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弔い-14

低所得者層地区から少し離れた場所にある、伐採区画に残された林の中で、ヴァルキュリアは一人立ち尽くし、木々の隙間から差し込む月明かりに照らされた。


その手にマジカリング・デバイス【シャイニング】を握りしめ、その指をセンサー部分に付けようとしても、なかなか指が進まない。



「……怖い?」



 そんな彼女に声をかけるのは、何時から彼女の事を見ていたのかは分からないが、十数メートル程距離を保った状態で、木々の陰に身を隠していたカルファス・ヴ・リ・レアルタだった。


彼女は普段見せる笑顔ではなく、僅かに俯いたような表情でヴァルキュリアへと声をかけ、その距離を保ったまま、言葉を続けた。



「ごめん。……私、ヴァルキュリアちゃんに、取り返しのつかない事をしたんだって、分かってるの」


「何故、貴女が謝るのであるか? 謝るのは、拙僧の方だ」



 彼女の方を向いて、微笑を浮かべる。しかしその微笑には、どこか儚さのような力の無さを感じさせ、カルファスはより視線を下げた。



「拙僧が考えなしに変身を多用し、結果としてアシッド化に近付いた。そのリスクを背負うべきは、このデバイスの使用を覚悟し、変身した拙僧だ。であるのに、貴女が皆から不当に責め立てられた事を、申し訳なく思う」


「違う。私は、最初から貴女に、そんなものを与えるべきじゃ、無かったんだよ。そんな覚悟を決めさせる、選択肢を与えるべきじゃ、無かったんだ」



 幾度も、幾度も首を振るカルファス。彼女の瞳は僅かに潤んでいて、今その頬から一筋の涙が流れ、土に落ちた。



「そのデバイスは本来、成瀬伊吹を殺す手段の一環として、ほんの軽い気持ちで設計したものだった」



 成瀬伊吹。ヴァルキュリアは良く知らない人物であるが、クシャナという存在を……彼女の前世とも言える赤松玲という存在を苦しめる、アシッド因子を作り上げた存在。


神というべき力をその身に宿した存在で、死ねない存在。彼はそんな自らを殺す為の手段としてアシッドを産み出し、カルファスはそんな彼を殺す手伝いをしていると聞いている。


そして、シャイニングのマジカリング・デバイスは、その一環で開発された存在である、と。



「でも、アシッドなんて存在がこの世界に放たれて、その裏にラウラさんの手が回っていると考えた私は、念の為グロリア帝国の人間で、このデバイスが使える人を探した」


「それが、拙僧だったのであるか?」


「うん。虚力が常人の何倍も多かったヴァルキュリアちゃんは、このデバイスを使う為の素養があった。でも……こんなものを使う機会がない方が良いって、私はずっとコレを封印していたんだ」



 加えて、デバイス開発直後の時には、まだラウラが帝国の夜明けを秘密裏に動かしている存在であるという証拠が存在しなかった。


ラウラがクシャナやファナの誕生に関与していたとされる情報は取得していたものの、しかし彼が本当に関与していたのか、もしそうであったとして、アシッド因子を用いて何を企むのか。


予測は出来ても、あくまで予測の範疇を超えるモノではなかったのだ。


だからこそ、ラウラという存在が敵になる可能性も鑑みつつ、しかしそれが現実のものとならなければ、帝国の夜明けという存在を討ち倒せば、それで済むと考えた。


そしてその為の戦力に、シャイニングは明らかにオーバースペックである。


彼ら帝国の夜明けは、確かにアシッド・ギアを用いた危険な存在だ。国の根幹を変えようとする存在ではあるが……しかし国そのものを崩壊させるような真似は起こさないだろうと考えていたが故に、クシャナ……幻想の魔法少女・ミラージュとしての力とフェストラという少年の知識や権能が合わさり、さらにはヴァルキュリアやアマンナ、ガルファレットという戦士たちがいれば十分に戦えると踏んでいたのだ。


むしろ、彼女の感心はヴァルキュリアになく、同じ第七世代魔術回路を持ち、まだ幼い少女として何も知らされないままのファナに向いていた。



「しかし……実際に敵は、帝国の夜明けだけではなかった。貴女が警戒しながらも確証を得る事が出来なかった、ラウラ王と言う存在が本当の敵であった、というわけか」


「……そうだね。でもそれが分かった後も、私はヴァルキュリアちゃんに、シャイニングを渡すべきじゃないと思ってた」


「それは、何故?」


「貴女には……ううん。皆には、もっと普通の人間としての生き方を、選んで欲しかったの」



 カルファス・ヴ・リ・レアルタという少女は、レアルタ皇国第二皇女として生まれた時から、周囲に敵しか存在しなかった。


世界最強の魔術回路を有する存在、しかしそれを有していたからといって、祝福されて育ってきた少女であったわけじゃない。


父であるヴィンセントは重度のセックス依存症で、女を抱く事にしか興味を示さず、自分の子供に興味を示した事は一度も無かった。


母であるタミストは魔術研究だけに身を捧げ、自らが統治するべき領土に収められた税金を着服して魔術研究に宛がい、自分より優秀な魔術回路を有する娘にさえ嫉妬し、娘の魔術回路を自分に移植しようと考えるような存在だった。


毎日毎日、第二皇女としての教育を受け、母の魔術研究を手伝い、そして彼女の魔術回路を狙う国内外の対魔師に追われ、彼女は自分が何故こんなにも辛い思いをしなければならないのかと、世界を呪った事だってあった。



結果として――彼女は、人である事を、やめた。



「……人である事を、やめた?」


「【根源化】――この言葉の意味、分かる?」


「独立した個である人間の姿を取り払い、個々の価値観や意思が介在しない存在である、全へと回帰する事……生命体の至るべき頂であると、そう学んだ」



 ヴァルキュリアの言葉に間違いはない。


根源化とは、何十億と存在する人類が命や思考、感情を個々に持ち得る【一】なる存在から、故人の意思や価値観、感情の伴わない、統合された【全】となるという、生命体が目指す一種の到達点とされている。


例えば、この星に居る幾十億の人間が欠ける事無く、一つの人間として結合された存在を想像すれば早いだろう。


全ての人間が有している思考回路や記憶、感情を一つにまとめ、その平均値を求める計算機として稼働するようになれば、価値観の相違も起こらず、争いも起こらない。そもそも争う対象が存在しなくなる。



「……私は、幼い頃から、ずっと命を狙われ続けて……その度に、命を狙ってきた人たちを、返り討ちにしてきた。実のお母さんさえ、穴に飢えてる男達の寝蔵に放り込んで、首を吊らせた……そうしている内に、そうして人の破滅を、復讐を悦んでしまった自分の感情が、怖くなった……!」



 だからこそ、カルファスはこの世に感情などという不確定要素はいらず、母や子などと言った価値観も必要のない、根源化という頂きへの到達を夢見て、その為の研究に没頭した。



「その結果、私が選んだ答えが、コレ」



 カルファスの左手首に装着されたブレスレットに指を二本乗せ、滑らせると、二者の身体が何か細やかな粒子状に変貌を遂げていき、やがて砕けるように散っていく。


かと思った次の瞬間、ヴァルキュリアが瞬きをしていた一瞬の間に、彼女の身体はそれまでいた森林とは別の場所に立っていて――その、見渡す限り何もない、真っ白な空間に、どのようにしてか連れてこられたのだという事実だけを受け入れた。


目の前にいるカルファスが、まるで「後ろを向け」と言わんばかりに顎を上げるので、彼女は恐る恐る背後を見据えると――



「な……ッ!?」



 そこにあったのは、機械仕掛けの巨大な装置だった。


装置の中心には培養液のような薄緑色の液体が乗じ供給されていて、その液体内には、一人の女性が衣服を何もまとう事のないまま浸されていて、その頭部は脳と培養液が直接接触するよう、切り開かれていた。


装置の周囲には、同じ培養液に浸された小さな箱の中に、人間の脳に似たグロテスクな薄茶色の器官が幾つも存在した。それらは幾多ものケーブルによって、女性の浸されている装置と繋がっている。



「これは……カルファス、殿……っ!?」


「うん。オリジナルの私。……今ここにいる私達は、オリジナルのカルファス・ヴ・リ・レアルタと同等のスペックを持つ、何ら劣る事のない第二、第三……ううん、それ以上の数を有するカルファスのコピー」



 私達。その言葉を聞いて、自分へと声をかけるカルファスの方を振り返ろうとすると……ヴァルキュリアの真横に、普段のカルファスとは違いパリッと着こなされる紺色の王服に身を包んだカルファスがいて、さらにその横には黒一色で身を包んだ簡易的な上下の衣服に身を包む、ぼさぼさ髪のカルファスがいて、さらにその隣には髪の毛を巻いた上で肌を小麦色に焼き、Yシャツとチェック柄のスカートを履いたカルファスもいる。



「私達は、この固定空間と呼ばれる時間の概念から切り離された場所に封印された、オリジナルのカルファスからの命令を受けて動く子機」


「オリジナルのカルファスは、生体計算機状態となり、私達の身体を一括管理している」


「脳の劣化が訪れないようにバックアップは常に取り続けている。後ろに置かれてコードで繋がっている脳は、全てそのバックアップだよ」



 どんとんと増え続けるカルファス。その存在に恐怖さえも覚えながら、ヴァルキュリアは確信した。


これが、カルファス・ヴ・リ・レアルタという女性の正体であり……その存在は既に、人じゃない。


彼女は、根源化を行う為に必要なテストケースとして、まずは自分一人での根源化――いずれ生命体が至るべきとされる頂の紛い物に挑み、こうして人である事を辞めたのだ。



「分かる? ヴァルキュリアちゃん。人を辞める事って、こういう事なんだよ。己の存在を殺し、人としての在り方を拒絶し、他者を恐れさせる、異形のモノとなる」



 どのカルファスが言ったか、それさえも分からない。ヴァルキュリアは僅かに震える両足を何とか立たせながら、声がした方へと向く。


 見分けを付けさせる為か、声を発していたカルファスは、銀色のアイマスクを――彼女がプロフェッサー・Kとして名乗る時の証明を付けた。



「アシッドっていう存在は、確かに人間より優れた存在かもしれない。でもその存在に、一度でも至ってしまえば、もう後戻りはできない。だからこそ、その選択肢さえも、私は貴女に与えたくなかった……!」

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