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失墜-01

一ヶ月以上前に起こった、聖ファスト学院襲撃事件の傷跡が僅かに残ったまま、休校が解除された聖ファスト学院。


襲撃事件において心に傷を負った子供達も多くいるのではないかと懸念していた教員陣だったが、しかし事件に巻き込まれた子供たちの中で、学院へと顔を出していない生徒たちの方が限られ、殆どの生徒が元気な姿を見せたと言っても良い。


だが懸念事項が無い訳でもない。一週間程前から、グロリア帝国首都・シュメルの治安が悪化している事を、彼女……聖ファスト学院六学年の担当教師であるイブリン・トーレスは理解していた。


教員室に用意されていた多くのゴシップ紙、その紙面を一刷り適当に掴みながら、彼女は始業どころか警備以外の人っ子一人いない聖ファスト学院の見回りを徹底している。


その手に握ったゴシップ紙を見ると、まだまだラウラ王に対するゴシップは火消しがされる様子はなく、むしろ記者たちは火消しに動いているだろう者を追いかけて、その火消しに何かネタがないかを探しているようにも思える。



「全く。世の中をこれだけ引っ掻き回して。フェストラったら、何を考えているのかしらね」



 元々イブリンはフェストラとアマンナのクラスを担当している。十王族の一人、フォルディアス家の嫡子であるフェストラにも物怖じする事なく意見する彼女には、フェストラもそれなりの信頼を置いていた。


そんな彼女から見て、フェストラのやろうとしている事は「ただ世の中を引っ掻き回しているだけの事」にしか映らないでいる。


勿論、イブリンとて元々帝国騎士だった過去を持つ女であり、ラウラ王の全てに理解を示し、彼のやろうとする事を認めるわけではない。


けれど帝国王に対するスキャンダルの流布というのは、少なからず国家を混乱に陥れる。それもスキャンダル元が十王族の嫡子となれば、民衆はより大きく動揺するに決まっている。彼が直接情報を売り込むのではなく、他所へと流した情報を流布させるように仕向ける事が、本来国政に携わる者のやり方ではないか、と僅かに憤っていた。


何せ、世の中の混乱とは、その世に住まう者達の混乱だ。そして、その世に住まう者達が混乱し、誰よりも被害を被るのは、自らを守る術も知らなければ世の中も知り得ない子供なのだ。子供を守る教員としてはそれを憤りもしよう。



 ため息をつきながらゴシップ紙を畳み、ポケットの中へ。そして聖ファスト学院内の見回りに集中する。


以前の襲撃に際しては、警備の人間が少ない事に合わせて出入りする人間の少なさを狙われ、侵入を許してしまった形となった。


多くの生徒を預かる教育機関であるから、彼ら彼女らの安全を第一優先すべきであると判断したフェストラの祖父である学院長が、警備の人間以外にも、当直の教員を配備して定期的に見回りをする事で侵入を阻もうとする狙いもあった。


一階と二階の見回りを終了し、聖ファスト学院剣術学部校舎、六学生と五学生の教室がある三階を丁寧に見回りするイブリンだったが……そこで何人かの気配を感じ、自らの動きを最小限に留めた上で、自らの愛刀【ナガラ】に手をかけた。


ナガラは以前この国で起こったビースト騒動の折に帝国軍の一部部署へ配備されたレアルタ皇国製の刀に一目惚れしたイブリンが、知り合いの伝手を辿って輸入した刀だ。クアンタという刀鍛冶見習いが美術品として製造した刀らしいが、イブリンは物体に強化魔術を浸透させる技術に優れている。ある程度の強度さえ確保されていれば、硬軟分けのしっかりとしている刀というのは拡張性が在り、それだけで武器に出来ると踏んだのだ。



「誰……?」



 長い廊下は視認性があって、こちらとしても周囲を見渡しやすいという利点こそあるが、敵もこちらを見つけやすいという難点も存在する。故に身を低くして廊下の陰に隠れるような格好で見渡すが、人の姿は無い。つまり、廊下ではなく教室に誰かがいる可能性がある、という事だ。



「……お願いだから、真面目だったからこそ違反しちゃった生徒でいて頂戴よ。今日は、怒らないから」



 現在は、就学時間前の登校を禁止されているが、以前の襲撃事件前までは、その辺りに関する校則は設けられていなかった。故に幾度か、早朝の時間に登校して勉強したり遊んだりする生徒達も居て、注意をしているのだが、今はそうであって欲しいと願っている。


六学年教室の扉に近付き、窓からそっと中を見据えるが、しかし人の気配も無ければ人の姿も確認できない。ホッと息をつきながら、少し離れた場所にある、五学年教室へと向かい……残念ながら、人の気配があって、ため息をついた。


窓の向こう側を見据えると……その身長が優に二メートルは超える大男の姿が見えて、イブリンはある意味驚きながら、扉を開け放った。



「ガルファレット先生!」


「イブリン先生、おはようございます」



 五学年教室の教卓前で、自らの剣を磨く男が一人。ガルファレット・ミサンガは、この聖ファスト学院五学年担当教員であり、イブリンの同僚だ。



「もう、脅かさないで下さい! ……というか、しばらくお休みなされていましたよね? 本日から復職ですか?」


「申し訳ない。色々と事情がありましてな、受け持ちの生徒達も登校できぬという事でしたので、お休みを頂いておりました」



 剣を磨き終わったガルファレットは、濡れたタオルで剣を拭いていく。拭き終わった彼が剣を背負い直すと「どうにも警戒成されていたようでしたが」と話を戻す。



「見回り、ですかな。学院の休校が解除されてから出勤しておりませんでしたので、内情を詳しく知らんのですが」


「ええ。生徒達を安全に過ごさせる為、見回りをして以前のような襲撃等が起こらぬように警戒しているのです」


「お手を煩わせてしまったんだ。自分も手伝いましょう」


「ありがとうございます」



 では参りましょうか、と先に教室から出ていこうとするガルファレット。彼の背を追い、教室を出ようとした所で――イブリンは五学年教室の隅から感じる気配に振り返り、急ぎ刀を眼前に構えた。


鋭い刃の切っ先が、イブリンの握るナガラの強化された面が受け、刃を弾いた。


銀色の髪の毛、美しい顔立ち、そしてそのかけられた眼鏡という印象強い女性が眼前に捉えたイブリンは、防衛反応から女性の顔面へと向けて左手の拳を素早く振り込み、その顎を強打した。


女性の身体が僅かにふらついたものの、しかしイブリンは (手応えが浅い!)とすぐに気付き、刀の棟側を女性へと向けて素早く刀を振るう。


女性の顔面に叩き付けられた刃、だがそれでも、女性はフラリと僅かに頭を揺らしただけで、気絶する事も無ければ、イブリンに向けてその長い右足を振り込んできた。



「このッ」



 その足を避けながら背後へと下がったイブリン。すぐに追撃がすると予見した彼女は自らの身体にも強化魔術を展開しようとしたが……しかし、そこで完全に意識から遠ざけていた、ガルファレットが彼女の背後に立ち、その首筋に向けて素早く手刀を叩き込んで、彼女の意識を遠のかせる。



「が――ル、ファレット、先生……ッ!?」



 気絶する寸前、倒れ込む身体を制そうとしながらも、しかし全身へ走った衝撃に抗う事が出来ない彼女が、僅かに声を挙げる。



「な、ぜ……!?」


「申し訳ない、イブリン先生。しばらく眠っていただきたいのです」


「なにが……目的、で」


「生徒達を危険に晒さぬ為に、です。……失礼」



 既に気絶したイブリンの着ていた、帝国軍支給制服のポケット。その中にあった一つの直方体型デバイスを抜いたガルファレットは、それをイブリンに向けて襲いかかった女性――アスハ・ラインヘンバーに投げ渡した。



「どうやら、帝国軍所属の人間にはアシッド・ギアが配備されていたようだな」


「ああ。イブリン先生が気丈な女性で良かった。あのまますぐに気絶していたら、このアシッド・ギアが彼女に挿し込まれていたのだろう?」


「恐らくな。以前フェストラ様やクシャナを狙った帝国軍人連中は、気絶の直後にアシッド化したとの事だしな」



 恐らく「帝国軍人の管理を行う為のデバイス」とでも偽って、優秀な帝国軍人達にアシッド・ギアが配備されているのだろうと、ガルファレットもアスハも結論付けた。


アスハはどこからか頑丈なロープを取り出し、イブリンの手首と足首を縛り、目が覚めても身動きが出来ぬようにした。そこでクラスの椅子に姿を隠していたファナが顔を出して「あっ!」と声を挙げるのだ。



「アスハさんっ! あんまり学校の人と戦わないで下さいって言ったじゃないですか!」


「このイブリンという女は、随分と警戒心が強くてな。加えて立ち振る舞いから相当の手練れと踏んだ。殺さずに捕らえる為には卑怯であっても先手を取る必要があったと判断したが故だ」


「聖ファスト学院は腐っても優秀な人間を排出する事を目的とした教育機関だ。優秀な人間が優秀な教師であるわけではないが、優秀であって困る事は多くない。相対的に優秀な人間が配備される」



 俺はそこまで優秀な男でもないがな、と笑いながら自虐したガルファレットは、そのままファナの手を引いて五学生教室を出た。



「ここからは時間との勝負だ。警備の方々は既に無力化し終え、出入口の封鎖も完了した。後は教員室の制圧及び講堂の確保だ。他の教員方が集まっていると厄介だ、早速向かうぞ」


「了解」



 アスハがファナの身体を抱き寄せ、ガルファレットは身軽のまま廊下を走り、駆け出していく。


そして一階の教員室前へと辿り着くと――アスハは教員室の扉を開け放ちながら、太もものホルスターに隠していた一丁のグロック26を抜き、そのトリガーに設けられた安全装置を押し込みつつ天井へと向けて銃弾を放った。


響く轟音と僅かな硝煙、そして勢いよく開け放たれた扉の全てに驚きながら、デスクに腰掛けていた出勤済みの教員達が一斉にアスハの方を向いた。



「動くな。警備の人間他、全教室も制圧した。動けば……この子の命はない」


「タスケテー」



 アスハに抱き寄せていたファナの額へ、グロックの銃口が突き付けられた。


 ファナは人質に取られたフリをする為に「助けて」と声を挙げたが、しかしその声は完全に棒読みであったと言わざるを得なかった。

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