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弔い-15

 過去の行動への後悔。彼女の口振りからは、そんな気配が感じられた。


ヴァルキュリアは息を呑みながら、ため息をついて再び左手首のブレスレットに指を乗せるカルファスによって、真っ白で何もないオリジナルのカルファスがいる謎の空間ではなく、緑あふれる現実に舞い戻ってきたのだと実感した。



「……ならば、何故」



 未だ、震える足。しかしその足を決して誤魔化す事なく、ヴァルキュリアは問う。



「何故、渡したくない、人としての在り方から外したくないという願いを捻じ曲げてまで……シャイニングのマジカリング・デバイスを、拙僧に授けたのだ?」



 矛盾した行動であるとは誰しもが理解できるだろう。


確かに、彼女が人ならざる存在として既に在り、その在り様に後悔するからこそ、他者を、ヴァルキュリアをそうした存在に至らせたくはないとする気持ちは理解できる。


であるのなら、そもそもヴァルキュリアにシステムを渡さなければ済むべき事であり、そこに何か気持ちの変化であったり……変化程で無くとも、心に訴えかける何かが、彼女に届いた筈なのだ。



「……ヴァルキュリアちゃんは、私にとって可愛い妹分と、似てるの」


「妹分……? カルファス殿の妹君となれば、この国にも名が届くアメリア様やアルハット様が」


「ううん、本当の妹じゃなくて、私が、私達が、巻き込んじゃった女の子。可愛い妹みたいな存在で……あの子は、私が与えたデバイスのせいで、戦う力を得て、危険に晒しちゃった。……間違いじゃないと思ってる。けれど、決して正しい事でも無かったと、今なら思う」



 詳しく語ろうとはしない。だが元々彼女はゴルタナ開発者の一人であり、ヴァルキュリアの持つシャイニングの製作者でもある。ならレアルタ皇国で作り上げたデバイスを誰かに授け、それにより誰かを巻き込んでしまうような事も容易に想像はできるだろう。



「ヴァルキュリアちゃんみたいにクソ真面目じゃないけれど、何時だって誰かを守る為に、何時だってまっすぐ突っ走って、戦う事の出来る女の子。最初は護身用として渡していたデバイスが……いつの間にか、あの子を戦わせる為の力になっちゃった」



 カルファスはそれを良しとしなかった。


けれど、カルファスにとって大切で可愛い妹分は、その力を使って、戦いに最後まで勝ち抜いたのだという。



「ヴァルキュリアちゃん、言ってたよね。『騎士となるよりも前に、弱きを守る存在でありたい。命を脅かす存在と戦い、困っている者がいるのなら手を差し伸べ、力になりたいと願った。それが、魔法少女への【変身】だ』――って」



 それは以前、エンドラスとの戦いにおいて彼へ「何故そこまで傷つきながらも戦えるのか」と問われ、返した答え。


その言葉を叫んだ後――カルファスは、プロフェッサー・Kは、ヴァルキュリアへとシャイニングを授けたのだ。



「その子もね、同じような事を言ったんだ。今までとは違う、変わった自分になる事。それこそが【変身】であって、力なんて無くたって、魔法少女としての在り方を突き進もうとする事こそが、大事なんだって。ヴァルキュリアちゃんは……そういう所が、その子にソックリだった」



 エンドラスという父との戦いにおいて、彼女は自分を曲げないという強さを見せた。


その強さを遠目に見据えていたカルファスには、ヴァルキュリアという少女が、他人とは思えぬ程に既視感があったのだろう。


だから、彼女は迷いながらも、マジカリング・デバイスを差し出した。



「マジカリング・デバイスを渡して、私は後悔するかもしれない。ヴァルキュリアちゃんも、もしかしたらこの先の未来で、沢山後悔するかもしれない。でも、それでも私は、貴女の願う未来や在り方の先を見たいって、そう思えたんだ――かつてあの子が作り上げた未来のように、輝かしい未来を」



 それは独りよがりな願いだったのかもしれない。けれど、それが彼女を人の道から遠ざけるべきではないとする道理や倫理さえも押し通した。



――それこそ、ヴァルキュリアにマジカリング・デバイスを授ける事となった、残り一割の理由である。



 そう語ったカルファスは、頬を伝う涙を拭いながら、ヴァルキュリアの手を取って、その手に在るデバイスをギュッと握りしめる。



「ヴァルキュリアちゃん。一つ、お願いがあるの」


「……なんであろうか」



 てっきり、そのデバイスを返せとでも言われるのかと考え、身を引こうとしたヴァルキュリアだったが、しかしカルファスは苦笑しながら「そうじゃないよ」と首を横に振った。



「もう、貴女からその力を奪ったりなんてしない。けれど……その力を、決して憎しみで振るわないで欲しいの。貴女の望む未来に、魔法少女としての在り方に、憎しみや苦悩なんて似合わない。だから……エンドラスさんと、ちゃんと向き合って欲しい」



 エンドラスと向き合う事。それはヴァルキュリアにとって、とても難しい問題だろう。


彼女はエンドラスという男の小ささを、既に知ってしまっている。


大きな背中だと、偉大な父だと思っていたヴァルキュリアが、エンドラスの願いを知った今、その願いを否定せずに戦う事など出来ないと、そう考えている事は確かだろう。



しかし……カルファスの言葉は、実に正しく聞こえたのだ。



 そう、ヴァルキュリアとて分かっている。



――魔法少女としての力に、父に対する憎しみや苦悩など、似合わない。



「拙僧にどれだけの事が出来るかは、分からないが――努力はしよう」



もし彼を倒す事になったとしても……その力を振るうには、魔法少女としての在り方を愚直に突き付けるべきなのだと、そう思ったから。



 **



その日は快晴であろう事が容易に想像できる程に、雲一つない空を昇ろうとして遠くの山から顔を出した太陽が、美しい朝焼けを照らし出し、彼女達の影を作る。


シックス・ブラッドと帝国の夜明けに属する面々は、アルスタッド家の前に集結し、出発の準備を整えていたと言ってもいい。



クシャナ・アルスタッドは、マジカリング・デバイスに合わせてメリーから授かった五本のアシッド・ギアを太もものホルスターに装着すると、その身にまとう聖ファスト学院の制服を正した。



ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスは、腰に携えたグラスパーの剣を軽く和紙で拭くと共に、その胸ポケットに備えていたマジカリング・デバイスを確かめ、クシャナと同様に聖ファスト学院の制服を正す。



ファナ・アルスタッドは、他の面々と比べて用意する事が無く、ただ聖ファスト学院の制服を正したが、なぜ制服を着なければならないのか、それに対して首を傾げていたと言ってもいい。



アマンナ・シュレンツ・フォルディアスは、全身黒色の伸縮性が高いボディースーツを見にまとい、そのスーツの内側と外側の至る所に仕込まれた短いナイフの一本一本を確認していく。前髪に付ける整髪料は少なめなのか、彼女の目が僅かに外界から見えた。



ガルファレット・ミサンガは、幾度か素振りを行った自らの大剣をしっかりと背負い直し、その上で全身から僅かに青白い光を放出した。体調が万全である事を確認した彼は、まるで今日中には帰り取り込むという誓いを立てるかの如く、洗濯物を干す為に物干し竿へと近付いた。



ルト・クオン・ハングダムは、アマンナと同様に伸縮性の高いグレーのボディースーツを纏いながら、彼女も同様に、その身体に幾つものナイフが仕込まれている事を確認すると、アマンナの方をチラリと見る。すると目が合い、彼女が僅かに微笑んだので、微笑み返した。



アスハ・ラインヘンバーは、ただ何もせず真っすぐに立ち尽くし、目を開く事も無い。しかしそれは彼女なりの意識を集中させる手段であり、何時でも動く事が出来るという証明に他ならない。



メリー・カオン・ハングダムは、臀部ホルスターに備えていた愛銃であるベレッタ M9を差し込み、サイドのホルスターには、ドナリアの愛銃であったトカレフを差し込み、一度左手で抜き放ってから構え、トリガーに指をかける一連の動作を練習し直す。問題はないと言わんばかりに、彼はトカレフに向けて目を閉じた。



 そして――彼らの目の前にある空間がその時、僅かに歪むような感覚があった。



 空間の境目とでも言うべきか、一本の縦線にも似たノイズのようなモノが走ると、その線を中心にして空間が開かれていき、その中から、一人の少年が姿を現した。



「……どうやら、待たせたようだな」



 その身にまとう聖ファスト学院の制服、金髪の髪の毛、そして整った顔立ちは、約一週間以上顔を合わせなかった少年の姿。


彼――フェストラ・フレンツ・フォルディアスは、アルスタッド家の前で一堂に立ち並ぶ面々を見据え、クククと笑い声を挙げた。



「何笑ってんだよフェストラ。ずっと私らを放置してやがったくせに」


「何。それぞれがそれぞれで、ドナリアの死を乗り越えているようでなりよりだよ」



 クシャナの言葉に首を横へと振ったフェストラ。


彼の姿に、言葉の出し方に、そして……何か、違和感を感じたクシャナは、首を傾げながら問いかけた。



「お前、今まで何してたんだ?」


「メリーから聞いてないのか?」


「なんにも。聞こうと思ってたけど、はぐらかして答えてくれないもんだからな」


「そう大した事じゃないし、気にする必要もない。時が来れば分かる事だ――さて」



 世間話はこれまでだ、と言わんばかりに、フェストラは表情を引き締めて、皆の前に立った。


皆が一堂にこちらを真剣な目で見据える姿は緊張感があるけれど、フェストラは堂々と彼女達の前で、言葉を放つ。



「オレは、これを最後の戦いとするつもりだ。ラウラを倒す事が出来れば、以前のようにシックス・ブラッドと帝国の夜明けが争う必要のない世界が待っている。その為に必要な土台は、全て思考している」



 コツ、コツ、と自分の額を叩いたフェストラに、皆は口を開かない。


彼を信じている、という表情だ。そして、その面々に、フェストラも不敵な笑みを浮かび上がらせる。



「作戦の概要は、概ねメリーから聞き及んでいる事だろう。だからこの場でいちいち口にはしない。一度作戦が始まってしまえば、不測の事態も起こり得るだろうが、作戦が始まった後の事は全て、各々の判断で事に当たれ。各々が、正しいと思う行動をすればいい」



 フェストラはそれを念頭に入れた上で、作戦を立案している。


それは全て、この場にいる面々がどう動くかを予見した上で、それでもこの戦いに勝利し得るだろうという確信も、信頼もあっての事だろうと、誰もが理解している。



「だが……一つだけ。オレからお前達に、頼みがある」



 作戦の前に、下手な事は言うべきではないかもしれない。けれど言わなければならないと、彼は目を閉じながら……頭を下げた。



「残念な事に、この作戦におけるお前達の命は保証出来ない。……しかし、決して命を無駄にするな。それだけが、オレの頼みだ」



 不器用な彼が、心の底から願う言葉。


その言葉に、皆は納得しているかのように、彼の隣へと並び立つ。


そして、フェストラも振り返りながら、皆と同じ方を向く。



――遠くからでも見据える事が出来る、朝日に照らされる帝国城の姿を。




「行くぞ、庶民。オレとお前が……全てを終わらせる」


「ああ。ラウラ王は……お父さんは、私が、ファナの想いが、止めてやるさ」




 それぞれの道を歩んでいく者達。


皆の目線は決して互いを見据える事無く、しかし心では繋がってる。



――最後の戦いが、幕を開けた。

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