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ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスという女-06

 刃は輝き鏡面としての役割さえも果たし、その柄には幾多もの宝石が装飾として散りばめられている――まさに王の為に用意された剣とも言えるだろう。



「良いだろう。お前の下手な思い付きは個人的にも嫌いじゃない。だが心しろよ、ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオス」


「応とも。拙僧も、決して手加減はせぬ故、死なぬよう気を付ける事だ、フェストラ殿」


「――死の心配をするのは貴様だと言っているんだよ」



 状況を理解できていない、他の生徒たちが呆然とする中、六学年を担当するイブリン・トーレスという女教諭が異常を察し「ちょっと二人とも」と声をかけ、静止させようとした瞬間の事。


既に剣を持っていたフェストラが、何もない筈の、自身の前面へ刃を振るった。


否、違う――目にも留まらぬスピードで駆け、今フェストラを切り裂こうとした、ヴァルキュリアの一閃をはじき返したのだ。



「――ッ」


「見えんと思ったかよッ!」



 幸い、二者に近づいていた生徒はいない。しかしイブリンは異常なまでの殺気と、二者の実力を一瞬にして見極めた後、他の生徒たちに「あの二人に近づかないでッ!」と警告を行う。


そうして警告に従い、他の生徒たちが一定の距離を二人から取り始めた瞬間……ヴァルキュリアとフェストラが目を細め、両足を動かした。


既に抜刀済みの、それぞれの剣が振るわれる。


だがそこからは、元帝国軍所属の騎士だったイブリンにしか捉える事の出来ぬ、見事なまでの高速戦闘があった。


斬り付け、弾き、返し、その上で距離を大きく開ければ、どちらか一方が大きく踏み込んで、それにもう一方が対し応酬する。


そうした一連の動作が早く、視覚強化を行わずに垣間見る事が出来ぬ程、二者は動く。



ヴァルキュリアの握るグラスパーの方が、振るうスピードや扱うモノの身軽さ故に攻撃を多く仕掛けている。


だが金色の剣を握るフェストラは、相手の動きを正確に予測し、小さな動きで避ける事、受ける事を優先している結果、彼女の攻撃を全て躱す事が出来ている。



「な、何が起こっているの……?」


「わ、分からない。あの五学生、メチャクチャ早い……でも、フェストラ様も負けちゃいない……んだよな……?」



 イブリンはその時、スッと息を吸いながら集中し、目を凝らした。


二者の身体にまとわれた、マナの量を観測する為の視界強化及び、マナ観測だ。



(あの五学生……ヴァルキュリアちゃんだったかしら。両足と右腕にマナを集中させる事で、足回りと振るう剣に力を込めている。足回りを強固にすれば、少なくとも立ち回りで負ける事は無いという判断ね)



 生徒の安全を考えての観察、という面も勿論だが、二者の戦いにはイブリンも興味があった。


剣術学部五学年に魔術学部から編入したヴァルキュリアは、魔術師としても優秀な成績を収めていたが、それと同様に剣術にも優れているという。


それまでは「二足の草鞋は履けないでしょう」と甘く見ていたイブリンだったが――なるほど確かにヴァルキュリアは優秀だ。


もし彼女が一学年上で、フェストラと同学年であったなら――フェストラは六学年主席の座を勝ち取れていないかもしれない。


だがそう考えたイブリンの思考を、さらに乱すのはフェストラ本人である。


彼は、これまでイブリンが見ていた訓練時よりも明らかに動き――そして、剣戟にも力が入っている。


これまでも優秀だと考えていた生徒が、想定よりも数段上の段階にまで至っていた事に対する驚きもある。



(フェストラは身体全体にマナを通している。力とスピードの双方で彼女に勝る事は無いと判断しての事でしょう――だからこそ、それ以外で彼女をかく乱させる事しか考えていない)



 一秒間でどれだけ、剣と剣の衝突音が奏でられたか定かではないが、状況としては現在、ヴァルキュリアの方がフェストラを圧していると判断せざるを得ない……筈だった。


ヴァルキュリアがフェストラの振るった一閃を弾き返して、その衝撃を利用した後退りをしながら、グラスパーの刃を一度、鞘に納めた。


一同がそこで「剣を収めた?」と呆然とする中――イブリンとフェストラは、ニヤリと笑みを浮かべる。



 ヴァルキュリアの両足に投じられた、膨大なマナが引き出す彼女の踏み込み。


それと同時に右腕全体へ投じられたマナが、彼女の手を伝ってグラスパーの刃にマナを浸透させ――その切れ味と堅牢さを更に引き立たせる。



「壱の型、ファレステ――ッ!?」



彼女が踏み込み、フェストラの眼前へと迫ろうとした、次の瞬間。



「サンズス」



フェストラが【短縮詠唱】を口にした。


 その時、ヴァルキュリアは両足に展開していたマナを用いて、前進しようとする身体にブレーキをかける。


同時に地面を蹴りつけて宙を舞いながら後退する彼女の眼前に――幾多もの刃が降り注いだ。


刃は全て、量産品のバスタードソードではあるが、しかしそれが高所から彼女の脳天を目掛けて降り注いできたのだ。


滑りながら、上空を確認する。しかし、上空からは既に剣などは降り注がず、ヴァルキュリアは何があったか、冷静に鑑みる事とした。



「置換魔術、否。投影魔術、違う。――空間魔術か!」


「良く躱し、良く見破った。褒めてやるぞリスタバリオス」



 既に一定の距離が離れている二者が行う会話を聞き、周りの生徒たちが首を傾げる。


この中には魔術回路を有している者こそいれど、彼らの行っていたような、戦闘における応用魔術が行使出来る実力者は、一人たりとも存在しない。



――何故なら、ヴァルキュリアとフェストラの両名は、互いに最高位に近い魔術回路を有していて、他の者は有していないからだ。



 フェストラが使役した魔術は正式名称【サンズラック・スリエステ・アマグナ】という、グロリア語では【封印されし空間】を意味する空間魔術の一種だ。


空間魔術は主に別次元に存在する空間を作り出す事が出来るという、単純な魔術でこそあるが、魔術行使に必要なマナの量も作り出す空間面積に比例して大きくなり、更には魔術回路への負担も大きくなる。四世代以上続いた魔術師家系の回路が無ければ、回路が焼け焦げて使い物にならなくなる。


フェストラが使用した【サンズス】は、事前に空間魔術で作り上げた簡易的な武器庫のような空間から、彼の命じた武器を出現させるというもの。


上空に空間魔術と繋がるゲートを作り出し、剣を射出するという一連の動作は、魔術の基礎である【操作】で行っている為、そほどの高等技術というわけではないが――しかし戦いの最中、それも敵がこれからフェストラに向けて、強力な一閃を叩き込もうとしている、冷静でいるには難しい状況においても判断を誤らなかった、彼の胆力に驚いたヴァルキュリア。



「……なるほど、魔術師としての力量、そして状況の判断能力であれば、フェストラ殿の方が有利という事か」



 不敵な笑みを浮かべ、力量を悟らせまいとするフェストラだったが――しかし彼の首筋に、僅かだが冷や汗が通る。



(ヴァルキュリアちゃんの回避が無ければ、首を斬られていたのは貴方よ、フェストラ)


(分かっている。――アイツの抜刀術を避けられるほど、オレは万能じゃない)



 イブリンが視線を向け「助かったのはお前だぞ」という無言の圧を与えている事が分かっているからこそ、フェストラは剣を今一度構えながら、挑発をするようにその切先を揺らめかせる。



確かに状況判断力と魔術師としての力量はフェストラの方が上だが――ヴァルキュリアはどうにも、野生の勘というか、瞬発的に敵の行動を察する力に優れているようだ。


彼女の死角となる位置に空間魔術のゲートを開き、背後から剣を幾多も射出したというのに、彼女は何故かその軌道や射出角等を察し、回避したのだ。



(勿論、オレはリスタバリオスをなるべく殺すつもりなどないが……向こうは、どうだろうな)



 フェストラの剣はともかく、射出したバスタードソードには刃が通っていない。つまり打撃武器程度にしか役立たないものだ。


勿論上空から、さらには操作魔術で疾く駆ける鉄の塊と接触すれば脳震盪や気絶はあり得るが、彼女の纏うマナが衝撃を緩和し、少なくとも死ぬ事は無かっただろう。


だが……ヴァルキュリアは確実に、フェストラを殺すつもりだ。


こうした果たし合いの末に生き残る力が無いのなら、お前の願いや信念など大した事ないぞ、とでも言いたいのか。



「やはり、お前の才能は惜しいよ。ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオス」


「しかしフェストラ殿は、拙僧に勝れるのだろう?」


「オレは慢心などしない。故に貴様へ勝てるとは断言出来ない。――が、勝る可能性を可能な限り高める事は出来るさ」



 パチンと、フェストラが指を鳴らした瞬間。


彼の周囲に眩い程の光が差し、全員の視界を焼いた。


ヴァルキュリアとイブリンの二者は、眼球にマナを投じて遮光フィルターを展開し、光を遮ったが――その光が散ると同時に、フェストラが見えなくなった。


否、見えなくなっているわけではない。


彼の周囲に、彼を囲い剣を構える、六人程の兵が立ち、結果として彼を見えなくしているだけだ。



兵は、その全身、顔面に至るまでを白のコートで覆い隠した、二メートル程の大柄な体格な男性と見受けられる。


しかし生気は感じず、ヴァルキュリアはその者たちを見据えて、剣を構える。



「それは」


「人形だよ。オレの意志で動く魔術兵、とでも言えばいいか」



 今一度、パチンと指を鳴らしたフェストラの合図を皮切りに、六体の魔術兵たちが動いた。


その手に持たれたバスタードソードをそれぞれ構えながら、前面に二体、左右から二体ずつ、そして背後へと回ってもう二体が、それぞれ時間差で襲い掛かる。


しかしフェストラ当人とは異なり動きは単調、しかも前面、左右、後方という移動距離と時間が影響し、順番でそれぞれが襲い掛かるだけならば、対処は如何様にも可能だ。


前面から襲い掛かる二体の攻撃を躱し、その背に肘打ちを叩き込んで姿勢を崩させた後、襲い掛かろうとする左右から迫っていた二体へぶつけると、最後に背後から迫ろうとしていた二体に向けて、グラスパーを振るう。


振るわれた剣が差し込んでも、黒い霧のように消えていく魔術兵たちの行方を観察していたヴァルキュリアだったが――そこで金色の光を反射させる剣が端目に映り、急ぎ剣を構えて、フェストラの振るう剣を弾く。



「っ、!」


「早いが、判断を鈍らせたなリスタバリオス――ッ」



 ここぞとばかりに、今まで全身に満遍なく展開していたマナを、剣を握る右手に集中し、力の限り剣を振るったフェストラに、ヴァルキュリアは冷や汗を流しながら、グラスパーに可能な限りのマナを投じた。


結果としてフェストラの攻撃によって弾かれ、その身を校舎近くまで吹き飛ばされてしまったが――剣も、彼女自身も怪我は負っていない。

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