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赤松玲という女-02

 私、赤松玲は二十一歳の個人投資家だ。


生まれが要因で普通の人間よりも圧倒的に頑丈で、自己再生機能にも優れている。


早い話が、死のうとしても死ねない人間……という事である。


先日……というより本日か。とあるマンションの屋上からの投身自殺を敢行しようとしていた時、私に気付かず別の自殺志願者が現れたので、ひとまず当たり障りのない事を言いながら場所と日時を変えて貰おうとしたら、彼女が足を滑らせたので、彼女を救う代わりに落ちたのだ。



「あいてて……まだ打ち付けた所、痛いなぁ」


「当然だと思いますけどね。頭部はほぼ再生を終えていますから、後は安静になさってくださいな」



 私が今いる場所は、秋音市に二か所ある診療施設の内、全くと言っていい程に患者が訪れない、キャトル診療所と呼ばれる小さな山小屋、その入院室である。


山小屋と言っても山中にあるわけじゃなくて登山口前、一応街中にあるので本来ならばそれなりに来院があってもおかしくないと思うのだが、ここにはほぼ来ない。故に、院長を務めている彼女、キャトル・トワイラル・レッチ以外には看護婦さんもいらっしゃらない。


 キャトルは見た目こそ二十代前半程度の人物で、肩まで伸びる髪の毛を下ろした美人女医といった外観をした女だが、私とは既に十年来の付き合いで、その頃からこの姿で一切変わりがない。


 私の頭へ乱雑に包帯を巻き付け終わった彼女は、ペシンと軽く私の頭を叩き、カルテへと記載を行っていく。



「全く、貴女の自殺未遂は証拠を隠滅するのにとても苦労するのですから、せめて自殺の前にはご連絡をお願いします」


「遺書に『自殺します』って書いといたよ?」


「そりゃ遺書には書くでしょうよ。で、その遺書回収してますけど」


「助かったよキャトル。死んでないのに遺書だけ見つかるとかマジで恥ずかしい事この上ないからね」



 彼女がヒラヒラと示した遺書を受け取り、懐にしまう。遺書は履歴書とかと違って使いまわしが非常にしやすい。その為に日付は書かずにあるのだから。



「そろそろ、自殺は諦めたらいかがです? 貴女、自分がどれだけ頑丈なバケモノかご存じでしょう?」


「だってー、私もうやる事ないんだもーん。お金もそれなりに手にしちゃったし、女の子との遊びも楽しんだ、後は死ぬくらいしかやりたい事ないしー」



 私の駄々に「まったく」と口にしながらカルテをファイルに挟んだ彼女は、ファイルを脇で抱え、そのまま部屋の扉を開く。



「もう終業時刻ですので、失礼しますね。何かあればナースコールなんて高尚なモノはありませんので声高らかに叫んで下さいな」


「いつも助かるよキャトル。あ、コレ今日の診察代ね」



 懐から取り出した、厚い茶封筒を投げて渡すと、キャトルは今日一番の笑顔を浮かべて「何時もありがとうございます!」とお礼をしてくれた。可愛い女性の笑顔を見る為だったら幾らでも払ってやるものだが、キャトルは普通に守銭奴だから診察代以外は一銭たりとも払いたくない。


ベッドに横たわり、毛布をかけて、身体を休める。



「……今日も死ねなかったなァ」



 呟いた言葉と共に意識を閉ざすように目を閉じる。


そうする事で意識がまどろみの中へと消えていき、私はそのまま眠りに就く――筈だった。



「誰だ」



 何者かが、私の枕元に立っていた。その気配だけは感じ取れた。


しかし目を開ける事も、起き上がる事も出来なかった。


身体は、まるで金縛りにあっているかのように硬直し、唯一出来る事は、喉を震わせるようにか細い声をあげる事だけで、先ほどキャトルに言われたように、大声で彼女を呼ぶ事も出来ないし――出来たとして、キャトルを危険に晒す事は出来ない。



『貴殿は、死を望んでいる』



 声は、まるで変声機によって変換されたようなくぐもった声だった。しかし口調からして男であろうことは想像でき、何とか身体を動かす事が出来ないか試そうとするも、それは叶わなかった。



『警戒する必要はない。我はただ、貴殿の望みを叶える者である』


「そう言われてもね、乙女の枕元へ唐突に現れた者を警戒するな、というのも随分と難しい注文じゃないかな?」


『貴殿が乙女か否かはともかく、然様である。――しかし、これで我が言葉が嘘でないと、信じてくれるであろう?』



 胸に、何か鋭いものが突き立てられた。それだけは分かった。


目を開ける事も出来ない今、胸に突き立てられたモノを確かめる術はないけれど――感触で理解できた。


これは、鋭利な刃物のようなものだ。深々と突き立てられた刃は心臓にまで達していて、肌には僅かだが柄の感触がある事から、刃の長さはそう大したものじゃない。



だがおかしい。私は、通常心臓を刺された程度じゃ死なない女だ。


勿論痛みは感じるので、現在絶賛激痛中であってもおかしくないのだが――しかし、私の意識は、眠りに就くのとは違い、どこか遠い世界へと誘われるような、ぼんやりとしたものになっていく。



『我は貴様の望みを叶える者――そして、やがて自らの望みを叶える者でもある。またいずれ、相まみえる事もあろう』



 気配が消えた。しかし、私はまだ目を開ける事も、身体を動かす事も出来ない。


それに――したくない。


 今私は、とても胸が満たされている感覚を味わっている。


恐らく、遠ざかる意識はただの眠りに就く為のものではなく、長く、永遠の眠りに就く為のものだ。



そう、それはつまり、私が長年望み続けて来た【死】が訪れているのだろう。



「ああ――どこの誰かは知らないが、感謝するよ」



 私はようやく死ぬ事が出来る。


唯一の心残りとしては、今自分がいる場所は自宅のベッドでなく、キャトル診療所の入院用ベッドなので、それを私の血で汚してしまう事なのだが……まぁ、高い治療費を払ったのだから、キャトルにはそれで許してもらう事にしよう。



「これが死……これが……私の望んでいた……永遠」



 最後に遺した言葉と共に。


私は、死を確信した。



**



筈なのに目が覚めちゃったチクショウ。


なんだアイツ、私の望みを叶えるとか言ってたくせに全然叶ってないじゃないか、普通に目を覚ましちゃったよ!


自らの望みを叶える事が出来るー、とか意味不明なこと言ってたけど、このザマじゃ自分の望みも叶える事も出来ないぞバーカアーホ、お前の母ちゃんデーベーソー!



「ぶぅ」



 とりあえず目を開けて身体を起こそう――と、重たいまぶたを開いて天井を見上げる。


キャトル心療所の、真っ白な天井を――アレ? キャトルの診療所ってこんなに天井高かったっけ? それに病院特有の白さがない、木造丸出しの茶色だ。普通に木目とか見えちゃってるし。


なんであれば、私の眠ってたベッドってこんな、高い柵みたいなのに囲まれてたっけ? 逃げ場がない。



「あぶ」



 気合を入れて、私の頭一個分位しかない両足で何とか立ち上がり、バランスを保ったまま起き上がる。


ベッドに足を乗せるのはお行儀が悪いかもしれないけれど、柵に囲まれて降りれないから仕方がない。



「あぶっ、ぶぅっ」



 おかしいなぁ、上手く言葉を発する事が出来ない。ていうか今よく見たら、私の足メチャクチャ短くない? 私ってこんなに短足じゃ無かった筈だぞ? 立ってるのもやっとな位にバランスが保てない。あー、昨日寒かったし風邪でも引いたかなぁ……引いた事一度も無いんだけど。


等と思っていたら――私の目の前に、大きな顔がヌッと現れた。超ビビったけど、現れた顔は美人な女性の顔だった。



「ウェス、ウェスウス? ガルェストラ、ヴァルチュニャーっ!」



 ん、何語だコレ? 私英語とスペイン語、中国語は喋れるけど、どれとも該当しないぞ? あ、でも発音はロシア語に近いかもしれない。ロシア語はまだ勉強中だけど。


というかそんな事じゃなくて、今私の頬をぷにぷにと弄ってるこの女性、メチャクチャデカくね? 私って元々身長百七十三センチあったわけだから、それと比較すれば四メートル弱ある計算になるんですけど?


 女性は私の、数多く女の子を堕としてきた魅惑のボディを易々と持ち上げて、その上で抱き上げた。



……ここで、私はとあることに気付いた。



この女性が大きいのではない。


私が小さいのだ。



近くにあった化粧台のような家具に取りつけられた鏡。


その鏡に映された私の姿は――赤ん坊の姿をしていた。



元々の私を、そっくりそのまま幼くしたような姿に、思わず私は驚き、声を上げた。


 乳児の様に、泣きわめいた。いや、別に泣きたいワケじゃなかったんだけど、何か自然と泣きわめいちゃったのだ。



「ウェスヌー。クシャナ、トルトイナーヴィルチナトリュナー」



 私の泣きわめいた表情に、ちょっとだけ困り顔の女性が、何語か分からない言葉を口にしながら、一度私をベッドに置いた。先ほどの柵に囲まれたベッド、キャトル診療所の入院用ベッドじゃなくて、ベビーベッドだったのか。


 だがそんな事は関係ない。私は変な奴に殺されたヤッターと思ってたのに生きていたと思っていた。けれどそれも違って、私は元々の美女じゃなくて赤ん坊になってる。


アレか? まさか輪廻転生とかいう奴か? それで私はこうしてこの女性の子供になっちゃったという事か?



 ふざけるな冗談じゃない!


私はただ死にたかっただけで、こんな輪廻転生を楽しみたかったわけじゃないし、こうなったらこの奥さんには悪いがベッドから投身自殺を図って……!



 アレ、奥さん? どうして服を開けているのでしょう? あ、駄目ですよ奥さん(恐らく)、奥さん!? あなたには(恐らく)旦那さんが、旦那さんがッ!



「チャー、クシャナー」



 わーいママのおっぱい、おいちいでちゅー。



最高じゃないか輪廻転生。合法的に人妻のおっぱいにしゃぶりつけ、母乳まで頂けるとか。


これまで数多の女性を堕としてきた私だったが、流石に人妻に手を出すのはマズいと思って我慢してきたんだ。


今の私がどれ位の年なのか分からないが、母乳を全部飲み干すまでは生きていようじゃないかッ!!




――そんな感じで、死ねない筈の私が輪廻転生を果たした物語が始まります。

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