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役目-08

「っ、この……!」



 髪の毛を逆上げながら、時間停止の魔眼を用いたアマンナ。自分以外の時が止まった中でドナリアの背後へと回ると魔眼の発動を解除、その首筋を斬り裂いた。


が――ドナリアの背中から、計十本の細く長い刃が伸びて、アマンナの身体を突き刺そうとした。


急遽地面を転がる様にして避けたアマンナだが、胸元から腹部にかけては避ける事出来ず、突き刺さった上に回避運動の結果、肉が斬られ痛みも走る。



「い――ああ、っ!」


「Ga、Goa……ッ!」



 背後のアマンナを狙い、自分の爪を身体越しに伸ばすという戦略は、まともな思考回路があれば行わなかった事だろう。


しかし、ドナリアの有する【裂傷能力】と彼の再生能力、加えてまともな理性を排除された状況では、確かに時間停止の魔眼によって背後を何時でも取れるアマンナに対しては、有効な戦略だ。



「ドナリア……ドナリア、やめろ、やめてくれ……ッ!」



 先ほど食い千切られた腕の再生を終わらせ、アスハは未だに蔓延るアシッドの身体を斬りながら、ドナリアへと駆け出した。


ギロリとアスハへと視線を向け、その身体を再生させながら爪を振るうドナリアと、その爪を弾きながら彼の腕を取るアスハ。



「私達がどうして戦わなければならないっ、お前は、お前の兄であるラウラを倒すと決意していただろう……っ!?」


「A、suha……」


「そうだ、私だ、アスハだ……お前が、笑顔を好きだと言ってくれた……アスハだ……っ」



 名を呼び、声をかけ、どれだけ嘆いても、ドナリアは呻きながらも戦う事を辞めない。


むしろ、アスハという存在を認識すると、彼女に向けて駆け、その両腕を振るう。その腕に込められた力は強く、そして正確だ。



「っ、ドナリア……ッ!」



 剣を振るい、彼の右腕を斬り裂いたアスハ。だがそのすれ違いざまに、アスハへと三本の爪が伸び、その背中を貫く。



「が――ッ!」


「アスハ!」



 アマンナがドナリアの顔面を蹴り、その頭部にナイフを刺し込む事で痛み悶えさせる。しかし……時間をかければ、事態はより最悪の方向へと進んでいく。


今、アスハによって足と頭部を撃たれ、身動きを取れずにいたアシッド達も、立ち上がり始めた。再生を終わらせた、という事だ。


 彼らを喰らう為にアスハが操っていた三体のアシッド達に向け、次々と襲い掛かるアシッド達。彼らを喰い終わった後は……恐らく、アスハやアマンナを狙い、こちらへと迫る。


ドナリアという一人の屍すら厄介であるにも関わらず、まだ十何体と残るアシッドの軍勢が迫るというのだ。それを理解した時、アスハもアマンナもゾワリとしたものを感じた。



「アスハ、貴女は、アシッドの対処を。わたしがドナリアを」


「無理だ、アイツの実力が高い事は、分かっただろう……っ」



 そう、ドナリアはこれまでの戦闘でも分かる様に、当人の戦闘能力自体もそれなりに高く、加えて汎用性こそ高くはないが、単純かつ鋭利な力である【裂傷】は、単純な戦闘能力で劣るアマンナには不向きな相手である。


アマンナは確かに時間停止の魔眼による優位を持つが、しかし先ほどのように、ドナリアと競り合った場合には不死性を持つ彼の方が、圧倒的に有利である事も確かだ。



「私が、ドナリアを止める……止めなければならない……ッ!」


「アスハ――ッ!」



 駆け出し、ドナリアへと真正面から突撃したアスハは、腕を再生し始めている彼の身体を押し倒しながら、その顔面を両手でしっかりと固定して目を合わせながら、叫んだ。



「お願いだドナリアっ、思い出してくれ……っ! 私は、お前を殺したくは……お前を喰いたくはない……ッ!」


「Gu、uuuUUUッ」


「だって、だってお前は、私に好きと、言ってくれていたじゃないか……っ、私は、そういう感情なんて向けられる人間じゃ、女じゃないと思っていたのに……なのに、そんな私に、お前は好きと言ってくれたんだろう……ッ!」


「UUUUUUuuuuuッ!」



 ミハエル・フォルテの時と同様に、既に死者である筈のドナリアには、アスハの支配能力は通じない。それは理解できている。だからそうして目を合わせる行為に、本来は意味など無い。


けれど、彼女は今、再び生を得た彼と相対している。意識を失っていようとも、既に死した存在であったとしても……彼の想いに対し、自分の心に芽生えた感情があるのなら、目を合わせて答えるべきであると感じたから。


 それにもしかしたら……アスハは、心のどこかで願っていたのかもしれない。



 ドナリアはただラウラに操られているだけで、心のどこかでアスハの事を理解していると。


 こうして叫び続ければ……彼は目を醒まし、再び自分と共に戦ってくれる男に戻ってくれると。



 だが……現実は、物語のように都合よく進む事は無い。



ドナリアが傷を負っていない左手でアスハの首を掴むと、そのまま彼女を持ち上げながら、その背中を地面に叩き付け、再び持ち上げようとした所で、アスハが目を見開きつつ左腕も斬り裂いた。



「……許さない。私は、お前を許さないぞ、ラウラァッ!」



 ドナリアの背後から迫ろうとしていたアシッド。その内の三体を再び支配下に置きながら、彼女はドナリアへとその剣を振るっていく。


最初の数振りは素直に身を斬り裂かれてくれていたが、しかし首を狙った刃に対しては避け、その上で隙を見計らうように腹部へと狙った拳が。


鳩尾に叩き込まれたドナリアの剛腕。それによって、感覚の無いアスハの喉元から血が吐き出され、ドナリアの目を覆う。



「ごほッ、ぉえッ、……自分の弟を殺し、その死さえも利用し、死者を愚弄する……それが許されるような世界など、私は認めん……ッ!」



 アマンナは、そうして叫びながらドナリアへと斬りかかり、しかし再生を終わらせたドナリアの爪とただの斬り合いとなっている現状を、好ましく思っていない。



(アスハ、冷静さを欠いている……っ)



 当然といえば当然かもしれないが、彼女は現状、ドナリアという存在が相手だからこそ、頭に血が上り、まともな思考が出来ていないといってもいい。


その思考が乱れた結果として、彼女は冷静に対処さえすればドナリアにも劣らない実力者の筈だ。


なのに今は、理性を失って戦闘マシンとなるからこそ、むしろ誤った判断をする事のないドナリアに対し、ただその場凌ぎの対処、その場凌ぎの攻撃しか出来ないでいる。


 その状況で、アスハが数多くのアシッドに対抗する術として用意しているのは……彼女が操れる、三体のアシッドだけ。


それも、ドナリアとの戦いによって支配能力の強みである、彼女の意思により如何様にも動かせる状況ではなく、自律的に彼らがどう判断するかを、独自に任せる事だけしかしていない。まともに思考を巡らせる事の出来ないアシッド達が、多勢に勝れる筈も無いのだ。



(ならせめて、アスハとドナリアが対等に戦える状況を作る……っ)



 右目を隠すように下ろされている前髪。それは普段は前髪の整髪料に魔眼の効果を抑える薬剤を混ぜる事で発動を抑えているが、それが意味をなさなくするように、ピンで髪の毛を分けて留め、曝け出す。


 一斉に、身動きが止まった世界。その世界において、アマンナは体力が続く限り自由に動く事が出来る。


彼女はまず、アスハの操っているアシッドへと襲い掛かろうとしているアシッドの足首に向け、ナイフを一本ずつ投擲。


手から離れた瞬間、それはピタリと動きを止めて空中に留まった。彼女に触れている物は時間停止の埒外に置かれるが、しかし一度手から離れれば、時間停止の対象内だ。


アシッド達から遠ざかり、中央にあったフレアラス像の瓦礫を中心に反対側へと辿り着いた彼女は、時間停止の魔眼を解除。


動き出した時の中で、アスハとドナリアは剣と爪により斬り合いを再開。


そしてアシッドの軍勢も敵対するモノを喰らおうと駆け出そうとしたが……そこでアマンナの投擲していたナイフも速度を得て、それぞれのアシッドの足首を貫き、そのアキレス腱を切った。


倒れ出すアシッド達の頭に、アスハの操るアシッドが襲い掛かり、頭を喰い散らかしていく光景は、見ていて不快だ。しかし今はそれに頼るしかない。



「ごほっ、おほっ……ひゅぅ……、ひゅぅ……っ」



 時間停止の魔眼を発動した事によって、アマンナの体力は急激に低下し、疲労に襲われる。肺が空気を欲して伸縮し、気管支も縮まっているのか、軽く過呼吸気味のアマンナだが、そうして悶えているわけにもいかない。


胸を叩いて無理矢理、身体を動かす。だくだくと流れる汗を不快に思いながらも残り少ないナイフを抜き放ち、既に一番近くに居たアシッドの頭に向けて、それを投げる。


突き刺さり、一瞬動きを止めたアシッドが、しかしグワンと頭を動かしてそれを抜くと、アマンナの存在を認識した。



「こっち……ッ! こっちを見なさいッ!」



 アマンナが普段出さない声量で声を挙げる。アスハとドナリアの剣戟によって多少かき消されたが、しかし十数体の内六体ほどは、アマンナがいつの間にか反対側に居た事を察して、彼女を見た。



「良い子、良い子……っ」



 多少もつれる足を何とか動かしながら、愚直にこちらへと向かってくるアシッド達に対抗する為、懐から一つのキューブを取り出し、空に放ちながら起動コードを唱える。



「ゴルタナ、起動」



 外部魔術兵装・ゴルタナ。その黒い兵装に身を包まれながら、少しだけ身体が軽くなる感覚に後押しされて、一体のアシッドに対して殴りかかる。


魔術強化を施しているから、という理由も勿論あるが、ゴルタナによる戦闘能力向上という結果により、ただ殴りつけるだけでアシッドの首を折る。

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