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失墜-05

聖ファスト学院の音響室、そのマイクに向けて声を吹き込むアスハの言葉を聞きながら、ファナはただ押し黙っている事しか出来ないでいる。


彼女は、一言一言を語る度に、重く、苦しそうに声を出しているように思えた。


自分の言葉を語り掛けている筈なのに、何故かその言葉を込める口が開かない。そんなアスハの苦悩が垣間見える中で、ファナは彼女の事を止めるべきなのか、それを思案していた。


過去で自分の言葉を利用されたアスハにとっての苦悩、そしてその過去と決別しようとしても尚、民衆へと声を届ける役割を与えられた今のアスハ。


けれどそれが最善手だと知っているからこそ、それを自らの望みとして、彼女は今こうして、戦っている。


しかし、簡単に過去と決別できる者などいない。どれだけ言葉を着飾っても、彼女はまだ、過去に囚われ、過去の自分に縛られたままなのだ。


彼女の語る言葉にそれが含まれていると分かっていたから、ファナは彼女の手を取り、もう良いと声をかけようとするが……しかしそこで、アスハはようやくフッと息を吐いて、表情を僅かに晴れやかにさせた。



「――今より、我々の同胞がラウラ王の罪を白日の下に晒す為の作戦を開始する。王を失墜させる為の戦い故に、帝国政府と我々テロリストによる、大きな戦いとなる事が予想される。戦いに巻き込まれぬよう、力無き者は首都外への避難か、聖ファスト学院内へ避難しろ」



 既に、ガルファレットは音響室から姿を消し、聖ファスト学院の正門を解放しに向かっている。避難民の受け入れ先として聖ファスト学院を開放する事と同義であり、故に事を始める前に学院の占拠に動いたと言っても過言ではない。



「また、敵となる帝国軍・帝国警備隊員らには勝手な申し出であるとは理解しているが、避難民の受け入れ先として、聖ファスト学院を不可侵領域として定めて頂きたい。我々としても、この戦いにおいて罪の無い者達から死者は出したくない」



 最後に、と。アスハはそう言いながら一度深呼吸をすると、誰も彼女の姿など見えぬというのに、深く、深く頭を下げた。



「私は、正しいと感じた道を選んだ。しかし、この選択が正しいと感じる者も、過ちであると感じる者もいるだろう。……それでいい。正義という言葉を盾とした私が言うのも何だが、決して私の言葉だけに踊らされる事無く、自分の中にある正義を信じてくれ」



 音響のスイッチを切り、放送を止めた。アスハはしばし動かなかったが、やがて呼吸の仕方を思い出すように「ハァ――」と深く息を吐き出した。



「……アスハさんの、ウソつき」


「嘘、ばっかりだったな」



 アスハも気付いていた事だろう。自分の言葉をしっかりと出す事が出来ず、ただ民衆を扇動する言葉を語ってしまった事を。



「うん。ウソばっかだ。ホントはアスハさん、もっと違う事を言おうとしてた。ホントの事を言ったのは、最後だけ。こんなの、正義でもなんでもないって、最初からずっと思ってた筈なのにね」


「ああ。慣れというのは恐ろしいものだ。……十七年以上も前、幼い頃の私が簡単に振りかざした【正義】という言葉を、口当たりの良い言葉を、今も容易く口に出来てしまうとは」



 自分の声を届けると決めた時から、何を話すか、どう語るか、それを考えていたつもりだった。


幾度も、何度も自分の心に問いかけ、何を民に語り掛けたいか、その言葉を探していたつもりだった。


陳腐な言葉でも、難解な言葉でも、どちらでも構わない。ただ言葉を聞いてくれる民に、自分の届けたいとする言葉を語ろうと、そう挑んでマイクの前に立つつもりだった。



――これから始めるのは、自分たちが気に食わないと感じた世界を変える為の戦いだ。


――だから、関係の者達は、自分の命を守る為に行動しろ。


――私達の振りかざす力は正義じゃない。ワガママだ。


――故に、君達は君達の中にある願いを信じ、私達の行動が正しいか、自分の感情に従え。


――決して、他人の言葉に踊らされて、死なないで欲しい。



そんなアスハの本心が、マイクを前にしたら、一割も言葉に出来なかった。



「こんなにも私は、不器用だったかな? 昔はもっと、台本の中にも、自分の言葉を込める事が出来ていたと思ったのだが。ドナリアの方が、よほど自分の言葉を曝け出していたと思う。……アイツの事を、私は馬鹿に出来る人間ではなかったという事かな」


「でも――ウソの中に、アスハさんの願った正義に、ホントがあった。それは、多分昔も今も、変わらないんだと思う」



 アスハの、僅かに震える手を取りながら、ファナは気丈な表情を以て、音響室の扉を開け、外へ出た。


窓の向こうから、今はまだ僅かだが、人々の姿が見える。校舎へと向けて駆け出し、一目散に逃げてきた人々の姿を見据えて、ファナは「見て」とアスハに言葉を投げる。



「アスハさんは、関係の無い人たちが、力の無い人たちが、巻き込まれないようにって願いを叫んだ。あれだけ色んな言葉があった中で、アスハさんの抱くホントの気持ちは、理解できた人もいるんだよ」



 そうであってくれたら嬉しいとアスハも思う。それは確かに本当の気持ちで、ホッとしている部分もあるだろう。



「……けれど、私はまた、皆の前でウソを口にしてしまった。皆の手には正義が握られているのだとする私の言葉で、どれだけの命が失われる事になるか分からない。結局私はミハエルの言うように、言葉という呪いを与えられた人間なのかもしれない」


「ああ、もう! ウジウジしないっ!」



 アスハの背中を強く叩くファナ。しかし、叩き慣れていないその手は、アスハの背中を叩くと同時に、ジンジンとした痛みが走って、表情を痛みで彩った。



「……ファナ?」


「っ、アタシも正義って言葉を、簡単に振りかざす人は好きじゃないし、あのミハエルって人みたいに、自分に都合の良い事しか聞かないフリしてる人だって好きじゃない! 確かにアスハさんの言葉には一杯ウソがあって、アタシはあの言葉、すっごくキライだった!」



 ――それでも、と。



ファナの言葉は、そう続いた。



「他人の言葉を聞いて誰がどう感じるか、それを決めるのは一人ひとりの人間だよ。それはさっき、アスハさんがマイクに乗せて言った事でしょ?」


「……ああ」


「言葉は確かに呪いにもなる。けど、呪いだって受け止め方次第で祈りになって、祈りだって誰かにとっては呪いになる。全部自分の思い通りに全員の心に訴えかける言葉なんて、人間なんて存在が口に出来るワケないんだよ!」



 アスハのウソに塗れた言葉を聞いて、ファナが感じたのは【呪い】だった。けれど、それはファナの感じ方だ。


アスハの言葉を聞いて、アスハの言葉に従おうと、アスハの言葉が【祈り】だと感じた者が確かにいた事だろう。


それはアスハの言葉が嘘に塗れていたから、そう感じるわけではない。どんな人間が吐き出すどんな言葉とて、そうなってしまえるのだ。


人間の語る言葉に、真意を全て込める事なんて出来ない。出来た所で、受け取る人間が曲解してしまう事だってあり、誤解なく分かり合えるなんて夢物語でしかない。



……その夢物語を信じたいという気持ちは、ファナにも理解できる。けれど、そんな事が人間に出来て良い筈もない。



そんな事が出来る存在は……それこそ、神と呼ぶに相応しい存在なのかもしれない。



「昔のアスハさんも、今のアスハさんも、その言葉に自分の祈りを込めたのなら、その祈りが通じる人が一人でも多く居る事を願えば良い。ていうか、人間にはそれ位しか、出来ないんだ」



 どんな言葉でも、受け取り方次第で相反する性質を持ち得る。アスハというかつてのカリスマが口にした言葉も同様だ。【呪い】にもなり【祈り】にもなる。


そう言ったファナの言葉は……まさにアスハにとって【祈り】のように思えた。


否、違う。ファナは自分の言葉を祈り等と考えてはいない。


ファナはただ、自分の信じた言葉を綴るだけ。


彼女は、ずっとこうだった。その言葉が誰かを救う事など考えもせず、ただ気持ちを叫ぶだけ。


けれど、だからこそアスハには……彼女の言葉が心地よく聞こえる。



「アスハさんは、自分の言葉の中にある【正義】を本気で信じて、この戦いに参加したんでしょ!? なら、アスハさんの正義を信じてくれた人を、信じてくれなくても助けたと思う罪の無い人達を一人でも多く助ける為に――ウジウジしてないで、今すぐ戦いに行くよッ!」



 勢いよく突き立てられた指。その指が向けられた先は、聖ファスト学院の外。これより戦場と化す地。


 その細くて小さな指は、盲目であるアスハには見えない。けれど、感じる事は出来る。


その言葉に込められた、アスハへの想いも含めて。



――本当に、この子の言葉は、魔法のようだ。


――この子の言葉を聞いているだけで、心が救われる。


――この子の言葉を、一人でも多くの人に届けたいと、心の底から願う程に。



アスハは彼女の言葉を、彼女の想いを受け取り、ファナの身体を強く抱きしめる。


小さな、しかし誰よりも強い心を持つ、魔法使いの体を。



「ああ――行こう。もう、私は迷わない」



 覚悟は決まった。アスハは抱きしめたファナの小さな体を担ぎ上げ、廊下の窓を蹴破りながら、外へ飛び出す。


 少しずつ増える、聖ファスト学院へと押し掛けてくる者達。


彼らとぶつからぬように門の端に寄りながら剣を構えたアスハはファナを降ろし、背負った大剣に手をかけるガルファレットへと預けた。



「ファナの事を頼むぞ、ガルファレット・ミサンガ。私にとっての王であり、最高の魔法使いだ。毛先程の怪我でも負わせたら、ただでは済まさん」


「安心しろ。俺は生徒を守る為、ここに立っている。命に代えても、この子を守るさ」



 人々の波に抗うよう、三人は進んでいく。


彼らが立ち向かうべき、敵と相対する為に。

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