決別-08
「ちなみに、フェストラとガルファレット先生以外は? 今、三基目が一人でいたヴァルキュリアちゃんと接触して、彼女の無事を確認してるけれど」
「アマンナとメリーは心配ない。シュメルの方へと戻っている。それぞれ独自に行動している事もあり、戦闘は回避していると思われる」
既に治癒魔術をある程度付与し、肉体の疲労を回復させたフェストラがすらすらと答えた。体内の貯蔵庫から失われたマナが底を尽きたのか、今バッタリと背中を倒れさせたが、意識はハッキリとしている。戦闘はミラージュに任せるとした意思表示なのだろう。
「アスハとファナ・アルスタッドが共に居る筈だ。そして、ファナ・アルスタッドの護衛にドナリアも向かわせたが、どうなっているか」
「了解――データリンク開始。こちら二基目。三基目はヴァルキュリアちゃんの無事を確認次第、彼女をこちらの戦線に加えさせて欲しい。四基目は三基目と一緒にアスハさんとファナ、ドナリアを探して、ファナの護衛をお願い」
データリンク。聞き慣れない言葉だが、フェストラとガルファレットは、ツラツラと状況判断と対処策を別の分身へと命令していく彼女を見て、ホッと息をついた。
「全く……お前が遅いせいで、死にかかったじゃないか。阿呆め」
「素直になれない奴め。私を連れ戻す為にカルファスさんへ頭を下げたって聞いてるぞ? お前が頭下げるなんて珍しいじゃないか、そんなに私の事が好きか? ……おぇ!」
「相手は一応他国の姫だぞ。下げねばならん頭は下げるさ。それと、お前への好意は欠片程も無い。気持ち悪い事を言うな、吐き気がする……おぇ!」
互いに口元を押さえたミラージュとフェストラ。まだ戦闘は続いていて、緊迫状態である事に違いは無い筈だが、どうにも緊張感の無さを感じて、ガルファレットが苦笑を浮かべるのであった。
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「こちら三基目、了解。ヴァルキュリアちゃんをそっちに向かわせる」
いつの間にか、近くへと訪れていたクシャナ……否、ミラージュであろう女性が、突然耳元に手を当て、どこかと通信するかのように返事を行った。
ヴァルキュリアは、いつの間にか止まっていた涙の痕を隠すように服で拭ったが、ミラージュは彼女が泣いていた事を感じ取りつつ、それを見て見ぬフリをした。
「ヴァルキュリアちゃん、大丈夫? 怪我してない?」
「……心配無いのである! 父上と戦闘になったが、逃がしてしまっただけだ!」
シャイニングのマジカリング・デバイスを隠しながら、普段浮かべている表情を作ろうとしたヴァルキュリア。本人は出来ているつもりだったのだろうが……ミラージュからすれば、彼女の表情は随分と無理をしている人間のそれと、ハッキリ分かってしまう。
「お父さんと……エンドラスさんと、何か話した?」
「な……何も、話してないのである」
「……相変わらず、嘘が下手だねぇ」
嘘である事を見抜いていると示しながら、ミラージュはそれ以上何も言わなかった。
ただ、彼女の手を握り、ヴァルキュリアへと指示を出す。
「私達がファナの方を守りに行く。ヴァルキュリアちゃんはアジトの方に戻って変身し、フェストラ達と戦っているアシッドの討伐を。……あ、皆を蒸し焼きにしないよう、気を付けてね」
「……うむ、了解した」
まだ、俯きながらではあるが、今はフェストラ達の援護という目的が産まれたからか、僅かに元気を取り戻したヴァルキュリア。
彼女はそこでふと、今のミラージュがこれまでのモノとは違う事に気付き、良く彼女の事を観察した。
「……ところでクシャナ殿、どうにも変身の衣服とかが、異なる気がするのだが。凛々しさが増しておられる」
「ん? ああ、フォームチェンジしてるからね」
「フォ、フォームチェンジッ!? こ、言葉の意味は分からぬが、とにかく響きがカッコいいのであるな!」
「そんなに興奮する事?」
苦笑しながら手を振りつつ、駆け出していくミラージュを見送ったヴァルキュリア。
彼女の背中を見据えながら、ヴァルキュリアはホッと息をついた。
今は父の事を考えていても仕方がない。戦い、フェストラ達を助け、一刻も早く安全な場所に、皆を避難させる。
それこそが今、自分のすべき仕事であると理解しているからこそ、マジカリング・デバイスを握り直し、変身を果たそうとしたが……
「っ、」
その直前、彼女は僅かにふらついた身体を両足でしっかりと支えた。
「な、なんで、あるか……今の、感覚……」
一瞬だけ、身体全体が揺らめくような感覚を覚えたヴァルキュリア。しかし一秒という時間も経過せずに、すぐ感覚は元通りになり、何が起こったかを理解するよりも前に、激しい嬌声が聞こえた。
理性あるものの嬌声に聞こえず、恐らくミラージュと戦うアシッドが喚いているのだろう。
「……まぁ良い。個人的にも、暴れ足りん。煮え切らん気持ちを晴らすために……大暴れさせて貰うとする!」
マジカリング・デバイスを構え、側面部の指紋センサーに指を乗せる。
〈いざ、参る!〉
「変身ッ!」
〈いざ、変身! 現れよ、魔法少女ォ!〉
響き渡る和太鼓の音、それと共に放出された膨大な熱量と光が彼女の身体を包み、ヴァルキュリアという少女を、煌煌の魔法少女・シャインへと変貌させる。
炎を煌きへと変貌させ、光と炎が散ると、彼女はグラスパーの刃を抜き放ちながら、アジトの方へと駆け出していく。
既に、先ほど身体全体を揺らした謎の感覚を覚えても居ない彼女は、アジトの周辺で燻っていた、十数体のアシッドへと向けて、その炎を纏いしグラスパーを振るうのであった。
**
既にどれだけの距離を駆けていたのか、それはアスハに抱かれ、自らの足で走る事が無かったファナには分からない。
森林地帯を抜け、広々とした雑草の生い茂っている平原へと飛び出していたアスハの胸に抱かれるファナは、荒れる息を整えながら愚直に走るアスハの羽織る衣服を引っ張って「もうだいぶ逃げましたよ」と声をかけた。
「はぁ……、はぁ……っ」
アシッドとは言え、体力の消耗は訪れる。そして多くの距離を稼いで、既にアシッドという敵さえも感じる事が出来ぬ平原のど真ん中で、足を少しずつ遅め、やがて止めた。
ファナの身体を降ろし、息を整えるアスハ。そんな彼女の背中をさすりながらも、そう言えばアスハには触覚が無い事を思い出した。
「大丈夫、ですか?」
「……ああ。すまない、問題無いと分かってはいたが、しかし広い場所へと出れば、私としても動きやすい」
アスハという人間が持つ戦闘能力は、主に人や物、木々等の障害物がある場所が真価を発揮しにくい。確かに人混み等は暗殺などに向いている場所でこそあるが、大規模な戦闘という事になれば、周辺探査魔術によって無駄な情報までが脳内に記録され、人の動きを追いにくくなるという難点もある。
平原ならば、無駄な情報を脳に蓄積する必要はない。それだけアスハにとって戦いやすく、ファナを守りやすい状況に落ち着けたという事にもなるが……しかし、仲間の増援や援護を期待しにくいという難点も同時に産まれたというわけだ。
「ドナリアさん、大丈夫かな……」
「……問題はない。アイツは阿呆だが、戦闘技術という点では優秀だ。それに……真なるハイ・アシッドとしての覚醒を果たしたのならば、力量的にもただのアシッドに負ける事はあり得ない」
ドナリアは何体か討ち漏らすかもしれないと言っていたが、アスハ達を追いかけてくるアシッドの気配はない。二人以外には人っ子一人感じぬ平原、ここで体力の回復を務めつつ、迂回しながらシュメルへの帰還も検討に入れるか……それを考えていた時、僅かに感じた殺気に、アスハは表を上げた。
「あ、アスハさん……?」
「……私の後ろに、隠れていろ。ファナ・アルスタッド。少しも離れるな」
アスハが腰に備えていた、細長い銀色の剣を抜き放つと、ファナは彼女の背中にピッタリとくっついた上で、周囲を警戒する。
アスハは目が見えない。ならば少しでも役に立てる事があるのならばと考えた結果であるが……ファナが敵を認識するよりも前に、アスハが敵に気付いた。
風の音に紛れ、僅かに地面と何かが擦れるような音が聞こえ、それが自分より遥か遠くに位置する場所から発したと気付いたアスハは、それからファナを守るように、身体を向けた。
「……ミハエル・フォルテ、だな」
「この距離の音も聞こえますか。聴覚強化はかなりの広範囲に亘る音を聞き分けるようですね」
ファナには、アスハが突然独り言をし始めたようにしか聞こえなかった。
それもそうだろう。アスハが聞き分けたのは彼女達がいる場所から一キロは遠く離れた場所の足音であり、アスハが口にした言葉も彼女の真後ろにいたファナだからこそ聞こえた言葉であり、数メートル離れた場所ならば本来聞こえぬ筈の言葉だ。
それを聞き分けたアスハと、アスハの言葉を認識した男――ミハエル・フォルテ。
アスハは彼が近づく度に両足を後退りするが、その歩幅を超える大きな一歩を、ミハエルは踏み込んだ。
そこでようやく、ファナも小さな点程しか見えぬ人間の存在に気付き、息を呑んだ。
「……アレ、敵、なんですか……?」
「そうだ。……まったく、どうやらラウラ王は、私の弱点を突く事がお好みのようだ」
「戦いとは得てしてそういうモノでしょう。如何に敵の弱点を突き、弱点を克服させる隙を与えない。……貴女という戦士の力量は高い。故に真なるハイ・アシッドとしての覚醒へと至られては困る、というのがラウラ様の要望でしてね」





