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弔い-04

 煙草の煙がアルスタッド家の裏口付近に充満し、フェストラが僅かに顔を逸らす。


昔から、煙草や葉巻の匂いはあまり好きではない。ガンや呼吸器疾患に関するリスクの高まる存在を好んで吸う者の気持ちが理解できず、どうにも嫌悪感の方が募ってしまうのだが――目の前で吸う人物が、フェストラの知る限り、喫煙者でない事の方に、驚きがいく。



「お前、吸うのか」


「地球にいた頃、何度か。とは言え、遠藤怜雄として吸っていた事はありましたが、メリー・カオン・ハングダムとして吸っていた事はありませんので」



 強く、メリーが咳き込み、僅かに頭をふらつかせた。煙草の煙に含まれるニコチン成分が、血管を収縮させた事が原因の、いわゆる『ヤニクラ』と呼ばれる症状だ。慣れれば耐性はつくのだが、メリーとして吸う事が初めての身体は血管収縮によって、不快感と吐き気を催したが……しかし、火を点けた煙草に口を付けながら、神妙な顔つきになった彼は、フェストラの前で煙を吐き出した。



「一言、許可を得るべきでしたか」


「別に構わんが、しかしお前が吸うとは思っていなかった」


「ええ。私も、ドナリアが地球で作った友人との付き合いで吸っていた身です。正直、喫煙は好きではありませんが――しかしどうにも吸いたいと感じまして。ドナリアの残していた余りを拝借していました」


「それは、どういう意味で吸いたいと感じたんだ?」


「本来はドナリアの死を悼んで、という意味でありましたが……今、貴方が仰った、今後の事についてを聞いて、どうにも耐えきれなかった」



 フェストラから今しがた、作戦や事が終わった後についてを聞かされたメリー。それを聞いていたら、居ても立っても居られないという感情が芽生え、煙草を吸って居ないと気が紛れないかもしれないと、先日ドナリアの残していた煙草を取り出し、吸い始めたのだ。



「オレの策には反対か?」


「いえ、アスハが同意するのならば、私に止める権利はありません。貴方は確かに、あのラウラ王を地獄へ堕とす算段を立て、私にはそれ以上の策を弄する事も出来ずにいる。しかし、貴方はそれで、本当に良いのですか?」


「良いも悪いも無い。これ以上の手は、現状の戦力や状況においてあり得ない。特にオレ達は既に火蓋を切り、ラウラもオレ達を警戒し、何時でもこの国の神として君臨出来るようにしていた筈だ。オレがお前とアマンナを使う事で、奴が神として君臨するまでの時間を稼ぎ、また逆転に必要な状況は作り上げた」


「違う、そうではないのです。確かに、この方法しかないのかもしれないが――貴方は、貴方の望む世界は、果たしてその先にあるのですか?」



 フェストラは、何も答えない。ただ、アルスタッド家の壁に背を預けながら、排気口より僅かに香る食事の匂いを嗅ぎ、視線を空へ泳がせた。



「私やアスハ、そしてドナリアにとって、貴方という存在が……フェストラ・フレンツ・フォルディアスという男が帝国王となり、この国の再建を果たしてくれる事を願っていた。だが、貴方の選んだ道では」


「そうだ。オレは帝国王なり得ない。しかし、それがどうした。オレが帝国王にならずとも、この国に、民に安寧を与える事が出来るのならば、それでいい筈だ」



 ポン、とメリーの肩に手を置いたフェストラ。しかし、肩に置いた手はすぐに離れ、メリーの上着ポケットを漁る。



「何度も言うがな……ラウラの企てた統治法は、他国との関係や民衆からの反感情、一般的な感性や道徳を一旦隅に置いたとすれば、統治者としては正しい選択なんだ」


「しかし、貴方はそれを良しとしなかった」


「ああ、オレはその、隅に置いた問題が重要だと考えている。確かにラウラの統治法は正しいと思うが、しかし全ての人間が正しさによって感情を抑える事など出来る筈も無い。その感情を抑える術があるとすれば……それは神という存在が如何に恐ろしいかを示し、民を恐怖で押さえつけるしかない。そして、そうした存在が王となれば、あのカルファスが黙ってはいないさ」



 ラウラが死なぬ存在として民衆の前に姿を現し「我こそが神である」と民を導く。それは確かに、永遠に死なぬ神としてのラウラが国を永久に統治する事。


統治者が死なぬ事による畏敬、死なぬ存在に対する恐怖、それが民を一つにまとめる方法であり、フェストラはそれを正しいと理解しながらも、しかし恐怖を以て統治する存在に、グロリア帝国を除く各国が黙っていないだろうとしている。


現にレアルタ皇国第二皇女であるカルファス・ヴ・リ・レアルタは、ラウラがもし神としてこの国に君臨した時……アシッドであっても殺し得る、超高熱兵器を開発してグロリア帝国に落とし、アシッドという存在を完全に消し去る事も、念頭に入れていたという。



「ラウラの統治法を踏襲しつつ、しかし他国との関係値も崩す事ない、民を恐怖で縛る事のない統治。それにはオレという存在が玉座に掛けてはならず、別の人間が玉座に至るべきなんだ」


「しかし……貴方がこの戦いで、否。戦いへと至る前に、死する可能性だってある」


「だからこうして、お前に全てを語っている。お前も玉座に掛けられる逸材ではないが、しかし玉座に座る者を支える位の資格はあるだろう? ……オレ達のどちらかが死ななければ、それで全て丸く収まるという事だ」



 メリーは、今回の戦いが……ラウラという男を倒す事が出来た先で、フェストラ達シックス・ブラッドとの戦いが再び来たると考えていた。


けれどフェストラは違った。彼は、この戦いを最後に、帝国の夜明けも納得できる国家を創るのだと、メリーに宣言し、彼に全貌を語って……そして、メリーもその全貌を、受け入れたいと願った。



「メリー。お前がどうして、ドナリアやアスハと共に、この国を相手取ると決めたか……それをしっかり、お前の口から聞いていなかったな」


「……誰もが正しい知識を備え、誰も傷つける事のない世界。差別も無く、多くの人間が苦しみを味わう事無く過ごし、一部の人間も自らの才能や技能を以て、国家に生きる人々を守ろうとする、正しき国防の体現である【汎用兵士育成計画】の成就。それこそが、私やドナリア、アスハの夢見た、真なるグロリア帝国です」



 グロリア帝国は、帝国魔術師の家系や帝国軍人の家系が、各家系での遺伝子改良を基にして、その名を残していく事を責務とする。


しかし、遺伝子改良を施し、後世に優秀な遺伝子を遺していくという事だけに躍起となった家も多く、その遺伝子研究も不十分だ。


ただのリンパ腺膨張によって顔面が奇形状態となったメリーも、実の父親から「奇形遺伝子を後世に残すべきではない」と罵られ、他者からも忌諱の目で見られた結果、自らの顔面をコンプレックスとした。


だからこそ、メリーが願う世界は「国家主導の下による遺伝子改良を容認し、安全かつ効率的に優秀な人間を排出し、その者達だけが国防を担う」という世界。


遺伝子改良や血筋、誤った遺伝知識に惑わされず、正しく強い人間を長く太く遺していくとする汎用兵士育成計画の成就。


それをフェストラならば果たしてくれるとメリーは信じ、フェストラも小さくではあるが、コクンと頷いたのだ。



「そうか。……お前の口から聞けて良かった。時間はかかるだろう。何十、何百年という時間が必要となるかもな。それでも、オレはお前たちの願いを、必ず果たすと誓おう」


「ええ。この戦いにおいて生き残る事が出来たのならば……フェストラ様が作る世界の成就を、この目に焼き付けるとします」



 いつの間にか、フィルター付近まで吸っていた煙草。それを携帯灰皿に押し込み、肺に残った副流煙を吐き出した所で――フェストラがメリーへ手を向けた。



「一本、寄越せ」



 最初は彼が何を言っているのか、それを理解できなかったが、しかしその手が携帯灰皿を持つ手に向けられている事に気付き、煙草を寄越せと言っているのだと、理解する。



「……吸われるのですか?」


「ドナリアに対する追悼でもあるんだろう? なら、一本程度はな」


「未成年の喫煙は」


「グロリア帝国では十八歳で成人だろ――ああ、そうか。この法律、六年前に可決したんだった、お前が知らない筈だよ。チキューでは何歳で成人扱いだ?」


「二十歳です」


「ならそう変わらんさ。……というか、お前もチキューでは未成年喫煙してるじゃないか」


「それは痛い所を突かれました」



 苦笑しながら、煙草の一本をフェストラに差し出し、彼はそれを咥えながら、メリーの差し出す地球の百円ライターに先端を向け、火を点す。


煙を肺に吸い込み、吐き出そうとした瞬間、強く込み上げてくる嗚咽感と脳を刺激するような感覚が同時に押し寄せ、思わず咳き込んだ。



「クッソ不味い煙だ……!」


「ええ。ドナリアが何故愛煙するようになったのか、疑問しかありませんが――しかし」



 含みのある言葉、その濁された言葉を聞いて、フェストラは咳き込みながらも、人差し指と中指で煙草を支えつつ、続きを吸い始める。


メリーもまた彼に触発されるかの如く……二本目の煙草を口に咥え、火を点した



「……ああ。まぁ、たまには悪くないのかもしれんな」


「アスハも、この香りを好いていた。ならば彼女の友達として、ドナリアの代わりに、この香りを漂わせる事位は、してやりたいのですよ」


「そうか。……まぁ、どうせお前も死ねない身だ。せいぜい肺にダメージでも与えて、自分を痛めつけてろ。あの庶民のようにな」



 フェストラが左手で煙草を持ちながら、右手の指をパチンと鳴らした。


瞬間、彼の魔術によって眼前に出現したのは、真っ白な空間だ。



「クシャナ君に、別れの言葉は良いのですか?」


「必要ない。アイツがオレの隣に立つと決めたように、オレはアイツの隣に立つべき男となる。……必ず、戻ってくるさ」



その空間内に入っていったフェストラは――空間魔術と現実世界を繋ぐ扉を閉じ、その姿を消す。



「貴方のお帰りを、お待ちしています。……私に、クシャナ君の隣は荷が重すぎるのでね」



 もう既に彼へ聞こえてはいないだろうが、そう言葉を残したメリー。


彼は煙草の煙を吸い込みながら、家の壁に背をつけて……ボロボロと流れる涙を拭う事無く、苦笑するのである。



「ああ、不味い」



 その涙は、煙草の不味さ故の言葉であるのか――それは誰にも理解できない。


涙の理由は、彼の中にある心だけが知っている。

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