに出てくる。



「我々は教えの下で一つにならなければならない。秩序が乱される事、それ即ち、国の乱れである」



 ――分かって欲しい、ヴァルキュリア。私も、ガリアも、お前にそうあって欲しいと願ったんだ。


――けれど、もうフレアラスなんて存在に信仰する必要は無く。何故なら、そんな存在に心酔して国を守ろうとした結果、ガリアは失意の中で死んでいったのだから。


――お前が何時か分かってくれれば、ガリアも何時の日か、あの世で幸せになってくれる筈だ。



そんな、心の中でしか願えない、心の中での叫びが、娘に通じる筈も無い。


ヴァルキュリアはエンドラスの言葉に、少しだけ寂しそうな表情を浮かべながら、頷くだけだった。



「……そうですか。では、長く家を空けます事をご承知下さい、父上」



 エンドラスの横を抜け、立ち去っていくヴァルキュリアの姿……その姿が一瞬、ガリアのように見えた。


背丈がいつの間にかガリアと同じ位になり、顔立ちも心なしか似てきているように感じる。


ヴァルキュリアを見て、思わず目を見開きながら見送ると……その背中が、輝いて見えた。



(……本当に、ガリアに似てきたな)



 ガリアの背中は、何時も曲がる事なくまっすぐで、何時だってエンドラスの隣でピンと張られていた。


エンドラスと身長差も頭一つ分。その違いが、どこか心地良かった事を、彼女が亡くなって六年経った今も覚えているし……覚えているからこそ、ヴァルキュリアの背がそれほどまでに伸びていた事を、驚きもした。


けれどそれ以上に、彼女と同じく、ヴァルキュリアの背は、輝いて見えたのだ。



(ガリア……私の背は、同じであるのか? それとも……薄汚れた、大人の背中であるのだろうか?)



人には、前を見る為の目しか無くて、自分の背中が汚れているか、自分の在り方が間違っているのではないか、それを上手く顧みる事も出来ない不完全さがある。


ため息をついた上で、エンドラスは娘の部屋を、今一度見据えた。


本当に、何もない娘に育ててしまったものだと、心の底から後悔するのである。

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