弔い-01
グロリア帝国城内には主に帝国政府関係者や十王族関係者の立ち入りが多く存在する。国の根幹と言ってもよい施設であるが故に、普段でもそれなりの慌ただしさが常であるが、この二日程は普段よりも多くの人間が走り回り、帝国城の警備を行う者達も、その入城を行う者達の管理が完全に行き届いているかも怪しい。
帝国城が慌ただしい理由は一つしかない。二日ほど前から連日ゴシップ紙を中心に報道されているラウラ王に関する真偽織り交ざった内容に関する事実確認及び対応に多くの人間が動かざるを得ない状況となっているが故である。
確認されている限りでも、ラウラ王に関するゴシップ記事は各社十四にも及び、また今日に至ってもまだ帝国政府関係者さえ確認の取れていない新ゴシップまで出回っているという情報も飛び交った。
加え、民衆の間で口コミとして広まった、根も葉もない噂まで飛び交い、情報の精査を行いたくとも情報自体が出回りにくい一般大衆達には真偽を確認する方法も、公式発表を待つ他無い。
故に民衆から大手広報事業社へ取材圧力がかかるが、しかし大手広報事業社は帝国城広報官の「事実関係の確認が取れた上での発表をお待ちください」という文言をそのまま紙面に記載する他無いという現状がある。
するとこの事態を民衆は「帝国政府による隠ぺい工作ではないか」と邪推し始め、ゴシップ紙の購買数は跳ね上がり、各社ゴシップ紙はその日の売上だけで例年度予算を達成するという大盛り上がりを見せていた。
帝国城奥に位置する王の間、ラウラ・ファスト・グロリアは数日程満足に公務を果たす事が出来ぬ程、引っ切り無しに帝国政府官僚による調査 (と言う名の火消し担当)が訪れ、ラウラへの質疑応答を終えると去り、また別の者が現れるという、休む間もない事態に発展している。
「……フェストラめ。メリーやアマンナをコソコソと動かし、何をしているかと思えば、ゴシップ報道での混乱とはな」
確かに予期していた事ではある。ラウラという国の長に関する情報を、大手広報事業にではなくゴシップ紙という事実確認の重要性を理解しつつも無視し掲載する低俗な紙面に載せさせる事で、民衆の混乱を招くという手段は、単純ながらに効果の大きい手段だ。
ラウラとしても、元々帝国の夜明けがそうした手段に動く可能性を考慮していたが、帝国政府広報官を務める男は、この道四十年のベテラン広報官、ガムナ・テイマーだ。
不確定情報を公の場で発言する事無く確実な情報だけを口にする、帝国政府だけでなく広報事業社にも信頼を置かれている人間で、さらには非公式に広報事業社員と連絡を密に取る事で、情報を小出しし民衆の目をそちらに向けるという小手先の技にも優れた男だ。帝国の夜明け程度が行う情報操作程度ならば、彼によって上手く民衆のコントロールは可能だろうと踏んでいた。
しかし、そこにフェストラが加わると話は別だ。
フェストラはガムナと異なり、大手広報事業との繋がりだけでなく、敢えて各ゴシップ社の株を十五パーセント程ずつ所有し各社に影響力を持ち、そればかりか自らも率先して情報提供を行う事で各紙を利用してきた。
ガムナとは違う方法で情報操作に長けた男。彼がするラウラに関する報道は――なるほど確かに、真偽はともかくとして、面白い程に民衆の不安や怒りを煽るもの、かつラウラとしてもどのように火消しを行うべきか、悩ましい所でもある。
何故なら、真偽が明らかに偽と分かるもの、これについては殆ど数が存在しない事が面倒な部分である。
例えばインサイダー取引に端を発する為替取引法違反等の疑い、これについてラウラ当人の為替取引履歴は存在しない。故に否定する事自体は簡単だ。
しかしそれはあくまでラウラの利益になるように操作した記録はないだけであり、クシャナに対して優位に働くよう、シュナイデとリュミウスの株価が動く様に手をこまねいた事は確かである。
それを無かったと発言する事は容易い。事実、シュナイデとリュミウスに対し、ラウラが直接手を下した証拠が現状あるわけではない。
しかしフェストラはそうした証言に対してクシャナという人間の情報を漏らし、クシャナがその株価操作の恩恵を受けたという情報を各紙に提供する事も考えられる。
否、正確に言えば恩恵を受けたのはクシャナではない――レナ・アルスタッドだ。
クシャナの利用する証券口座は、彼女がまだ十七歳であるという関係上、レナの持つ証券口座だ。つまりリュミウスとシュナイデの株価操作による恩恵を受けた人間はレナであり、現在レナが帝国城にて保護されている事を民衆に情報が流された場合、大きな混乱になる事は間違いない。
クシャナは (実年齢はともかく)十八歳未満の未成年者故に実名報道される事は無いだろうが、レナは既に三十代だ。実名報道されるばかりか、どこかですっぱ抜かれれば顔写真とて掲載される可能性もある。ゴシップ紙に掲載される事は彼女の平穏を壊す事になる。それは、ラウラとしては確実に避けなければならない。
だからこそ、この事態に関する適切な対処法は「フェストラが動くまでは動かぬ事」が正解であり、ラウラは金融庁の捜査に対して「覚えはないが必要であれば口座履歴公開等の情報提供は惜しまない」と返答し、金融庁長官であるサンバディ・レイ・チューンもそれに納得して王の間から退室していく。
「……やってくれるものだな、フェストラ。我が動くと理解しているが故に、時間稼ぎと国内情勢の悪化を同時に企てるとは」
フェストラの狙いは主に二つあると、ラウラは理解している。
一つは国内情勢の悪化であり、最もラウラにとって面倒である部分だ。民衆からの支持率低下という意味合いでもそうだが、それ以上にラウラの最終的な目的である「自分を恒久なる神としてこの世に君臨する」という計画が、この状況においては満足に効果を発揮しないという事だ。
人々は神に潔癖を求める。例えば神の子として有史以前に存在していたとされる、フレアラス教の基礎となった人物である【レイバー・フレイアス】は、処女であったとされる母親から産まれた男が故に、神として祭り上げられた。
実情としてレイバー・フレアラスの母が処女であったか否かは関係ない。ただ、フレアラスという男が処女から生まれた存在であり、彼が高潔なる存在として広められからこそ、彼は後世にまでその名が語り継がれたのだ。
ラウラの至ろうとする位もまた、神としての地位だ。その為の力は既にあり、フレアラス教という宗教への信仰者自体も政教分離政策の推進によって減少傾向にある。この状態で彼が【死ねない存在】というアシッドの能力を披露し、本物の神としての力を持ち得ると広める土壌は十分に作り上げる事が出来ていた。
そこに、ラウラを中心とした国内情勢の悪化が起こった。おおよそ高潔とは言えぬ諸問題を多く引き起こした彼が神の名を騙った所で、民衆は彼が神であると認める事はない。むしろ悪神として彼を討とうとする反教徒の出現さえも容易に想像できるだろう。
無論、潔癖をラウラが証明した後に神としての力を誇示したとして、それでも反教徒の存在は予想出来る。しかし、圧倒的に母体数が変わってくるのだ。反教徒の母体数が多ければ多い程、国王としての君臨は難しいものとなる。
力を用いて恐怖による圧政を敷く方法も無くはないが、そうなれば今度は諸外国との関係性悪化も懸念しなければならず、諸外国との関係値が悪化すれば――必ず、カルファスという女は動き、カルファスはアシッドという存在への対処を検討する。
そしてもう一つ、フェストラが狙っているのは恐らく「時間稼ぎ」であろうと、ラウラは予想する。
現状、帝国の夜明けとシックス・ブラッドの面々は、ラウラ討伐という目的に際して行動に移らなければならないが、その為の準備が必要としている事だろう。
先日の彼が仕掛けた襲撃によって、ラウラが有するアシッドの軍勢や、蘇生魔術を用いた側近の使役など、フェストラ達もラウラ討伐に際し懸念が多く生まれた事だろう。
その懸念を解消する為に必要な時間稼ぎとしてラウラを可能な限り国政に参加させ、自分たちに手出しが出来ない状況を作り出していると考えられる。
事実、ラウラはしばらく帝国城から出て行動に移るという事も難しい。睡眠時間も大幅に削られ、また彼も蘇生魔術を用いて新たな側近を生み出す為の準備が必要になった。フェストラ達が時間稼ぎをしようとしている事は、ラウラにとっても都合が良い。
「だが……仲間を失った事に気付いた貴様らは、時間稼ぎの間に立ち直る事が出来るかな?」
ラウラが呟いた独り言に、誰も答える者はいない。謁見予定の者達が多く王の間に訪れる日の中で、彼がそうして独り言を残せる時間は少ない。
彼の下に、外務省長官補佐であったミシェル・ルグアンがやってきた事で、彼は一度思考を止め、彼が行うべき公務へと意識を切り替えるのであった。
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シックス・ブラッドと帝国の夜明けの面々が合流を果たし、既に二日という時間が経過する中で、彼らが主に生活拠点としていた場所は、アルスタッド家の小さな家宅。
フェストラやガルファレット、メリーの三人はリビングで、クシャナとアマンナの二人はクシャナの部屋で、ヴァルキュリアとファナ、アスハの三人はファナの部屋で寝泊まりする事で、その疲れた心を休ませていた。
しかし、面々はこの二日、殆ど会話という会話は行ってこなかった。
メリーとアマンナは幾度か広報事業社に出向かなければならなかった関係上、会話はしていたが、他の面々はどう言葉を出せばよいか、それが分からなかったと言っても良い。
だが――その日は違った。
アスハが手に持っていた一台の携帯電話、それが皆の集まるリビングの机に置かれると、彼女はその内部機能である【ボイスレコーダー】を再生。
再生された記録は……ラウラとドナリアによる戦いの音声だった。
「……ドナリアは、死んだという事か」
「ええ。……ラウラに、実の兄に、殺されたのです」





