役目-02
今、こちらへと口を大きく開き襲い掛かるアシッドの首を悠々と斬り裂き、その頭をむんずと掴みながら食していくアスハ。
そうして進んでいった先には、大部屋の会議室前に二人の帝国軍人が剣を構え、数体のアシッド達と相対する姿が見えた。
恐怖に駆られながら剣を振るい、その身を斬り裂きながら遠ざけ、また別のアシッドが……とイタチごっこに追われる中、アスハはため息をつきつつ、その剣を構えて突撃。
一体のアシッドは両足を斬り裂いて動きを止めた後、別の一体に左拳を叩き込んで殴り飛ばし、更にもう一体のアシッドは首を斬り裂く事で、一時機能を停止させた。
恐怖に苛まれながらも剣を構え、また立ち上がろうとするアシッドの首を斬った兵達が、アスハの方を見据えて困惑の表情を浮かべた。
「無事か」
「お、お前、アスハ・ラインヘンバーか……!?」
「今は私が誰か等、気にしている場合では無いだろう。それより」
彼らが守っていた部屋。その扉が僅かに開かれ、一人の男の子が顔を出した。
前ハングダム家当主であるガナーと側室の間に産まれた、シニラ・ケオン・ハングダムだ。その幼い顔立ちと、少しだけ自信の無さを感じさせる内向的な表情は、自分が側室の子であるというコンプレックスからくるものか。
「……大丈夫?」
その弱弱しい声で問いかける言葉に、アスハは視線を合わせるようにしゃがみ込んで、微笑みを見せる。
「シニラ様。扉を開けてはなりません。しばしの間は中で、御身を守る事だけお考え下さい」
「……うん。でも、皆は大丈夫かな、って」
「大丈夫です。必ず、皆様方の安全は、我々がお守りいたします。ですからしばしの間、中でお待ちを」
部屋の間から僅かに見る、大部屋の様子。部屋の奥で身を寄せ合いながら震え、フレアラス様への祈りを捧げる女性と、何が起こっているか理解できず、ただ困惑しているだけの男達、そして泣き喚く子供。
そんな中でシニラだけは、弱腰ながらも自分たちを守る者達に向けて「大丈夫か」と問いかけた。
それは、アスハとしても好感が持てる。子供ならではの純粋さ故だろうか。どこかファナに似た感覚を覚え、慣れていない笑みを浮かべる事で、安心を訴える。
僅かに微笑みを見せてくれたシニラ。彼が小さく手を振りながら扉をそっと閉めた所で、再生を終わらせたアシッドが立ち上がろうとした為、アスハはその首に剣を突き刺し、首を斬り裂いて踏み潰した。
「避難状況は」
アスハがそう問うと、帝国軍人が息を呑みながら「助けられる者は助けた」と口にした。
「現状、死亡を確認したのはトリース・ガリュ・エスタンブール様と、奥様のナナイ様。そしてガナー・レオン・ハングダム様も先ほど、死体で発見された……しかし、他に居住区画に居た十王族関係者様は、この部屋に避難させている」
「とはいえ、こんな状況じゃ避難といえない。あくまで一時的な籠城、ここから抜け出すか、奴らを全て倒して、ようやく安全ってわけだ」
厄介だな、とアスハは顎に手を当て、この会議室内に取り残された面々の安全をどう確保するか、それを懸念していた。
この状況……帝国軍人や帝国警備隊の人間を多くアシッド化させ、無作為に襲わせるという状況は、ラウラの狙いであると考えられる。
そもそもラウラには元々、二通りの統治が考えられた。
一つは自らを潔白とし、世に知られる筈の無いアシッドの力を【神の力】として周知させ、民衆に信仰を仰がせる事。
フェストラやメリー、アスハとしても、この方法については反論のしようがない程に、統治法としては優れていると言っても良い。しかし問題としては、民衆に「ラウラ王へ逆らう事は許されない」という恐怖を無意識下に植え付ける事も同義であり、アスハとしてはこの手段を好んでいない。
加えて現状では、ラウラ王に関する数多の疑惑を前にしてラウラは自らが神と名乗る事が出来ずにいた上、現在に至ってはアスハとクシャナがアシッドという怪物の存在を明らかにし、さらにはその製造にラウラが関与していた記録も、既にメリー達が回収している。もう、この方法を使う事は出来ない。
しかし、もう一つは違う。もう一つはラウラ王が「逆らう者を人ならざる者へと変貌させる」という自らの力……アシッド・ギアという存在を用い、無意識下でなく直接的な恐怖を民衆や王族たちに植え付け、恐怖によって統治する事。
こうなった場合にラウラ王が懸念すべき事案はこれも二つあり、一つは国際社会における立場上の懸念だが、これについては世界情勢の悪化という問題こそ残るものの、そこは今後の国交において解決する道を模索すればよい。現状で懸念していても解決しないのならば、棚上げする事も必要だろう。
もう一つは……ラウラの恐怖に屈する事なく、クシャナやヴァルキュリア、メリーやアスハという、ラウラを降せる存在を使役する、カリスマ性も高く思考能力も高いフェストラという存在。
しかしこれも、フェストラという男を殺す事さえ出来れば良い。単純な技量で勝るラウラにとって、フェストラという男を殺す事自体はそこまで難しい事じゃない。
だからこそ、ラウラはクシャナやアスハによるアシッドの存在公表に際し、アシッド・ギアを用いたアシッドの大群を用い、敵のかく乱する事に加えて民衆と王族達へ恐怖を植え付けるという手段に出た、というわけだ。
(故にフェストラ様はヴァルキュリアを民衆側の、私を十王族関係者側の防備に回したわけだが……思いの外数が多かった事が想定外だった)
ただ恐怖を植え付けるだけであれば、そう多くアシッドが必要な訳ではない。数体のアシッドが同時に出現するだけでも、それなりに被害は多くなるはずだし、そもそも死ぬ事なく人に襲い掛かり手当たり次第に肉を喰い散らかす怪物などと言う存在が目の前に現れただけでも十分に抵抗する気力も失せるというもの。
もしかしたらラウラは、いっその事全十王族関係者を殺し、一人で国家の建て直しを測るつもりだったのかもしれない。
(ここでラウラを討つ事が出来たとしても、十王族関係者及び帝国政府官僚が殺されてしまえば、国家機能は停滞どころか全壊状態となる。国家の存続を考えた場合、彼らを見捨てる事も出来ない)
そう理解しているからこそ、アスハとしても十王族の護衛に不満を持ちつつ受け入れたのだ。
それに――現十王族当主共は、アスハにとってどうでも良いが、しかしその妻や子という存在までが殺されていい理由もない。
先ほどのシニラのような子供が、どんな形であれ次世代を創っていく。子供達を無下にして、何が国家の再生だ。
「ここの他に安全な場所は」
「帝国城内という事なら無いにも等しい。外へと出て外壁で周囲から隔絶された聖ファスト学院への避難か、シュメルの外へと逃げる事だろうな」
だが、外は外で危険でないという保証はない。
既に聖ファスト学院は避難誘導を終えて閉鎖している可能性が高いし、適当な建物に入った所で、迷い込んだアシッドが一体でも居れば、それだけで危険には変わりない。シュメルの外へと逃げ出す間にも、アシッドがいないとは限らないのだ。
オマケに外ではガルファレットとシガレットによる戦いが激化して、この十王族用居住区画にいても、その衝撃が時々建物を襲っている。外へ出れば、その余波に当てられて吹き飛ばされる可能性も鑑みなければならない。だからこそガルファレットとシガレットの戦いは、もう少し先に行われる事が好ましかったのだが。
(となると……ガルファレットとシガレット様による戦いが終わる事を待たねばならない、という事か)
もしガルファレットが戦いに生き残れば、彼に避難誘導を任せる事も出来るし、それまでに負傷した者も、ファナによる治癒が可能だ。
それまでアスハが時間を稼ぐか、もしくはアスハが帝国城内に蔓延る全てのアシッドを殺し尽くす。その二つしか方法がない。
「……貴様達はここで、最後の守りに徹しろ。外で戦っている二人の騒動が鎮静化したら、カーテンを繋げてロープ代わりにし、窓から帝国城外へと出るんだ」
「お前はどうするつもりだ?」
「奴らをなるべく、私の所に誘き寄せる」
どうやって、と問おうとする兵達の言葉を聞くよりも前に、アスハは再生を終えて立ち上がろうとするアシッド達の身体を蹴り飛ばし、廊下の外にある吹き抜け、その一階エントランスに設けられたフレアラス像の園庭に叩き付けた。
園庭の花を押しつぶしながら落ちたアシッド達。アスハも手すりを飛び越えて園庭へと降りる。
その上で目を閉じて、頭を僅かに下げながら彼女は語り掛ける。
「――主よ、お許しください」
園庭の中心、フレアラス像を囲む噴水池に足を浸けながら、彼女は自分の握る剣を振るい……フレアラス像に強く叩き付けた。
ひび割れ、音を立てて崩れていく像。そのあられもない姿に、フレアラス教徒である筈の兵達二人が唖然と口を開けるが、そんな彼らに「頼んだぞ!」と声を挙げると……その音と声に引き寄せられるように、アシッドが幾体も顔を出し、のそりのそりと少しずつ近付いてくる。
「さて――私一人でどれだけ戦えるものだろうな」
数は今認識出来るだけでも十三体。一体一体を相手取るだけならば容易いが、しかし十三体もいるとなれば話は別だし、これからより多く増える事も考えられる。
如何にハイ・アシッドであるアスハとしても、体力の限界はいずれ訪れる。その限界までに活路を見出せなかったり、ラウラの妨害がまだあった場合は、どうするべきかも分からない。
死ぬかもしれないと苦笑しながら、そうなった場合に誰がアスハの死を看取ってくれるだろうかと考えもする。
そんな状況でも――アスハは「それでも」と口にした。
「これが私の果たすべき役目、この国を守る為に必要な事だ。……私の命に代えても、貴様ら全員、生かして帰さん」
一瞬だけ目を閉じた後、その眼光で敵を殺さんと言わんばかりに大きく見開くと、彼らの内三体ほどが、一斉にビクリと動きを止めた。
アスハによる他者を支配する能力が発動し、アシッド三体が、アスハ以外の存在を敵として認識し始め、その身一つで襲い掛かっていく光景を見据えながら、彼女も刃を振るっていく。
――血飛沫に塗れながらも戦う彼女の姿は、正に「戦乙女」と形容するに相応しく、上階から眺める二人には、その姿が美しく映るのである。





