願い-01
ヴァルキュリアの父であるエンドラス・リスタバリオスと、その妻であるガリアの出会いは何時の頃だったろうか。
それを問われれば、エンドラスとしても答え辛い。覚えていないわけでもないが、出会った時から彼女の事を女性として意識していたわけでもなければ、ただ仕事上の出会いでしかなかったからだ。
そもそもガリアは、サーニオスという当時の帝国軍司令部では名の通った軍人家系の娘で、当人もそれなりの実力と武勲を示した、サッパリとした美しい女性だった。
「拙者」という少し特徴的な一人称に加えて口癖が「祖国の為に」であり、何事においても祖国……つまり、グロリア帝国の繁栄を望んでいて、フレアラス教徒としても熱心な女性であった事をエンドラスも覚えている。
幾度も訓練や作戦で共になった事はあるが、あまり話した事は無く、結論から言えば彼女を女性として意識していなかったと言ってもいい。
彼女としっかり話をしたのは、彼女の父親であり、当時の帝国軍司令部第二大隊長であったレイニス・サーニオスに邸宅へと招かれ、彼女を娘だと紹介された時だ。
エンドラスとガリアは共に、二十五の時であったと記憶している。
「ガリア、彼がエンドラス・リスタバリオスだ」
「はっ! 幾度か訓練や作戦を共にし、名は存じ上げております!」
実の父の前であるというのに、ガリアは足を整えて真っ直ぐ立ち、背中で手を組んで綺麗な声を張り上げる、軍人的な受け答えをする。エンドラスはレイニスに「娘さんのお言葉通りであります」と答えた。
レイニスも苦笑しながら「では性格も知っているな」と、娘の残念な所を恥ずかしがる。
「娘は少し、女らしからぬ部分もあってな。そろそろ身を固めさせるも考えているのだが」
「は、然様でありますか」
確かに、これまで訓練や作戦を共にした間だけでも、ガリアという女性は、女性らしからぬ部分しかない。
真面目で男勝り、そして軍人気質な人と言えば聞こえはいいが、そもそも男女という括りどころか、自分の事を人間として見ているかも怪しかった。
帝国軍における訓練というものは体力作りが主だったものだが、その体力作りによる訓練が終わった後も自主的に居残り訓練を続け、宿舎の門限ギリギリまで自分を痛めつけた後、軽く食事を摂ったと思ったらすぐに眠ると、他の女性軍人から聞いたこともある。
非番である日も同様で、自主的な訓練を度重ねて続ける上に、周りにもそれを強制しようとした所で、エンドラスが止めた事も覚えている。
「お言葉ですが大隊長殿!」
「今は父親として話している」
「では父上! 拙者は祖国の為に、この身を捧げると誓った身であります! 色恋や婚姻等については興味非ず、祖国の為に戦う事しか興味はありませぬ!」
そう、彼女はあまりに、国防というモノを重要視し過ぎている。まるで自分を国の為に整備された機械のように扱い、人間として愛でる事は無い。
勿論、整備は怠らず病気や怪我を負う事は避けるけれど、それは自分の命が惜しいからでも無く、ただ国を守る戦力を失くす事が損失であると知っているからでしかない。
しかし、そうした部分について (程度はともかくとして)エンドラスも好ましいとは感じていた。
人間的な自分を殺し、帝国軍人として自分を一個人ではなく一戦力として数える考え方は、彼の提唱した【汎用兵士育成計画】にも通ずる所もあったからだ。
「そう、その汎用兵士育成計画だよエンドラス。どうだね? テストケースとして、君とガリアの子がそれを体現する、というのは」
思わずエンドラスの頬に冷や汗が流れた。
汎用兵士育成計画の根幹は、優秀な帝国軍人同士の遺伝子を組み合わせ改良する事により、優秀な兵士を産み出して次世代に繋げる事にある。
つまりレイニスは【汎用兵士育成計画】という計画の立案者で優秀な部下であるエンドラスに、同じく優秀である自分の娘を宛がい、その子供を産ませようと思案しているのだ。
「君のお父上にも話は通しているよ。お父上としては【エンドラス】という名を繋ぐ事の出来る縁談ならば喜んでと手を取ってくれた」
「ですが、サーニオス家の跡継ぎは」
と、言いかけた所でエンドラスも思い出す。サーニオス家にはガリアの他にもう一人、ガリアとは二つほど年の違う、帝国魔術師となった息子がいた筈だと。
「そう、息子のエニスがいる。アイツにもそろそろ嫁を宛がう予定だ」
ガリアの兄であるエニスにサーニオスの名を継がせ、妹であるガリアをリスタバリオス家に嫁がせる事で、その遺伝子を広く多く残す事が、レイニスの考えだ。
今でも残る遺伝子至上主義的な考え方で、エンドラスは内心 (汎用兵士計画はそんな至上主義に反するものであるのだがな)と、悟られぬ程度のため息をつく。
汎用兵士育成計画は、確かに優秀な遺伝子同士を組み合わせ、生まれた子供に徹底した英才教育を施す事で優秀な帝国軍人を排出する計画である。それが計画の根幹である事は間違いない。
だが、この計画には優秀な帝国軍人を排出する他に「現状の無闇な遺伝子配合」ではなく、国が主導して徹底した遺伝子研究と検査を行い、適正な遺伝子配合が行われるようになる事が重要だ。
そうする事でより優秀な子供が健康に生まれやすくなる事に加え、遺伝子研究が進められる事で遺伝子学的に裏付けの取れていない無闇な遺伝子配合により、才能や技術に恵まれなかった悲しい子供の絶対数を減らす事に意味がある。
例えば、ハングダム家の嫡子であるメリー・カオン・ハングダム。彼は優秀な対魔師として育ってこそいるが、実の父親からは「奇形遺伝子」として蔑まれている。確かに彼は顔面奇形として生まれてきたが、それは生まれる際の防疫管理に問題があり、リンパ線の炎症を起こしてしまった結果である。遺伝子的な欠陥によって奇形したわけではない。
彼のような子供を一人でも無くし、また優秀な帝国軍人だけで国防を担う事により、才能や技術の有無で道を閉ざされたり、差別される子供の絶対数を失くす。
加えて遺伝子研究に軍事費用が回す事が出来るとなれば、医療研究に予算を回さずとも遺伝子医療技術の発展が見込める。
汎用兵士育成計画は、そうした数多の考えを前提として提唱した計画であり、彼の友であるドナリアは、その想いを理解してくれたというのに……。
そう考えていた時、話についていけていなかったガリアは首を傾げながら「恐縮でありますが!」と声と手を挙げた。
「汎用兵士育成計画、なるモノは、何でありますか!?」
勢いよく詰め寄られながら問われ、思わずエンドラスは言葉を失ったが、しかしその言葉を聞いたレイニスが代わりに「これだ」と、エンドラスが以前提出した論文を渡した。
それを受け取ったガリアは、まるで眼力で紙に穴を開けるのではないかと言わんばかりに一点を見据え、集中し読み進めていく。
「どうだろう。娘は第四世代魔術回路持ちだし魔術もそれなりに教えている。君も同世代だろう? つまり両者共に優秀な剣術家に加え、同世代同士の配合と、条件は整っているように思える。……それに父親として少し贔屓目に見てしまっているかもだが、それなりの美人であるとは思う」
そこにこれと言った異論はない。確かにガリアは同世代の女性達と見比べる必要もない程に美人の部類に入るとは、これまで女っ気の無かったエンドラスでも思うし、彼女が優秀な帝国軍人であるという言葉にも同意する。
訓練や模擬戦における戦績はエンドラスの方が優秀ではあるが、しかし彼に負けず劣らず、その訓練量に裏打ちされた実力は高く、エンドラスとガリアの遺伝子と教育を受けた子供が彼らを超える逸材となる事は想像に難くない。
けれど……ガリアという女性が妻となり、自分と人生を共にする事が想像できず、思わず頭を抱えるのだ。
しかし、そんな彼とは異なり――ガリアは、渡されていた論文を一ページめくる度にワナワナと震え、目を輝かせ、笑みを浮かべ、最後の最後まで読み切るよりも前に、その手に込めた力が災いして、論文をビリッ、と破いてしまう。
「す――素晴らしいでありますッッ!」
真っ二つに割かれた論文を放り投げ、ガリアはズンズンとエンドラスに近付き、彼の手を握ると、鼻息荒く興奮冷めやらぬといった様子で、想いを伝えた。
「エンドラス殿の論文は国防という概念に一石を投じるモノであります! 多少、難解な部分もありますが、遺伝子至上主義な現状を打開し、優秀な子供のみを次世代に繋げようとする考えは実に正しい! 正義とは力、力とは正義! そして正義という力が伴う子供を産み出すには、徹底した遺伝子研究と才能が重要という考えは、拙者も同感であります!」
「それは、ありがとう」
「では! 拙者と子作りを致しましょうッ!」
「……は?」
段階を踏む所か、ハードルを棒高跳びで飛び越えるように飛躍した話を聞いて、思わずエンドラスが唖然としてしまう。
「拙者は初めて自分の性別が女である事を誇りに思うのであります! ええ、祖国の為に子を残す、これもまた帝国軍人として必要な在り方であったのですね! 目から鯛とはこの事であります!」
「いや、ちょっと……目から鯛?」
「それで、子供とはどのように作るのでありましょう? 幼き頃に母上から、接吻とやらをするとコウノトリがキャベツ畑へ運び植えてくれると教わりましたので、事前情報は接吻というのが何かさえ分かれば万全であります!」
「お、落ち着いてくれないかな……?」
「拙者は落ち着き過ぎて茶がへそで沸かせる程であります! では父上、拙者とエンドラス殿は子作りに勤しむ故、此れにて失礼いたします!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 茶がヘソで沸かせるという言葉の意味が本来の用途と異なり過ぎているのだが!? それに目から鯛というのは、もしかして目から鱗では……!?」
「難しい事は拙者、分からないのでありましてっ!」
――そうしてエンドラス・リスタバリオスとガリア・サーニオスは、交際を果たす事となったのである。





