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ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスという女-07

「実に、面倒であるな……っ」


「遠慮せず、卑怯汚いと罵れば良いさ。戦いは手数だからな、マナでどれだけでも作り出せる魔術兵は、数を補うには丁度良い」


「拙僧には使役出来そうにはないがな……つまりフェストラ殿は、第六世代魔術回路を持つ、という訳であるな。……此の世において十人程度しか存在しないという、一級品を」



魔術回路の質は基本的に、遺伝によって左右される。


フェストラの両親は双方ともに第五世代魔術回路を有していて、その子であるフェストラは双方の魔術回路が有する質と強度を合わせ持った第六世代魔術回路を有している。


魔術回路の質や強度が異なれば、扱える魔術の質も異なる。


第四世代以上の魔術回路を持つものであれば、神秘を体現すると言われる大魔術の使役も可能となるとされ、第五世代は大魔術の連続使役を、第六世代以上ともなれば、既に神域と言われる程の奇跡を起こせるとされている。


 そして先ほど彼が使役した六体の魔術兵は、単純な魔術のようにも思えるがその実、複雑な高等魔術を幾十にも重ねて使役しなければならない。


 人間の身体を模したマナによって実体を有する肉体の構成。更にはフェストラの命令を最適な方法で実行しようとする自立駆動プロセスの構築。しかもそれを六体分となれば、第五世代魔術回路で使役しようとすれば、一体の生成と使役だけで許容量を超える可能性が高い。



「この程度で感心してもらっては困る。魔術使役ではオレに分があっても、お前にはお前なりのやり方があるだろう。――お前から売った喧嘩だ。もっと楽しませてくれよ、リスタバリオス」


「……望む所である!」



 互いに今一度剣と剣を構え、相対する。


先ほど吹き飛ばされてしまった影響もあり、現在ヴァルキュリアとフェストラの間に開いた距離は、五十メートル弱。


その距離を鑑みて、イブリンは未だに加熱する二人の戦いを、如何に穏便な方法で止める事が出来るかを考えていた。



(これは、あのヴァルキュリアちゃんの方が不利……というより、負けは確定。フェストラも本気を出したのか「あの子を殺さない」って事を念頭に入れる事もしてない)



二者が全力で踏み込めば一瞬の内に詰める事が出来る間合いだが、距離が開いていれば有利なのは圧倒的にフェストラだ。


彼は空間魔術から自らが望んだ武器を投擲可能、更には魔術兵を顕現し、彼女の動きを止める事がいくらでも可能。


更に動きを止める事、それ即ちフェストラが彼女にある隙を見つける時間を与える事にも等しく……フェストラならば、彼女の隙を見つけ出す観察眼にも優れている。


最初はフェストラが不利な状況であったにも関わらず、距離を開かせる事が出来ただけで、彼は優位性を味方につけた。



――力やスピードで叶わないと即座に見極め、ヴァルキュリアとの距離を離す事だけに集中したが故、出来た事である。



 それでも、ヴァルキュリアの目はまだ、勝利の目を捨てていない。


息を大きく吸い込んで、これまで展開していた両足のマナを――全て右腕に注ぎ込み、肺に貯めた息を吐き出した。



「弐の型」



 声と共に、ヴァルキュリアは遠く離れた現在の位置を変える事無く、グラスパーの刃に指を付けた。


瞬間――彼女の持つ刃がガキ、ガキ、と音を奏でながら、分裂していく光景がフェストラの目に映った。



「【セッバリオス】――ッ!」



分裂した刃は計七つ、その全てが一本のワイヤーにも似た半透明の光によって繋がれ、剣のようにも、鞭のようにも見える蛇腹剣として生まれ変わる。


 そして彼女がグラスパーを前面、フェストラに向けて突き出すと剣を繋げる光が伸び、一瞬の内に彼の眉間に向けて切っ先が伸びた。



「――、ッ!」



 寸での所で避ける事が出来たフェストラだったが、今のグラスパーには鞭としての機能も、それに加え刃へ展開されたマナが用いる操作魔術も適用可能だ。


故に刃の一つ一つが、まるで意思を持つかのようにフェストラへ向けて一斉に駆け抜け、彼は冷や汗を流しながら後退を開始、空間魔術を展開し、剣を振らせる事で刃へと衝突させ、その軌道を無理矢理変えさせる。


 地面にグラスパーの刃が突き刺さり、通常の蛇腹剣であれば、これ以上動く事は難しいが――



「ふぅ、っ!」



 ヴァルキュリアはさらに、柄と剣を繋げる光を通じてマナを投じる。すると七つの刃は再び、水を得た魚のように活発に動き出し、地面に突き刺さった刃は跳ね上がる様に持ち上がり、再び空中を舞った。



「マズい……っ」



 フェストラは一瞬の内に、ヴァルキュリアの有する弐の型・セッバリオスの特性を掴んだが――故に状況が最悪である事を悟る。


先ほどまでは、接近戦において彼女の方が優位性に勝ると考えていた為、距離を取る事だけを考えていた。


そして距離が開けば、その距離を詰める為に彼女は行動を開始し、その行動を抑制する事で彼女の隙を見つけ出す事が出来ると。


しかし、今の彼女は――それまで彼女の優位性であった力はそのままにスピードを捨て、代わりに「中・遠距離での戦闘方式」へと変更を果たした。


そうなると、遠距離攻撃手段を持たないフェストラの方が圧倒的に不利となる。



(奴は……リスタバリオスは、本能的に自分の持つ力をどのように扱えばいいか、それを理解している……っ!)



 理知的に理解しているわけではなく、本能で状況に適した戦闘方式を編み出す事が出来る、天性の才能を持ち得る、戦いによって成長する女――それこそが、ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスという女を体現する言葉なのだろう。



「――どこまでも、楽しませてくれるなッ!!」



 フェストラの周囲を囲むように、展開される刃を見据えながら、フェストラは振るわれた刃の一つを剣ではじき返すと、僅かに開いた距離を埋めるように、指を鳴らし、魔術兵を三体顕現させる。


その三体が四方より迫るグラスパーの刃を、手に持つ剣で弾き、攻撃され、消えていく間に、ヴァルキュリアに向けて突撃を開始。


背後より迫るグラスパーの切っ先、それは振り返りながら剣を振るう事で弾きながら、今度は空間魔術を自分の背後に展開。


ヴァルキュリアに向けて、十本のバスタードソードが射出され、真っすぐに彼女へ迫っていく。


だが一瞬の内にグラスパーの刃を自分の周囲に展開する事で、その全てを弾き落としたヴァルキュリアは……展開していた弐の型を解除、全ての刃が一つに重なり、接続された事を確認した上で、右腕だけではなく、左腕にもマナを投じ、その拳を強く握り締める。



「参の型――」



 握り締めた拳を、地面に向けて強く打ち込んだヴァルキュリア。


瞬間、強大な力が叩き込まれた地面は大きく縦に揺れ動いて、フェストラの動きが若干遅くなる。


姿勢を僅かに崩して、しかし倒れる事無く彼女へと刃を向けたフェストラが、その切先を突き出す。


距離はまだ二十五メートル程度開いているが、次の一瞬にはフェストラも距離を可能な限り詰めて、切先を彼女に突き刺す程度には至れるだろう。



――だが、ヴァルキュリアは彼よりも先に、刃を強く前面に押し出した。



「【グレイリングロー】」



 蛇腹ではなく、その柄と刃が分離して、一直線にフェストラの眉間に向けて射出された刃。


弐の型・セッバリオスよりも射出スピードはけた違いに早く――その切っ先がフェストラの眉間に突き刺さるかと思われた。



その時だった。



上空から、人ひとり分程度の巨大な剣が飛来し、フェストラの眼前に突き刺さったのだ。


ヴァルキュリアの射出した刃が剣の面に衝突し、彼女はそこでハッ、と顔を上げ――校舎の五階を見据える。


校舎の五階、五学生教室の窓に足をかけ、剣を投擲したガルファレット・ミサンガが、穏やかな目でヴァルキュリアを見据えていた。


先ほど投擲された巨大な剣は彼のものであり――その剣が投げ放たれていなければ、フェストラがどうなったか、誰にも分からない。



「そこまでにしておけ。ヴァルキュリア、フェストラ。お前たち二人の実力はよく分かった」



 そう言葉を投げたガルファレットに呆然とするヴァルキュリアと、息を僅かに荒げながらも小さく舌打ちをし、しかし次の瞬間にはケロリとした表情で不敵な笑みを浮かべるフェストラ。



「どうやら教諭共からここまでというお達しがあったようだな」



 呆然とする生徒たちを端目に、イブリンがフェストラへと近付き、彼の身体に目立った傷が無いかを確認した後、ヴァルキュリアの方にも向かう。



「ま、まだ拙僧はフェストラ殿に勝っていないのである!」


「必要ないだろう。――オレの信念や願いは、十分刃に込めたと考えているのだが、どうだ?」



 ヴァルキュリアにも、フェストラにも、そう大きく怪我はないようだが、両者僅かな切り傷と、そして打撲痕などがある事を確認。


イブリンは二者へ「二人とも整列!」と命じ、二者はその声に応じ、イブリンの前に横並びとなって整列、両足を揃えて背筋を伸ばした。



「二人の実力が高いのは良く理解できたわ。けれど訓練の一環として、あのように殺し合う事などは決して許されない事なの!」


「申し訳ございませんイブリン教諭殿!」



 声を張り上げて謝罪するヴァルキュリアとは違い、フェストラは「申し訳ありません」と小さく声に出すだけだ。


それでも、イブリンは「良し!」と頷き……先ほどガルファレットが投擲した、巨大な剣を指さした。



「罰として、二人はガルファレット先生の剣を教室までお届けしなさい」


「? その程度でありますか? 私闘をしてしまった処罰としては弱い気がするのでありますが……」



 ヴァルキュリアとしてはもっと重い罰を想定していたようだが……首を傾げるヴァルキュリアとは正反対に、フェストラの表情は重々しく、深くため息をつきながら、ヴァルキュリアに顎で「持ってみろ」と促した。



「……重いのである……」



 ガルファレットの剣は重さをグラム換算すると三トン八十九キログラムと超ド級の重量を誇り、魔術で身体強化を施したとしても、その剣を一人で持ち上げる事は困難だ。故に、フェストラとヴァルキュリアは二人で剣を持ち上げ、その剣を教室へと運ぶことに。



「……フェストラ殿は、強いのでありますな」


「お前もな、リスタバリオス――正直、死んだと思ったよ」



 互いの強さを認め合うように言葉を放ち終えると……ヴァルキュリアは心に巣くっていた、彼への不信がどこか、薄らいでいるように感じた。



それは彼の剣や言葉に……彼が「本当の王になろうとしている」と感じ取れたが故なのであろう。

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