弔い-02
フェストラの問いに、メリーが答えた。
他の面々は口を出す事も出来ず、ただ口を結んで二人がどのようにドナリアの死を語るのか、聞く事しか出来ずにいた。
「ラウラの戦闘能力は、空間魔術の極地とも言うべき、空間の消滅魔術か。アシッド因子さえも消滅させられるとなれば、庶民以外の面子はラウラとの戦闘を避けるべき、というわけだな」
「ええ。クシャナ君は、レナ・アルスタッドさんの娘であり、殺される可能性は低い。加え、詳しいスペックを検証しなければなりませんが、新フォームによって性能が底上げされているという点も好ましい。実力が劣っていようと、相手がスペックを引き出せぬのならば、勝機はある」
二人の語る内容は、ドナリアの死を悲しんでいるようには思えない。しかし口調は僅かに落ち込んでいて、互いにドナリアの事を引きずっているのだと、他者の感情に対して疎いファナやヴァルキュリアでも感じ取れた。
「すまない。ドナリアが死んだ事については、オレの責任だ」
「気になさらないで下さい、とは言いたいものですが、確かにフェストラ様の秘密主義が行き過ぎて、個々の連携が上手く取れず、孤立していた事がドナリアの死因です。故に――アスハ」
「はい」
メリーの言葉に、アスハが頷きながらフェストラへと近付き「失礼します」と言葉にしながら、彼女は右手の拳をフェストラの頬に叩き込んだ。
その勢いによって強く倒れたフェストラ。アマンナが癖に近い動きで立ち上がり声を挙げようとしたが、フェストラはすぐに立ち上がり、唇を切った際に流れた血を拭いながら「問題無い」とした。
「それより、メリーは良いのか? もう一発位、殴られる覚悟はあったんだがな」
「私は遠慮しておきます。現時点においても、フェストラ様に指揮を任せる事が最善と考えており、またドナリアの死も『たられば』ではありますが、どうあったとしても避ける事は難しいだろうと認識しております。アスハもそれを理解しているからこそ、その程度の威力で気を済ませているのです」
ハイ・アシッドであるアスハによる全力が拳に内包されていれば、今頃フェストラの頭は吹き飛んでいる。それを理解しながらも「ゾッとする話だな」と苦笑した彼は、今一度椅子にかけ、ドナリアの遺した携帯電話をカツカツと指で叩く。
「ドナリアの死は無駄に出来ん。奴が遺したラウラの仮定スペックを割り出し、奴を討つ為の作戦を模索する。幸い時間稼ぎは有効に働いているからな、次の作戦まで、最低でも一週間はここでノンビリと出来る事だろう」
「それなんだけど、本当にアジト代わりがこの家で良いのか?」
フェストラとメリー以外に、初めて話し合いの輪に参加するのは、この家に本来住むべき一人であるクシャナだ。
「この家は防備も何もない。アシッド一体でも襲撃があれば、すぐに壊れちゃいそうな一般家宅だぞ? 帝国の夜明けが持ってる他のアジトにでも移った方が、よっぽど良いような気もするけど」
「いや、現状はここで良い。確かに帝国の夜明けが持つアジトは機密性も高く、発見されにくいという利点こそあるが、ラウラには全アジトの場所を把握されているだろう。むしろ人目につかない事を逆手に、アシッド共をまた送られる危険性を鑑みれば、満足に睡眠もとれない。満足な睡眠がとれない事はストレスとなり、モチベーションの低下に繋がる」
加えてクシャナには語らないが、この家はレナ・アルスタッドの持ち家だ。現状でラウラがレナの所持品等が多数存在するこの家を襲撃する事は考えにくい。否、考える事は出来るのだが、この家を倒壊させない程度の襲撃であれば、この面々であれば容易かつ意味もなさない。
「先日のアジトを利用した理由は、あくまでお前の帰還をカルファス姫に協力してもらう為に必要だったからだ。あの女はオレ達が危機的状況に陥らない限り、動く事はない。更に言えばオレだけが危機的状況になっても、オレの頼みなど聞かなかった事だろうよ」
フェストラは先日、カルファス・ヴ・リ・レアルタに対して頭を下げてクシャナ帰還の為に動くよう懇願したが、しかしそれだってクシャナが地球に残るという選択をした場合、フェストラの事を見捨てる算段を立てていた。フェストラもそれを理解しながらも、クシャナならば帰還を選ぶと信じ、その狙いが上手く噛み合った。
しかし何か一つだけでも歯車が狂っていたら。
例えば、ラウラによってクシャナが帝国城の最深部にでも捕らえられていた場合、カルファスは動けなかった、というより動かなかっただろう。そうなれば少なくともフェストラもドナリアと同じく死んでいた。
それだけ、あのアジトを使うという事は彼らを危険に晒す行為であり、フェストラ自身も死ぬ覚悟をしていたのだと語る。
「だが今は、お前がこうして帰還し、ラウラを含めた帝国城全体も、メリーとアマンナに動いて貰ったおかげでバタついている。加えてこの家に住み着けば、襲撃リスクは殆どゼロに近い所まで下げられるという事だ。オレも落ち着いて、物事を考えられるという事だ」
メリーに購入を頼んだゴシップ紙、計十四紙を一つずつ広げ、中身を精査するフェストラ。アスハはそこで立ち上がった。
「話し合いが終わったのであれば、私は失礼します」
「何処へ行く?」
「部屋で少々、気を静めております」
部屋、とは言っても彼女の部屋ではなくファナの部屋だ。そう発言して階段を昇っていく彼女の姿は……落ち着いてこそいるが、しかし平静というわけではなく、落ち込んでいるという表現が適正だろう。
「アマンナ君」
「っ、はい?」
「こんな事を頼むのは、少々気が引けるのだが……アスハの近くに居てくれないか?」
アスハの肩に触れ、そう頼むメリー。フェストラに視線をやると、彼も頷いて「好きにしろ」と言った。
「構いませんが……何故、わたしなのでしょう」
「君が一番、アスハに近しく話が出来ると思ってね」
首を傾げながらも、しかしアスハが一人でいると言う状況もあまり好ましくはない。アマンナは腰かけていた椅子から立ち上がって階段を昇り、ファナの部屋へと向かう。
ノックをすると、すぐに「アマンナか」と返答があった。恐らく、足音が聞こえぬ所からアマンナであると判断したのだろう。
扉を開くと、彼女はファナの部屋にある壊れた窓前に立ち、遠く外の光景を見据えているように見えた。
「……あの、真なるハイ・アシッドへの覚醒で……目が見えるようになった、と……聞きましたけど」
「常時、では無いがな。能力の発動にはエネルギー消費が必要だ。無意味な発動は可能な限り控えねばならないが、私には外の景色を見るだけでも、十分に有意義だ」
目を開き、外の景色を瞳に焼き付ける彼女の姿は美しい。アマンナは何故自分がここに行かされたのかは分かっていなかったが、彼女がメリーに差し向けられたのだと理解していたアスハは、ため息をつくと共に目を閉じながら、ファナのベッドに腰掛けた。恐らく、能力の発動を停止したのだと思う。
「心配をかけているようだな」
「……貴女が、ドナリアの死を……そこまで悲しむ人とは、思っていませんでした」
「私自身、驚いている。……アイツは馬鹿で、生意気で、実力も私より低い癖に、偉そうで、メリー様と対等に話している時など、何度殺してやろうと考えたか、分からない」
ドナリアの評価は、アスハの中では相当に低かったと思わせる言葉。しかしそれは、悪態と言うには声の張りも無かった。
「死んでも仕方のない男だと、思っていた。それは我々の犯してきた罪の大きさ故もあるが、そうでなくとも、奴は多くの同胞を巻き込んだ。それにより、私もメリー様も助けられていた事は事実だが……我々三人の両肩では支え切れない程の同胞を、死に追いやってしまった。だから、本来は奴の死を……私が悲しんで、フェストラ様を殴る理由など無いと、分かっている……分かっているんだ」
けれど、アスハはフェストラを殴った。
勿論本気ではない。フェストラが全ての過ちを背負うべきと考えているわけでもない。
むしろ彼は、先日の状況において思考を回し、可能な限り被害を最小限に抑えてくれた。これ以上を望むのは、彼と言う男に全てを頼り過ぎていると、理解もしている。
――それでも、アスハの心は、フェストラを殴りたいという心に侵された。
「……ドナリアは、貴女の事を、好いていたんです。きっと」
その想いは、ドナリアの遺した言葉にも綴られていた。
『アスハは、俺と、違って……馬鹿じゃ、ねェ……生きるべき、幸せになるべき、女だ』
『俺、アイツの事……別に好きじゃ、ねェけど……アイツの、時々浮かべる笑顔は、なんか……こっちまで、笑っちまうんだ』
『自分でも、気付いてねェみたいだったがな……そこだけは、俺もアイツの事、好きだったのかも、しれねェ……な』
ドナリアの素直になれない気持ちが現れた、少し天邪鬼な言葉が混じっているけれど、しかし最後の言葉が、ドナリアの中でアスハに対する気持ちを表していると感じられた。
その想いは――アスハにも、アマンナにも、理解できる。
「……私は、アイツの吹かす、煙草の匂いが……好きだった」
「煙草の匂いって、男の人の匂いですよね」
「奴を男と意識した事は、一度も無かったが、それでも確かに、奴が煙草を吸っている時は、私も気持ちを落ち着ける事が出来たんだ」
不思議な感覚だと、自分でも感じていた事だ。副流煙は吸っている当人よりも身体影響のリスクが高まる代物だと理解しているのに……けれど彼の吸う煙草の匂いによって、アスハは気持ちを落ち着ける事が出来たのだ。
「……ああ、私も……アイツの事が、好きだったのかもしれないな」
勿論、恋愛感情ではない。ドナリアも恐らくそうだっただろう。
けれど、家族という存在に恵まれなかった彼ら彼女らは、それぞれの間に開いた精神的な距離感が、心地良かったのだろうと、今ではそう感じる事が出来たのだ。
――その気持ちに今更気付いた所で、もう遅いと、分かっていながらも。





