ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスという女-09
と、そんな私の魔法少女についてを問うていた時……教室のドアをノックする音が響いた。
フェストラとヴァルキュリアちゃんの二人が警戒したようだが、ガルファレット先生の「どうぞ」という声に合わせて「失礼しまーす」と、か弱い少女の声が響く。
「あのぉ、剣術学部六学生担当のイブリン先生から、ここに怪我人がいるって聞いてきたんですけど……」
「あれ、ファナ? 何しているんだい?」
入りにくい、と言わんばかりにオズオズとした様子でドアを開けて入ってきたのは、私のたった一人の妹であり、可愛い女の子のファナである。
その薄いピンク色の髪の毛を両側頭部でまとめたツインテール、私と違って発育不足と言っても良い、小柄で可愛らしい女の子だ。
うん、今まで魔法少女形態の話ばかりしていたから、やはりこういう小さな女の子が魔法少女になるべきなんじゃないかな、なんて感じの可愛さが私にも欲しかった。生前と同じくナイスバディなお姉さんになっちゃったもので……。
「あ、お姉ちゃん。実はアタシ、ここに決闘して怪我した人がいるってイブリン先生に聞いて、治癒魔術をお願いされたの」
「そう言えばファナは何か治癒魔術を専攻してるんだったっけ?」
「うん。それで怪我人はどこに……」
と、そこで教室全体を見渡したファナが、ふと目に留めた二人の男女。
それがヴァルキュリアちゃんとフェストラであり……ファナは、ヴァルキュリアちゃんを見た瞬間、パァッと表情を明るくした。
「ヴァ、ヴァルキュリア様だーっ! そ、そう言えば剣術学部に編入したって聞いてたけど、そっかヴァルキュリア様って五学生だった!」
「ファナ、ヴァルキュリアちゃんの事知ってるの?」
「お姉ちゃん、ヴァルキュリア様に向けて『ちゃん』だなんて不敬だよ! ヴァルキュリア様は強くてカッコよくて真面目で優しい、アタシたち魔術学部下級生の女神様なんだもんっ! お姉ちゃんみたいに不真面目で女の子に色目使ってばっかの不純なお姉ちゃんじゃないもんっ!」
不純……! か、可愛い妹にそこまで断言されてしまうと、流石に私も傷ついてしまう……っ!
しかし不幸中の幸いは、ここでイケメンのフェストラに目がいかず、ヴァルキュリアちゃんに向かった事だ。私の英才教育が何とか功を奏した形だな。可愛い女の子は可愛い女の子と結ばれるべきなのさ。
「おい庶民。この小娘はお前の妹か?」
「そうだよ。あ、ちなみにフェストラは一メートル以内に近づくなよ。純粋無垢な私の可愛い妹がお前に毒されたら困る」
「いや、一応その小娘の言う怪我人はオレとリスタバリオスなんだが……」
小走りでヴァルキュリアちゃんの所へと向かったファナが、真っ赤な顔を隠す事なく、興奮した面持ちでヴァルキュリアちゃんへ頭を下げる。
「あのあのっ、アタシ、魔術学部三学生の、ファナ・アルスタッドって言いますっ! お姉ちゃんが何時もお世話になってますっ!」
「い、いや拙僧はお世話など……むしろ拙僧の方が、クシャナ殿には助けられているのである……」
「もしかしてヴァルキュリア様がお怪我なされたんですか!?」
「そんなに大した怪我はしていないのである。拙僧もフェストラ殿も、確かに立ち会って切り傷や擦り傷は多いが……」
そう。イブリン先生はもしかしたら気を利かせたのかもしれないけれど、二者にはそこまで大した怪我はない。
それに加え、一応二者は魔術師としての力量がある事から、簡易的な治癒魔術は自分で施す事が出来る事だろう。
「小さな傷でも、怪我は放置していると破傷風菌が入り込んじゃう場合もあるのですっ! じゃあ、ちょっと失礼しますね」
ヴァルキュリアちゃんの手の甲に自分の手を乗せたファナが、目を閉じて意識を集中するように、息を吸い、吐いた。
その後、彼女の手が僅かに光を放ち、ヴァルキュリアちゃんの全身を包むと――フェストラもヴァルキュリアちゃんも、驚いたように目を見開いて、フェストラなんかは立ち上がり、思わずファナの方へと近付いていく。
ヴァルキュリアちゃんの全身を包んでいた光が散ると、彼女の身体に僅かだが存在した切り傷などは、確かに目に見える範囲にはなくなっているような感じがする。
「はい、終わりました」
「え、もう終わりなのかいファナ?」
「うん。全身のチェックをして、身体機能に異常が無いかを確認したし、ちょっとあった切り傷とかも人間の持つ自己修復機能を活性化させるだけで修復されるから」
「へぇー。治癒魔術って凄いんだねぇ。私も怪我とかしたらファナに見て貰える?」
「お姉ちゃんってば、大怪我とか病気とか全然しないじゃん……」
ファナには言ってないけど私はアシッドとしての再生能力に優れているから、基本的に治癒魔術や病院などにかかるより前に治ってしまうのだ。ちなみに免疫力も強化されている関係上、病気とかにもなった事がない。
「えっと、そちらの男の人もお怪我なさってるんですよね? じゃあお手を借りてもいいですか?」
フェストラの事を知らないらしいファナが、彼に手を出すようお願いをすると……フェストラとヴァルキュリアちゃんは目を合わせ、頷いた。
「頼む」
なんか、普段のフェストラらしくないな。コイツの事だから「庶民に任せるべきではない気もするが、いいだろう」とでも言いながら渋々やらせると思われるのだが。私の妹でもあるし。
「……だが、この程度の怪我では、お前の実力を計れないな」
「え?」
何か言い出したフェストラが、困惑するファナを置いて……いつの間にかその右手に握っていた、小さな短刀を左前腕に押し当て、引く様に刃で腕を切り裂いたのだ。
「ひぇっ!?」
「お前、妹の前で何してるんだよっ!?」
私がつい驚いて声を張り上げてしまう。ファナは驚いて私にギュッと抱きついてきたし、可愛いけど、それ所じゃない。
「っ、小娘。これを治してみろ……っ!」
吹き出される血と痛みによって悶えるような表情を浮かべるフェストラが……腕をファナへと突き出して、治すように命じる。
ファナは真っ青な顔をしながら……けれどこのまま放置すると危険だと判断したのか、フェストラの自傷に手を当て、目を閉じた。
「フェストラ、お前は何を考えて」
「……黙ってろ庶民。オレは今、この小娘に治療を任せている」
痛みがそれなりにあるようで、余裕のなさそうな表情で私の言葉を遮ったフェストラの傷に手で触れたファナは、先ほどヴァルキュリアちゃんへしたように、一度光で彼の全身を包んだ後、一番重症の左腕……つまり先ほど、コイツが自分で斬り付けた部位に、光を集中させた。
そこでファナは目を開き、小さく……【魔法の言葉】を呟いた。
「――【イタイノイタイノ・トンデイケ】」
それは、ファナが小さい時に良く転んで怪我をしていたから、私が教えてあげた「痛いの痛いの飛んでいけ」という魔法の言葉だ。
ファナはよくわかっていなかったようだけれど、今でも治癒魔術を使う時に言ってるんだなぁ。小さい時も可愛かったけれど、今も可愛い子に育ってくれて何よりだ……あ、駄目だ何か泣きそう。
「……何だ、コレは」
「驚嘆である……っ」
と、そう思い出に浸っていた私の意識を戻すように、フェストラとヴァルキュリアちゃんが、驚きの声を上げた。
「はぁー……び、ビックリしたぁ……お、お兄さん急に自分で自分を傷つけたらダメですよ!?」
どうやらファナの治癒魔術によって、フェストラが自分で傷つけた傷も、それ以外にあった怪我も全て治療を終えたようで、ファナはその場で命の尊さを語っているが……フェストラもヴァルキュリアちゃんも、聞いているように思えない。
「庶民、ちょっと来い」
ファナのお叱りを聞いている暇も惜しいと言わんばかりに、フェストラは立ち上がって私の手を取り、廊下へと出て私の身体と自分の手を廊下の壁へ押し付け、私を逃がさないようにする。
「おい、何だあの子は。本当にお前の妹か?」
「……内緒にしておいて欲しいが、あの子は捨て子だったんだよ。私が二歳の頃、お母さんが赤ん坊だったあの子を拾って来たんだ」
顔が近い。そもそも私に魔術回路が無いのに、あの子に魔術回路がある事を考えればわかる事だろう。急に何を聞くんだコイツは。
「だから私も、一応魔術回路があるってあの子には嘘をついてある。お前もヴァルキュリアちゃんも、出来れば口裏を合わせて欲しい」
「……あの子が捨てられていただと? バカも休み休み言え」
「本当だ。というかこんな事を嘘つく理由なんて」
「ならあの娘の魔術回路は何だ――ッ!?」
我慢が出来ないと言わんばかりに、私の胸倉を掴んだフェストラの態度は、どこかおかしい。
コイツもヴァルキュリアちゃんもさっきから変だ。何をそんなに慌てているのだろう……?
「……あの娘、第七世代魔術回路を持っている」
「えっと……それは、凄いのか?」
「現状確認されているだけでも、四人しか存在しない最上位の魔術回路だ。魔術回路を摘出して売りに出せばこの国の防衛費用ごと補填できる程の代物だ……っ!!」
――そう言われてしまえば、私も驚きというか、困惑をせずいられない。
魔術回路の質というのは、どうやら遺伝によって変わってくるらしく、高位の魔術回路持ち同士が子供を作った場合、その子供の魔術回路は相当な質になるのだと聞いた事がある。
確かフェストラはその中でも二番目に高い第六世代魔術回路を持ち得ると聞いていたが……そのフェストラさえも上回る、一番上の第七世代という事は……そりゃあ確かにコイツやヴァルキュリアちゃんが驚くのも無理はないのだろう。
「で、でもちょっと待ってくれ。あの子の魔術回路って、確か入学時に検査してるけど、第二世代魔術回路だって聞いたぞ?」
「それが本当なら、検査結果も隠蔽されている。あの逸材が第二世代魔術回路などと誤診される筈も無い」
先ほど自分で切りつけた腕を見せびらかすフェストラ。そこには傷はなく、その痕すら存在しない。ほんの十数秒で治癒したとは思えぬ程、彼の腕は綺麗に治されているのだ。
「お前やヴァルキュリアちゃんの勘違いじゃないのか? だってそこまでヤバい代物だったなら、先生方もおかしいと思うだろう?」
「それも含めておかしいと言っている……っ!」
もしフェストラの言っている事が正しければ……この聖ファスト学院がファナの検査結果を書き換えて隠蔽したという事だ。
魔術学部の教員を担当する先生方も、元々は帝国魔術師だったり、もしくは帝国魔術師でなくとも高名な魔術師だったりする方が多いのに、そんな方々が、フェストラの言うような逸材を、ただ放置しているとは思えない。
ならば――そこには何の意味があるのだろう?





