表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
188/329

幸せの容-10

「……父上、拙僧には、分からない」



 父が多くの人を裏切ってまで、母の……妻の願いを叶えようとした事。


結果としてその願いを聞けた事は、ヴァルキュリアにとっても喜びであるのかもしれない。


確かにヴァルキュリアはずっと悩んでいた。


父と母は、自分の事を娘として愛してくれているのだろうか、くれていたのだろうか。


何も自分に語る事も無く、ただ教育だけを押し付けて、次世代に血を繋ぐ為の存在にしか見られていなかったのではないか。


そんな疑心を抱く程にまで捻じ曲がっていた関係が、ようやく解けるまでに至れると確信を得られるようになった。


それは……喜ばしい事だと思う。


 だがしかし、それだけなのだ。



「父上の願いは、母上の願いは、きっと正しいのだ……幸せとは誰もが願う根源的な願いで、拙僧もその世界に未練が無いと言えば、嘘になる」


「そうだ。私は、死んでしまったガリアに幸せを与えたい。そしてお前にも。その末に、私の幸せもある。だから、だからこそ」


「でも……違うのだ。父上が願いを果たすという事は、多くの人々を犠牲にする事だ。そして……それは、拙僧にとっての幸せではないし、母上にとっての幸せであるとも思えぬ……っ」



 痛いと感じる程に、強く握られていたヴァルキュリアの肩にあるエンドラスの手。


それを退けながら父の胸を強く圧し、距離を開けると、ヴァルキュリアはグラスパーの柄に手を乗せた。



「母上は、確かに拙僧や父上と、共に在ろうとしたのだろう。それを最後に幸せであるのだと気づいたのかもしれぬ。……ああ、拙僧にとっても、そんな世界を歩んでみたかったものだ」



 思い浮かぶ情景がある。三人が共に過ごす、何気ない平穏な家庭の姿。


その三人は何時だって家族の事を見ていて、しかし普段からそうした事を口にしない。


でも心では繋がりを実感していて、信じていて、その幸せを守る為に、前を向く。


クシャナ・アルスタッドも。


ファナ・アルスタッドも。


レナ・アルスタッドも。



――ヴァルキュリアは、そうした家族の容を、幸せの容を、羨ましいと感じていたのだ。



「母上に抱かれながら眠り、父上と共に食卓を囲み、家族で笑い合いながら、何気ない話を……アルスタッド家のような時間が過ごせるのならば、それは尊い時間であるのだろう」


「そんな世界を作れるんだ。ラウラ様の手にかかれば」


「違う……アルスタッド家は、そんな犠牲なんか望まない。クシャナ殿も、ファナ殿も、レナ殿も……他者の犠牲があるからこそ成り立つ幸せなど求めていない……あの家族が求めぬ幸せ等、それは拙僧の望む幸せの容では無い……ッ!」



 抜き放たれたヴァルキュリアのグラスパー。


それと同時にエンドラスも、頬を伝う涙を拭う事無くグラスパーを抜き、力強く振るわれたヴァルキュリアの一閃を弾き返す。



「それが畜生に堕ちてまで、果たしたかった事だと……!? どれだけ弱かったんだ、父上……貴方はそんな、弱い人間じゃ……脆い人間では無かった筈だろう……っ」


「ヴァルキュリア」


「もっと貴方は孤高の存在で、拙僧がどれだけ背伸びをしても届かない高みにいる人で……でもだからこそ、何時かは越えたいと、何時かは貴方に辿り着きたいと、そう感じていた拙僧は……一体何だったのだ……ッ!」



 憧れとの解離。


それがヴァルキュリアの心を蝕み、彼女の頬にも生温かな何かが滴った。



「父上が愚かな存在に堕ちたのならば、娘である拙僧には、父上を殺すしかないではないか……父上を放置していれば、また多くの人命が失われ、貴方を崇拝する者達も、アシッドとして心を失う……それを認める事なんぞ出来ぬ……!」


「ヴァルキュリア……!」



 懐から取り出したマジカリング・デバイス。


そのデバイスを見た瞬間、エンドラスはその手を伸ばした。



「ダメだ、ヴァルキュリア。その力は――!」



 既にヴァルキュリアは聞く耳など持ちはしない。



その手に握られたマジカリング・デバイス【シャイニング】の側面部に搭載された指紋センサーに触れると、画面に表示される【Magicaling Device Shining MODE】の一文。


それと同時に奏でられるのは、日本の歌舞伎をモチーフとした機械音声だ。



〈いざ、参る!〉



 大仰な声の張りと共に和太鼓の音だドドン、ドドンと奏でられ、聞く者の心を鼓舞するかのように小気味良い。


だが、二者の表情は暗く、また絶望に浸っている。


そんな中でヴァルキュリアは、自身の中から溢れる不可思議な感覚に呑まれるように、声を張り上げた。



「変身……ッ!!」


〈いざ、変身! 現れよ、魔法少女ォ!〉



 空中で投げ放ったデバイス、それが重力に従い地へ落ちるタイミングを見計らって左手に造り出した拳を横薙ぎし、衝撃を与える。


 その瞬間、膨大な熱量と共に放出された光、その光に包まれると、ヴァルキュリアの姿は見えなくなり――その身に纏われる戦闘衣装と、その全身により発せられる煌きに、思わずエンドラスは目を焼かれる感覚を覚えた。


 変身を終え、ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスから煌煌の魔法少女・シャインとしての変貌を遂げた彼女は、その頬を伝う涙さえも蒸発させながら、一歩一歩エンドラスへと近付き――グラスパーを構えた。



「せめて、娘の手で殺す……それが、過ちを犯した父に出来る、拙僧のすべき事だ……!」


「っ、」



 互いに、もう交わし合う言葉はないと理解したのだろう。


だからこそ二人は、二者以外に認識し得ないスピードでの戦闘に突入した。


木々を蹴り付け空中を舞いながら振り込まれる刃、その刃より熱を放出するシャインと、その熱に長く触れるべきでないと実戦で理解しているからこそ、疾く駆け出して背後を取ろうとするエンドラス、二人の剣戟は苛烈を極めていたと言ってもいい。



「お――ぉおおっ!」



 だが変身し、筋力も魔術回路も活性化を果たしているシャインと、新種のアシッド因子を用い再生を果たせるだけのエンドラス。


二者には、大きく戦力的な違いがある。


だからこそ、シャインの振るう一閃を弾き返すたびに、エンドラスは苦痛に表情を歪めていき……今大きく・強く・早く振り込まれた一閃を辛うじて避ける事に成功した彼は、着地と共に足をもつれさせ、地面を転がった。



「獲った――ッ!!」



 姿勢を崩して地面に転がるエンドラス、彼が生み出す隙など、そう多い筈もない。


だからこそシャインはグラスパーの刃を構えて強く柄を握り、その刃にマナを投じた。



「参の型……!」



 構えられた剣先、その剣先は地面を転がるエンドラスの腹部に向けられていて、型の名前を告げると共に――その刃を突き付けた。



「グレイリン・グローッ!!」



 疾く突き付けられた刃、その柄から外れ、刃だけがまっすぐ、素早く空中を駆け、エンドラスの腹部を貫くと、地面を抉る様にして突き刺さり、さらには刃から発せられる高熱が、内外から彼の身体を焼き始める。



「が――アアアアアアッ!!」



 悲鳴を挙げるエンドラス。彼の痛ましい姿を見たくないと言わんばかりに目を閉じたシャインは……エンドラスより与えられたグラスパーの柄を乱雑に放棄し、右掌を広げ、その手に装着されたグローブの【溶解炉マニピュレータ】を起動した。



〈いよぉおお! 太陽の煌きィ!〉



 シャインの胸元が橙色の光を発して輝くと共に、溶解炉マニピュレータを稼働させた掌全体に迸る、青白い炎。


腕全体を守るプロテクターとしての役割を果たす筈のグローブさえも溶かす炎。その炎を纏いし手を……地面を蹴る事で、一直線にエンドラスへと向けて、突き出した。



「これで、終わりである――ッ!」



 狙いを定める為に、目を開こう。


そして敵の……父の頭を握り、その頭を全て溶かし尽くし、殺す。


それこそが、娘から父へと与える事の出来る、最後の温情であると。


そう心に決めながら、シャインがまさに頭へと触れようとした瞬間。




「……ヴァルキュリア」




 手を伸ばそうとした先、父であるエンドラスが出した声は、弱弱しくて、か細くて、風の音で消えてしまいそうな程に、小さかった。


加えてその表情は……普段から見せる強く頑固な父としての表情ではなく、無気力で情けなくて、何も出来ないと諦めてしまったような者の表情。



けれど――ヴァルキュリアは、その表情をどこかで見た事があったような気がした。



何時だって目標としていて、どれだけ手を伸ばしても届かない高みだった筈のエンドラスが、そんな表情をしている所なんて思い出せなくて……シャインは寸での所で手を止めて、歯をギリギリと鳴らしながら、近くにあった木に殴りつけた。


燃え盛る手が勢いよく叩きつけられた結果、殴られた木はメキメキと音を奏でながら折れ、地面へと倒れた。



「畜生……畜生、畜生、畜生ゥ……ッ!!」



 汚い言葉遣いだと、彼女も理解している。しかし言葉へとせずには居られなかった。


何故殺せない。何故倒せない。父親が殺されそうになった時、情けない表情を見せているだけで、何故。


気が弱まったせいかは分からない。シャインに展開されていた変身が解除され、彼女の足元に、マジカリング・デバイスが落ちた。


そのデバイスを握りながら膝を折った彼女は、自分の頭を幾度も、幾度も地面にぶつけ、その額から血を流す。



「もう、分からぬ……頭が、ぐちゃぐちゃとしている……拙僧は、拙僧は一体、どうすれば良いのだ――ッ!!」


「……ヴァル、キュリア」



 いつの間にか、抜き放たれていたグラスパーの刃。再生を始めるエンドラスの身体が立ち上がり、彼女へと手を伸ばそうとするが、ヴァルキュリアは涙を流しながらそれを拒絶した。



「触るな! 声をかけるな! ……逃げたいなら逃げろ、拙僧はもう、貴様の事など、知らん……!」



 伸ばされた手が弾かれ、それでも手を伸ばそうとしたエンドラスの手は、彼女の言葉によって止まった。



「もう二度と、父親面をするな……拙僧の父は、そんなに弱くはない……今の貴様は、心も、腕も、エンドラス・リスタバリオスという、拙僧の尊敬した父ではない……ッ!!」



 その言葉によって、エンドラスの心を形作っていた何かが、壊れるような感覚がした。


ダラリと下げられた手と共に、エンドラスはもう何も考える事が出来なくなって……ただ、その場から立ち去っていく。


その足音も聞こえぬ程に。


ヴァルキュリアは何時までも――頭で地面を叩き続けながら、呪いのような呻き声をあげ続けるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ