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決別-11

 時に、誰かの嘘偽りに怒る事はあるだろう。


時に、他者の嘘偽りを許す事が出来ない程に、悪意を込められる事もあるだろう。


けれど、それでも――誰かの言葉を聞き続けたいと、そう感じるのだと、ファナは言う。



「言葉にしなきゃ伝わらないホントの事もあって、貴方のやり方は、そのホントの事だって聞こえなくしちゃうんだ……それを、アスハさんに感じて欲しくない……それを簡単にしちゃえるような人が、正しいって思われるような世界にもしたくない」


「理想ばかりを口にして、現実を見る事が出来ない子供が何を……!」


「現実だけ見て、何も理想を言えなくなっちゃうのが大人なら……アタシはそんな大人になんか、なりたくない……!」



 常に、理想を追い求める幼い少女。


けれどその理想は、アスハの目指す世界を示唆しているような、そんな気さえもしてくる。


アスハは……彼女の属している帝国の夜明けという組織は、過ちを犯している。


今も、罪なき人々が戦火に巻き込む可能性も大なり小なり存在し、その犠牲を理想の為と切り捨てる覚悟をして、剣を振るってきた。


それをファナは「間違いだ」と考えながらも「間違った人たちも許したい」と、そう叫んだのだ。


 それは……どんな聖人にも、必ずしも出来る事じゃない。



「……ファナ、一つお前に言わねばならん事がある」



 突然、アスハが口にした言葉に、ファナという存在に嫌悪感を感じているような表情を向けていたミハエルが、アスハへと視線を向ける。


 そして、ファナも同様に……視線をアスハへと向けると、彼女が自分の身体を押し退けながら、守る様に立ち塞がってくれた背中を、見据えるのだ。



「私達は、帝国の夜明けは、いずれお前達シックス・ブラッドと敵対する時が来る。お前に許してもらう事の出来ない悪業を行うかもしれないし……既に後戻りも出来ぬ程、我々は手を汚し過ぎている。お前からの許しを、望める筈もない」


「でも……それでもアタシはっ」


「そう。『それでも』こそが大切なんだよ、ファナ。お前の理想は気高く、美しく、そして正しい。誰かが過ちを犯した時、その過ちを怒り、正しい道へと示してやる事が出来るんだ。――『それでも』と言い続けて、ウザったい位に誰かの事を想う事が出来るお前は、きっと遠くない未来で、多くの人の心を救える、魔法使いになれる」



 治癒魔術など、蘇生魔術など無くとも、言葉で人を癒す事が出来る存在。


過ちを犯した人間の罪を、嘆く者達の心に優しく寄り添い、ただ許す事の出来る人間。


それこそ――彼女の持つ本当の【魔法】なのだと、アスハは思う。



「私はもう、お前に心を救われる事はない、否、救われてはいけない人間なんだ。……でも、そんな私がお前を守る事で、したい事が見つかった」


「……それは?」


「お前が未来で、人々の心を癒す事が出来る魔法使いになるのだとしたら……そんなお前の未来を守る事こそ、私にとっての願いだ」



 アスハがどこからか取り出すは、小さな直方体型デバイス。


その銀色の先端が伸びた人差し指程度の大きさしかないデバイスを親指と人差し指で支えながら構えたアスハに――ミハエルが目を見開く。



「もしや、それが」


「ああ……新型アシッド・ギア、私を更なる高みへと到達させる、新たな力だ」



 彼女の言葉を聞くよりも前に、ミハエルが動いた。


疾く駆け出した彼が、残る左手で振るった刃、その刃がアスハの首筋に突き刺さり、その首を斬り落とすと思われた寸前……アスハは左手で柄を握るミハエルの手を握り、その骨を砕く様に折った。


その一瞬、ミハエルの動きが止まる。その一瞬を見計らい、アスハは自らの鎖骨付近に、新型アシッド・ギアの先端部……そのUSB-typeC形状のピンを、強く刺し込んだ。


薄い肌と骨を抉る様に挿し込まれた先端部。その中から強大な力が注ぎ込まれている感覚がアスハを襲って、彼女は思わず目を閉じた。


けれど、既に慣れた感覚にも近いとすぐに感じた。少しずつ肥大化する肉体、それは数秒としない内に流動を収めていき、スラリとしたモデル体型のアスハへと戻っていく。


その外観は何も変わりはしない。


けれど――同じハイ・アシッドであるミハエルには、彼女がどんな存在になったか、本能に近いどこかで、察する事が出来た。


 思わず閉じた目を、アスハが開くと……彼女は、まぶたを大きく開きながら、その綺麗な目から溢れる涙によって、鼻を鳴らした。



「――ミハエル、フォルテ。なんて事のない感想を、述べていいか」


「……何か、アスハ・ラインヘンバー」


「世界とは、こんなにも美しく……広々としていたんだな」



 笑みを浮かべながら、ミハエルの右足をかけたアスハ。


 姿勢を崩したミハエルの顔面、その顎を狙った素早い左拳がクリーンヒットし、ミハエルは殴り飛ばされながらも、その痛みに耐えた。


しかし、彼は驚いている。アスハが自分の顎を殴打した事に、ではない。



――アスハの攻撃が、あまりにも正確な程に急所をついてきた。



勿論、これまでの彼女も常人より圧倒的に正確な攻撃を繰り出してきたと言っても過言じゃない。


しかし、あくまで「視覚情報が無い状況で得られる情報から導き出される攻撃の最適解」でしかなかった。


けれど今の彼女は、今の攻撃は違う。


ミハエルがよろめきながらも、しかし回避運動に移り、さらに言えば反撃が可能かという思考さえも、行動を読んでいたかのような、絶妙な位置に向けて振るわれた拳は、それまでのアスハに無い攻撃。



――まるで、今の彼女には、視界情報があるかのよう。



「まさか――ッ」


「ああ、そのまさかだ。……どうやら私の能力は【支配】ではなかったようだな」



 アスハ・ラインヘンバーというハイ・アシッドの持つ能力は、これまで自他共に【支配】という能力であると思われていた。


彼女の肉眼と視線を合わせた者は、その思考回路も含めてアスハによって操られる。


この能力はアスハが能力を解除するか、対象が死するまで適用される上、また操った者から情報を聞き出す等の自白作用までがあった事から、それで正しいとしか思えなかったが……そうではなかったと、彼女は言う。



「つまり、今の貴女は……っ」


「ああ、目が見えている。……少々、見えすぎな程にな」



 アスハの視界には……端正な顔立ちをした自分よりも背の高い男が見えると同時に、その身長や体重、ハイ・アシッド化した影響も含めた身体機能も含めた数学情報が全て記載され、その計算は全て視界情報を分析し脳に直接コンバートされるようになっている。


彼が息を吐く度に、その息がどれだけの風圧を有しているかまで表示されている目は、彼女の言う通り、見え過ぎていると言っても良いかもしれない。



「私の能力は【補助】――視覚情報を分析し、自らに足らぬモノを見定め、状況に応じた最適解を導き出す。不完全時には視界情報が無い為、他者の思考回路を操る事で自らの手足とし、私の補助をさせる事が出来る能力だった、というわけだ」



 元々彼女の持っていた能力は、支配能力と言っても差し支えない強力な能力だった事は変わりない。


が、あくまで他者を操るのは「視界情報を持てぬ彼女を補助する存在を手にする手段」というだけだ。



「勿論、他者を使役する力も健在だ。貴様には通じないが……しかし、貴様を倒すには、視界情報さえあれば十分だ」


「な……舐めるなッ!」



 ミハエルは先ほど殴られた顎の再生を終わらせると同時に、再び自らの両耳を塞ぐよう、手を頭へとかざした。



「何も聞くな……!」



その瞬間、耳鳴りのような音がアスハへと届くと共に、また彼女の聴覚情報が断絶され、全てが無音であるように感じたが……しかし彼女は落ち着きながら、口を開いた。



「ヴァルキュリアが言っていた。聴覚情報が無い程度で、戦闘が困難になる事は無いのだと言う」



 彼女の言葉に対し、ミハエルは聞こえていないと知りながらも「黙れっ」と声を荒げた。



「貴女には根源的な恐怖がある! 音が聞こえぬという恐怖は身体に刻まれ、その不利によって動きを慢性化させる! それこそが貴女に対するこの能力の真価であり」


「聞こえてはいないが……何を語っているか、それは口を見ればわかるのでな。今の私には、音が無くとも他者の言葉は理解できる。……まぁ、音が無くて寂しい気持ちは、事実だが」



 本来、アスハには読唇術など出来ない。口がどう動いた時にどう発音されるか、そうした視覚知識が無い状態なので当たり前だが……しかしアスハの目には、ミハエルが口にした言葉が、文字として表示されている。



「足音も勿論、認識出来る。それこそお前が今踏んでいる雑草の中にある繊維まで、見ようと思えば見れる。それを見ようと思わぬ限り、何の役にも立たない故に、表示されないが」


「っ、」


「そして、お前にとってもう一つ、事態の悪化を招く要因がこちらへと近付いているぞ」



 歯軋りと同時に、ミハエルは戦況を不利と判断し、離脱を行う為の行動に出た。


その場から飛び退き、距離を取った上で帰投する。アスハの戦闘能力を知るが故に、情報をラウラへと持ち帰る事こそが今の役割だと理解しているが故にだ。


しかし――そこで上空から二本の巨大な刃を握った少女が二人、現れる。


ミハエルへと、その手に持つ刃をそれぞれ振るった少女の攻撃によって、逃げようとしていたミハエルの動きは抑制された。


その少女は同じ顔、同じ格好、同じ体系の存在で、その白と紫、加えて黒の目立つ一式を見にまとう少女の姿をアスハは初めて見たが、しかしその可愛らしいフリルとリボンの供給過多な衣装は、情報として伝え聞いている、魔法少女にしか思えない。



「お――お姉ちゃんッ! 無事だった、のは嬉しいんだけど何で二人いるのッ!?」


「やはり、クシャナ・アルスタッドか。二人いるのは驚いたが」


「アスハさんっ、ファナっ、無事ッ!?」


「助けに来たよッ! 二人いるのは気にしないでねっ!」

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