決別-12
二人の少女は、幻想の魔法少女・ミラージュ-ブーステッド・フォームであり、その分身能力によって増えている彼女達は、ミハエルへとその手に握る刃を振るう。
彼女達の背丈ほどある大剣、それが大振りされたが、ミハエルはその軌道を読みながら躱す。
アスハの攻撃とは異なり、ミラージュの振るう剣は振りも大きくスピードは無い。避ける事は容易いのだろうが……しかしそこで舌打ちをした二人のミラージュは、その剣を上空へ放り投げた。
〈Boosted-Tracking.〉
上空へと放り投げられた二つの大剣から奏でられる機械音声と共に、その重量故にすぐ地へと落ちると思われていた大剣……パニッシャーと呼ばれる得物が、突然剣を形作る装甲の端々から水蒸気のようなスラスターを吹かしつつ……四つに分離を果たした。
二本のパニッシャーが四つずつに分離し、計八つとなった刃。
先ほどまでの破壊力はないが、スピードを持っている刃たち……トラッキング達が、まるで意思を持つかのように、一本一本が空中を駆け抜け、ミハエルを囲み、その刃を彼へ突き付けようと突撃する。
「なぁ……っ!?」
勿論、その剣もミハエルにとっては避ける事など容易い。しかし問題は軌道がバラバラな八本の剣が、全て正確に自分の首筋を狙い、少しでも隙を作れば、その瞬間に刃が喉元に突きつけられる感覚は、例えアシッドとして死ねない肉体を持つ彼としても好ましい感覚ではない。
加え、多くの刃によって行動を抑制されると言う事は――彼女が動く。
細長い銀色の剣を構えながら、アスハが駆け出して、八本の刃を避けきったミハエルの右腕を斬り裂いた。
その腕が吹き飛ぶ感覚によって表情を歪め、しかし首で無い事を安堵したミハエル。
だがその瞬間、先ほど全て回避した筈である八本の刃、八本のトラッキングがミハエルの身体を次々と貫いていき、その彼の足元から魔法陣にも似た陣形が生み出された。
「こ……れは……ッ」
マナとも違う、何か力場のようなものが足元と突き刺さる剣より感じ、ミハエルは自分の身体がピクリとも動かぬ事に恐怖する。
剣を構えるアスハの隣に一体のミラージュが着地し、もう一体がファナを守る様に彼女を抱き寄せた。
「頼む、クシャナ・アルスタッド」
「了解。あ、アスハさん。アシッド・ギア一個頂戴」
「? ホラ」
ミラージュがアシッド・ギアを求める理由は分からなかったが、ポケットから自分用のアシッド・ギアを取り出し、差し出した。
それを受け取ったミラージュは、自分の胸元に装着されていたマジカリング・デバイス……その下部に挿入されていたアシッド・ギアを抜くと、先ほどアスハより貰い受けたアシッド・ギアを挿入し直す。
〈Acid Gear-Convert MODE Start.
one,two,three,four,five……OK.〉
流れる機械音声が全て終わる事には、クシャナはその右足を僅かに下げ、しかし力を込めながら強く地面を蹴りつけた。
〈FIVE Factor Rising.〉
蹴り付けた衝撃によって空高く舞い上がった彼女の身体、その身体が空中で回転をすると、彼女の右足は僅かに朱色の力場のようなモノが発生していて、彼女はその右足を、ミハエルに向けて強く突き出した。
「お――らぁぁあああっ!!」
背部に推進力でもあるかの如く、ミハエルに向けて疾く駆け出したミラージュ。
彼女の右足がミハエルの喉元へと突き出されると、彼女の右足が有する力場のエネルギーが彼の首を焼き切っていき、その足が貫通する事には、その頭が吹き出す血によって上空を舞い――地へと落ちようとするミハエルの頭を、アスハの持つ剣が突き刺した。
『あ、が……っ』
ミラージュの攻撃によって受けた痛みと、その脳天を貫くように突き刺さる刃の痛み、それどころか首だけしか存在しないにも関わらず生きている事に対する不快感か。
どれが理由かは分からないが、ミハエルは口から泡を噴出しながら白目を剥き、そうした呻き声をあげる事しか出来なくなっていた。
「――クシャナ。ドナリアはどうした?」
「ドナリアとは一回会ったけど、もうアシッドの処理が終わったから、二人を助けに行けって言われたよ」
「そうか……無事だったか、奴め」
言葉とは裏腹に、ホッと息をついたアスハ。その時、二体のミラージュが僅かに身体の構成を歪ませ、腕がボロリと落ちた。
「お、お姉ちゃん一号と二号の手がっ!?」
「ああ、そろそろ因子の中にあるエネルギー切れか。大丈夫、この私たちは本体のコピーでしかないから気にしないで。……というかファナ、お姉ちゃん一号二号て。凄くザックリとした受け入れ方しててビックリだよ」
彼女の肉体を形作る為に必要なアシッド因子の内包しているエネルギーが枯渇状態にあるようだ。ミラージュはアスハへ「ファナを連れて、アジトの方に」と指示をした。
「アジトの方はヴァルキュリアちゃんも合流して、概ね敵の数も減ってきてる。そろそろ討伐も終わってると思うから、ドナリアと合流して、戻ってきて欲しい」
「了解。コイツを喰い終わり次第、そちらへ向かおう」
「じゃあ、ファナをよろしく」
その言葉を最後に、二体のミラージュがどちらも瓦解する様に身体を崩れさせ、最終的に白い煙となって消えていく。
その姿に驚き言葉を失うファナだったが、アスハは剣に突き刺さったミハエルの頭を見据え、声をかけた。
「これまで散々世話になったな、ミハエル・フォルテ」
『……これで、勝った等と、思わない事です……この私が滅びても……ラウラ王は理想を必ず体現させる』
「あの男が簡単に諦める筈がないとは、我々とて理解している。しかし、我々も諦める事などない。シックス・ブラッドと共に、奴の野望を阻止するだけだ」
その後の事は分からないがな、と僅かに笑ったアスハに、ミハエルは怨念めいた言葉や表情を浮かべる事無く……僅かに寂し気な表情を浮かべた。
『私の、救いを……受け入れなかった事を……後悔する日がくるやもしれない……それでも、貴女は……後悔しないと、言うのですか?』
「ああ、しないさ」
ミハエルのアスハに対する偏屈とした情熱は、確かにアスハにとって余計なお世話と言えるものであったが……しかし、アスハが他者の言葉に動かされ続けてきたという事実は、確かにその通りである。
彼女が既に他者の言葉と決別をしていたからこそ、彼の言葉を「老害の戯言だ」と断じたが……しかし、彼がアスハへ抱いた願いは、優しさからくる願いだったのだろうと、それを少しでも許容してやりたかったかもしれないと、今にして思う。
遅すぎる気付きではある。だが、だからこそ――アスハは彼へ宣言する。
「私は、もう迷わないと決めたんだ。私の根源である【補助】を全うし、この世界をより良きモノにする。……そうメリー様と、ファナに誓ったんだ」
もうアスハとミハエル同士に、語らうべき事はない。
剣先をファナへと向けると、ファナは頭部しかなくなった彼に一瞬だけ息を呑んだが――しかし、アスハがそうして彼の頭を差し出した理由を察し、恐る恐る手を伸ばす。
「すまない、お前にこうした事を頼むのは、酷な事かと思ったのだがな」
「……ううん。アタシも、戦うって決めたんだ。これが、アタシに出来るこの人への優しさなら……してあげたい」
既に再生を始めようとするミハエルの頭、その頬にファナの細い指が触れると、彼女は僅かに涙を流す。
「ごめんなさい」
『……何に対する、謝罪でありましょうか』
「アタシ、貴方にひどい事を言ったかもしれない。アタシ、バカだから貴方を傷つけて、それでも傷つけた事に気付いていないかもしれない。……だから、それをごめんなさいしようと思う」
『理解の無い謝罪ほど、失礼はありませんよ、レディ。……問題ありません。貴方の言葉は、確かに青臭く甘っちょろい現実を知らぬ者の戯言であるとは思いましたが……しかしね、確かにそれも正しいんだ』
何時だって、自分の理想や願望は、青臭く甘っちょろい、子供らしさから産まれるものだ。
大人になると、その青臭さが抜けて現実的な事しか出来なくなり、やがて世界の不条理に屈し、諦める。
それが大人らしさであるとすれば……確かにファナには、大人らしさなど似合わないのかもしれない。
『私の方こそ、謝罪を。貴女は、ファナ・アルスタッドは、確かに力の無い少女かもしれませんが、心の強さは、ラウラ王に勝るとも劣らないものであります。だからこそ――貴女は、貴女なりの理想を突き進みなさい』
――また老人めいた事を言ってしまった、と。
彼が笑った瞬間、ファナも思わず笑みを浮かべながら、その手に力を込めた。
「――イタイノ・イタイノ・トンデイケ」
詠唱と共に、ファナの手から放出されるマナの奔流。それが彼の頭部を包んでいくと、彼の頭を構成する肉体が少しずつ形を崩れさせていき、砂のように細やかな粒と変化しながら地に落ちると……やがて塵一つ残さずこの世から消え去っていく。
「……アタシ、初めて人を殺したや」
「奴は元々、生きていない存在だった。在るべき世界に居ない魂を、在るべき世界に返した。それだけの事だ」
「ううん、あの人にも、シガレットさんにも、命が本当にあったんだ。アタシは、その命を終わらせる事が出来て……それをしたって事は、アタシが殺した事に他ならないんだ」
そう認識したファナを見て、もっと、取り乱すものだと思っていた。けれどアスハの予想に反し、ファナはむしろ覚悟が定まったと言わんばかりに、涙で濡れる目を細め、表情を引き締めた。
「だから、アタシは逃げない。アタシのお父さんが蘇らせた命は、アタシが責任を以て、在るべき場所に返す。……その罪は、アタシが背負う」
どこまで、この少女の心は強いのだろうとアスハは感じていたけれど……彼女の手を握った瞬間、その考えが誤りであると、すぐに気付く。
ファナの手は震えていて……その涙も、多く流れてはいないように見えて、けれど止まっても居ない。
彼女は、自分の手で命を終わらせてしまった事に、嘆き続ける。
それでも、前を向き続ける事を覚悟しただけの……ただ、その小さな体に見合う、か弱い少女なのだと。





