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ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスという女-10

「検査結果についてや魔術学部の方は、オレがアマンナに命じて調べておく。お前はあの娘を何が何でも守れ。第七世代魔術回路を何処の馬の骨とも知らん連中に渡る事だけは避けねばならん」


「守るったって、今まであの子が危険に晒された事なんかないぞ?」


「オレ達があの娘の重要性に気付いた事を、隠蔽しようとしていた連中に悟られた場合、どうなるか分からんと言っているんだ」



 私は詳しく知らないのだけれど、第五世代以上の魔術回路は摘出後に売りさばくだけでもかなりの金になるのだという。


第六世代以降の魔術回路となれば、それこそ巨万の富を投じても尚買う事の出来ない代物らしく、第六世代魔術回路を持つフェストラも、幼い頃から命を狙われ続けてきたのだという。



「だからオレは自分の身を自分で守れる為だけの力を身につけた。だがあの娘は違うのだろう」


「……そうだね。あの子は小さい頃から、喧嘩とかそういうのとは無縁だった。戦いなんて知る筈もない」


「もしお前ひとりで守る事が難しいというなら、あの娘も対アシッドチームに引き入れろ。それならばオレ達の方で極秘に守る事が」



 ……そんな事を口にするフェストラに、私はつい眼力を強め、彼の胸倉を握り返してしまう。



「ファナだけは絶対に巻き込まないぞ。そもそも私は、ヴァルキュリアちゃんを巻き込む事にも反対なんだ……っ」


「ならば、お前が死ぬ気であの娘を守れ」


「お前に言われずとも、可愛い妹の身は、姉である私が守るさ」



 何にせよ、ファナやファナの周囲に関してはコイツとアマンナちゃんに詳しく調べて貰う他ないだろう。


私たちはそこで話を終わらせ、互いに掴んでいた胸倉を離し、制服の襟を整えた所で、再び教室へと入ったが――




そこで、信じられない光景を目にした。




「ファナ・アルスタッド殿――拙僧を、貴女の騎士にして頂きたい」




 顔を真っ赤にするファナの前で片膝をついて、ファナの右手をそっと握るヴァルキュリアちゃん。


彼女がファナの手の甲に、柔らかそうな唇で口付ける。



「っ、っ!? ――ッ!!!!!????!?!??」



 お姉ちゃんの私が声にならない叫びをあげていると、ファナはリンゴのように赤い顔で困惑しながら、それでも嬉しそうに顔を綻ばせて……。



「え、ええっとぉ……しょ、しょの……よ、よろしくお願いしましゅ……?」



 何と同意してしまったのだぁッ!?



「なななな、なにが起こってるのファナ!? ヴァルキュリアちゃんッ!?」


「お姉ちゃんっ!? え、えっと、アタシも何が何だか……!?」


「つまり拙僧がファナ殿の騎士として、危機が訪れようともお守りするという、永遠の誓いを立てたのだ!」



 キリッとした表情で、ファナの肩を抱き寄せるようにしたヴァルキュリアちゃんに、ファナは遂に理性及び思考が限界に達したようで、ぷしゅう……と頭から煙を出して気絶してしまう。



「だ、駄目だからねッ!? お姉ちゃんはお姉ちゃんとしてファナの将来をまだ話し合ってないし、お姉ちゃんはファナの結婚とかお付き合いとか認めませんっ!!」


「いや落ち着くのだクシャナ殿……拙僧は何もファナ殿と婚姻を結ぶとは言っていないのである。というかそもそも女同士で婚姻は出来ないのである……」


「ヴァルキュリアちゃんは愛も無いのに私の可愛い妹を誑かそうというのかァ――ッ!?」


「フェストラ殿どうすればいいのだこのクシャナ殿何時もの五倍くらい面倒なのである……」


「落ち着け庶民」



 脇腹辺りを思い切りフェストラにぶん殴られた。正直昼食に食べたパンを吐きそうになる位には力がこもっていただろう。



「リスタバリオスはお前の妹を守ろうとしているだけだ。第七世代魔術回路を狙う人間は多い。故に護衛に就いた方が得策だ、と判断しての事だろう」


「その通りである。何故彼女が現状まで護衛も無しに学院生活を平穏無事に歩めているのかが謎な程、魔術回路の質も技術も素晴らしい」


「えほえほっ、ぶぇほぉっ」



 嗚咽を吐き脇腹を擦りながら、二人の言い分を聞く。まぁ、フェストラが騎士になるとか言い出さなかったのは良しとして……それでもお姉ちゃん的には納得がいきません。



「でもどうやって守るっていうのさ? 学内はともかく、学外……それこそ家とかで誘拐でもされようものならどうしようもないじゃないか」


「だから拙僧が守ると言っている」



 ……? ヴァルキュリアちゃんは何を言っているのだろう?



私とヴァルキュリアちゃんが互いに首を傾げた所で……フェストラが「なんでコイツ等こんなに噛み合わんのだ」と言わんばかりにため息をついて、まとめた。



「……リスタバリオスが庶民と小娘の家に居候し、常日頃から小娘を守る、とでも言いたいんだろう?」


「そう、その通りである!」


「あー、なるほど居候ねぇ。納得納得――出来るかぁっ!」



 可愛い妹とヴァルキュリアちゃんが同じ屋根の下で共同生活を始めるとか、お姉ちゃん絶対許しませんよッ!!



「姉の私でさえここ数年、一緒にお風呂入れないし一緒に寝てないんだよ!? 『お姉ちゃんは何かえっちな目でアタシを見るもん』とか言ってさぁ!? ぽっと出のヴァルキュリアちゃんに妹を渡すわけにはいきませんっ!」


「むしろそうして姉離れしている妹を守るには最適じゃないか。というかお前、妹に変な欲情していないだろうな……?」



 ししし、してないもん! お姉ちゃんはお姉ちゃんとして、妹の成長を肉眼に焼き付けようとしているだけで変な事は (まだ)してないもん!



「うむ、フェストラ殿の言う通りだクシャナ殿。何卒、妹君の安全を考慮し、共同生活を歩もうではないか」


「だいたい私ん家、お母さんも一緒に住んでいるんだよ!? ヴァルキュリアちゃんをどうやって一緒に住まわせるっていうのさっ!?」


「そこは上手く進めて頂けるよう、クシャナ殿にお任せするのである」


「なんで反対してる私が上手く事を進めなきゃいけないのさっ!?」


「本来、第七世代魔術回路持ちを守るにはこれでも足りない。お前がもし平穏に物事を進めたいのならば、諦める事だな」



 チクショウ、魔術回路を持たないからファナの実力も素質も上手く理解できないが故に、彼女達を言い負かす為の知識がない……っ! 何故私は魔術回路を持たずに生まれたんだ!



「……分かったよ。何とかお母さんとファナを説得する」


「今後ともよろしくお願いするのである、クシャナ殿!」



 では拙僧は一度帰宅するのである、と言いながら私とファナの自宅場所を聞いた後、教室を飛び出して行っちゃったヴァルキュリアちゃんを見送りながら、私はファナをおんぶした。



「じゃあ私も一旦帰るよ。アマンナちゃんに調査をよろしくって伝えておいて」


「ああ。今後は帰り道に気を付ける事だ」



 面倒な事になったなぁ、と思いつつ私とフェストラが教室を出て――そこでガルファレット先生が呟いた言葉は、誰も聞いていない。




「………………授業」




 先生の声は小さいので、姦しい生徒たちの声にかき消されてしまうのだった。



**



ヴァルキュリアが自宅へと戻ってきた事を、父であるエンドラスが知るのにそう時間が必要ではない。


彼は本日謁見した男の事を考えながら座禅を行っていたが、そこで娘の帰宅を察し、時計を見据える。


まだ終業時刻ではない筈だが、と立ち上がり、彼女の部屋へと向かっていく。



「ヴァルキュリア、帰っているのか」



 彼女の部屋へ入る為に仕切られた襖の前で声をかけると、彼女の声も帰ってくる。



『父上。はい、やんごとなき事情がありまして』


「やんごとなき事情?」



 娘はこれまで、一度も学業を休む事も、一度も怠けた事も無いと聞いている。故に「やんごとなき事情」にも意味があるのだと理解して「そうか」とだけ呟いた。



『父上、一つご相談……というより、お願いがあります』


「何だ」


『長く家を開けさせて頂きたいのです』



 その言葉の意味が理解できず、エンドラスは「入っていいか」と声にして、彼女の『どうぞ』という返答に合わせ、襖を開ける。


彼女の部屋は、随分と殺風景だった。小さな布団が一つと、勉学用の机、更には本棚が三つ並ぶだけで、他には遊び道具一つもない。


そんな彼女は今、大きなカバンの中にひたすら生活用品を詰め込んでいて、エンドラスはその様子を見据えながら「何があった」とだけ問う。



「本日より、魔術師の方をお守りするべく警護に当たります」


「それは学徒であるお前の仕事なのか?」


「その方は聖ファスト学院の魔術学部に在籍する生徒なのですが、どうやら第七世代魔術回路を持ち得るようで……学院側は意図的に、その事を隠匿していたようでした」



 荷物をまとめ終わったのか、ヴァルキュリアが立ち上がり、姿勢を正した上で父と向き合った。



「故に同じ学徒であり、同じ魔術師、そして同性の拙僧が護衛に最適であろうと、判断した形であります。フェストラ殿も同様の意見であったようで、納得していただきました」


「……第七世代魔術回路、だと?」



 俄かには信じがたい話だが、しかしヴァルキュリアの言葉に嘘は感じない。その上、フォルディアス家の嫡子であるフェストラも、娘と同様の判断をしたという事ならば、それは過ちではないのだろう。



「はい。第七世代魔術回路がどこぞの者に渡ってしまう事を避ける為の、最低限必要な措置であると、拙僧とフェストラ殿の両名で判断いたしました」


「そうか。……理解した。フェストラ様の命ならば、その職務を全うしろ」


「かしこまりました!」



 背筋を伸ばし、敬礼を行い、腕を下ろした所で――ヴァルキュリアは父へ、一つだけ伺った。



「父上は――国を守るという事を、どのように捉えておいででしょうか?」


「何だ、いきなり」


「少し、フェストラ殿とそうした話をしておりました。……父上の言う通り、彼はやがてこの国を率いる王になり得ると確信しましたが、故に父上はどうであるのだろう、と」



 娘の言葉に耳を傾ける必要は、本来ない。


しかし……本日謁見した男との会話が在ったからか、つい彼は、言葉を漏らすように呟いた。



「国は如何なる時も、厳粛な秩序を以て守られていなければならない。厳粛な秩序、それ即ちフレアラス様の教えであり……我々は教えの下で一つにならねばならない。秩序が乱される事、それ即ち、国の乱れである」



 既にヴァルキュリアへは、耳にタコができる程伝えて来た言葉だ。これ以上語る理由はないとした彼の言葉はそこで終わり……ヴァルキュリアは、少しだけ寂しそうな表情を浮かべて、頷いた。



「……そうですか。では、長く家を空けます事をご承知下さい、父上」



 それ以上会話は無かったけれど――エンドラスは娘の、いつの間にか大きくなった背中を見送りながら、目を開いた。



彼女の背中は――輝いて見えた。



何故、人には前を見る為の目しかないのだろう。



自分の背中が汚れているのではないか……それを顧みる事も出来ぬ人間の不完全さに、彼はため息をついた。

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