決別-01
秋音市という街を紹介する為には、それなりの長い説明をする必要があるだろう。
人口がおおよそ十万人程度の地方中心都市の一つに数えられ、その整備された交通網や公共施設の充足化に伴って、昨今首都圏から移住する者も多く存在している。
秋音市は非公式だが、主に四つのエリアによって構成されている事で有名でもある。
一つは秋音駅を中心とした商業エリア。一つは商業エリアから外れた(違法経営も含めた)風俗エリア。最後の一つが住民の多くが集う住宅エリアである。
それ以外にも、大型商業施設の存在や学校施設の充実という理由から、高齢者から若年層まで幅広い世代が住む理想的な街と言ってもいい。表向きは、という言葉が付くけれど。
何故表向き、という言葉が付くかというと、この秋音市という存在は、昔から「神さまや魔が集う場所」として有名だ。都市伝説的だと笑う者も多いけれど……実際に秋音市は多くの【異端】が、本当に存在する。
――例えば私のような、アシッドもそうだ。
煌びやかな街灯の立ち並ぶ、夜の秋音市。
既に深夜を回っているというのに、秋音駅前は人通りが激しく、私……クシャナ・アルスタッドは、もう十七年以上も見ていなかった街並みの変化に驚きを隠せずいた。
「商店街、無くなってる」
「あー。懐かしいねェ、秋音商店街なんてものがシャッター街になって、もう何年経っただろう。安心しなよ、八百屋やってた田辺さんご夫婦は、しっかり大型スーパーの青果コーナー担当になってたから」
「秋音駅が、何かデカいんだけど」
「施設一体型になったからね。とは言ってもそれは最近だよ。大体五年前位」
「ていうか皆、マジカリング・デバイスみたいなの持ってる」
「スマホだよスマホ。マジカリング・デバイスって、魔法少女に変身する奴でしょ? マジで魔法少女やってるんだ」
笑えるねぇ、と口にしながら私の前を進んでいく、灰色のスーツを着込んだ女性は……もう何が何だか分からないけれど、赤松玲。
つまり、私の生まれ変わり前の姿だ。
「て、ていうか前は伊勢門通り四丁目に住んでただろ? 今、どこに住んでいるのさ?」
「あの辺がさぁ、八年位前の東日本大震災直後辺りに地質調査が行われてさ」
「ひ、東日本、大震災……?」
「そうそう。馬鹿みたいにデカい地震だよ。で、その時に大型地震発生時に液状化現象が起こり得る場所だって事で、立ち退き喰らっちゃったんだよねぇ」
まぁ補助金貰って引っ越したから良いんだけど、と口にした玲は、駅のホームを通って南口から北口の方面へと抜け、そのまま秋音山近くの小屋にも似た場所へと向かって歩き出す。
その道と小屋は……私も知っている。
全体的に白一色で彩られた小屋、その看板には『キャトル診療所』と書かれた古い建物へと入っていく玲と私。
そのまま診療所の奥へと進んでいき、一番奥の部屋である診察室の扉を開けると、そこには長い白髪を三つ編みでまとめた、白衣の綺麗な女性が座っていた。
「あら、お久しぶりですね、赤松玲さん。最近は人目につく場所での自殺を控えていらっしゃるようで何よりですが、収入源が減ってしまい大変でしたよ」
「やぁキャトル。君には正直多くお金を払いたくないものだからね。最近は自宅でできる簡単自殺に挑戦している所なんだよ」
「DIYみたいに言わないで下さいまし。今住んでいるご自宅、退去の際に『腐敗臭がする』等のワケアリ物件にされない事を祈りたいものですわね」
キャトル・トワイラル・レッチ。この『キャトル診療所』の院長を務める、私が赤松玲時代から十年来の付き合いだった女性だ。
彼女は玲の後ろにいた私の事を見据えると、首を傾げて目を細め「あら」と口元を抑えた。
「……貴女、お子さんは作らないとお約束しませんでした?」
「違う違う。子供なんかじゃないって。この子は異世界転生系魔法少女になっちゃった、異世界の私だよ」
近くに用意された診察用ベッドに腰掛けた玲。私は既にこんがらがっている頭を回転させながら、キャトルと顔を合わせると……彼女はニッコリと笑いながら、私へ「お掛け下さいな」と言ってくれた。
「どういう事か、説明してくださいます?」
彼女の言葉に従って腰かけながら、私は頭の中を整理しつつ、何があったか……それを最初から語る事とした。
語りには長い時間が必要だった。
十七年前、飛び降り自殺を敢行して、キャトル診療所に泊めて貰う事になった日、ラウラという異世界の王が用いた転生魔術によって、魂と特異性を抜き取られ、クシャナ・アルスタッドという乳児の身体に魂と特異性を植え付けられた事。
それから今日までの間に様々な戦いがあった事。
魔法少女として変身する力を成瀬伊吹から授かり、また異世界にはアシッドが私以外にも存在する技術がある事。
――そしてラウラによって私は、この世界へと送られた事を。
その事を全て打ち明けると、それまで欠伸をして話を聞くだけに留まっていた玲が「あったねぇ、そんな事」と懐かしむように声を挙げた。
「確かに十七年前、私の枕元に誰か立って、急に胸元辺りを刺されたんだよ。ホラ、キャトルも覚えてない? 朝起きたら私の胸元辺りが血だらけになってて、シーツ代弁償した奴」
「申し訳ありませんが貴女の仕出かした不始末など既に何十件と行っておりますので覚えておりません。それに十七年前となると記憶も曖昧になりますもの」
フムン、と顎に指を乗せながら、色々と考え込む様子のキャトル。彼女は幾つかの質問を、私へとかけてくる。
「輪廻魔技、ですわね。確かに魂を物質であると仮説処理を行って形作った後、他者の肉体へと移し替える魔技は、容易でこそありませんが、難しい程ではありません。第六世代魔技回路ほどの回路があれば、理論さえ固まれば出来るでしょう」
ちなみに向こう側……ゴルサと呼ばれる私の居た世界で言う魔術の事は、地球だと【魔法技術】と呼ばれ、縮めて【魔技】と呼ばれている事を、久しぶりに思い出す。
キャトルは魔技師でありながら錬金術師であり、加えてプリステスという特異な存在でもある為、こうした事態にも対処できる為、この秋音市では雑多な事件を処理する仕事も行っている。
「つまり貴女は、赤松玲さんの魂と特異性を移植された、クシャナ・アルスタッドという女性……異世界・ゴルサにおける異世界人なのですね」
「とは言っても、私は赤松玲としての記憶も持ってる。プトロワンの時の記憶もね。だから……赤松玲本人だって、言っちゃえばそうだと思うんだけど」
チラリと、視線を玲へと向けると、彼女は首を横に振りながら「それは違うよ」と言い切った。
「君はクシャナ・アルスタッドって名前があるんだろう? そんな君が赤松玲だとしたら、私は誰なんだよ。だから君は、赤松玲でもプロトワンでもなく、クシャナちゃんだよ」
「……こんな風に、私も赤松玲だって聞いてくれなくてね」
「全く、玲さんは細かい所にこだわりますね」
小さくため息をつきながらも苦笑を浮かべるキャトルに、私が首を傾げる。話が通じない私自身に困ってるのに、なんで苦笑されなきゃいけないんだコンチクショウめ。
「それより、なんでお前は、私がクシャナ・アルスタッドだって知ってたんだ? 私はお前に自己紹介した覚えもなければ、テレパシーが使えた覚えもない」
「あぁ、それには二つの理由があるね。一つは以前、ビーストとかいう連中が大暴れしてくれた時、私はヴァルキュリアちゃんに会っているんだ」
え、と私が驚くと、玲は「その様子だと聞いていないみたいだね」と微笑んだ。
「ただヴァルキュリアちゃんを責めないで上げてくれ。あの子に私の事を黙っているようにお願いしたのは、他ならない私だ。異世界転生してるハズなのに、地球側で私が生きてるなんて知ったら、向こう側の私が自意識の在り処がどこにあるのかで、無駄に悩みそうだし、とお願いしたんだよ」
とは言っても――赤松玲は異世界転生を果たしたもう一人の自分がいるなんて事は、与太話の一種であるのだろうと考えていたそうだ。
そんな事がある筈ないと、何せ私は今ここで生きていると。
だがそこに――もう一つの理由がやってきたのだ。
「あともう一つはね、つい二時間前位の事なんだけど、カルファスって人に『クシャナちゃんが向こうの世界からくるから、面倒よろしく』ってお願いされたんだよ」
「カルファスさんが、この世界に来てるの!?」
勢いよく立ち上がった私に、玲は「いるんじゃないかな」と適当な答えを溢す。
「そもそも彼女は地球とゴルサの間を自由に行ったり来たりしてるみたいだしね」
「今、彼女がどこにいるのか、貴女は知ってるのか?」
「知らないよ。ていうか……もしそれを知って、君はどうするつもりなのさ?」
その言葉を投げかける時の玲は……少し冷た気な目線に見えて、私は思わず口を紡いでしまう。
「まぁ、何となく予想は付くよ。何せ私と同じ性格と記憶を持っているんだし。――今すぐゴルサに帰って、戦ってる仲間を助けなきゃ、とでも思っているんだよね?」
「分かっているなら」
「分かってるからこそ、私としては止めたいんだよ。……何せ今の君、幸せそうに見えないもん」
幸せという言葉、その言葉に私は目を見開き、立ち上がる玲の威圧に負け、二歩ほど後退る。
「君は私と同じ性格・記憶を持つ。なら分かるよね? 私という存在は、何時だって自分の幸せを求めて行動している。……でも、今の君は違う。戦いの中に幸せなんてなくて、むしろ辛い事ばかり、戦いに勝利したって得るものなんて何もなくて、戦いによって失うばかりの状況だ」
「……なんで、そんな事を」
「目を見ればわかる。……今の君は、プロトワンだった時の私そっくりだから。傷つきながら戦って、仲間を失いながらも戦って、最終的に、一人になった私と」





