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失墜-12

 メリーを肩に担ぎながら、彼の懐に入れてあった筒状の道具を取り出した彼女は、その先端に取り付けられたピンを歯で抜きながら、それを乱雑に放棄した。


数秒という時間経過と共に、エンドラスの足元に転がったソレ……フラッシュバンが爆ぜ、強烈な音と光がエンドラスを襲った。


眩い光に目が焼かれ、耳も上手く聞こえぬ中で、何とか気配だけを頼りに周囲を警戒したエンドラスだったが……しかし、既に気配は周囲に無く、また感じ取れる筈も無い。ルトとメリーは、その気配を可能な限り消す事が出来るプロ、対魔師の家系に産まれた人間だ。


既にエンドラスから遠ざかり、気配を消しながら市街地の方へと戻っていくルトとメリー。ある程度再生を終わらせた所で、メリーはルトへと「すまない」と先んじて頭を下げた。



「だが……エンドラス様は我々にとっての英雄で、ドナリアにとって友だった男だ。彼を私が倒す事で、少しでもドナリアの弔いになるのなら、と」


「そんな心配しなくていい。ヴァルキュリアちゃんならきっと、彼の事を止めてくれる。いいえ、止めてくれるだけじゃなくて……きっとその心を、晴らしてあげる事が、出来るわ」



 メリーの身体を担ぎながらもしっかりと前へと進んでいくルトの姿を見て、メリーは思わず笑みを浮かべた。



「どうして、戻ってきたんだ」


「……アマンナが、まだ戦ってる。私にとって大切なあの子を、放っておけないのよ」


「私は、長く君の事を知らずにいた。だからアマンナ君の事も知らない。……けれど、あの子はあまりに、君と似ているように思う」


「それはそうよ。だってあの子は私が教育したんだもの。一緒に居た時間の分だけ、似てくるのは当然だと思うわ」


「そうじゃない。勿論言動も似ているし、技術という面でもそっくりだ。……けれどそうじゃなくて、もっと、根本の所が」



 メリーは、きっと真実に気付いている。けれどそれを、ルトの口から聞きたいと思っているのだろう。


しかし、今は何より時間が惜しい。そんな事を口にしている暇があるのならと、ルトはメリーの身体が再生をある程度終えた事を確認しつつ、彼を地に降ろした。



「兄さんは、自分のやるべき事に集中して。……それは戦いが終わってから、ね?」



 地面を蹴って高く跳び上がり、建築物の屋根を伝ってどこかへと去っていくルトの姿を、メリーはただ見ている事しか出来なかった。



「……あの子は、昔からそうだ。何時も何時も、兄の隣から遠ざかって、追いかける事もさせてくれない」



 メリーもそれなりに優秀であった自覚はあるが、それは才能というだけではなく、自分の顔面に対するコンプレックスから来る、何より強い熱意に後押しされ、それ相応の努力を果たしたからだと理解している。


しかし、ルトという妹は違った。彼女は生まれた時からメリーという兄の代わりにハングダムを継ぐように命じられて技術を学んでいただけ。


なのに、彼女は必死となって努力を続けたメリーにいとも容易く並び立ち……そしてその上で、兄に向けて微笑みかけて、どんどん前へと進んでいった。


妬ましいと思ったこともある。けれど彼女を嫌いになれなかったのは……何よりも近しい肉親であったからなのかもしれない。



「だがまぁ……それが兄としての役目、か」



 人間にはそれぞれ、なすべき役目があるとメリーは思う。


ルトは兄の前を進んでいって、メリーはそうして進んでいった妹の背中を、後ろから支える。


それだけでいいのだ。それだけで、兄としての役目は終わりだ。



「だからこそ――ここから先は、兄ではなく、私自身の役目を果たしに行こう」



 もしかしたら、エンドラスとは、ルトとはもう、顔を合わせる事が出来ないかもしれない。


けれどそれでいい。もう、エンドラスの同胞として、ルトの兄としての役目は、終わったのだから。



「後は、娘である君が……彼を終わらせてくれ。ヴァルキュリア君」



 呟いた言葉は、風と共に掻き消えていく。


そうした彼の視線は――少し遠くにある、高くそびえ立つ帝国城に向けられていた。



**



帝国城前に集まり、ラウラ王に対するデモへと訪れていた者達や、その光景を野次馬感覚で眺めていた者達、もしくは関係なくただその場にいただけの者達。


様々な形はあれど、本来は戦い等と無縁な存在であるべき一般大衆達は、事態の異常性を察した者から早々に聖ファスト学院へと向けて逃げ出し、そうでない者であったとしても、帝国城前の大広間にて開始されたガルファレットとシガレットによる、およそこの世の争いと思えぬ程の激闘に巻き込まれぬように逃げ、大勢の人々の波が形成されていた。


 既にシュメル内は混乱の一途を辿り、帝国城の音響設備からは「現在異常事態の為、避難指示があるまでは屋内退避を命じます。外出中の方は聖ファスト学院及びお近くの建物に避難して下さい」という、僅かに声が上ずった女性のアナウンスが流れている。


帝国城内も恐らく状況を読み取れきれていないのだろう。少なからず民衆を傷つける意図は感じられなかったが、しかし民衆を守る為というよりは、事態が分かっていないからこそ、民衆の自己判断に委ねた形となっているように思える。


そして、事態が分からぬが故にどう動けば良いのか、それを判断できずにいるのは民衆だけではなく、本来は帝国城への安全や民衆の命を守るべく訓練を受けている、帝国軍人や帝国警備隊員も同様である。


ガルファレットとシガレットによる猛攻を見据え、最初は二人を止めて捕えるべく機会を窺おうとしていたようだが、しかし見れば見る程、おおよそ人とは思えぬ程の殺し合いとしか思えず、自分たちに彼らを止める事は出来ないと判断した。


結局彼ら普通の人間に出来る事は、避難する者達の安全を確保する事と、そして帝国城内の安全を確保する為に、帝国城内へと向いて状況把握に努める事しか無く、十数人程の帝国警備隊員と数人の帝国軍人達は、聖ファスト学院へと逃げ惑う人たちを誘導していた。



「皆さん落ち着いて! 聖ファスト学院内は現在、安全が確認されています! 走らず落ち着いて避難してください!」



 既に聖ファスト学院へは、幾人の帝国軍人と警備隊員が先んじて確認に入っており、教師陣や警備の人間が囚われていたが、彼らを解放すると共に学園を避難場所として使用する事を改めて容認してもらった。


外に居た人々の安全さえまずは確保出来れば、それだけでも気持ちは楽になる。混乱した状況の中で問題を一つ解決できたというモチベーションも勿論だが、何より今後民衆の安全に気をかけすぎて、行動が抑制されてしまう事が何よりも恐ろしい。


そうして多くの人間が聖ファスト学院へと逃げていく所を見届け、目に見える範囲に領民がいない事をそれぞれが確認すると、ハンドサインで合図を出す。


既に領民達の安全を確認し、護衛は聖ファスト学院の教員達に任せている。


正門、裏門、通用口を全て閉鎖させ、侵入者を拒んで皆が一息ついた。



……その時、領民達の避難誘導を行っていた内の三人程が、急に体をビクリと震わせたかと思えば、ガクガクと震え出し、その身体を地面に倒れさせたのだ。



「お、おい! 大丈夫かっ!?」



 近くに居た仲間たちが駆け寄り、何があったかを確認しようと身体を揺さぶる。まだ生きているようだが、顔は随分と青くなり、どうにも正気には思えない。


急ぎ退避させて、治療しなければマズいと考え、その肩に担ごうとした者達だったが――しかしその伸ばした手で掴んだ、倒れた者達の腕が急に硬化し、まるで筋肉の塊かのように力強く感じた。


何が起こったか、それを確認するよりも前に、急に倒れ出した三人が、駆け寄っていた者達の手を振りほどく様に腕を振るった。



「ガ――アア、ッ」


「お、おい。どうしたんだよ」


「ニ、逃げ――ガ、アアァッ! アアアアァッ!!」



 最後に、何かを伝えようと口を開いていた者達だったが、しかし大きく口を開けて咆哮を上げると、そのボゴボゴと僅かに肥大化した肉体を動かし、仲間である者達に、襲い掛かる。


 乱雑に振るわれる腕、訓練で培った反射神経によってそれを避けながらも「おい、急に何を」と声を挙げたが、しかしそれを、既に彼らは聞いて等いない。


 突如として倒れ、凶暴化し、理性を失った獣のように襲い掛かる彼らの動きに、内の一人が腕を掴まれると、その腕に向けて、変貌した内の一体が口を大きく開けて、歯を立てようとする。



「壱の型・ファレステッド」



 そんな混乱状態において、彼女の声は聞こえたのだろうか。


風を斬る様に駆け抜ける一人の少女。彼女が振るった剣は、今まさに口を開けて歯を立て、帝国軍人の腕を喰おうとしていた者の首を、すれ違いざまに抜き放った刃によって斬り飛ばされた。


一瞬の事で、何が起こったかを彼らが理解するよりも前に、少女は剣を抜いたまま駆け出し、彼女の存在に気付きながらも肉を求め、近くにいる人間へと襲い掛かる変貌した者達……アシッドの首を、器用に斬り裂いていく。


その剣戟のキレ、スピード、そして何よりグラッファレント合金製の剣であるグラスパーを用いたリスタバリオス型抜刀術の使い手。それだけ情報が集まれば、その少女がどんな存在かを、認識する事は容易い。



「お下がりを。彼らは既に、ラウラ王の手によって、怪物・アシッドへと変貌を遂げた。……もう、殺してやる他に、出来る事はない」



 その銀髪の髪の毛を後頭部でまとめた少女は、聖ファスト学院の制服をまとった状態でグラスパーを腰に収め、首を斬り落とした者達から兵士たちを遠ざける。



「き、君は……」


「ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオス――この度の戦いでは、市民の安全をアシッドから守る役目を仰せつかった」

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