表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/329

ファナ・アルスタッドという妹-01

それは既にクシャナ・アルスタッドの、半生においての思い出と言っても良い。



ファナ・アルスタッドという妹は、私が二歳の頃にお母さんがどこからか拾ってきた、捨て子だった。


お買い物に行ってくるね、なんて言葉を残して出て言ったお母さんが、三十分もしない内に帰ってきたと思ったら――その手に小さな赤ん坊を抱えていたのだ。


 そして深く考えることも無く「この子は今日から新しい家族よ!」と私へ嬉々として伝えて来た。


その時に私は「ああ、この人は面倒を抱える人なんだな」と再実感。



元々お母さん……レナ・アルスタッドさんという女性はそう言う人だった。


他者の事を放っておけず、多く他者にお節介を焼き、けれどその見返りが自分に返ってくることを求めない。


誰かが困っているなら助ける事が当たり前だと言うのに、自分が困っていても誰へ助けを求める事も無い。



私は、クシャナ・アルスタッドという女になる前……赤松玲であった頃や、プロトワンであった頃から、同じような人間を多く見て来た。


けれど、その誰もが決して幸せになる事はなかった。


弱者は食いつぶされる。これは世界の理だ。


他者へ優しさを向ける事の出来る人間は、大きな苦労と小さな幸せを積み重ねるけれど……やがて積み上がった膨大な苦労を、小さな幸せだけで乗り越える事が出来ず、自重で潰れてしまう。


私はいい。私はそうして小さな幸せを糧に出来れば、どれだけでも苦労や苦難によって苦しめられる事もいとわない。


私にとっての不幸は、何時だって「生きている事」……だから不幸の私が行動する事で誰かを救い、自分を滅ぼす事が出来るならばそうしたい。


でもお母さんは違う。この人はただの人間で、今日を、明日を、未来を生きるべき、輝きに充ちた命を有する人だ。



だから私は……ファナ・アルスタッドという妹を新たな家族として迎え入れたその日、ある決意をした。



「お母さん」


「なぁに、クシャナ」


「私、いいお姉ちゃんになるよ」


「そう。お母さんも助かるわ」


「それで、この子が超かわいい女の子に育ったら私のお嫁さんにするんだ。血の繋がらない妹を嫁にするって全人類の夢だと思うもん」


「クシャナ!? 貴女おませさん通り越してとんでもない事考えていないかしら!?」



 私が程々に手のかかる子供となり、ファナの姉としてこの子を守ろう。


そうすればファナは、私のような人間になりたくないと、しっかりとした子供に育つだろう。


そうすればお母さんも、程々の苦労と程々の幸せを抱き、その命尽きる時まで小さな幸せに包まれながら生きる事が出来ると信じてる。


そして私は……何時の日か二人と距離を取り、一人で死ぬ。


二人の知らぬ所で、ひっそりと。



――第二の人生など、両手に収まる程度の幸せを掴めるだけで十分だ。



**



 帰宅した私が気絶しているファナを自室のベッドに寝かせ、その可愛い寝顔にチューを四回くらいしたついでに発育途上のおっぱいをダイレクトに二揉み位した後、お母さんをリビングの椅子に腰かけさせ、神妙な顔つきを作った。



「お母さん、一つ聞いて欲しい事があるんだ」



 お母さん……レナ・アルスタッドさんは、向かいの椅子に座った私の表情を見据えた。


それまで早々の帰宅を果たした娘二人を心配そうにしていたが、何かあったのではないか、と息を呑むようにして、私の言葉に頷く。



「な、何かしら」



 演技は昔から得意だけれど、この人を騙すのは正直気乗りしない。お母さんは他人の言葉を何でも信じちゃう人だから簡単に騙せちゃう。だから罪悪感がヤバい位に湧き上がっちゃうのだ。



「実は、ファナと婚姻を前提にお付き合いをしたいという、女の子が現れた」


「な、何ですってぇ――っ!?」



 ほら信じた。しかも母さんの背後にゴロゴロバリーンと雷のようなエフェクト入ったように見える。この人は千九百九十年代のギャグアニメ出身かな?



「お、女の子なのね……! そうなのね……っ!」


「そう、女の子だ。ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスちゃんっていうね。勿論ファナは私が嫁に貰うから、決してその子に譲る気はないのだけれど」


「な、なんて事なのかしら……女の子同士の禁断の愛、さらには姉からの愛情、でも血は繋がっていない、その上でもつれ合う三角関係……っ! ファナはとんでもなく数奇な運命を背負って生まれた女の子というわけなのね……っ!」



 この人が地球で産まれてたら絶対に少女漫画と昼ドラを漁る様に見ていると思う。



「ファナもその子に告白されて、思わず気絶しちゃったんだろうね。私へ向ける女としての情欲と、ヴァルキュリアちゃんへの敬愛が心中でもつれ合い、思考をまとめ切る事が出来ずに」


「そう、そうね。ファナはまだ十五歳だもの! そんな簡単に心が決まる筈は無いわ!」


「と、ここでいったんその話を置こう。ファナが気絶している間に、もう一つ重大なお話がある。最初は点と点でしか無いように聞こえるかもしれないけれど、最後には線で繋がるから、まずは聞いて欲しい」


「ええ、どんと来なさいクシャナ! お母さんはどんな物語の衝撃的などんでん返しすら『この結末も予想していたわ』と言える程、理知的な女だから安心なさい!」



 この間、十年以上も続いていた長期小説の最終結末が夢オチで「まさかそんなどんでん返しがあっただなんてーっ!」とか驚いてた人の発言では無いように思えるけれど、それは無視しよう。



「そのヴァルキュリアちゃんは、高名な軍人家系の娘さんなんだ。魔術師としての素養も、帝国騎士としての素養もあって……正直、私よりも将来有望だ」


「も、もしかしてクシャナは、ファナをその子に譲る気なの!?」


「落ち着いてくれお母さん。私も、そんじょそこらの小娘に可愛いファナを譲る気は無いと言っているだろう? ……でも、ファナの幸せを考えれば、それも必要な事なんじゃないか、とも思ってしまうよ」



 少し、遠くを見据えるフリをして、自宅の棚に飾ってある小さなフレアラス様の像を見据える。ゴメンねフレアラス様、私は今凄く平然と嘘の積み重ねしてお母さんを騙してるわ。



「話を戻して、その子のお父さんは仕事で、辺境の地へと向かう事となった。ここから少なく見積もっても八十キロはある、リシャーナという山岳帯だ」


「つ、つまりその子はファナと離れ離れになってしまうという事……?」


「いいや。聖ファスト学院に通って将来有望な騎士になる事を目標にしている彼女は、そこでファナに告白をしたんだ。『この不器用な拙僧と共に、二人だけの共同生活を営んで下さいませんか、マイエンジェル』……とね」


「だ、大胆……不器用だからこそ、素直な気持ちを伝えなければならないと思ったのねっ! 私好みかもしれない!」


「そこでファナは気絶してしまった。故に私が話を代わりに伺い、彼女が如何にファナを愛しているかを知ったんだ」



 私は本当に、何をつらつらと口から出まかせ言ってるんだろう。正直ここまでやらなくても良かった感はあるのだけれど、何か楽しくなってきた部分もある。



「しかし二人だけの生活を許してしまうという事は、必然的に若い女が二人きり……何も起きない筈はなく……私はファナの清き身体を守る為、二人での生活は認めなかったが、一つ妥協案を見出した」


「そ、その妥協案と言うのは……!?」


「この家で、ファナとヴァルキュリアちゃんを同じ部屋で寝泊まりさせる事。そして私も常に監視し、ファナの身体に傷をつけさせないようにする……そうすれば」


「なるほど……貴女とヴァルキュリアちゃんが、常にファナの近くにいる事で、ファナに選択させるつもりなのね……『どっちの女を選ぶんだい?』と……っ!」


「その通りだよお母さん。これは私とヴァルキュリアちゃんによる女の勝負であると同時に……ファナを大人の女性にステップアップさせる為の階段でもある、という事さ」


「我が娘ながらなんて事なの……! 決して自分の幸せだけではなく、最愛の妹であるファナの幸せと、恋敵であるヴァルキュリアちゃんへの敬意も含めて組み立てられた、完璧な理論に基づいた案じゃないっ!」



 この人の言う完璧とは「ハンバーガーとコーラは世界一のアメリカで一番売れてる組み合わせだから世界一美味しい食べ物と飲み物。この理論は完璧」という理論位には破綻した完璧であると思う。



「と、いうわけでその子がしばらく……ファナが心を決めるまで、この家に住まう事となってしまったんだ。私が一人で勝手に話を進めてしまって、申し訳ない」


「良いのよクシャナ。貴女も辛かったでしょうに……!」


「辛くなんかないさ。私もファナを渡すつもりなんてこれっぽっちも無いからね。でも、ヴァルキュリアちゃんも良い子だから、お母さんには長い目で結末を見届けて欲しい」


「ええ! 私はこれまで通り、とぼけたフリをしたお母さんであり続けるわ!」



『とぼけたフリ』じゃなくて『とぼけてる』んですよお母さん。



「じゃあ私はヴァルキュリアちゃんを迎えに行ってくるよ。ファナにも私が説明をするから、お母さんはいつも通りを装っておいてくれ」


「ええ、任せなさいクシャナ! あ、ついでに大根も買ってきて!」


「はーい」



 これからはファナだけじゃなくてお母さんの事も見張っていよう。昔からおっちょこちょいなお母さんだったけど、私のこの破綻し続けた理論を信じちゃうくらいにはヤバいお母さんだと再認識しちゃったし。


 家を出て、帝都・シュメルの郊外にある低所得者層居住地区を抜けると、帝都の大広間から低所得者層居住地区へと向かおうとしていたヴァルキュリアちゃんと鉢合わせる。



「クシャナ殿! 申し訳ない、今からご自宅へと向かおうとしていた所だったのだ!」


「やぁヴァルキュリアちゃん。……何とか言い訳できたよ」


「母君に、その……回路の事は」


「伝えてないよ。伝えたらお母さんから漏れちゃう可能性もあるからね」


「ならば良いのである!」



 大根を買ってくれと頼まれていたので、私はヴァルキュリアちゃんを連れたまま、帝都の大広場……そのレンガ造りの街並みを一望できるシュメルの中心部へと出向き、屋台で大根を買うついでに、お母さんへどう誤魔化したのかをヴァルキュリアちゃんへ説明した。



「……何故その説明で信じたのであるか? クシャナ殿の母君は」


「不思議だよねぇ。騙せちゃうんだよなぁコレが。あ、口裏合わせておいてね?」


「正直その設定はイヤなのである……」



 大根が十八トネル七十カンツで、十トネル札二枚でお釣りで貰う。


そうした私の買い物にもヴァルキュリアちゃんは少し興味があるようだ。



「大根とは安いものなのであるな……」


「え、いやいや高くなったよ。昔は十トネル札でお釣りが出た位だったもん」



 ちなみに分かりやすく日本円換算すると、最近の為替市場価格変動から鑑みるに一トネルは十円から十二円程度と推察できる。ちなみに一トネルが百カンツだ。


つまりだいたい、この大根一本が日本円換算すると百八十円位というわけになる。今の日本において大根の価格がどうなってるか知らないけどね。


 この世界の為替市場は随分と変動が激しいので、もしこの世界でインターネットが普及していてFX取引が出来るなら、私は生前と同じく個人投資家として生活をするのだけれど。取引所に行ってわざわざやるのは流石に面倒くさい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ