失墜-02
「お、お前、何のつもりだ!」
出入口に一番近い位置の席に座っていた教員がそう声を挙げると、アスハはそちらに銃口を向けて「黙れ」と脅し、トリガーを引いた。
発砲音と共に、教員の足元を横切り、机に穴を開けたグロックの銃弾。その人を簡単に貫く事が出来る威力と簡易性を見据え、男はより冷や汗を流す。
「声を荒げるな。こちらとしても、余計な人死にを出したいわけではない。私はテロリストなどでは……あるか。うん、あるな」
言葉の途中で、自らの行いがテロ行為以外の何物でもないと気付いたからか、それを認めつつ頷いた。
「だが決して無益な死を望んでいるわけではない。こちらの要求にさえ従ってさえくれれば、誰も殺しはしない。この少女も無事に帰す事を約束しよう」
「わー殺されるー」
ファナの演技に疑問を持ったアスハは、ファナに(少し静かにしてくれればいい)と耳打ちし、彼女は(意外と人質ごっこ楽しいんだけどなぁ)と、少し残念そうにしている。
そしてそこに、両手を挙げたガルファレットが顔を出し「要求に従ってください」と、無抵抗に徹している優しい教師を演じた。
「彼女は本気です。それに戦闘能力も高く、この子程度なら赤子の手をひねるかの如く、簡単に殺せてしまいます。教え子の命を守る為に、ここは勇気あるご決断を」
「ガ、ガルファレット先生――わ、わかった。言う通りにしよう」
ガルファレットという優秀な帝国軍人からの指示、それを受けて彼女がどれだけ強力なテロリストなのかを実感させられた教員達は、彼の言葉に納得して「だからその物騒なモノを下ろしてくれ」と懇願する。
アスハも「良し」と従って、グロックの安全装置から指を離し、下ろした。
「ではお前、この場にいる全員の武装を一か所に集めろ。それと、コレもな」
ガルファレットに顎で指示をしたアスハ。【コレ】というのは、先ほどイブリンから奪ったアシッド・ギアであり、彼女の言葉に従いたガルファレットは一人ひとりの教員たちに「武器と、支給品をこちらに」と言いながら、予め用意していた袋にアシッド・ギアを回収していく。
「先ほど、イブリンという女性が抵抗した為、気絶させたが、彼女も無事だ。それより彼女と他の警備以外に、見回りをしている教員や生徒たちは?」
「い、いない。まだ朝の六時を回った所だ。自主的に登校をしている生徒も確認できていないし、我々も当直として早く出勤しただけだ」
「そうか、ならば良い。おい」
アスハが幾本のロープを取り出して、それをガルファレットへと差し出すと、彼は慣れた手つきで一人ひとりの手首と足首にロープで縛り付けていく。
三人の教員達が一か所に集められた上で縛られ、身動きが取れなくなった所で、アスハ達は教員室から出て、ホッと息をついた。
「テロリストの真似事は、随分と疲れる。こう言う事はドナリアの仕事だったのだが」
「とは言えノリノリではなかったか?」
「……そうだな、少し楽しかったと言ってもいい」
微笑みながら、アスハ達が向かう場所は教員室から少し離れた場所にある、校舎内や学院周囲へと声を届ける放送設備の備わっている音響室。
ガルファレットがその扉を腕力で破壊しながら入ると、そのズラリと並べられた機材を見据え、操作をしていく。
「あの、アスハさんは良いんですか……?」
「何がだ、ファナ」
「アスハさんは、自分が政治的な道具にされるの、もう嫌だったんですよね……? これからするのって、アスハさんをまたそうしてしまう事になっちゃうんじゃないかな、なんて思って」
「それは違う。私はもう誰の言いなりにもならないと、私の意志で動くと心に決めただけだ」
確かにファナの言う通り、アスハはかつて他者の言葉によって自分自身を良いように利用され、政治的な道具にされてきた。それに嫌悪していたかと聞かれれば、その通りだと答えるだろう。
だからこそ、もう自分は誰の言いなりにもならないと、自分が正しいと決めた言葉に従い、自分が正しいと理解した者と共に行くと、そう心に決めていたのだ。
「今回は、私が声を挙げる事で果たす事が出来る革命であり、この革命に私は賛同している。だから、フェストラ様も言っていただろう。『各々が正しいと思う行動をすればいい』と。私は、ただその言葉に納得し、私の言葉を告げるだけだ。――だからフェストラ様は、台本を用意しなかった」
ブゥン――と、僅かに音響設備の反響が三者の耳に届いた。恐らくそれは学院中どころか、首都・シュメルの大広間にも届く程に大きなノイズとなっただろう。
ガルファレットがアスハの方へ向き、小さく頷いた。アスハもそれに頷き返しながら……ガルファレットが用意した一本のマイクに向けて、声を吹きかける。
「民衆よ、私の声が聞こえるか」
僅かにハウリング音が響きながら、校内にも彼女の音声が聞こえた。その大きな音は、防音設備の整っている音響室にさえ聞こえ、彼女の声がループして外に漏れだした事だろう。
それでいい。そうした音の不快感に、多くの人が耳を澄ます。そうして多くが聞く事によって――誰もが足を止め、彼女の声を聴く事になるのだから。
「私はこの名を嫌ったが、この名だからこそ知り得る者もいるだろう。――私の名は、アスハ・ラインヘンバー」
その名を語る時だけ、アスハの表情が僅かに曇ったように感じたが……しかしアスハの手を、小さな手が包むように握った。
ファナの手が、アスハの手を包み込み、温かさを届けてくれる。
そうして、気持ちを届けてくれる者がいる――それがアスハにとって、喜ばしい事である。
だからこそ……もう一度この名を語ろうと、力強く言葉を放つ。
「私はかつて、この国の在り方に疑問を呈した者。そして今は、フェストラ様と共に、この国を統治するラウラ・ファスト・グロリア王の、卑下たる野望を打ち砕かんと立ち上がる者の一人である」
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早朝、朝六時過ぎから起こった、アスハ、ガルファレット、ファナの三名による聖ファスト学院立てこもりに関しては、すぐにその実体が帝国城や帝国警備隊、帝国軍司令部にも通達がなされた。
以前の襲撃事件時も同様だったが、聖ファスト学院の警備システムは魔導機による管理が成されており、その正門や裏門の意図しない閉鎖が行われた場合、緊急通報が各機関に通達される仕組みとなっている。
だからこそ対応は迅速に行われなければならないのだが……現時点ではそうも出来ない。
何せ、ラウラ王に対する抗議活動・デモ活動が活発化した帝国城近辺は、多くの反政府運動家、市民団体が詰め掛け、その手に持つプラカードや抗議プレートを掲げて警備を担当する帝国警備隊員や帝国軍人と、一触即発手前の状態となり、聖ファスト学院への対処に出張らなければならない人間が殆ど出払ってしまっているからだ。。
そんな一同の耳にも届くのは、聖ファスト学院に設けられた緊急時使用が想定された放送設備より流れる、女性の声。
十八年以上前から反政府運動の中心に立ち、差別是正や軍拡思想の声を挙げていた、アスハ・ラインヘンバーの声であった。
「……アスハだ」
帝国城前で抗議プレートを掲げていた、四十代前半の男性が、そう小さく声を漏らすと、彼の隣にいた若い女性が首を傾げた。
「アスハ、って誰?」
「十八年位前まで、前帝国王のバスクが掲げた軍縮政策の撤廃運動とか、差別是正運動をしてた活動家で、小さな女の子だったんだ。確か、目が見えなくて、触覚も無い障がい者の女の子……死んだって聞いてたんだけど」
十七年前から姿を見せなくなったアスハ・ラインヘンバーという存在、彼女の事を邪魔としていた帝国政府の意向もあり、殆どその存在を忘れさせていた人の方が多いのかもしれない。
『私の名を覚えている者、私の名を知らぬ者、どちらも多く今の世には居る事だろう。しかし今の国の在り様を認める事が出来ないという共通認識を有する民衆達に、伝えなければならない事がある』
しかし、かつて彼女が名を、声を大きく挙げていた事実は変わらない。
故に過去の彼女を知り、かつて彼女の言葉に同調した者達は――彼女が再び立ち上がり、声を挙げた事に対し、歓喜の声を挙げた。
「アスハだ!」
「アスハ!」
「アスハちゃん!」
ラインヘンバー家によって作られた偶像であったアスハ、しかし彼女の声に同調していた者達がいた事は事実であり、その多くは彼女の声を一番に聞いていた、何の地位も持たない一般大衆が多い。
そうした活動に賛同していた者達が、今まさに帝国城の前に多く詰め掛けている事も同義なのだ。
『今の世に多く蔓延る現帝国王・ラウラに関するスキャンダル、その内の幾つかは疑惑以上の意味を持たず、国家という容を続けさせる上で、重要ではない。まず、ここは皆も認識を改めるべきであろう』
まるで、こうして帝国城へと詰め寄り、説明責任を果たせと声を挙げる反政府運動家の者達を窘めるような声に、一瞬彼女への歓喜は止んだかのように思えた。
『だが、確かに真実もある。例えば、ラウラ王が非閉塞性無精子症である事、そして仮想敵国であるレアルタ皇国の技術によって、彼の遺伝子を以て生み出された、後継者というべき子供が、既に存在している事だ。その証拠は、帝国政府が握っている』
しかし――続くアスハの言葉に、彼女への歓喜ではなく、どよめきと表現すべき声が、彼らの口を大きく開けさせた。
彼らとは反政府運動家や市民運動家達だけでなく……彼らを止めるべく帝国城の前でバリケードを作る、帝国警備隊や帝国軍人達も含まれている。
「どういう事?」
「アスハは何を知っているんだ?」
「結局、ラウラ王に関する情報は何が正しいの?」
「いや、正しいのか、正しくないのか、どちらでも構わないんだよ」
「正しかったとしても、王としての在り方が過ちであるのなら、それは糾弾されるべきだ」
動揺は大きい。反政府運動家達の間にはラウラを嫌悪する者達は多いが、しかし彼がこれまで国の安寧に貢献してきた事実は変わらない。
故に、彼らが今声を挙げている疑惑の説明を、アスハが行おうとしているのだと気付くと、皆は混乱し周囲の人間と意見を交わし合いながらも、彼女の声が続く事を待った。





