失墜-13
既に聖ファスト学院の門は閉じられている。もし仮に今後アシッド化する者が増えたとしても、その門を破り侵入する事は無いと思われる。
アシッド達の斬り裂かれた頭、倒れる身体。しかし数秒、十数秒と時間がかかれば、頭を失った体がビクビクと動き出し、僅かに身体を動かしながら、斬り落とされた頭へと近付いていく。
頭に手を伸ばし、その手に掴むアシッド。頭が無いにも関わらず動く怪物、加えてそれが……元々仲間であるというのだから、帝国軍人たちは不気味さであったり気色悪さを通り越し、恐怖もあろう。
「このアシッド・ギアを持っている者は放棄せよ。ラウラ王の意思一つで、それは貴方達に挿入され、肉体を変貌させる」
アシッド・ギアを手に持ち、示しながら兵達に見せると、彼らは自らのポーチやポケットなどを探り、持っている者はそれを乱雑に投げ捨て、既に先ほどの騒動で捨てていた者は安堵の息をついた。
しかし――安堵したのも束の間、ヴァルキュリアは目を見開きながら、近くにいた兵の腕を引きつつ空中に向けて、グラスパーの刃を振るう。
彼女の振るった刃は、空をただ斬るだけに留まった。
そもそも彼女が何を斬ろうとしていたのか。それは空をひとりでに駆け抜け、彼女の振るった刃を容易く避けながら、ヴァルキュリアが庇った男の首筋に先端の接続部を挿入させた――アシッド・ギア。
「何……ッ」
「ガ、グゥ――ゴォオアアアアッ!!」
アシッドへと変貌を遂げてしまった彼を投げ飛ばし、僅かに距離を取ったヴァルキュリア。
だが問題は彼だけではない。
空中を幾多にも浮かび上がり、目標を探知するかのように揺らめいた後、獲物を見つけた瞬間に猛スピードで空中を駆け抜けるアシッド・ギアは、三十以上。その内の十幾つがヴァルキュリアの周囲に居た兵達に襲い掛かり、次々に挿入されていく。
「ゴ、アアッ」
「グガ、ゴォオオオッ」
呻き声は千差万別。だがそんな違いに意味など無い。
ヴァルキュリアは悔しそうに下唇を噛みしめながら――今、アシッドへと変貌を遂げた幾十体近くのそれがこちらへ一斉に向いた事を確認して、ポケットから一つのデバイスを取り出した。
「……この国を、民を守らんとする崇高なる意思さえも踏み躙るか、ラウラッ!!」
その右手に握られたマジカリング・デバイス。彼女の腕力によって握り潰されんかと言わんばかりに力を込められたそれを、前面へと突き出しながら側面の電源センサーに触れる。
〈いざ、参る!〉
「変身――ッ!!」
〈いざ、変身! 現れよ、魔法少女ォ!〉
騒々しい程に響き渡る和太鼓の音と共に、歌舞伎めいた機械音声が流れ出しつつ、彼女の身体を光が包んだ。
その光に包まれながら変貌を遂げ、最後に光が散りつつ姿を現したのは――煌きを纏う者。煌煌の魔法少女・シャイン。
シャインはその両手に展開された溶解炉マニピュレータから青白い炎を噴出させながら、その熱量に本能的な危険を察知したように呻き、今まさに咆哮をあげながらこちらへと迫ろうとする、大量のアシッド達と向き合いながら、地面を蹴った。
迫るアシッドの大群に、シャインは臆する事なく駆け出して、正面に居た一人の顔面を強く殴りつける。
そして姿勢を崩した一体の肩に足を乗せ、そのまま空高く舞い上がる様に蹴り付けると、上空から彼らを一望する。
「数――二十四!」
数を認識しながら迫ろうとしていた軍勢の裏手に回ったシャインが、そのグラスパーの刃を抜き放つと、その刃から発せられた熱が、アシッド達に火を恐れる本能的な恐れを抱かせる。
だがそれだけでシャインは済ませない。剣を抜いて駆け出した彼女は、敵の動きを見据えながら軍勢の只中を突っ切る様に姿勢を低くして突撃し、その刃を横薙ぎに一閃。
それにより数体のアシッドは腹部を両断され、さらに傷口が再生できぬよう、傷口の断面が火傷状態となり、ただ前のめりに倒れて動けなくする。
「弐の型!」
彼女の言葉と共に、八ツへ分離を始める刃。刃と刃の間にはワイヤーにも似た透明かつ細い糸のようにも感じる事が出来る力場が繋ぎ、その力場を操作する事で、蛇腹剣として稼働する様に。
「セッバリオス――ッ!!」
柄に力を込めながら、マナで接続された蛇腹剣を大きく振り抜く事で、多勢を巻き込みながら振るわれた一閃。それに巻き付かれた者達は四肢を引き千切られながらも、先ほど腹部を一閃された者達と同様に、その断面を火傷によって塞ぎ、再生が出来ぬように。
残る数は十二体。そしてそれまで一か所に密集していた状態から一変し、各個がバラバラに配置され、均一性など見当たらない。
ここまでバラけたのならば、シャインにとって対処は容易い。
セッバリオスの展開を解除し、一本の刃として顕現し直すと、バラけた位置からヴァルキュリアに向けて迫る、残ったアシッド達。
だが一体ずつ、それも感覚を空けて襲い掛かる獣等恐れるに足らない。シャインは迫るアシッドの大きく開かれた口や、その屈強な肉体が振るう腕部や脚部の攻撃を躱しながら、その隙をつくように剣を振るい、対処をしていく。
そして今、最後の一体が振るった腕を躱しながら振るった一閃によって、肩から腰までを袈裟斬りし、その動きを止めさせた所で、シャインは天高く、グラスパーを放棄し、その胸に両手を掲げる。
「これが手向けだッ!」
〈いよぉおお! 太陽の煌きィ!〉
手を掲げた胸を中心に橙色の輝きが煌き、その掲げられた手に装着されている溶鉱炉マニピュレータが稼働する。
その展開された青白い炎が、マニピュレータのプロテクターさえも溶かし、彼女の両手を消滅させていく。それに痛みさえも感じぬ上に、燃え尽きると同時に急激な再生を果たしていく。
「これで、カーテン・コールである――ッ!」
そんな煌きを纏う彼女が、既に身体のどこかを分断され、満足に再生も果たす事が出来なくなっているアシッド達に向けて、その両手を振るっていこうと足を前に出した瞬間――遠くから感じた殺気と気配に、飛び退きながら身体を捻った。
目で捉える事も難しい、音速に近い速度で駆け抜けてくる刃。
避けようと努力したシャインの努力も虚しく、彼女の腹部を貫き、その衝撃によって地面へと叩き付けられたシャインは、口から血を吐き出しながら悶えた。
「ご、っ……ふぅ、っ」
刃の正体、射出されてきた刃の軌道、それらは考える事も意味をなさない。
そもそも細長い刃を弾丸のように投擲し、魔術的な強化を施す事の出来る刃等、限られる。そんなものは世界中を探したって、グラッファレント合金製の刃しかあり得ない。
そして――グラッファレント合金製の剣を握る事が許されるのは、世界中を見渡しても、彼とシャイン……ヴァルキュリアの二者しかいない。
遠く離れた建物の屋上、そこから今跳び上がって、聖ファスト学院前へと着地した男性が一人。
男はその手に刃を失った柄を握っており、それをブンと軽く振るって、シャインの腹部を貫いた刃がひとりでに動き出し、空中を駆けながら、男の握っていた柄へと戻っていく。
その歳老いた初老の男性、そして何よりも目には生きる希望さえも感じさせぬ、生気を欠片も感じる事の出来ぬ男は……エンドラス・リスタバリオス。
「邪魔を、するなエンドラス……っ、貴様に用など無いッ!」
「もう、父上とは呼んでくれないのか?」
「言ったであろう……今の貴様は、心も腕も、拙僧の尊敬した父ではないと……ッ!」
「……そうか。残念だ」
本当に。本当に残念そうに、エンドラスはシャインの……娘である筈のヴァルキュリアが叫んだ言葉に、同意した。
「だがな、私としても、お前に父と呼ばれる程の心も、腕も持ち合わせてはいない。……もう、既にお前の方が強いんだよ、ヴァルキュリア」
「ウソだッ! 父は、父上は、本当は強い男だった! 拙僧の憧れだった――ッ!」
「そうだったのかもしれない。昔は、お前より私の方が強くて、そしてお前はどんな形であれ、私という男の背中に、憧れてくれたのかもしれない」
エンドラスは、僅かに苦笑を浮かべながら、左手で目元を覆う。
「けれどな、それは【家族】というフィルターを通した先にある、幻想の姿だったんだ。私という男は……否。どんな強い存在だって、一皮剥けた子供には、敵わなくなるものだ。心も、腕も」
先日、レナ・アルスタッドと話した事を思い出しながら、エンドラスはヴァルキュリアへと語り掛ける。
これまで出来なかった、父と娘の語らいを果たす為に、本心を曝け出すように。
けれど、それがどこか気恥ずかしくて、顔を思わず隠してしまった。
「私達は家族として、互いに現実と向き合わなければならなかったのかもしれない……けれど私も、お前も、それを蔑ろにし続けていたんだ」
「拙僧は違う! 拙僧は、父上と向き合う事を……向き合う、事を……ッ!」
傷口を再生させながら、シャインは勢いよく立ち上がり、エンドラスの言葉に言い返そうと言葉を探る。
けれど、そこで彼女は言葉をつっかえさせてしまった。
言えなかったのだ。
自分がずっと、父親と向き合い続けてきた等。
……家族と向き合い続けて、現実と戦い続け、ささやかな幸せを積み重ねてきた、アルスタッド家の三人を見ているから。
「ガリアの望みは、お前や私と、ありふれた家族のような幸せを掴む事だった。私はそれを果たしたかった。……だが私達は、そんな幸せを望む事さえおこがましい家族だったんだ」
ずっと、目を逸らし続けてきた。家族と。
結果として生み出したのは、一人の男として弱い男である父と、最後まで自分の幸せを履き違え続けた母と、両親の事さえまともに見る事が出来ない、不器用な娘だけ。
けれどそれは、社会が、周りが、誰が悪かったわけでも無い――家族が、家族であろうとしなかったが故の、自業自得だったのだ。





