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弔い-09

 嵐のように過ぎ去った、ヴァルキュリアの暴走。


結果としてクシャナとアマンナは口を半開きにして思考を回す事さえも出来ずにいたが、しかし今天井から降りてきたメリーと、アスハの二名がカルファスに近付き、アスハが彼女の着ているシャツを掴み、引き寄せた。



「貴様、今『副作用』と言ったな。ヴァルキュリアは貴様の授けたマジカリング・デバイスの影響により、アシッド化したという事か?」


「ヴァルキュリア君は、間違いなくアシッドと化していた。我々はこれまで、多くアシッドにされてきた者、させてきた者を見てきた。今更知らぬ存ぜぬは通用しませんよ」



 静かな寝息を立てている、煌煌の魔法少女・シャイン。彼女に駆け寄って彼女の無事を確認するクシャナと、強くカルファスを睨みつけるアマンナの姿は少し大局的だが、どちらにせよヴァルキュリアという仲間を心配している者の行動には違いない。



「答えて、ください。貴女が渡した、マホーショージョの力で、ヴァルキュリアさまが、アシッドになったんですか?」


「……正確に言うと、彼女はまだアシッドになったわけじゃない。今ならまだ、二日くらい餌も何も与えずに放置しておけば、自然と体内に残った因子は消滅していくよ」



 ため息交じりにそう答えたカルファスに、アスハはより握ったシャツに力を籠めようとしたが、しかしメリーがそれを止めた。


渋々と言った様子で、シャツから手を離したアスハ。カルファスは服を正しつつ、薪割りに用いる丸太に腰を下ろした。説明から逃げるつもりはない、という意思表示だろう。



「アスハの言う通り、私がヴァルキュリアちゃんに授けたマジカリング・デバイス【シャイニング】には副作用がある。最大摂氏三千度にも及ぶ熱エネルギーの供給、及びその熱エネルギーの中心に位置する自身の修復機能として、アシッド因子が用いられているんだ」


「……つまり、ヴァルキュリアちゃんはこれから、完全なるアシッドとなっていくって事?」



 シャインの身体を優しく抱き寄せながら、しかしその声には力を込めたクシャナ。彼女の声に、カルファスは首を振った。



「あくまで今は、体内に残っちゃってる因子が原因で、暴走状態になっただけ。さっきも言ったけど、ヴァルキュリアちゃんの中にある因子は自然に消滅していくようになってる。この前、一日の間に何度も変身した事が、今回の暴走理由だと思う。……ただ、これからも変身を何度も繰り返せば、その時はどうだろうね」



 シャイニングのマジカリング・デバイスについて詳しく説明する必要があるね、とカルファスは語り、そして言葉は続いていく。



「まず、シャイニングってシステムには幾つか起動プロセスが存在する。それは【虚力】っていう体内エネルギーを消費してデバイスシステムを起動させ、変身者に再生能力及びエネルギー供給用として開発した希釈化アシッド因子を注入したその後、戦闘形態を形成させる」



 希釈化アシッド因子――これは短時間の間のみアシッド化による再生能力や不死性を変身者に与える為のモノであり、本来はアシッド化による暴走を引き起こすモノではない、と彼女は言う。



「そもそもシャイニングの戦闘システムは本来、燃費がもの凄く悪いからね。通常一回の変身と戦闘によって消費するエネルギー量で、体内に注入した希釈化アシッド因子は完全に消滅する様に計算・設計されている」


「ですが、彼女はこうしてアシッド化した。今は一時的な暴走だとしても、今後は完全なるアシッド化を果たす可能性もあると貴女は言った。その事実を設計者としてどう受け止めておいでなのですか?」


「前にこのデバイスについて紹介する時、適合者がヴァルキュリアちゃんしかいないって言ったよね」



 数日前、ヴァルキュリアはエンドラスとの戦闘においてカルファスからマジカリング・デバイス【シャイニング】を授けられ、その圧倒的な力を以てして、三体のアシッドを瞬殺。


そして同日、その力を何故ヴァルキュリアに与えたのかと問う面々の前で、彼女は「起動適合者が彼女しかいなかったから」と答えた。



「ヴァルキュリアちゃんは、虚力って体内エネルギーを常人の何倍も有していた。虚力は勿論デバイスの起動に必要なエネルギーでもあるんだけど、それ以上に『アシッド因子の持つエネルギー燃費を減少させる為』にも用いられている。だから、他の人じゃ変身適合者にはなれないんだ」


「……まさかヴァルキュリアちゃんの暴走理由は、虚力の量が多すぎるが故の、弊害?」


「その通り。カタログスペック上は、シャインへの変身を一日一回出来るように設計していたんだけど、彼女は一日に何度も変身できる程、虚力を多く有していた。そしてシステム上、虚力量が多いという事は、体内に注入したアシッド因子の燃費を良くさせる事にも繋がって、結果として体内に希釈性因子が多く残り続ける要因になる」



 彼女が優秀で在り過ぎたが故の弊害。カルファスは今回ヴァルキュリアが暴走した要因はそこにあると、目を細めた。



「しかし貴様は先ほど、副作用が起こる事は前提のような口振りだった。こんなに早く副作用が出るとは予想外だったようだが、何時かは副作用が出る事を予見していた、という事じゃないのか?」


「……うん、そうだね。その通りだよ」


「っ、」



 アスハの言葉に頷き認めるカルファスを見て、アマンナが目を見開きながら顔を赤くさせながら、その頬を思い切り殴りつけた。


それによって口を切ったカルファスが僅かに血を口から流したけれど、しかし苦言を呈する事はしない。



「……貴女の事は、最初から信用していませんでした。けれど、ヴァルキュリアさまは……憧れや尊敬の念を抱いていた、マホーショージョという存在になれた事を、大層喜んでおいででした」



 カルファスは何も言葉を挟まない。まだアマンナの言葉が続くと理解しているからでもあるが……自分には何も言う事は出来ないと考えているからでもあろう。



「貴女が与えた力は……確かにマホーショージョへのヘンシンを可能にするものかも、しれません。けれど、その末に待つのは、ヴァルキュリアさまが、アシッドと言う存在に、変貌を遂げる未来……それを貴女は知りながら、彼女を騙していたという事なのですか……ッ!?」


「それは違う、アマンナ殿」



 アマンナの言葉を否定するのは、彼女に罵倒されているカルファスじゃない。クシャナに抱き寄せられているヴァルキュリア――今は既に変身を遂げているシャインだ。


 目を開けて、自分の身体を抱き寄せるクシャナに頭を下げながら、彼女は立ち上がる。先ほどまでの苦痛に満ちた表情でも、アシッド化して狂気をまとった存在でもない彼女として。



「マジカリング・デバイスは、初回駆動時におけるアクティベーションが行われる。起動者登録、という言葉が近しいが、これを行った変身者が全ての機能を引き出せるように、使用方法や副作用なども全ての情報を脳に叩き込まれるのだ」


「つまり……ヴァルキュリアちゃんは使用し過ぎるとアシッド化するって副作用を知ってて、デバイスを使っていたの……?」


「勿論、拙僧にそこまでの虚力なるエネルギーがあるとまでは理解できていなかったが……しかし、今カルファス殿の語られた言葉は、既に拙僧が知り得ていた情報であった。故に、カルファス殿は騙して等いない」



 そのリスクを知り得ながらも、敢えてその力を受け入れて、変身を続けていたというのは事実であり、故にカルファスが責め立てられる理由は無いと、シャインはアマンナの手を握って声にする。



「真に責められるべきは拙僧である。この事を皆に伝えれば、帝国の夜明けの者達はともかく、クシャナ殿やフェストラ殿にマジカリング・デバイスを返却する様、説得させられたであろう事は明白であった。故に、拙僧からは語れなかったのだ」


「……どうして? どうしてヴァルキュリアさまは、そこまでして、マホーショージョに、ヘンシンしたいと……?」


「拙僧に出来た、新たな目標であり、崇拝すべき存在であったからな。魔法少女は」



 ゴツゴツとしたグローブを纏う手で、自分の胸元に触れたシャインは、本当に一ミリたりとも後悔はないと言わんばかりの、柔らかな笑みを浮かべる。



「人は正しく律されるべきであり、皆が規律や規範に則る事で社会は正しく動作する。故に、拙僧はそうした社会の歯車として正しくあろうと願い、生きて来た」



 汎用兵士育成計画の体現者として、エンドラスの教えにのみ従っていたヴァルキュリア。


正しくない者に制裁を、正しい者はそのまま正しく在ろうとせよと、人の個という存在を見る事無く、ただ杓子定規な生き方を自分に、他人に課して生きてきた。



――けれど、そんな彼女に、新たな生き方を魅せてくれた存在がいた。



シャインは……否、ヴァルキュリアはそう述べながら、視線をクシャナへと向けた。



「それが、魔法少女だ。魔法少女は、時に過ちを犯そうと、時に苦しみ、藻掻く事になろうとも、自分の信じた道を生きようとする。誰かに定められた道でも、自分で定めた道でも、自分の欲した未来の為に、自らを変貌させて戦う――その姿を美しいと感じ、自らも成りたいと、そう願えたのだ」



 ――かつて見た姿に、ヴァルキュリアは心を奪われ、自らもそうなり、誰かの夢や願い、幸せを守れる存在に、手を差し伸べられる存在になりたいと、そう願えたのだ。



「……その末に、アシッドなんて存在に、なってもですか……?」


「勿論、なりたいわけではないが、そうなったとしても後悔はない。してはいけない。……拙僧はそうした道を望み、望んだからこそ突き進んだのだから、それを誰かのせいにも、したくはない」



 だから、カルファスを恨まないでくれと。


そう彼女が言葉にした瞬間、アマンナは大粒の涙を流しながら……シャインの胸に顔を埋め、その小声だが確かに放たれる泣き声を、聞き続ける。



――早朝で良かった。



あまり聞かれたくないファナはまだ眠っている。


 アマンナの泣き声を、ヴァルキュリアの今を、ファナは知らずにいられる。


 

 ――自分を崇拝してくれる者に、辛い真実を与えたくはないと、ヴァルキュリアはそう喜んだのだった。

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