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失墜-14

「それぞれの在り方だけに囚われて、正しく家族であろうとしていなかった。けれど、だからこそ、私はお前と本当の家族になりたい。私の強さも愚かさも、全て曝け出し――この私こそが、本当の父なのだと、証明して見せる」



 グラスパーの刃を鞘に納め、腰を落として手を添える。


その姿勢を見据え、シャインも目を見開きながら同様の構えを取り――その上で、両者共に息を吐く。



「壱の型」


「ファレステッド――ッ!」



 最強の矛と、最強の矛同士がぶつかり合った場合、どうなるかを考えた事があるだろうか。


最強の矛という言葉は、リスタバリオス壱の型【ファレステッド】という剣術に相応しい名乗りである。


その俊足、光速、音速という陳腐な表現を、より陳腐な【瞬間移動】という言葉が最適である速度で駆け抜け、相手を両断する為に振り抜く刃。


ただの刃ではなく、グラッファレント合金という、金属の堅牢性、刃として有する切れ味、さらには投入するマナを反映させる性質を持つが故に、どんな状況であっても、どんな相手であっても、それを両断し得る。


避けようと思考を巡らせる事さえも出来ぬ程のスピードで振り抜き、如何なるガードを果たそうとしても、それは両断し得てしまう。



――だが、そんな【最強の矛】足り得るファレステッド同士のぶつかり合いが、それも模擬戦でも殺すつもりの無い刃同士でも無く、純粋に本気同士でぶつかり合った場合、どうなるか。


 

答えは単純。


同じ技、同じ剣を用いた者同士のぶつかり合いは――技の精度が高い者が勝者となり得る。



シャインとエンドラスの間にあった距離は、おおよそ十メートル弱。通常の人間でも駆け出せば五秒とかからずに達する事の出来る距離。その程度の距離は、二者にとって無いのと同じ。


ただ地面を蹴り付け、互いに間合いを詰めた瞬間、両者が抜き放つグラスパーの刃には同容量のマナが注ぎ込まれている。それが同じだけの力でぶつかり合えば、力と力が反発し合い弾かれ合うか、砕き散るだけであろうが――しかし、変身を遂げているシャインの方が、僅かに刃へかける力は強い。


だが、剣術とは力の有無だけで決まるものではない。むしろエンドラスにとって、力が込められていれば、それを受け流す事など容易い。


下段から振るわれる刃、その刃に自らの刃を斜め方向から滑り込ませ、上空へと刃を空振りさせると、シャインの右脇腹から下腹部までを刃が斬り裂き、そのまま横薙ぎに振り切った。


魔法少女・シャインの外装をいとも容易く斬り裂きながら、振り抜かれた刃によって舞い上がる血飛沫、シャインは血反吐を吐きながら地面に倒れたが、しかし急ぎ立ち上がって姿勢を正しながら、遠慮も手加減も無く、全力を以て刃を振るうエンドラスを見据えた。



「ッ!?」


「確かに私は年老い、お前より劣っていると自覚はしている。――だが、剣術の冴えにおいてお前より劣るとは言っていない」


「何、とォ――ッ!」



 再生の始まる身体、しかし抜けた血は簡単に戻らない。


加えて傷口を痛めつけるようにシャインは疾く動き出し、彼へとその炎を纏わせた刃を振るっていくが――しかし、エンドラスは刃の軌道、加えて熱放射の影響を受けぬ角度と受けても戦闘に支障がない状況を頭で思考し終えているように、その熱によって汗を溢れ出しながらも、今シャインの振るった刃を弾きながら、右手に握っていたグラスパーを左手に持ち変えつつ、バックハンドの要領で振るい、その胸部を斬り裂き、鞘で首筋を殴打して転ばした。。



「ガァ、……ッ!」



 シャインへと変身している彼女は、確かに希釈化アシッド因子の影響もあって再生能力が高い。故に先ほど斬り裂かれた傷も、常人ならば致命傷と言っても良い筈なのにも関わらず、もうその傷口までが埋まっている。



「私は、お前を殺す。殺したいわけではない。しかし私の理想を叶え、お前と家族として分かり合う為の方法として思いつくのは、これ位しかなかった」



 しかし体力は無限というわけでもない。ヴァルキュリア当人の体力は常人より勿論多く、生半可な体力戦でも負けるつもりはないが――しかしそれは、弱い四十を超えるエンドラスも同様。


若いだけの娘に負けるつもりはないと、軍人らしい冷ややかで、しかし殺意のこもった視線を、実の娘に向ける。



「実の娘に対する行為ではないと怒るか?」



 大量に流れる血、その傷口に手を当てながら、シャインはエンドラスを睨むけれど、しかしそんな言葉を発しはしない。



……むしろシャインは、荒い息を整えながらも、僅かながらに瞳へ光を灯していく。



「残念な事に、私もお前も親子として、似た者同士だ。私達が分かり合う為の方法など、この程度の方法しかない。どうせ口を開いた所で、互いの気持ちなど分かり合える筈も無い程に……不器用で、阿呆だからな、私達は」



 父が全身全霊を以て娘を斬り、殺す。それは一般的な感性として考えれば、惨く、残酷な事と思えるだろう。


けれどシャインは、ヴァルキュリアはそんな考えを持たなかった。


勿論、エンドラスが誰かを犠牲とする事を、誰かを殺める事を望んでいるわけではない。そんな事が許せる筈も無い。


けれど、けれどもし、その全力でぶつかろうとする相手が、刃を向ける相手が、自分であったのならば。


それこそ歪んでいるかもしれないけれど――ヴァルキュリアにとって、それ以上に嬉しい事は無いと、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。



「実の娘を殺す事に、躊躇いは無いのだな」


「ああ。……しかしどうにも、お前だって嬉しそうじゃないか」


「当然である。……ああ、貴様は確かに、拙僧が憧れた父ではない。心は弱く、その思想も理想も願いも何もかも、断じて認める事は出来ん」



 しかしな、と。


シャインの言葉はそう続き、口元を伝う血を左手のグローブで拭った。


父の流させた血を拭う時すら、彼女は笑みを失わせない。



「貴様の……父上の腕は、弱く等無かった。確かに、今や拙僧の方が勝った部分もあろう。けれどその勝った部分を含め、拙僧の未熟さを突こうとする、正に拙僧が憧れ、尊敬した父上の姿が、確かにそこにあった。それが、とても嬉しく思う」


「……お前は、そんな所を憧れてくれていたと?」


「言っていたつもりであったのだがな……しかし、貴様の、父上の言う通り、拙僧らはどうにも、家族というフィルターにかけ、互いの言葉が家族故に伝わっているであろうと、相互理解を怠っていたのであろう」



 ヴァルキュリアも、エンドラスも、家族として互いに自分の想いが、気持ちが、理解してもらえると過信していた。


それは確かに美しい在り方なのかもしれないが、正しくはない。


人間は家族だからという理由だけで全てを分かり合える程、賢い存在ではない。でもだからこそ、会話や行動にして自らの在り方や望みを示し、それを理解して欲しいと願い、理解したいと求めるのだ。



――親が子を、子が親を、殺そうとする事は当たり前の事じゃない。


――しかし当たり前じゃない事が、必ずしも間違いであるというわけでもない。



 二人は、殺し合ってでも全身全霊で戦い、互いの強さと願いを伝えたいと願った。


そうする事しか出来ない不器用で阿呆な在り方――けれどそれでいいと、二者は納得している。



「ヴァルキュリア、私はお前を殺すつもりで戦い、お前を降す。父としての強さを示す。そしてラウラ王を神として崇め、ガリアを、お前の母を、蘇らせてみせる。それが私にとっての願いであり、そして……お前に出来る、父であるという証明だ」


「父上、拙僧は父上とラウラ王の野望を砕き、人で無くなった貴方を殺す。けれどそれは、貴方の弱さを否定する行為ではない。恨みや悲しみを晴らす為の行為でもない。……貴方の強さと弱さを受け入れ、互いに納得する為に、魔法少女へと成長した娘としての役目だ」



 二人は笑みを崩さない。けれど表情は真剣そのもので、互いの獲物を握った上で構えつつ、地面を蹴りつけた。


スピードとパワーはシャインの方が上。その素早さと力強さを兼ね備えた一閃がエンドラスに向けて振るわれると、彼は高熱を帯びた刃を大袈裟と表現しても良い程遠く飛び退きながら避け、建造物の壁を蹴りながら上空へ舞い上がる。


脚部と背部のスラスターを吹かしながら空へと舞い上がるシャイン。だが空中という場でさえ、二者にとって力量にさほど影響などない。


力と手数、そして熱放出を含めて襲い掛かるシャインの攻撃を、全て寸での所で躱しつつ、熱に焼ける肌を耐えつつ、エンドラスは刃を振るい、娘を斬り付けていく。



 ――今この時、不器用で愚かな父子の、望んだが故に起こり得た殺し合いが、幕を開けたのだ。



**



 ラウラ・ファスト・グロリアは、帝国城の最深部、帝国王の間に用意された椅子に腰かけながら、目を閉じてため息をついた。


既にラウラの支持率は地の底まで堕ちている。そして、彼が最優先で守るべきであった行動記録も既にレアルタ皇国領事館にまで持ち出され、しかもそれをカルファスが確保している状況ではそれを回収する事も難しいだろう。


けれど――まだ、自らが王として、否、神としてこの国を統べる事は不可能じゃない。


計画は随分と狂ってしまったけれど、方法としては確かに存在する。



「ああ、そうだよラウラ。お前は失墜を果たしたが、まだ活路はある。お前という存在が生き、このオレが、オレの遺した全てが死ねば、確かにお前はこの国を統べるべき存在として、在り続ける事が出来るだろうよ」



 王の間へと、繋がるただ一つの通路。


その通路から血飛沫が舞い、僅かな悲鳴にも似た嬌声が聞こえると、足音が二人分、静かに王の間へと近付く音が聞こえた。



「だから――最後は策も何もない、ただ純粋な力比べと、想いの強さを比べていこうじゃないか。なぁ?」



 血のこべりついた金色の剣を振るい、大理石作りの広間を汚すのは、端正な顔立ちをした少年……フェストラ・フレンツ・フォルディアス。


そして、彼の隣に立ち、身体を失って頭だけとなったモノの肉を喰らい、咀嚼する少女は……クシャナ・アルスタッド。



「来たか。クシャナ、フェストラ」


「うん、来たよ。……お父さん」



 最後まで肉を喰らい尽くしたクシャナは、その太もものホルスターに備えていたマジカリング・デバイスを取り出し、前面へと突き出し構える。


そして彼女の隣に立つフェストラもまた、ゴルタナを懐から取り出し構えて……彼女の言葉を、待つ。


 クシャナの指が、マジカリング・デバイス側面の指紋センサーに、置かれた。



〈Stand-Up.〉


「最後の戦いを始めよう。――私が、ファナとお母さんの想いを込めて、貴方を殺す」



 彼女の言葉に対し、誰も、何を言う事も無かった。


ただラウラが立ち上がりながら杖を地面に打ち付け、突風がクシャナとフェストラを襲う中、それでも二者は毅然とした態度で、前を向く。



「ゴルタナ、起動」


「変身」


〈HENSHIN〉



 空中に投げ放たれながら溶けるゴルタナがフェストラの身体に纏われ、放出された光と共にクシャナが変身を遂げていく。



 ――戦いの幕開けは随分と静かなモノだなと、その場にいる三人は思うのである。

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