決別-05
秋音駅前は多くの商業施設や公共施設が集中している場所であるが、少ない数とは言え居住施設も存在しないわけではない。
今目の前にあるタワーのようなビルも、二十階までは企業オフィスとなっているが、二十一階から四十階までは居住区画となっている。
既に深夜を回り、企業オフィス用の受付にも誰も居ない。そこを素通りしながら防犯用の自動扉前で立ち止まり、備えられていたテンキーボックスに、四〇一〇と入力すると、しばしの待ち時間を経て、スピーカーから声が聞こえた。
『何の用だ』
男の声。声の主は、思い出したくないと思いながらも、脳裏で姿が浮かび上がってしまう。
彼も私の事を見て若干鬱陶しく思っているのかもしれない声であったけれど……私は「良いから入れろ」と、負けじと圧をかけてやる事にした。
すると、ため息のような音が聞こえると同時に、自動ドアが開かれた。私は中へと入ると、奥にあるエレベーターのボタンを押して、すぐに開いた一つのエレベーターに乗り込んで、最上階へと昇っていく。
一階から四十階、時間にすればそれなりにかかるかと思われたが、途中で誰も乗り込む事は無く、一直線で進んでいった事もあってか、時間としては一分もかからなかった。
チン、と音を鳴らして開かれる扉。私が出ると、広々とした廊下のすぐ近くに、四〇一〇号室の扉があった。
インターホンを鳴らし、呼び出す。すると内部から鍵を開けたような音が響いたので、私はドアノブを押しながら、中へと入る。
玄関の前に、一人の男が立っている。
銀色の髪の毛と紺色のスーツ、そして端正な顔立ちが印象強い青年、と呼ぶべき男。
男は私の顔を見るなり額に皺を寄せ、睨むようにこちらを見ているが……多分私も、彼の顔を見ると同時に嫌悪を表現する顔をしていたのだろうと思う。
「……成瀬伊吹」
「久しぶりだな、プロトワン。いや、赤松玲だったか? こっちの世界で会う事になるとは、思わなかったよ」
上がれ、と言わんばかりに顎で奥を示す伊吹。靴を脱ぎながら、彼の後ろをついていくと、十何人と集まってパーティを開催しても余裕のある広々とした空間に合わせ、モダンティックな空間が私を出迎えた。
ダイニングキッチンに備え付けられた冷蔵庫からミネラルウォーターを一本取り出すと私に放り投げ、それを受け取りながらも、ペットボトルの蓋を開ける事はない。
成瀬伊吹はキャップを乱雑に開けると口を付け、冷たい水で心を落ち着けたと言わんばかりにホッと息をついた。
「もう一度聞くぞ。何の用だ」
「カルファスさんを探してる。お前は、彼女について知っているんだろ?」
「彼女が何を目的として行動しているか、聞いているようだな」
「お前を殺す事――神霊としての力を得て、不老不死となったお前を、殺す方法を探してるって聞いてる」
その結果、コイツを殺す方法の一つとして思案したマジカリング・デバイス【シャイニング】が生み出され、それは最終的にヴァルキュリアちゃんの手にも渡っている。
「そうだ。故に彼女は、俺にとって大切な秘書だ。お前と会わせる理由もない」
「元々彼女はレアルタ皇国のお姫様なんだろ? だったら本来、彼女はこの世界とも何ら関係のない存在の筈だ。ゴルサという世界の人間同士、あの人と話さなければならない事がある」
コイツに対して、話し合いで解決できるとは思っていない。
だからこそ私は太もものホルスターからマジカリング・デバイスを取り出し、戦闘準備を行う。
「……お前程度の存在が、俺に勝てるとでも思っているのか?」
「プロトワンは一度、お前の身体を残さず喰らい尽くした」
「そうだな。しかしあれは、お前がハイ・アシッドとしての全能力を備えていた事に合わせ、俺も喰われるつもりがあったからこそ成し得た事だ。俺はもうお前に喰われる理由もなければ、お前自身に興味もない。敵対すると言うのなら――欠片も残さずに殺す」
「やってみろよ。私はゴルサに、グロリア帝国に、皆の所に帰らなきゃいけない。それの邪魔をするのなら、お前を喰らってでも果たしてやるさ……!」
しばし、沈黙。私は何時でも変身して伊吹へと襲い掛かる準備を万端にしていたけれど、伊吹はどうやら、こちらから仕掛けない限りは交戦意思も無いようで、面倒くさそうにため息をつきながら、リビングにある椅子へ腰かけた。
「偽りのゴルサに戻るつもりか。あの場所が、本当に自分の居場所であると、そんな事を考えているのなら大間違いだ。お前の居場所なんてどこにもない。この世界にも、偽りのゴルサにもな」
「違う。私は向こうの世界で産まれた人間だ。……向こうの世界で起こっている事に、決着を付けなきゃいけない」
「人間だと? 生意気を言うな。貴様は俺が生み出したバケモノだ。アシッドというケモノ、人の血肉に飢えるケダモノ、既に創造主である俺自身さえ必要としていない失敗作が、何か結果を残せると思うなよ」
「確かに私は、お前が作り出した力を持っているけれど、そんな事は関係ない。この力が無くったって、私は立ち向かわなきゃならない事があるんだよ」
力いっぱい伊吹を睨みつけると、彼も僅かに逸らしていた目を、私と合わせる。
私の瞳から何かを感じ取ったかのように、目を見開いた彼に……私は想いを叫び続ける。
「私は、クシャナ・アルスタッドだ。プロトワンでも、赤松玲でもない。グロリア帝国で産まれて、お母さんに育てられて、妹を守るお姉ちゃんで在り続けた女で――友達や家族を守る為に戦うって決めた、ただ一人の人間だッ!」
「戦う為の力を授けたのは俺だ」
「返せっていうなら返してやるよ。こんな下らないオモチャ、こっちから願い下げだ……!」
マジカリング・デバイスを机に放り投げ、伊吹の胸倉を掴む。大人しく掴まれてくれたコイツと、吐息さえも聞こえる距離で、私は声高らかに宣言した。
「いいか、神モドキ。私は急いでるんだ。こうしている間にも、仲間がどんな危険な目に遭っているかも分からない。一刻も早く帰りたい中で、お前の小言に付き合っている暇もない。だから早く、カルファスさんを出せ!」
「……お前は随分と変わったな。以前会った時は、戦いなど求めても居なかった女が」
「今だって戦いなんか求めていない。けれど、フェストラに言われた通り、私が戦わない事で誰かの命が失われるとしたら、それは私の罪だ。……私は、クシャナ・アルスタッドは、その罪を背負いたくなんてないし、私の幸せを形作ってくれる人達を、失いたくないんだよ……!」
私の気持ちが、この人の心が分からない男に通じるとは思っていない。けれど、それでも叫ばずにはいられなかった。
この世界と、過去の名と決別する事を選んだんだ。ならば私という女に、この世界における居場所なんてない事は、確かに伊吹の言う通りだ。
けれど――シックス・ブラッドは、私の居場所だ。それは、この男に何と言われようと、覆させない。覆させてたまるものか。
そんな私の想いが発露され、どれだけの唾がコイツの顔にかかったか等知らない。清純派ピチピチ十七歳の唾だぞ、悦べ。
なんて事を考えていたら……伊吹がホントに悦んでいるかのように、クククと不気味な笑みを浮かべだした。ちょ、変な意味合いで怖い。
「……少しはマシになったものだな」
「は? 怖、なに?」
「昔のお前も、以前出会ったお前も、果たしたい願いや願望を持たず、ただ生きているだけの愚鈍な存在だった。俺はそんなお前に何の感慨も無かったし、嫌ってもいた。プロトシリーズの中でも、プロトスリーやナインの方が、よほど主人公めいていて、好みだった位だ」
「……私は、プロトワンじゃない」
「そう、そうだ、お前は過去と決別し、新たな命としての自分を見出した。新たな自分の手で幸せと願いを果たそうと藻掻き、前を見て行動出来るようにはなったようだな。……まぁ、意思ばかりが強すぎて、その為の技量が追いついていない所はあるがな」
先ほど私が、コイツへと返すために机へ放り投げたマジカリング・デバイスを、私へと再度押し付けながら立ち上がった伊吹。
「だからこそ、それはお前にとっても必要な力だろう。力が無いなら無いなりに、力有る者と戦えるよう、足掻けるように持っておくといい」
「きゅ……急に何だよ、気持ち悪いな……」
「別に。お前が少しは主人公然とした態度になったからな。――確かに、今のお前はプロトワンでも、赤松玲でも無い、新たな物語の主人公足り得る存在らしい」
それまでいたリビングより少し離れた、恐らく寝室とか書斎であろう部屋のドアをノックする伊吹。
すると、その部屋のドアが中から開いて、そこに隠れていた女性――カルファス・ヴ・リ・レアルタさんが顔を出しながら、笑顔で手を振ってきた。
「やっほークシャナちゃん! 準備、出来てるよ」
「カルファスさん……!? 貴女、もしかして」
「うん、そーだよ。私、イブキンと一緒に住んでるの。なにせこの世界では私、戸籍も持たない余所者だからね。イブキンに保護して貰わないと、困っちゃうもーん」
ねーイブキン! とはにかみながら同意を求めたカルファスさんだけど、イブキンと呼ばれる伊吹は……何と言うか、ホントにこの人を秘書として迎え入れているのか訝しむしかない程に、苦々しい表情を浮かべている。アレ、多分『イブキン』って呼ばれるのイヤなんだろうな。
「そんな事よりこっちこっち! ゴルサに帰る準備はもう万端なんだから!」
カルファスさんに手を引かれながら、彼女の部屋と思しき部屋へと入室すると、その中に空間を切り取っているかのような黒い門が形成され、その内部へと埃や風を吸い込んでいるように見受けられる。
「フェストラ君に頼まれてね。クシャナちゃんがもしラウラさんの手でゴルサ以外の世界に放出されそうなら、連れ戻してくれって」
「フェストラに?」
「うん。……あのフェストラ君が頭下げるなんて、相当な事だよ。愛されてるねぇクシャナちゃん」
その言葉を聞いた瞬間、私はキッチンへと走って「オロロロロロ……ッ」と乙女の口から吐き出しちゃいけないモノを吐き出していた。多分フェストラだって今の言葉を聞いていたら同じように吐いてたと思う。





