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役目-07

既に何体のアシッドを切り捨て、その内の何体を喰らったか、今のアスハならば明確な数を回答する事が出来る。


切り捨てた数は四十二体、そしてアスハ本人が喰らった敵の数は七体。そしてアシッドの総数は、現状把握できているだけでも六十八体。


絶え間なく襲い掛かり、理性の無いアシッド達を斬る事そのものは容易い。しかしいくら切り伏せた所で再生を果たせる彼ら相手には、喰らった数こそが重要であり、そして切り伏せた数など何の意味も成しはしない。


加えて、アスハが持つ固有能力の一つでアシッドを操る事が出来て、この数値だ。元々操る事のできるアシッド総数は三体、加えて彼らに事細やかな命令を下す事は出来ず、あくまで出来るのは「周囲のアシッドを喰らえ」という命令だけ。


その命令に従って、目に映るアシッド達に向けて三体のアシッドが襲い掛かっても……周囲にいるおおよそ数十体のアシッド達を相手に、喰いきれる筈も無い。


敵対するアシッドも、自分たちに向けて襲い掛かるアシッドの存在を知れば、本能のままそれを喰らう。


結局、アスハが劣勢に追い込まれているという状況自体は覆しようのない事実、というわけだ。



「全く。使役してきた身が言うのも何だが、面倒な連中だな」



 だがハイ・アシッドが相手で無いのならば、戦い様は幾らでもある。問題はこちらの体力が持つか否かで、そこは覚悟を決める他ない。


アスハは太もものホルスターに備えていたグロックを抜き、その二重構造になっている安全装置を外しつつ、トリガーを引いた。


発砲音と共に放たれる銃弾が、疾くアシッドの足を貫く。近付いてくるアシッド達の足に向け、正確に一弾ずつを撃ち込んだアスハは、そのままマガジンを装填し直し、姿勢を崩すアシッド達が立ち上がろうとする度に、頭を撃つ。


アシッドと言えど、その深層部分には思考が芽生えているのか、頭を撃つとしばらく動かなくなる。脳に因子がある関係か、脳のダメージはすぐに再生されるのだが、しかし脳が撃たれたという情報は残り、意識があったとしてもしばらく身体が動かなくなるのだ。


その間に、三体のアシッドを適当に見繕い、目を合わせる事で支配し、彼らに倒れているアシッドの処理を任せる。


しばしの休憩と同時に、アスハは自分の目をこする。真なるハイ・アシッドとして昇華する事により、視界情報を得られるようになった事は喜ばしいが……しかし、アシッドという存在は、そしてその存在を喰らう自分も含めて、見ていると気分が悪くなる。



「分かっていた筈なのだがな……世界とは、美しい景色だけではない、という事か」



 美しいものも、美しくないものも、この世には充ち満ちている。


むしろ世界という存在には美しさを感じる事の出来ないモノの方が多くて、多くの人間はそうした醜いモノを嫌悪する癖に、汚れた世界のままであろうとする。


そう考えた時、アスハは噛み進めていたアシッドの頭が、とてつもなく醜くさを内包したモノに思えた。


それを造り出すアシッド・ギアなんてものの、これまで自分達は使っていて、多くの人間をこんな怪物に仕立て上げてしまった事を、今更ながらに悔やむのだ。



「……ドナリアは、どんな顔をしていたんだろうな」



 呟いた言葉に誰が答えるわけではない。けれどアスハはふと気になって、太陽の光が差し込むステンドグラスの天井を見据える。


 ポケットの中に入れていた、ドナリアの遺品。カートン買いされていたラッキーストライクのボックスを取り出して、包装を慣れない手つきで剥がした後、一本を摘まんで咥えた彼女は、煙草の先端に火を点けた。


 煙を強く吸い込んで、吐き出し、感覚が無いものだから気管支にでも煙が入り込んだのか、強くむせ込んだアスハは、しかし鼻孔を通って感じる香りに、表情をうろんとさせる。



「……ああ、この匂いだ。アイツの、匂い。それは思い出せるのに、顔だけは分からない……見た事も無いから、知る筈も無いのだが」



 センチメンタルな気分になるのも、死を目前にしているという感覚故か。アスハは煙草を口から吹き出して踏み潰した後、近くのアシッドが今立ち上がろうとした為、その首を斬り落とした後、その頭を使役するアシッドに向け、投げた。


 銃弾は全て撃ち切っている。加えて銃弾によって倒れた身体を立ち上がらせ、呻き声を上げる彼らの姿を見据え、アスハが剣を強く握ろうとした――その時。



先ほど吸った、煙草の香りが僅かに、後ろの方から感じたような気がした。



振り返った先、そこには茶髪と黒の入り混じった、艶の感じさせぬ髪の毛を逆立て固めた、初老に近い男の姿があった。


その男は、随分と虚ろな瞳をアスハへ向けて、ゆっくり、一歩ずつ、近付いてくる。


フレアラス像の瓦礫を踏み、姿勢を崩しても立ち上がり、ただアスハへと向けて来る男――



彼は、アスハの事を見据え、その口を開いて、呟く。



「A……ス、葉……」



 声は、随分と擦れていた。喉は潤いを亡くし、目も充血してどれだけ長時間に亘って開け続けられているのかさえも分からない。


しかし、アスハの事を見据え、その言葉を呟いた瞬間――男は項垂れていた頭をグワンと上振れさせ、目を見開きながら大声を挙げた。



「ア――明ハ、アアァアaaAAAAAッ!!」



 絶叫、咆哮、そんな言葉が最適であっただろう。男は声を張り上げながら身体を曲げ、その両足でフレアラス像の瓦礫を蹴りながら、アスハへと襲い掛かる。


彼の両手から伸びる爪、その爪をアスハは反射的に剣で受け止めながら、心中に渦巻く戸惑いを込めて、問いかける。



「……ド、ナリア……ッ!?」


「Aaaaッ!! GaHaaaaaaッ!!」



 焦点など定まっていない男の瞳と、驚きと困惑によって目を大きく開ける事しか出来ぬアスハ。


アスハがドナリアと呼んだそれは、その長く伸びた爪を振り回しながら、大きく開けていた口をアスハの剣を握る右腕に向けて、噛みついた。


その強靭な顎と歯によって、抉り取られた右腕の肉。筋を引き千切られたせいか、剣を上手く握る事が出来なかったアスハだったが、しかしそんな事を気にする事が出来ぬ程、目の前の情景は以上と言えた。



「GaaAAッ、GogaaaaAAAッ!!」


「ドナリア、なのか……お前は、お前は、本当に……ッ!」



 自分に覆いかぶさるその男に、名を問い続ける。だが男はそんな問いなど、聞こえていないように絶叫し、口から涎を流しながら、彼女の肉を咀嚼する。


グチュ、ゴリュと音を鳴らしながら自分の肉が咀嚼される光景を見て、それでもアスハは攻撃を仕掛ける事が出来ない。



「待って……待って、くれ……ドナリアなら……本当にお前が、ドナリアなのならば……そうであると言ってくれ……ッ」



 口にどれだけ涎が垂れても構わない。血反吐を吐き捨てられ、彼女の美しい表情が彩られたとしても、彼女は何とも思わなかった。


ただ彼が……幾度も喧嘩を、殺し合いを果たした相手だったとしても、最後の瞬間に立ち会う事だって、それどころか本当の顔を見る事さえ出来ず別れる事となった男との再会が、何故こんな形となるのか。


アスハは、目の前にいる男の事を見据えて、彼が本当にドナリアなのかと問いかけるが――



 そんなドナリアの身体が、誰かに蹴り飛ばされた。



強い一撃ではあるが、しかしただの強化によって脚力を増しただけのもの。その細くて小さな足の爪先、その革靴の先端で男の鼻っ面を思い切り蹴り飛ばした少女が、アスハの腕を引きながら、僅かにその場から飛び退いた。



「落ち着いて、下さい……ッ!」


「あ……アマンナ……っ」



 滑る様に、広間の隅に退避した少女――アマンナ。彼女は抱き寄せたアスハの身体を降ろしながら、得物のナイフを構えて、今力いっぱいに蹴り飛ばした男が立ち上がり、こちらを強く睨みつける姿を見据える。


 目を細めて、これが夢であって欲しいと、そんな惨い事は無いだろうと、視線を逸らしたいとする気持ちをグッと堪えながら……アスハにとって残酷な現実を、突き付ける。



「あれは、ドナリア・ファスト・グロリア、です」


「……嘘、だ」


「ウソじゃ、ありません。こんな、こんなウソ、つくものですか」


「ならば、何故アイツは……フレアラス像を、あんな容易く、踏みつける事が出来る……っ」



 立ち上がったドナリアである筈の男は、身体を預けたフレアラス像の瓦礫を鬱陶しそうに蹴り、退かしながら、再びアスハに迫ってくる。


否、違う。あれは、敵と認識する者を喰らうという役目に従っているだけだ。


 既に……フレアラス教徒として、国を変える為であっても、この像を傷つけたくはないとしていた、ドナリアの姿はそこになかった。



「彼は死にました。そして、死んだ者を……蘇らせる事が出来る男が、一人いるでしょう……っ」


「Ga――AAAAaaaaaaaaッ!!」



 フレアラス像だった瓦礫を蹴り、高く舞い上がったドナリア。その目標は今やアマンナに向けられていて、彼女は顎を引きながらも彼をしっかりと見据え、その空中で身体を回転させながら迫り、今その右足を彼女へ叩き付けようとした彼の背後に回り、地面に向けて蹴り付ける。


姿勢を崩し、顔面から地面に倒れ、転がるドナリア。アスハは、そんな彼を見据えて、床に足をつけるようにへたり込んだ。



「既に、彼は正気じゃ、ありません……恐らく、蘇らせる過程で、魂というべき内部データを意図的に書き換え……ただ敵を殺すようにプログラムされただけの……屍」


「あ……ああああ……っ」



 表情を苦悩と嫌悪で歪めたアスハの瞳から、大粒の涙が流れた。


その涙が地に落ちる頃には、ドナリアも再び立ち上がって、今度は地面を沿うようにアマンナへと殴りかかり、その素早く鋭い一撃ずつを、冷や汗混じりに躱していく。


 だが、その腕を躱したと思った瞬間には、彼の左膝が持ち上がり、更に振り上げられた左脚部がアマンナの頬を掠めると共に落とされ、脳天へ叩き付けられ、その視界を揺さぶられる。

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