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役目-01

アスハ・ラインヘンバーは、日本の地方都市である秋音市へと転生を果たし、山口明日葉として産まれた後の世界でも、盲目と触覚失認の障がいを以て生まれた。


日本人の多くは国民性故か、グロリア帝国のような目に見える差別は無かったが、障がい者を腫物のように扱う傾向があった。


勿論それが、障がい者を傷つけまいとする考えの下にあったとはアスハも理解しているし、彼女が生まれた二千年代前半から二千十年代にかけてまでに、多く障がい者用施設や機能があらゆる公的機関に設置され、助けられていた事は事実だ。グロリア帝国よりも過ごしやすく、温かな土地であった事も確かだろう。


しかし……それが全員ではなかった。


例えば、明日葉の両親。


父と母は、自分自身が障がい者であると認識している明日葉とは違い、子供が障がい者であるという事を、心のどこかで認めたくなかったのかもしれない。


障がい者を受け入れる用意の整った特別学級に自らの子供を置きたくないと、子供の心を無視して勝手に決め、秋音小学校という障がい者を受け入れる設備が整っていない普通の学校に無理矢理入学させた。


そして教師たちも、明日葉の事を「皆と同じ子供で、生きている命だ」と綺麗事を言い、周りの子供達に有無を言わさず受け入れさせて、彼女の世話を年端もいかぬ同い年の生徒達に任せていく。


子供達はむしろ、明日葉の事を温かく迎えてくれたと思う。けれど障がい者である明日葉にどう接すればいいか分からず、手探りで答えを求めて間違え、大人たちに怒られる姿は、明日葉としてもあまり気分の良いモノではなかった。



そう――明日葉にとっての敵は、彼女を「特別」として扱い「腫物」のように扱う大人だったのだ。



そんな彼女の世話を積極的に買って出てくれるようになった、一人の男の子がいた。


男の子の名前は遠藤怜雄。明日葉が知る限りでも友人と言える関係の無い子供で、常に教室の隅に一人でいるという印象を有していた。


聞く所によると、彼は産まれた時にリンパ線の膨張か何かが要因で、顔面が変形した状態で産まれた。つまり奇形児としての扱いを受けたという。


しかし目が見えない明日葉にとって、そんな外観的な違い等認識しようがない。だから彼女は、その男の子が世話を焼いてくれる事に純粋なる感謝をしていたと言ってもいい。



「山口さんってさ、前に面白いこと言ってたね」


「……面白い事?」



 音楽の授業を行う為に、音楽室へと向かうまでの中。


明日葉を乗せた車いすを押してくれる怜雄の言葉に、首を傾げる。



「うん。魔術とか剣術とかの技能を重要視する世界に元々いた、とか」


「……忘れて」



 明日葉は、自分の置かれている現状を上手く理解できるだけの素養が無かった。


自分が今、どうした肉体を持ち得ているのか、何故周囲の人間達はグロリア語を用いないのか、生まれた時からそんな事ばかりを考えていた。


やがて年月が経つと、明日葉は少しずつ日本語を覚え、自分が日本という国に、山口明日葉という名前で生まれた存在なのだと気付かされた。


けれど明日葉は日本でさえも、元々の世界に存在する小国か何かなのだと考え、自分は何かの間違いで日本という国に移送させられたのだと、そう考えた。


生前のアスハは、まさに必要な事しか教わって来なかった。目が見えぬからこそ、他者から言葉を伝え聞いて知識を蓄えるしか方法はない。世界地図を広げて国の名前を覚えと、そんな簡単な事さえできないのだ。


だからこそ彼女は、両親やクラスの者達に、ただ聞いて回っていた。



「グロリア帝国という国を知らないか」と。


「私が元々いた国では、魔術や剣術等の技能を重要視する世界があった」と。


「私はその国で、アスハ・ラインヘンバーという名前で、反政府活動していた」と。



 だが周囲の大人も子供も、ただそれを「アニメの見過ぎだ」と、子供特有の妄想癖か何かと断じて、本気にする事は無かった。


やがて明日葉も、そうして尋ねて回った所で何も変わりはしないと、どうせ意味の無い事だと塞ぎ込み、ただ日本の小さな地方都市で、ただの障がい者として生きていくしかないのだと……そう塞ぎ込んでいた。


けれど彼は――怜雄だけは、違った。



「アスハ・ラインヘンバー。帝国騎士家系、ラインヘンバー家の息女で、生まれた時から盲目と触覚失認があり、その身体的特徴を利用され、反政府運動や反差別運動に参加させられていた、八歳の女の子……だね」



 スラスラと、そう語り掛けてくる怜雄の言葉に、思わず明日葉は驚き、顔をそちらへと向ける。


勿論、怜雄の顔が見えるわけでもない。怜雄の表情が分かるワケでもない。


けれど――自分が驚き、何故それを知っているという気持ちを、伝えたかった。


そしてその想いは、無事に怜雄へ通じてくれたようだ。



「私はメリー・カオン・ハングダム。この名前位は、聞いた事があるんじゃないかな?」


「メリー……あの、ハングダム家の当主候補、様……?」


「候補だった男、だよ。今やこうして、君と同じただの小学生。……君と同じ、異世界転生してしまった、ただの子供なんだからさ」



 明日葉は、気付いていなかった。


彼がその目から溢れさせた涙が、明日葉の頬へ向けて滴り落ちた事を。



 **



 グロリア帝国政府の根幹を成すと表現しても良い帝国城の内部は阿鼻叫喚の様相を呈していた。


アシッド・ギアの挿入による、帝国軍兵や帝国警備隊員の一斉変貌。


彼らの特性上、人間からアシッド化した場合は体内に存在する動物性たんぱく質の不足により、その凶暴性は極めて高くなる。


目に入る自分以外の人間、それらに向けて涎を垂らし襲い掛かるアシッドも居れば、周囲に他のアシッドがいる場合、敵味方の判別も付けずに襲い掛かる様子は、正に獲物を失い共食いも辞さぬ肉食動物に似て、アシッド・ギアを放棄していた兵達も、その様子を見据えながら本来自分たちの守らなければならない政府高官、更には十王族関係者達を守る事さえ忘れて逃げ出す者さえ現れる。


 逃げ惑う者達、彼らは帝国城の廊下を駆け出し、安全な場所を探し求めていたけれど、しかしアシッドは獲物の匂いには敏感だ。それに走る音を聞いて、単純にその音に釣られてしまう事もあり、命が惜しいと乱雑に逃げ惑う者達は、廊下の曲がり角でアシッドに捕らわれ、喰われる者もいた。



「地獄絵図とは、こういう事を言うのか。……とは言っても、私はこの世の地獄を目で見た事はこれまでないが」



 混乱に乗じて帝国城へと侵入を果たしたアスハ・ラインヘンバーは、その手に握る剣を振るい、アシッドの首を正確に斬り裂きながら血飛沫を浴び、その上で目を見開いた。


彼女の能力である【補助】が見せる視覚からの情報は多い。敵が動く瞬間の攻撃範囲、そして本来映らぬ筈の死角にいる存在さえ、その音から入る情報を基に情報としてアスハへと伝えられ、彼女は壁の陰に居たアシッドが振るった腕を避けながら、その両腕を切断し、首筋に向けて回し蹴りを叩き込んで、倒れたアシッドの首を踏み潰す。



「どうやらフェストラ様の想定していた状況より、事態は深刻か。……いや、想定はしていたのだろうが」



 今回の作戦――アスハという人間が聖ファスト学院の音響設備を用いて、シュメル内に響かせながら打ち明けた数多の真実、それに際して混乱する民衆と国家防衛機構、混乱に乗じてハングダムの人間であるルトとメリーが帝国城に侵入し、地下に存在する行動記録を奪取、それをレアルタ皇国領事館へと移送するという一連の流れは、大きな妨害も無く上手くいっていると予想出来る。


強いて言えばシガレットがガルファレットとの戦闘になるタイミングが想定よりも早かった事、そして何よりも「ほぼ全兵士・警備隊員に支給されたアシッド・ギアが放棄されても、近くに居る人間に挿入されるようシステム化されていた」という事態は想定を大きく逸脱していた。


勿論、兵士や警備隊員の中にはラウラへの忠誠はともかくとして、支給されたアシッド・ギアがどんな代物とテロリストに露見させられても放棄しない者は現れ、その者達がアシッド化する可能性は想定していた。だからこそ、民衆の避難先として制ファスト学院を開放していたし、聖ファスト学院の教員や警備の人間達からアシッド・ギアを回収し、アスハが保管していた。


加えて少なからずアシッド化する存在も出てくると想定していたからこそ、一対多の戦闘に長け、そしてアシッドを処理する事に特化したヴァルキュリア……煌煌の魔法少女・シャインを市街地に残し、民衆をアシッドから守る役割を与えたと言ってもいい。


が、しかし放棄した者のアシッド・ギアさえ自動操作魔術によって、近くに居る人間へ挿入されるように設計していたとは。


こうなっては、ヴァルキュリア一人にかかる負担は大きいかもしれない。加えて彼女は、エンドラスという人間が対アシッド戦闘を妨害する可能性も十分考えられる。



「とはいえ、私の仕事もそれなりに重要だ。ヴァルキュリアの援護には当分、回れそうもない」



 アスハが向かう先は、帝国城の中でも十王族やその関係者が多く、長く居座るだろう十王族用の居住エリア。


ルト曰くラウラ王に関する疑惑についての火消し作業に従事していた関係上、これまでそれぞれの家宅を用いて、このエリアでの居住を選択していた者が多く居た。


彼らを一人でも多く守る事が、アスハに与えられた役目であり……アスハはその命令に納得しつつも、しかし若干の不満があった事も確かだ。


そもそも十王族とは、現帝国王から連なる血筋の近しい家系の集まりだ。フェストラやアマンナ、ルトやメリーはともかくとして、一番近縁のフォルディアス家から遠縁のハングダム家までは、帝国の夜明けとして最も敵対すべき存在だ。


 彼らを率先して守るよりも、罪の無い民衆を守る側に回りたかったという思いも無くはない。

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