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決別-15

 アシッドの再生能力は、体内に異物が存在した場合には上手く働く事はない。つまり、今のように杖が身体に突き刺さっている状態では、ドナリアは何もする事が出来ない。


ただ、痛みを与えられ、それでも死すことが出来ぬ存在であるだけだ。


 そして今、杖の先端が引き抜かれた瞬間、杖を持たぬ左手を彼の首にかざす。触れる事無くかざしただけで、ドナリアの身体は浮き、その空中に固定される。



「加え今もそうだ。我がここに居る事を貴様は感付いていたのだろう。であるのに何故、貴様はアスハをここに呼び、多人数での応戦を検討しなかった?」


「ひゅぅ、ひゅぅ……っ」



 ドナリアの口から、空気の抜けるような音が鳴る。喉に大量の風穴が空いたせいで上手く喋られないと言わんばかりの態度が、ラウラを更に激昂させる。



「貴様だけで我に勝てるとでも驕ったか? 真なるハイ・アシッドとして覚醒すれば、この王たる我さえも殺せると、そう驕ったのかと聞いている!」


「……ちげェ、よ」



 何とか、喉の再生を始める事が出来たドナリア。彼は、その開き切っていない喉で、擦れながらも声を放つ。



「フェストラに、命じられ、た……最優先で、守るべきは……ファナ、アルスタッド……だと」


「……つまり貴様は、ファナ・アルスタッドを守るアスハを逃がす為に、ああした通信を行ったと? だから命令に従い、今ここで殉じると、そう言いたいのか?」


「まぁ……兄貴の、言う通り……俺は、愚かだからなぁ……それ位、しか……出来ねぇんだ……なぁ」



 苦笑。そのドナリアが浮かべた笑みを見て、ラウラはより表情を歪めたが。


そこで、ドナリアの放った言葉に、ラウラの表情は一変する。



「それに……アスハは、俺と、違って……馬鹿じゃ、ねェ……生きるべき、幸せになるべき、女だ」


「……何?」


「俺、アイツの事……別に好きじゃ、ねェけど……アイツの、時々浮かべる笑顔は、なんか……こっちまで笑っちまうんだ」



 ドナリア自身、何を言っているのか分かっていないように、言葉を探り探り口にする。


けれどその表情は、ラウラが知るドナリア・ファスト・グロリアという男が浮かべた事のない表情で……ラウラは、ドナリアがそれほどまでに感情表現に富んでいたのかと、兄であったにも関わらず、初めて知る。



「自分でも、気付いてねェみたいだったがな……そこだけは、俺もアイツの事、好きだったのかも、しれねェ……な」


「……好きな、女の為に死ぬと、そう言いたいのか」


「そんな、三流ラブロマンスみてぇな考え、ねェよ。ただ俺は……アイツを殺したくねェ、だけだ」



 やれよ、と。


自分の命は惜しくないと、そう言いながらギロリとラウラを睨むドナリア。


彼の視線は、これまで感じた事のない熱意に満ちていた。



「俺が、死んだ所で……アイツ等は止まらねぇ。むしろ、俺を失う事で……アイツらがもし、もっと前へ、アンタに対抗する決意が、固まるんなら……それは俺にとっても本望って奴だ」


「そんな死に、何の意味がある」


「俺が、仲間の犠牲を……糧にしてきた、みたいに……アイツらにとっての糧になれれば、それだけで、死ぬ事に意味も、あらぁな」



 ドナリアはこれまでに、多くの同胞を見捨て、自分の命を拾ってきた。


ただ今回は、その見捨てられる対象が自分になっただけだと、そう語る。



「俺にとっちゃ、意味なんざ、ねェ。でも……この命が消える事で、誰かにとって、意味があるんだとしたら……俺は自分の命なんか、惜しくねェって、言っていんだ……!」



 まさに狂気と言えば良いだろうか。


これまで誰かの命を賭す事で戦い抜いてきた男が、遂に順番が自分に回ってきたのだと、死を歓迎する。


アシッドという死ねない存在に至り、それを神の有する力として歓迎したラウラとは異なり、ドナリアという男は、死さえも望み、誰かの糧とするという。


これが狂気と言わず何と言う。


ラウラは思わず、彼の肉体を四方から覆うように展開した、空間魔術による見えない壁を顕現させる。


その展開された空間魔術に包まれたドナリア、その空間が少しずつ縮まっていき、やがて彼の身体を、圧し潰していく。


 ギシギシと音を立てながら肉体を潰していき、身体が圧縮されるよりも前に……ドナリアは笑みを浮かべ、言葉を重ねる。



「兄貴、地獄で待ってるぜ」


「……黙れ」


「ああ、黙るさ……アンタがアイツらに殺られて、地獄までやってきた時に……兄弟喧嘩を沢山しようじゃねェの……!」



 遂には固い頭蓋にまで迫る見えない壁。その強固な頭蓋を砕き、脳を捻り潰しながら――




「――じゃあな。メリー、アスハ。オメェ等は、こっちに来んじゃ、ねェぞ」




 その言葉を最後に、ドナリアの肉体をプレスした空間魔術は、指先で摘まめる程のキューブ状に形成された。


彼の肉体を包む小さなキューブ、そのキューブに向かい、ラウラは空間消滅魔術を用いて、キューブをこの世から完全に消滅させた。



「……どこまでも、愚かな奴だ」



 しかしラウラの言葉には、それまで弟に向けていた卑下する口調ではなく、どこか恐ろしいモノに向けた畏怖の言葉にも思える。



「ラウラ王」



 そんなラウラの背後から、声をかける男が一人。


その身体にまとう衣服は所々が焼け焦げ、表情も消耗が見られる中年男性……エンドラス・リスタバリオス。


元々キリッとした端正な顔立ちをしていた男が見る影もなく、ラウラは彼の表情を見ると、ギリギリと歯を鳴らしながら近くの木に殴りつけた。



「ヴァルキュリアの説得は」


「……申し訳、ありません」



 力無く頭を下げたエンドラスに、ラウラはさらに胸の内から湧き上がる怒りを抑えきれなかった。


エンドラスの胸倉を掴み、引き寄せ、その憔悴しきった表情を近付けると、声を大にして彼へと怒鳴りつける。



「もう貴様に与える猶予はない! どんな手段を用いてでも、ヴァルキュリアを殺せ!」


「いえ……それは」


「全てを言わねば分からぬか!? ファナさえ手中に収める事が出来れば、ヴァルキュリアを殺しても、蘇生魔術による蘇りを果たす事が出来る! ガリアもヴァルキュリアも、蘇らせれば良いのだろうが! それで貴様とガリアの望みも叶うだろう……!」



 掴んだエンドラスの胸倉を強く押し、彼を背中から地面に倒れさせる。


冷静さを欠いていては、フェストラの思うつぼだ。なるべく平静でいなければならぬと理解しているのに……怒りは彼の心を蝕み続ける。



「貴様がヴァルキュリアを殺せぬ限り、ガリアの蘇生に用いる予定だった擬似肉体は別の先鋭を蘇らせる為に用いる。貴様の望みを叶える為の時間は伸びるが、それは貴様の不手際だ」


「別の、先鋭……? ミハエル様の能力がアスハに通じぬ今、他に誰を……?」


「貴様に伝える理由は無い。良いか、連敗続きの貴様に、我はまだチャンスを、温情を与えようと言うのだぞ。それを理解しておけ」



 フン、と収まらぬ怒りを込めた荒い鼻息を鳴らすと、ラウラはその場からどこかへと消えていく。空間魔術を応用し、帝国城にでも転移したのだろうが……エンドラスはそんな彼の行方を知る事も無く、ただ木々の隙間から見える月を見据えた。



「……ガリア、教えてくれ……私は……私は、どうしたらいい……?」



 亡き妻であるガリアを蘇らせる、その目的を娘に語り、しかし娘は彼の望みを拒絶した。


 親友であったエンドラスをも犠牲にし、それでも尊い家族としての幸せを求めて伸ばした手は……娘によって叩かれ、憎悪の視線さえも向けられた。



「教えてくれ……教えてくれよ、ガリア……じゃなきゃ私は……私は……っ」



 既に涙も流れない。


娘に願いを拒絶され、流した涙は娘の放つ煌きによって蒸発させられたから。



「私は……っ、ヴァルキュリアを……お前との間の子供を……殺さなければ、ならない……っ」



 答えなど、ある筈も無い。


既に死した女性が、蘇っても居ない存在が、生きるモノに声をかけてくれる程……この世は美しくなどない。



生きる者には、生きる者の声しか聞こえぬのだから。



**



日が昇り、まだ僅かに肌寒い風が空気を冷やす朝が来た。


人々も次第に起き出し、生活の音が蔓延るようになるまでもう数時間という早朝、その間にも働く者達が存在する。


各広報事業社の発行する新聞が定期購読契約者の自宅や露店等の店に運ばれていく中で……一際目を引くお題目を掲げた、一つのスクープ紙が存在する。


グロリア帝国首都・シュメルの大広間にて朝から夕方頃まで露店を経営するシャイチャ・ラントは、ゴシップ紙の配達員が棚に挿し込んだ、レトム朝紙と呼ばれる紙面に目をやり、広げた。


その広げられた紙面のトップを見た、朝早くから一日を始める者達の目にも次々と入っていき……今、その露店前が賑わいを見せていた。


店の前では十トネル札が飛び交い、人々は露店のゴシップ紙を次々に開き、読み漁っていく。


その発行された紙面のトップには、こう書かれていた。



――『ラウラ王、為替取引法違反の疑い!? フェストラ・フレンツ・フォルディアスによる内部リーク証言が』


 ――『ラウラ・ファスト・グロリア王、閉塞性無精子症!? 次期帝国王はフェストラ様に決定か』


――『ラウラ様、仮想敵国・レアルタ皇国にお忍びで入国し、敵国技術によって隠し子を遺伝子情報から製造か』


――『ラウラ・ファスト・グロリア王に対し、ハングダム家による内偵調査開始との噂』



その混乱は、帝国警備隊の人間が割って入り、全スクープ紙の販売を中断せよとお達しが下るまで約二時間弱、シュメル内で続いていたのであった。

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