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役目-05

それはもう既に、災害と形容する事が正しい戦いだっただろう。


まるでハリケーン同士のぶつかり合いでも行われているのかと思う程に、ガルファレット・ミサンガとシガレット・ミュ・タースの戦いは苛烈を極めている。



「チャ――ッ!!」


「っ、!」



 もし、戦闘スタイルを決めるとしたら、ガルファレットのスタイルは間違いなく【剛】だろう。その振るう腕や足は確かに早いが、しかし一撃一撃に込められた威力が大きく、スピードという点においてはシガレットに劣る。


ガルファレットの振るう右足の回し蹴りをシガレットが寸での所で避けたとしても、その蹴りによって生じた風圧が彼女の軽い身体を吹き飛ばしかけた。


空中で行う操作魔術によって吹き飛ばされる事は避けたものの、しかし続けてガルファレットが地面を蹴りつけながら振るった右拳が、疾くシガレットの顔面目掛けて放たれた。


だが……シガレットはその拳による一撃に対して、左掌一つで相対し、それを目にも留まらぬ速さで受け流し、右掌はガルファレットの顎を殴打する。


本来であれば、その頭ごと弾け飛ぶ程の威力がそこにあった筈だ。しかし、ガルファレットはその威力をただ受け止めきった上で顎を引き、脳に響く衝撃によって、その身体を地面に着地させた。


シガレットの戦闘スタイルは、ガルファレットに対し【柔】であろう。ガルファレットの振るう一撃必殺の威力を受け流し、姿勢を崩した所に、素早い一撃を叩き込む。


しかし……二者の例外としては、どちらも「常人には捉える事の出来ないスピードとパワーを両方とも備えている」上で、こうした剛柔という違いがあるだけ。


正に今行われた一連の動きも、ファナにとっては一瞬の出来事で、全てを捉えていたかと言われると、それは否と答えただろう。



「さぁ、どうしたのガルファレット! その程度じゃお婆ちゃんを止める事を出来ないわねぇ!」


「ォ――オォオオッッ!!」



 絶叫し、身を屈めながら溜め込んだパワーを両膝に集中。


そのバネによって跳ぶかの如く、ガルファレットの身体は一瞬の内に、シガレットが漂う上空へと舞い上がった。


青白い光がバチバチとガルファレットの身体に纏われていて、シガレットはその身体に向けてその手で触れようとしたが……しかし、腹部に触れた所で、何も起きない。



「なっ、」


「チャリァ――ッッ!!」



 青白い光が一瞬の内に、ガルファレットの右足に集中し、今彼の振るった右足が、シガレットの脇腹を殴打した。


元々身体に展開していた強化魔術、そして今の一瞬で何とか展開できた追加強化により、何とか致命傷は避ける事が出来たものの、しかしシガレットは苦悶の表情を浮かべながらその右足を掴み、そのか細い腕にも関わらず、二メートル以上あるガルファレットの巨体を振り回し、彼を地面に叩き付けた。


叩き付けただけで、地面には大きく亀裂が走り、何棟かの建造物は傾きさえした。離れた場所で見据えているファナの足元だって大きく揺れ動き、尻餅をついてしまう程に。



「……凄い」



 ゴクリと息を呑みながら、ファナがそう感想を漏らす。


しかし、二者は既に聞いて等いない。


ガルファレットもシガレットも、互いに互いの相手をする事で手一杯だ。



(――もう、ガルファレットったら。成長したわね)



 腹の奥底から湧き上がる吐き気に耐えきる事が出来ず、シガレットが口を開くと、その喉奥から湧き上がる血が、地面にぶちまけられた。


先ほど振るわれたガルファレットの蹴り、防御こそ出来たが、その内包された威力は内臓にまで達し、あと少し身体強化が遅ければ死んでいた事は間違いないだろう。


治癒魔術と一部再生魔術を施す事で、休息に傷を癒していくシガレット。しかしそれでも治癒が間に合わず、内臓が悲鳴を上げていたというわけだ。



(全体に付加している狂化レベルを抑えながら、しかし局地的な部分で最大出力を放出する。一つの身体で狂化魔術が二種類も展開されていたら、二つを一瞬の内に魔術相殺する事は、理論上出来ない)



 ガルファレットの有する固有魔術として、両親から授かった力とも言うべき、狂化魔術がある。彼の怒りや憤り等の湧き上がる感情がトリガーとなり、魔術回路全体が強化魔術の触媒として機能する事により、通常の強化魔術よりも瞬間的かつ強力な増強が可能となる、剛力の化身足り得る存在になる為の固有魔術。


しかし、ガルファレットは歳を取る事で、数多の戦いを経る事で、狂化魔術の応用を行えるまでに成長を果たした。それが、狂化魔術の抑制及び部分展開だ。


狂化魔術を最大限発揮した場合、常人には抑え込む事が出来ない程の凶暴性を有する事になる。言ってしまえば、仮にゴルタナを装備した歴戦の戦士が相手だったとしても、彼の手によって数十秒と持つ事なく、ただ殺される事だろう。


かつて相対したエンドラスという猛者でさえも、ガルファレットが完全狂化状態となった時には、対処という対処を行う事無く殺されかけた時もあった。



――しかしそれは、狂化への対処を何もする事が出来ない場合に限られる。



シガレットは違う。ただ狂化に身を委ねるだけならば、彼女は一瞬の内にガルファレットの展開する狂化を、魔術相殺にて解除させる事が出来てしまう。


特に狂化状態が深ければ深い程、ただ本能の赴くまま、目に映る全てを蹂躙する事しか考えられなくなる。魔術相殺に対抗する術を思考する事も出来ない。


けれど、今のガルファレットは違う。完全なる狂化に踏み込む事無く思考能力を残し、しかし凶暴性も保有する今の彼に、シガレットは(どうするべきか)と、不敵な笑みは崩さずに冷や汗を流した。



(同時に二種類の狂化を施した状態のあの子へ下手に魔術相殺を行ってしまうと、どちらか片方の展開は解除出来ても、もう片方の狂化状態をより強力とさせてしまう可能性が高い)



 魔術相殺はそもそも、相手が展開している魔術使役に必要なマナと同量のマナを投じる事により、展開されている魔術展開を解除させる仕組みとなっている。


しかし展開されている魔術と全く同じ量のマナを瞬時に投じる必要があり、原則魔術戦においては魔術相殺という手段を用いる者は少ない。


その理由の一つとして、下手に魔術相殺を行って展開の解除に失敗すると、むしろ投与したマナの分、展開されている魔術を強めてしまう要因になりかねない。


それを理解しているからこそ、ガルファレットは二種類の狂化魔術を展開し、彼女が容易に魔術相殺を行えぬようにしている。


口から溢れた血を拭いつつ、シガレットは着ていた純白のワンピースから、数枚の紙を取り出し、紙の表面に血を滑らせていく。



「どうやら、本気を出さなきゃダメみたいね」


「元々こちらとしては、本気の貴女と戦うつもりでいた」


「そのつもりでいたのなら、覚悟なさい」



 血によって、模様にも似た何かを描かれた紙が計四枚、シガレットの手を離れて空を舞う。


最初はただ風に乗って漂うだけだった紙は――しかしシガレットの手が触れた瞬間、ピンと皺を失くすように広がり、更にその紙に描かれた模様が、虹色に光を放つ。



「死ぬ気で対処しなければ――本当に死ぬわよ」



 シガレットの笑みが消えた。そして、ガルファレットには投げられた四枚の紙が、彼女にとっての本気である事を知っている。


彼は表情をしかめさせながら、一枚一枚の紙へと視線を向けていたが……しかしそこで四枚の紙は、文字通り四方へと散った。


ガルファレットの頭上、後方、右、左方へと散った四枚の紙、一瞬の内に逃げ場を無くしたと認識したガルファレットは、その前方に現れた紙に向け、疾く右の剛腕を振るった。


その拳が紙へと叩き付けられ、その紙を破ると同時に――それは大量の火薬を仕込まれていたかのように強く爆ぜてガルファレットの身体を焼いたが、しかし彼は爆風の中から身体を転がしながら飛び出し、続けて彼へと迫る三枚の紙へと視線を向けた。


三枚の紙が強く光を放つと、光の中から大量の光弾が、ガルファレットに向けて射出される。


一つ一つを避ける術など無い。少量を受けながら多量を避け、受けた光弾に対しては身体強化でダメージを軽減させつつ、彼は姿勢を低くして内の二枚に裏拳を叩き込む。


しかし、拳を叩き込むと再びそれらは爆ぜていき、ガルファレットは衣服も肌も髪の毛さえも焼けさせる。


常人なら何度死んでいるか、それさえ分からぬ程のダメージを受けても、尚ガルファレットは残り一枚の紙へ向けて跳び蹴りを叩き込む。


その紙は打撃を受けても爆ぜる事は無かった。ただ彼の健脚によって破れたそれが力無く空を漂ったように見えたが……その次の瞬間、破れて三枚へと分離した紙の表面から、鋭利な槍にも似た何かが伸びて、急ぎ回避するも間に合わず、ガルファレットの右肩と脇腹、そして太ももを貫いた。



「ガ――ッ!」


「流石ねガルファレット。昔は今ので三十人以上の敵兵を殺したのに。でも、その程度で満足しちゃダメよ」



 髪の毛を無造作に一本抜いたシガレット。その髪の毛を抜いて投げた瞬間、彼女の髪は鋭く細い針のように先端が尖って、元素材の持つ質量の低さを体現するかのように、素早く空を駆ける。



「チ、ィッッ!」



 脳を目掛けて伸びた髪の針。頭部を動かして無理矢理避けたガルファレットの眼前に現れたシガレットが、左足を地面につけながら爪先で立ち、右足を振るってガルファレットの首を殴打。


百キロは優に超える巨漢を軽々と蹴り飛ばす美女の一撃。建築物の壁に叩き付けられても尚、ガルファレットの身体は衝撃を受け止めきれず、建物は煙を噴出しながらバキバキと音を立て、その瓦礫を地面に落下させていく。

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