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役目-03

アマンナ・シュレンツ・フォルディアスは、低所得者層地区……つまりアルスタッド家宅がある開けた土地へと一人の女性を背負いながら出向き、僅かに汗を流しながらも辿り着いた。


背負う女性は、レナ・アルスタッド。細い女性ではあるが、平均的な女性より背が高く、それなりに肉付きも良い為、幼く小柄なアマンナが背負うにはそれなりに重量がある。


大量のアシッドが蔓延ったり、ガルファレットとシガレットによる戦いによって泥沼と化しているシュメルの都市部からここまで、それなりの距離もあった。故に随分と時間もかかってしまったし、体力も多く削られた。


だが幸い、レナが目覚める前にアルスタッド家まで辿り着き、加えてアシッド達もこちらへと進行を始めていなかった。


レナの部屋まで彼女を背負って、シングルベッドに寝かせたアマンナは、ため息と共に汗を拭いつつ、これからどう動くべきかを考えていた。



「このまま、ここにいるべきなのでしょうか……?」



 レナ・アルスタッドはラウラ王にとってのアキレス腱であり、そしてそれはクシャナとファナにとっても同様だ。


ラウラ王がそもそも優先するのは、何よりもレナ・アルスタッドの幸せと安全だ。故に彼は自分の手が、自分の権力が及ぶ状況にレナを置きたいと考えた結果、シガレットに守らせていたという側面が大きい。


クシャナやファナも同様に、レナは命に代えてでも守らなければならない大切な母だ。レナがもし何かの手違いで死んでしまったり、心身に傷の一つでも負ってしまえば、クシャナ達は大きく心を揺さぶられる。


 戦況に大きな打撃を産みかねないからこそ、アマンナの役目は彼女を確保する事が第一優先であり、彼女の身柄がラウラ王の権力や手が及ばぬようにする事によって、彼の行動を抑制し、クシャナやファナの気力を下げぬようにする必要がある。


 故にフェストラはまず、シガレットによって護衛されているレナの身柄を確保し、安全な場所まで彼女を誘導した後、事が終わるまで彼女の身柄を守れと命令した。


しかし現状、既にレナの安全は買う事が出来ていると言ってもいい。


もうラウラが現状でレナの身柄を確保し、彼女をわざわざ戦場に招く必要などどこにもない。この低所得者層地区にアシッドが出没しないのも、こうしてアマンナが低所得者層地区にレナを連れて避難すると想定していたからだろう。


この状況においてラウラがレナの身柄を確保する事態になったとしても……それは全ての事が終わり、シックス・ブラッドも帝国の夜明けも、ラウラへと反抗する力を失った後。


であるならば、レナの護衛については放棄し、例えばヴァルキュリアやアスハという、一対多を命じられている者達の援護に回る事も考える必要はあるだろう。



――しかしそれは、フェストラの命令に、レナ・アルスタッドを守れという命令に背く行為だ。


――もし、自分の考えが誤りで、レナの身柄が敵に確保され、状況が悪化してしまったら。


――フェストラも、ヴァルキュリアも、ガルファレットも、ルトも、メリーも、アスハも、みんな殺されてしまう。



「アマンナちゃんは自分で色々と考えられるようにはなったけど、まだまだ決断力が足りないねェ」



 いつの間にか、レナの部屋には彼女と自分以外の、もう一人女性がいた。


その事に気付かなかった事をアマンナは恥じるようにそちらを睨んだけれど、しかしそこにいた女性が、銀色のアイマスクを付けた、半袖のシャツとホットパンツというラフな格好をした綺麗な女性である事に気付く。



「……カルファス、さま?」


「今はプロフェッサー・Kなんだけどなぁ。ま、いいケド」



 クス、と笑いながら、女性……プロフェッサー・Kはレナの眠るベッドの端に腰掛け、レナの寝顔を僅かに撫でた。



「アマンナちゃんの想像通り、ラウラさんがこの状況で下手にレナさんを手中に収めようとする事は無い。そもそも今のラウラさんにはそんな戦力的余裕なんて無いよ。せいぜい、レナさんに向けてアシッドが行かないよう、簡単に制御する事位だね」


「……だとしても、レナさんの安全は、最優先事項です。なのに、彼女を置いて、この場から去るなんて……それが、果たして良い事なのか、どうか」



 勿論、理屈の上でアマンナの思考も、プロフェッサー・Kの考えも正しいと、それは理解できている。現状のラウラがフェストラの策によって追い詰められ、現状レナの安全さえ確保がされていれば、彼女を無理に奪取する必要はない。


今回の作戦で、明らかに必要となる戦力は、クシャナとヴァルキュリア、そしてファナの三人だ。


クシャナは勿論、幻想の魔法少女・ミラージュへと変身しての戦力という意味でもそうだが、ラウラを倒した後に彼を喰らう役割として必要不可欠だ。


ヴァルキュリアも同様に、煌煌の魔法少女・シャインへと変身し、一人でも多くの民衆を守る責務があり、また彼女は既に新種のアシッド因子を取り込み、死なぬ身体を有するエンドラスと決着を付けたいと、作戦というだけでなく、彼女もそれを望んでいた。


ファナは直接戦闘に必要な人材でこそないが、しかしシガレットや、まだ使役すると考えられる蘇生魔術によって甦らされた存在を黄泉へと還す力がある。


その三人は、レナという守るべき存在を自分たちが手中に収めている事で、間違いなく士気向上を果たす事だろう。


しかし……逆にそこを狙って、ラウラがレナを率先して奪取に動き、三人の士気を下げる行動に出ないと、誰が言い切れるだろう。



「もぉ、悩みんぼさんだなぁー。……でもまぁ、仕方ないか」



 目元がアイマスクで隠され見えぬものだから、その表情を全て計る事は出来ない。けれど、僅かに見える口元とその声色だけでも、彼女がアマンナに対して嫌味だとか、苦言だとかを意味してその言葉を放ったのではないと、理解できる。


むしろ……そうして悩むアマンナの事を、慈しんでいるようにも思えて、アマンナは思わず首を傾げた。



「これまでアマンナちゃんは、自分で選択するって事をしてこなかったんだもん。急にそれが出来るようになれってのも、酷な話だよね」



 プロフェッサー・Kの言う通り、確かにアマンナは自分の頭で、色んな事を考えられるようになるまで至る事が出来た。


それは愛する兄が、自分の未来を、自分の道を選べるようにと考えていてくれた事を知ったから。


それは周囲の人間が、自分の事を一人の少女として、受け入れてくれている事を、好意を抱いてくれていると気付いたから。


だからこそ――アマンナはシュレンツ分家の人間としてではなく、一人の少女として、この先の未来を生きていきたいと願ったのだ。


 けれど彼女は、十八という年に至るまで自分で思考する事を、自ら行動を起こし他者を動かす事を、してこなかった。そんな経験さえ必要としてこなかった人間だ。


誰でも慣れない事には戸惑い、そして時に恐怖だってするものだ。



「でもね、そういう時は自分の心に従っても良いんだよ。フェストラ君みたいな理屈なんて全部ほっぽり捨ててさ、自分がしたいと思った事……自分がしなきゃいけないと思った事を、ただ愚直にしようとする。それだって、人間としての在り方なんだよ」



 それがどれだけ難しいか、それは理解している。


それまで理屈や理論に後押しされてきた人間が、突然理屈や理論をかなぐり捨てて、自分の心に従って行動を起こす事の怖さは、時に従おうとした心さえも壊しかねない事でもあるだろう。


けれどプロフェッサー・Kは……アマンナには、自分の心に素直であって欲しいと、切に願うのだ。



「それでももし、自分で決断が出来なかったり、自分の手には重すぎる事があったら……他の人を頼っていい」



 アマンナの小さな手に触れる、プロフェッサー・Kの手は、少し冷たく感じた。


しかし触れ合った手と手は、やがて熱を帯び始め、互いに僅かな温かさを感じさせるようになる。



「お姉さんに聞かせて。アマンナちゃんは、これから何をしたい?」


「……何を?」


「うん。今からしたい事。今だけじゃなくて、これから先の未来でしたい事。……もう、アマンナちゃんには、その未来が見えているんでしょう?」



 この子はただの考え無しじゃない。理屈と心情の両方を天秤にかけ、その上で行動が出来る素養を持っている。


兄であるフェストラには無い強さ――否、彼が捨ててしまったのだろう強さが、アマンナにはある。


それまでその素養を押し込めていただけならば、プロフェッサー・Kは彼女のそんな強さを、引き出したいと願う。



「……みんなが、どう思ってるか……分からない、ですけど」


「うん」


「わたし……クシャナさまも、ヴァルキュリアさまも、ファナさまも……ガルファレットさまも、みんなみんな、大切な仲間だと……そう、思ってます」


「そっか」


「フェストラさまは、大切なお兄さまで、ルトさまは、わたしにとって色んな事を授けてくれた人。メリーやアスハの事は、まだよく知らないですけど……でも、今は共に戦うべく、肩を並べた人たちです」


「その人たちに、アマンナちゃんは何をしてあげたいの?」


「……これからも、みんなと一緒に、肩を並べて戦いたい。もし誰かが間違ったなら、それが間違いなんだって、正してあげたい。……仲間、だから」



 まだ、仲間と口にする事を躊躇うけれど、しかし彼女は躊躇いながらも、しっかりと口にした。


仲間への想い。その愚直で、しかしだからこそ気持ちの良い言葉を聞いて、プロフェッサー・Kは彼女の頭を撫でる。



「じゃあ、アマンナちゃんはその想いに従えば良い。レナさんは私に任せて」


「……貴女が?」


「うん。私ね、別にシックス・ブラッドというか、フェストラ君の味方はする気になれないけど……初めてアマンナちゃんと会った時から、アマンナちゃんの味方ではあったつもりだよ?」

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