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弔い-11

 そんな事を考え、思考さえ満足に巡らずにいたラウラの耳に、何やら喧騒と言うべき声が聞こえた。


現在の帝国城で喧騒は珍しくもないが、声のする方向から見て、王の間へと至る為に歩む一本道の先、そのセキュリティを司る門番たちが、何やら声を荒げる男を『お待ちください!』と止めているように聞こえた。



『い、今すぐラウラ王へご報告しなければならない事があるのだ! 通せ無礼者共!』


『申し訳ございませんが正式な手続き無しにラウラ王への謁見は、例え十王族の当主様であろうと認める訳には参りません!』



 微かに聞こえる声から、配置している帝国警備隊の人間が侵入を阻んでいる人間は、十王族の一人である事が分かる。そして、その声にはラウラも聞き覚えがある。カツン、と杖を地面に軽く叩くと、彼の杖から発せられるマナが、警備隊員の耳に取りつけられた通信魔導機と接続され、音声通信を開始する。



「出向いているのは、ウォング・レイト・オーガムか」


『っ、は! オーガム様が血相を変え、王への謁見を希望為されており』


「構わん、通せ」


『か、かしこまりました!』



 その返答から一分と時間はかからなかった。それなりの距離がある王の間へと、その僅かに太った身体を走らせ息を切らせながら訪れたウォングは、息継ぎをしながら「も、申し訳ありません……!」と、まさに血相を変えて頭を下げた。



「どうしたウォング。レアルタ皇国大使館へと出向いていた筈ではなかったか?」


「はい、まさにその事でご報告がございまして」



 ラウラへと駆け寄り、その大理石造りの階段を昇り、彼の耳に小さな声で、報告を告げる。



「実は、レアルタ皇国外務長官であるアメリア様から……その、レアルタ皇国アメリア領首都・ファーフェにおいて、ラウラ王の遺伝子を用いた、擬似受精卵製造についての疑惑があり、近々王への説明を求めたい、と連絡があったようでして」



 ピクリと、ラウラの眉が僅かに動いた事を、ウォングは気付かずにいる。



「それに対し、貴様はどう答えた?」


「勿論、そんな事実は確認されていないとお答え致しましたが」


「馬鹿者が。あのアメリアに対し、そんな回答が通じると思っているのか?」


「じ、事実なのですか……!?」


「そこではない。事実であろうがどうであろうが、あのアメリアが我に対し説明を求めるとまで言葉にするという事は、その証拠にもなり得る根拠があるという事であろうが。それに対して貴様の答えは、ゼロ点を優に超えて落第点だ」



 アメリアと言うのは、グロリア帝国にとって仮想敵国であるレアルタ皇国の第三皇女であり、レアルタ皇国外務省長官を務めるアメリア・ヴ・ル・レアルタであり、国は違えどウォングと同じ立場にいる人間だ。以前、国際連合協定――通称・フォーリナー法案へのグロリア帝国加盟を求めた非公式会談を行った事で民衆の記憶も新しいだろう。


あのカルファスの血を分けた妹という事もあり、アメリア当人もラウラが危険視している人間の一人だ。


レアルタ皇国内では珍しい皇族らしい皇族で、純粋な知能や策略という面で見れば、あのフェストラでさえも策略においては彼女に敵わないと一目置く存在でもある。



(この、我に対するゴシップが湧き出たタイミングで、アメリアからの説明要求となれば……偶然では無いだろうな)



 レアルタ皇国アメリア領首都・ファーフェは、そのアメリア・ヴ・ル・レアルタが領主として着任する都市であるが、最も特徴的な点としては「ファーフェという都市そのものが巨大な研究機関としての役割を果たしている事」であろう。


約二十年ほど前、アメリア領では謎の風土病によって女性が大量に意識を失う事件が発生し、出生率が極端に激減した事によって、出生率改善を目的としたデザインベイビー……つまり母体を介さぬ出産技術の向上を目的に【技術実験保護地域】として制定されたのだ。


本来そのような他国事情は、グロリア帝国において関係の無い事であるのだが、しかしラウラには後ろめたい事情がある。


かつてラウラとレナは海を渡り、十七年前に先代アメリア当主であったアメリア・シャクナーとの伝手を使い、レナの卵子のみを用いた人口受精卵の生成を行わせた。


さらにはその二年後、ラウラは単身で海を渡り、同様に先代アメリアへと金を握らせた上で、自らの遺伝子情報を用いてファナという少女を生み出している。


他国の公的機関を、表立ったものではなく非合法なルートを通じて行った形だ。更には先代アメリアに支払った金銭も、現在のレートに合わせればそれなりの金額となる。


アメリアは既に、ラウラと先代アメリアの間にそうした金銭取引があった事と合わせ、クシャナやファナの出生に関わる記録まで、全て証拠として押さえている事と思われる。


アメリアがこれに関する説明要求を、このゴシップだらけの時世で求めるのは単純な外交カードの一つとして使うつもりであるからだろうが、しかしその状況を作り出したのは間違いなく――



「フェストラめ」


「は、フェストラ……あの若造、ですか?」


「そうだ。あの男、アメリアならばこの状況においてこう動くであろうと予見していたからこそ、大量のゴシップを流したのだ。一つ一つ小出ししては、その対処も火消しも容易だ。しかし一度に大量のゴシップが出回れば、その限りではない」



 ラウラによるインサイダー取引疑惑や閉塞性無精子症等の話題に隠れてこそいるが、ラウラの隠し子疑惑や、かつての給仕との間にふしだらな関係が、という記事も出回っている。その中には――【仮想敵国であるレアルタ皇国での出産】についても存在する。


そしてラウラにとって、レナやクシャナ、ファナとの関係が世に出回る事は避けたい。そうした記事だけが出回った場合、ゴシップ記事をすぐに回収させ、話が国外へと流れるよりも前に対処を行っていただろうが――今回においては質を問わず大量のゴシップ記事が出回った事もあり、フェストラによる時間稼ぎ以上の意味は無いだろうと、誤認してしまっていた。



(仮想敵国との違法取引に関する説明要求。加えてウォングは事実である事を「無い」と断言してしまった。これに対して、フェストラは何を考え、何を求めて動くつもりでいる……?)



 分からない、フェストラが何を考えているのか、何をラウラ打倒の突破口として見ているのか。


既にラウラという男は、民衆から信用等無いに等しい程落ちぶれたと言ってもいい。しかしこの状況でも、フェストラは動く気配を見せないでいる。



「……ウォング、貴様に幾つか頼みがある」


「っ、はい、何でありましょう!」



 既に自分が幾度も失態を犯していると自覚しているからこそ、ウォングはラウラの頼みと聞いて、素直に耳を傾ける。



「まず一つ目は、レアルタ皇国大使館からアメリアへの連絡については、可能な限り引き延ばせ。国際機密便を用いた書類のやり取りならば、お前の権限でせき止める事は可能だろう?」


「そ、それは可能でありますが」



 地球とは異なり電子メールや国際電話という技術の発達していないこの世界では、各国との連絡手段は一部を除き、基本的に文書による伝達が主だったものだ。


そして各国大使館から各国政府への連絡手段は、国際機密便と呼ばれる特殊な船舶を用いた郵送であり、基本的には機密情報を取り扱う関係上、出航に際して厳重なチェックが行われる。そのチェックの関係上と偽り、出航を可能な限り遅める事は、確かにウォングの権限を以てすれば可能だ。



「二つ目――これは貴様の判断で事を起こして欲しいのだが」



 小さく、小声で呟かれるラウラの「頼み」。


その頼みを聞いて、ウォングは顔を青くしながら汗を流し、なんであれば息遣いも荒く感じられる。



「どうだ? 全てが上手くいけば、貴様が銀の根源主と繋がっていたという罪に関しては、不問にすると約束しよう」



 以前、ウォングは銀の根源主と呼ばれる各国で活発に布教活動を行っているカルト宗教団体の経理担当と会食し、その宗教団体が資金源とする新種の薬物取引に使う密輸ルートを斡旋していた。


そしてその密輸ルートには帝国の夜明けがアシッド・ギアを搬入するルートとしても用いられていた事もあり、フェストラからその罪を糾弾され、民衆への反感情を抑える為、一時的に立件を遅らせているだけに過ぎない。



「君はもしかすると死罪になるかもしれない。しかし君の家族を守る事は出来るのだ。我はその名誉を、君に与えようというのだぞ」



 ウォングには、まだ生まれたばかりの孫がいる事を、ラウラは知っている。特にウォングは娘と孫を溺愛し、彼女らを守る為にもこの国を……オーガムという十王族の席を守る責務がある。



「任せたよ、ウォング。君には期待している」


「……かしこまりました」



 来た時の喧騒とは反し、失意の表情と言うべき様相で去っていくウォング。唯一共通している点としては、彼が真っ青な表情を浮かべているという点だけだろう。



「試してみたが、愚か者を使うのは骨が折れる。フェストラはよくもまぁ、上手く扱えるものだな」



 フェストラを真似て愚か者を使う事から初めてみようとしたラウラ。彼は深くため息をつきながら、パチンと指を鳴らした。


出現する黒い門、その中から姿を現したのは、木によって形作られた棺のような形をした箱であり、その箱の中から、全身を包帯に巻かれた人の身体にも似た人形が転がった。



「だが確かに、愚か者を上手く使役してこそ真なる神というモノでもある。――奴ならば、メリーやアスハをも、殺し得るだろう」



 大理石造りの階段を降り、その転がった人形に懐から取り出した一枚の札を取り出したラウラ。


札を人形の頭部に乗せると、彼はマナを札に投じ……意味も知らない魔術詠唱を口にした。



「――【イタイノ・イタイノ・トンデイケ】」



 青白い光に包まれながら、段々と姿を変えていく人形。


数分とかからずにその光が散ると――全身にまとわれた包帯を解きながら、一人の男の姿を模した存在が、よろめきながらも立ち上がる。



 その男を見て――ラウラは表情を歪ませるのだった。

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