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弔い-03

 フェストラがゴシップ紙を捲る紙の音と、朝食兼昼食を作るガルファレットの生活音だけが響くアルスタッド宅。


そんな中で、ファナが沈黙を破る様に、小さな声で「アタシなら」と言葉を発した。



「アタシなら……ドナリアさんを、生き返らせる事、出来るのかな……?」



 彼女の言葉が、何を意味しているか。それを理解できない面々ではない。


彼女の隣席に腰掛けていたクシャナが「どうだろうね」と答えると、ヴァルキュリアも頷いた。



「うむ。ラウラ王の用いる蘇生概念は、ファナ殿のマナと、固有魔術と言うべき蘇生魔術を応用し、偽りの心身を用意したラウラ王が体現した秘術と聞く。ファナ殿とラウラ王の理論、偽りの心身を生み出す技術さえあれば……確かに故人の蘇生は、不可能ではないのかもしれぬ」


「なら、その方法を」


「逸るでないぞファナ殿。理論上は可能、という事を確認しただけであり、仮にもし、ファナ殿にそうした術があったとしても、我々は反対だ」


「でも、でもこのままじゃ、アスハさんが可哀想です。好きになってくれた人、自分が好きだったかもしれない人を、失ったままなんて」


「違うよ、ファナ。確かにアスハさんとドナリア、メリーの三人に訪れたのは不幸でしかない。……けれど、その不幸を取り払う為に、故人の尊厳を無視していい理由なんてないんだよ」



 顔を上げ、クシャナの方を見るファナ。しかしその真意は、クシャナではなくメリーから答えられた。



「人の命は誰しも一つしか持たない。だからこそ、命の価値というのは平等で、誰もが等しく、瞬間瞬間を生きる権利があるんだ」



 誰しも死にたくないとは考える事だろう。そして、後悔の無いように生きたいと願う事だろう。


だが誰しも生きている間に、過去を振り返り後悔するものだ。例えその時に自分が後悔しない道を選んだとしても、未来の自分が、過去の自分がした選択に後悔する事だってある。



――しかし裏を返せば、その時の自分が後悔しない選択を選ぶ事は出来て、過去を振り返り、後悔する事は、その時の自分の選択に対する冒涜と言っても良い。



「だからこそドナリアはその時限られた選択肢の中で、アスハや君を守って死ぬ事を選んだ。もし死後の彼が何かを後悔していたとしても、その後悔を解消する為に命を弄び、蘇らせて良い理由なんてないのさ」



 ドナリアは自分の命を使って、懸命に何かを守ろうとしていた。


果たしたい野望もあった、守りたい仲間もいた、そうして後悔の無いように人生を歩み、そして死ぬ時まで、その為に戦う事が出来た。



――そうした後悔も含めて、人の一生というべきもので、命在る者は、そうして一度しかない生を懸命に生きる。



そうして懸命に生きた者が失った命を蘇らせるというのは、その故人が……否、これまで多くの人間が築き、世界を形作ってきた全ての命に対する冒涜だ。



「もし君が、私やアスハの為にと、ドナリアの命を蘇らせようとしても……私とアスハは手放しで喜ぶ事は出来ない。むしろ、ドナリアという男の死を軽く扱っているのだと、不謹慎と怒るだろう」



 まだ幼いファナには、理解できない事かもしれない。


ファナは確かに意思の強い子供ではあるが、その心は純粋無垢だ。


人の生命には後悔などあって欲しくないと、もし後悔があるのなら、その後悔を晴らしてあげたいと、そう願う優しい子供だと、メリーも理解している。


けれど、だからこそ、理解してほしいと思う。



「死者に手向けるものがあるとすれば、その人の死を無駄にしない決意、そしてその人の存在を、生きている人間が忘れないであげる事だ。……クシャナ君が、自ら喰らったアシッドの名前を憶えておく事と一緒だよ」



 自らの血肉となり、死して逝く者達の名前を覚えておくクシャナと、同胞の死を悲しみながらも前を向き、同胞の名を忘れないでいるメリー達。


その根幹には、同じ死者に対する想いがあるのだと、彼は言う。



「だからファナ君、君も忘れないであげて欲しい。ドナリア・ファスト・グロリアという男がいた事を、そしてドナリアが命を懸けてでも守ると決めた命は、アスハだけでなく、君の命であった事も。……それだけでドナリアの死は、意味のある死となるのさ」


「意味のある、死」


「そんなモノに意味を定めるべきではないのだがな。人は本来、死ぬ事を運命づけられて生まれるんだ。死に方はそれぞれあるだろうが、死という結果は同じだ」



 ガルファレットの淹れたコーヒーを口にしながら、フェストラが茶化すようにそう言った。


面々がフェストラに視線を向けると、彼は「しかし」と否定を言葉にした。



「生きる者が死んだ者を見て、どう考えるかもそれぞれだ。ならば、生きる者が死んだ者を想い、前を向く事こそが、本当の意味で『意味の在る死』になる、というものじゃないのか」


「えーっと……意味が良く、分かんないんですけど」


「『死んだアイツの為にも絶対に負けてたまるモンか』と決意を固める事こそ、死んだドナリアに対する手向けにもなり、結果としてアイツの死に意味があった事の証明になる……とでも言えばいいか」



ゴシップ紙を一通り閲覧し終えたフェストラが、その十四紙にも亘る紙面を畳みながら机の上にまとめると、メリーに視線を送り、彼に外へ出ろとジェスチャーを行う。


 メリーはそれに従い、立ち上がったフェストラに続く形で、台所から出られる裏口を使って外へと向かっていく。


 残されたクシャナ、ヴァルキュリア、ファナの三人。ファナはまだ俯きながら、フェストラやメリーの言葉が引っかかっているように感じているようだったが……そこで、調理を終えたガルファレットが、トレイに乗せた料理を机に並べていく事で、顔を上げた。



「フェストラも言葉を選んだものだ。普段のアイツならば『死人に口は無いのだから、他人の死に対する意味など自分で決めれば良い』とでも言うものかと思ったが」


「……先生も、そう思っているんですか?」


「言葉は悪いが、その通りだ。本来、人の死に意味なんてない。死に意味を求めるのは、生きる者の特権だ。『アイツの死に意味があって欲しい』と願う生者が、その理由をこじつけるだけの事。……だが、そう考えないと前を向けない事もまた事実だ」



 取り皿や飲み水を用意し、食事の準備を進めていくガルファレットの手は淀みない。そこらの主婦や料理人よりも素早く、彼がどれだけ生きる中でその動作を繰り返してきたか、それを理解させるには十分すぎる程だった。



「本当は死者とて望んでいるのかもしれない。生き返る事を、蘇る事を。しかし、それを確かめる術など無くて、実際に蘇るまでは、その答えなど分かりはしない」


「なら、蘇らせる事も、間違いじゃないんじゃ……」


「そうかもしれないな。しかし、どんな形であれ、死というのは恐ろしいものだ。特にドナリアは、死の恐怖だけでなく、痛みも、苦しみも負っただろう。……一度だけでも嫌だと思う苦しみだ。生者の都合で故人を蘇らせ、二度目の苦しみを与えたい等、少なくとも俺は思わないな」



 道徳問題のようだがな、と。ガルファレットは答えつつ、鳥の胸肉にナイフを通し、切り分けていく。



「俺がラウラ王による、シガレット様の蘇生に怒る理由は、まさにそれだ。彼女は、亡くなるまでの人生で多くの命を殺め、その罪に対して、死ぬ直前まで涙を流していた。その苦しみから、死を以てようやく解放された筈なのに……彼女は蘇った。いや、甦らされてしまった」



 蘇ったシガレットは、生前と同じく罪の意識に蝕まれ、もう誰も殺さず、また殺させぬと決意をし、自らを蘇らせたラウラに従う。


彼女が何故、どうしてラウラに従うか、その真意は問えていない。けれど、生前や死後の苦しみを知る彼女が、何も考えなくラウラに従っているとも思えない。



――ガルファレットは、既に死して苦しみから解放されたシガレットに、再び苦しみを与えようとするラウラに、激しい怒りを覚えたのだ。



「死者は口を開かん。だからこそ、蘇りたいと願っているのか、それともそうではないのか、その真意を確認する事も出来ない。ならば、二度目の死を経験させるような惨たらしい事を、お前という優しい少女に、して欲しくない」



 死した者を生き返らせる事が、惨たらしい事。


考えた事もなかった事に、ファナも思わず黙り込んでしまったが……しかし、メリーの、フェストラの、ガルファレットの言葉も、理解できた。



「……お姉ちゃんは、どう思う?」


「私? うーん……私は、ドナリアの事は嫌いだったし、正直帝国の夜明けがしてきた事の罪を許そうなんて思わないけど……でも、そうだね。もう死んでるアイツを蘇らせて、また死ぬ時の苦しみを与えたいとまでは、思わないかな。なんたって、死ぬ程痛い時って、死ねない事に発狂する程キツイんだからさ」



 クシャナはアシッドとして、これまで死ねない事によって、普通の人間ならば死ぬ痛みや苦しみを味わってきた。高所から落ちて頭を潰した事も、頭を銃弾で撃たれて脳がマヒする感覚も、首が斬り落とされる恐怖も。



「だから、命を弄ぶ事をファナにして欲しくない。その気持ちはお姉ちゃんも一緒だよ。……死んでしまった者を想うのは結構だけど、決して他者の死を否定しちゃいけないって事だけは、忘れないようにね」



 姉としては、人の死に慣れて欲しくないと願いながらも、しかしこれから訪れる戦いでは、少なからず敵も味方も死ぬ可能性を孕んでいる。


これまでの中で、知り得る者に犠牲が無い事こそが、幸運だっただけ。


ならば――ファナにはドナリアの死を、乗り越えて欲しいと、クシャナは願うのである。

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