役目-10
クシャナ・アルスタッド――幻想の魔法少女・ミラージュは、その右腕を強く横薙ぎに振るう事で玉座を前に立ちはだかるラウラ・ファスト・グロリアの顔面に裏拳を叩き込もうとするが、しかし見えない壁のような何かにその拳が防がれると、その障壁から放たれる衝撃波のような物が彼女を襲い、大理石の階段へと叩き付けられ、転がった。
「この……っ」
ミラージュの握っている黒剣と、フェストラが空中に顕現させた空間魔術から幾多のバスタードソードが同時に射出される。だがその物理的な攻撃も全てが彼に突き刺さるよりも前に弾かれ、四方へと散らばっていく。
カランカランと、剣が床に転がる音が響く中、ラウラは落胆というべきため息をついた。
「無駄だ。我はお前達に殺される程に未熟ではない。人選を誤ったようだな、フェストラ」
「果たしてそうかな。……まぁ、庶民がお前と相対するには分不相応であるという考えは同感だが」
「オイ! お前はどっちの味方だっ!?」
フェストラはというと、先ほどのように剣を射出したり等の援護は行うが、基本的に戦闘へ参加しているという印象は薄い。
幾度も死ねるミラージュの不死性を利用してラウラの実力を計ろうとしているのだろうが、しかしミラージュだけを相手にした所で本気を出す必要もないし、加えて彼女はレナの子供……否、ラウラの子でもある。
彼女を殺そうとは思わぬが故に本気を出すつもりもない。当然の事だろう。
「……分からんな」
「何がだ」
「人材配置だ。貴様がアスハを民衆の扇動役として動かした事は理解できる。そしてアシッドへの対処が出来る人材としてヴァルキュリアを配置した事もな」
事が起こってしまえば、彼が何を目的としてどう人員を配置したかは概ね理解できる。
確かに、かつて多く民衆の前に立ち、差別是正と政教分離政策の撤廃を求めたアスハの声は、民衆に対して大きく影響を与える事も理解できる。だからこそアスハを聖ファスト学院の占拠、及び聖ファスト学院の音響設備を用いて民衆に声を届けさせる役目を与えた判断は正しいかもしれない。
加えてアスハがそうして多くの事実を暴露し、民衆も防衛機構も混乱に陥った中で、地下施設の行動記録を奪取する役目をルトとメリーというハングダムの人間に与え、その奪取に成功させた。
それに対してラウラが民衆へ恐怖を植え付けるという目的によってアシッドを多く使役する強行に出ると、今度は対アシッドという戦術に適したヴァルキュリア……煌煌の魔法少女・シャインに民衆防衛の役目を与え。
そして、シガレットという怪物級の人選に唯一対抗し得る、怪物級の騎士であるガルファレットと、彼女を殺す力を持つファナに、対シガレットの役目を与える。
アマンナはシガレットが護衛をするレナの奪取に動かし、いざという時に動ける人員とし、またルトとメリーも、行動記録の安全さえ確保できればアマンナと同様、予備人員として動かせるようになる。
「我はこれまで貴様が立てた策によって後手に回らざるを得なくなり、失墜を果たした。しかし、先ほど貴様が言ったように、我が死ななければ、我が貴様を、貴様の遺す全てを殺し得れば、我は再びこの国を統べる者として君臨出来る」
「恐怖の帝国王……否、人間を管理する神として、か?」
「そうだ。そして我を殺し得る人材は、クシャナと貴様ではない。ドナリア亡き今、我を殺し得るのはアスハ以外にいまい」
今こうして、ラウラと相対する人選が、例えば同じハイ・アシッドの中でもアスハ・ラインヘンバーであれば、ラウラも本気を出さざるを得なかっただろう。
アスハの有する固有能力である支配は、ラウラがシックス・ブラッドと帝国の夜明けの面々で二番目に危険視していると言ってもいい。
ラウラは確かに戦闘能力も優秀な部類には入るが、戦闘に特化した人間ではない。アスハと目を合わせる事無く彼女と戦えば、その支配能力によって意識を奪われてしまう事だってあり得る。
だからこそ、アスハを聖ファスト学院の占拠と民衆の先導役に割り振り、そしてその役目を終えた後も、十王族関係者の護衛に割り当てたのはフェストラの配置ミスではないかと思えるし、また彼が配置ミスを犯すとは思えない。
何か、彼なりの考えがあってそうしたのではないか……そう疑問を持たずにはいられない。
「貴様は何を考えている。純粋な力比べ、想いの強さを比べていこう等とぬかすが、貴様のような男がそんな結論を出す筈もあるまい。まさかとは思うが、最後の最後で策を巡らせる事が出来ず、神頼みとでもいうつもりか?」
「神頼みのつもりはないが、概ねその理解で正しい。お前という男を必ず殺せると断言できる情報が無かった。故にここまで来て即興の知恵と技量比べに走る他なかった、というのはな」
ラウラの戦闘能力は、現時点においても未知数だ。確かにドナリアが遺した携帯電話の録音から、彼が空間魔術の到達点とも言える空間消滅魔術を戦闘に取り入れているという情報は取得できたが、しかしそれを知っているだけで、どれだけ対処出来るかなんて計り得ない。
フェストラもそれなりに空間魔術に対して知識と技術を持ち得るが、その技量を以てして対抗できるのならば良し、対抗できぬのならば別の手を用いて、臨機応変に対処していく他ないという現状は覆しようがなかったのだ。
「だが勝機が無い訳でもない。確実に貴様を殺せる算段は立てていないが、オレには分が悪くとも五割は貴様を殺し得ると断言できる策が、そして……それだけの力が、庶民にはある」
「魔法少女としての新形態、ブーステッド・フォーム、であったか?」
チラリとミラージュの方を見据えると、彼女は口から僅かに血を流しながらも、その左手に新型デバイス【ブーステッド・ホルダー】を握り、胸元から取り出したマジカリング・デバイスをホルダーに装着した。
「前回の戦いについても、一部始終は拝見していた。だが、そんな力を戦力に加えるとは、フェストラも気を違えたか?」
「やってみなくちゃ、分かんないだろう?」
右手でデバイスを持ち直したミラージュ。彼女はその側面指紋センサーに指を乗せ、システムを起動。
〈Stand-Up BOOST.〉
機械音声に合わせ、ミラージュは胸の谷間に収めていた一本のアシッド・ギアを取り出して、その先端にある四ミリ程のUSB端子をデバイス・ホルダーに挿入。
肉体にかかる負荷を感じながら、彼女は音声コードを入力する。
「フォームチェンジッ!」
〈Form-Change.〉
既に変身を終え、ミラージュとして君臨していた彼女の身体が、再び光に包まれた。
それまで着ていた白を基本色とした戦闘衣装が僅かに変化していき、その短かったスカートは若干長くなり、また身体を覆う面積も僅かに多くなる。
胸元に赤の光を放つデバイスが取り付けられ、デバイスからはアシッド・ギアが伸び、それは彼女の呼吸に合わせて大きな胸と連動し、僅かに揺れる。
彼女が手を広げると、その手に顕現される黒剣。しかしそれは通常彼女が用いる黒剣と異なり、長く大きな形状をしている【ブーステッド・パニッシャー】と呼ばれる兵器である。
光が散ると、彼女は「幻想の魔法少女・ミラージュ-ブーステッド・フォーム」へとフォームチェンジを終え、ミラージュ本体を合わせて十体のミラージュが、彼女とフェストラを守る様に立ちはだかった。
――だが、そんな彼女の姿を目の当たりにしても、ラウラはただため息を漏らすのだ。
「アシッド・ギアの中にある因子分、そのまま戦闘能力として顕現できる。それは確かに強力な兵器と言えるだろう」
「そうだ。貴方を……お父さんを殺し得る力として、カルファスさんから授かった」
「あの女狐から力を授かるべきでは無かったと言っている……っ」
僅かにラウラが声を荒げた瞬間、ミラージュ達とフェストラの身体を僅かに浮かす程の風圧が襲った。
否、それだけじゃない。両足を地面に付けて浮かぬよう身を僅かに構えた瞬間……フェストラはギョッとした表情で地面を蹴る事によって身体を後退させた。
その時、本物のミラージュを除く面々が、一斉に頭上から発生する圧力のようなモノに潰されて、グシャリと音を立てながら肉片として潰された後に、消えていく。
回避運動に入っていたフェストラは何とか潰される事は無かったが……しかし、もう少し回避が遅ければああなっていたのだと、彼は思わずハァ――と息を吐き、溢れる冷や汗を垂らした。
「クシャナ、君は我の事を父と呼んでくれるようになった。だからこそ、父として言わせて貰おう。あのカルファスが授けた力が、これまでどんな悲劇を生んだ? 知らないとは言わせん」
「……まさか、お父さんは」
「ああ。ヴァルキュリアの有している、シャイニングとかいうマジカリング・デバイスの副作用についても、初めて見た時から予測を立てていた。故に、エンドラスに娘を変身させるなと再三注意を促していた」
これまでカルファスが、シックス・ブラッドと帝国の夜明けに授けた数々の技術は、全てが強大な力を得ると共に、与えられた者に破滅をもたらすモノであったと言ってもいい。
メリーやアスハ、そして今は亡きドナリアに与えられた新型アシッド・ギアは、彼らの肉体を養殖のアシッドから、クシャナと同じく野生のアシッドとしての力を有する為の技術。
そしてヴァルキュリアに与えられたマジカリング・デバイス【シャイニング】は、その希釈化アシッド因子によって強大な力を百パーセント引き出せる反面、使用し続ければいずれ彼女をアシッドとして変貌させてしまうだろう技術。
――そんな彼女の生み出した【ブーステッド・ホルダー】が、副作用も何もない、便利な道具である筈も無い。
そんな事はクシャナも理解しているし――そもそも、その副作用は既に、彼女の身体を蝕み続けている。





