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幸せの容-06

 鋭い爪による打突、それにより動きを止められたアシッド達だったが、自分の身体を貫く爪による斬裂を利用するかのように、前へ前へと足を動かす。


その姿は痛ましいが、同情している余裕などありはしない。



「ドナリア、お前何故」


「フェストラに命じられてな。ファナ・アルスタッドの身柄を何があっても守れとよ」


「何時からだ」


「お前達がアジトを抜け出してから、ずっとな」


「の、覗いてたんですか!?」



 ファナが顔を真っ赤にしながら湖での裸体が彼に見られていた事を恥じたが、ドナリアはため息をつきながら「ガキの身体なんざ興味はねェよ」と断言した。



「さっさとソイツを連れて逃げろ。その娘までが兄貴に捕らわれちまうと、状況はもっと悪化する。何があっても守り切れ」


「アジトの方はどうなっている?」


「阿鼻叫喚って感じだ。反対側に逃げてくれて助かったよ」


「ヴァルキュリアは」


「交戦中。遅れを取る事はないだろうよ。……まぁ、遅れを取らないだけで、勝てるとは言わんが」



 今、ドナリアの爪から身を引き裂きつつ逃れた一体のアシッド。だがそれと同時に身体を前のめりにして倒れさせたタイミングで、ドナリアが頭をグシャリと踏み潰した。再生はされるが、再生されるまでの時間は稼げる。



「……すまない。任せるぞ、ドナリア」


「お前が頭下げるとはな。まぁ、こっちとしてもこれだけの数を相手にするのは骨が折れる。数体は漏らすかもしれんが、それはお前が何とかしろ」



 数体のアシッドが、先ほどの一体と同様に爪の斬裂から離れ、身体に大量の傷を負いながらも、しかしゆっくり立ち上がる光景が目に入る。


それと同時に再生を果たしている事はアスハにも見えていないだろうが、まだ覚束ない足を動かしてドナリアへと迫ろうとする何体がいるという情報は認識出来ているだろう。


 身を翻しながら、森林の中を駆けていくアスハ。彼女の姿を見届けながら、ドナリアは目の前まで迫っていたアシッドの口内に拳を叩き込み、その手首を喰われながらも頭部の髪の毛を引っ張り、その首を引き千切った。



「――たく、女子供を守るなんてのはガラじゃねェんだがな」



 ホルスターから抜き放ったマカロフPM、そのスライドを引きながらトリガーに指をかけたドナリアが、正確なヘッドショットを次々に決めていく。



「だが、それが命令っつーんならやってやるさ。頭悪いなりに、な!」



 次々に頭を打ち抜かれ、動作を止めるアシッド達。その間に先ほど引き千切って掴んだ頭に口を付け、食すドナリアは、笑っていたようにも思える。



**



少しだけ時間を遡らせなければならないだろう。


アスハがファナとヴァルキュリアを連れてどこかへと向かっていった事は、アジト内に残っていたフェストラ、ガルファレット、ドナリアの三人にも理解していた。


フェストラは椅子に腰かけながら目を閉じて身体を休ませていたが、彼女達の行動を把握するとため息をつきながら、ドナリアに声をかけた。



「ドナリア、アスハ達の護衛を頼む」


「……分かったよ。ちなみに、最優先で守るべきは誰だ?」


「ファナ・アルスタッドだ。奴の魔術回路やマナが蘇生魔術に重要であるという事なら、確実にこちらが手中に握っておきたい」



 加えてもし戦闘という事態になれば、ファナは自分で戦闘を行えるスキルを持たない。故にアスハやヴァルキュリアが戦闘状態に陥った場合、ファナだけでも守れる状況にすれば、他二名は離脱なり戦闘なりが可能であると言う考えだ。


出入口からではなく、窓から出ていくドナリア。彼は恐らく周囲の木々を渡って、遠くから三人を護衛を行うつもりなのだろう。


 身体を横たわらせて休息を取っていたガルファレットも既に起き上り、水を一杯汲んでフェストラへと渡した。それを受け取りながら……フェストラは立ち上がる。



「ガルファレット」


「なんだ」


「警戒しておけ。……オレがラウラなら、この機会に仕掛ける」


「何?」



 フェストラが何を言っているのか、ガルファレットには上手く理解できずにいる。



「庶民の拘束、メリーとアマンナという二者の不在、加えてリスタバリオスとアスハという二者が、ファナ・アルスタッドを連れて出て行った。もしその護衛にドナリアを回すという判断さえ読まれていれば、仕掛けない理由はない」


「もしそうだとしたら、何故三人の外出を止めなかった? メリーとアマンナの行動もそうだ」


「――オレはこの事態を予想していたからな。確かにオレとしても都合は悪いが、庶民がいない状況では、この事態になる事こそが最良と言える」



 背筋に薄ら寒い気配さえ感じるフェストラの言葉。ガルファレットがより深く問うよりも前に……複数の気配を感じ取り、ガルファレットはベッドに立てかけていた自分の剣を手に取った。


 恐らく敵は複数、そしてその全員が揃ってない足並みかつ、方向もバラバラに動いているように感じ取れる。



「囲まれる。外へ逃げる事も考えねばならんと提唱する」


「危険性は高まるが、室内で相対する。いざとなれば壁をブチ破って逃げるさ」



 徹底抗戦を作戦として掲げるフェストラに、ガルファレットは渋々と言った様子で従う。アジトの出入り口にベッドや棚等のモノを立てかけ、簡単に侵入される事を防ぐ手立てだが、元より怪力かつ凶暴なアシッドを、それだけで防ぐことが出来るとは思えない。



「もう少し説明をしろ」


「まず、ファナ・アルスタッドの身柄をラウラに渡す事は避けたい。これは分かるな?」



 頷くガルファレット。そもそもファナという存在がラウラにどのような影響を与えるか、その詳しい部分は分からないが、彼の用いる蘇生魔術には、ファナの魔術回路やマナが関係していると聞く。


となれば、ラウラとしてはファナの身柄を手中に収めておきたいと考える筈。



「加えてファナ・アルスタッドの身柄をこちらで確保している事により、オレ達はある種の安全を買っている状況なんだ」


「つまり、大量のアシッドによる襲撃を抑える事が出来る、という事だな」


「そうだ。既にアシッドという力を手中に収めているラウラにとって、オレ達の殲滅は容易だ。如何にアシッドを処理する事が出来る帝国の夜明け連中を味方に引き入れていても、その対処をする為には頭を完全に消滅させる必要があるからな」



 アシッドという存在は、まさに物量作戦に最も適した兵器であるとフェストラは断言するし、ガルファレットもその認識に変わりはない。


もしガルファレットが全力の狂化を行い、アシッドに対して暴れまわったとしても、その頭部を完全に破壊するという能力は持ち得ない。いずれ狂化を行う為に必要なマナも枯渇し、それまでにどれだけアシッドを倒していても、復活を果たしてガルファレットを殺す事になる。



 ――しかしそれと同時に、アシッドには弱点も存在する。それは、思考回路の有無だ。



「ファナ・アルスタッドを手中に収めている状況で、ラウラは大量のアシッドを寄越す事は避けるだろう。思考回路を持たないアシッドをファナ・アルスタッドへと寄越せば、彼女を殺してしまう危険性が一気に高まるからな」



 確かにラウラはある程度、アシッドを使役できる事であろう。しかし、完全にその行動を抑え込む事が出来ているとは考え辛い。


アスハというハイ・アシッドが【支配能力】という人間に持ち得ない力を用いてもようやく三体程度の使役が可能であるのに、ラウラが無制限にアシッドを使役できるとは思えない。


つまり、ラウラはファナの安全を守る為にアシッドを多く使役して彼女を殺してしまう危険性は排除するしかない。


もし、アシッドを多く使役する状況があるのだとすれば――それは、ファナという存在がフェストラ達から離れた時であろう。



「しかし、それが分かっているならば、何故ファナを連れての外出を黙認した?」


「だから言っただろう。オレとしても都合は悪いが、庶民がいない状況でこの事態になる事が最良と言える、と」



 出入口の扉を強く叩くような音が室内に響き、フェストラとガルファレットは得物を構えて戦闘準備を整えながらも、まだ時間はあると会話を再開する。



「ラウラの狙い、そして奴の考えをトレースした上で、現状は確かにラウラに有利な状況だ」


「戦闘可能なメンバーの点在、そしてアスハとドナリア、加えてヴァルキュリアという人間がオレ達から離れた事で、お前というシックス・ブラッドにおける頭脳を排除出来るチャンス、と見たわけだな」


「さらに、ヴァルキュリアやアスハを排除した上でファナ・アルスタッドの身柄確保がしやすいという状況もな」



 聞けば聞く程、フェストラがこの状況を「最良」と言える要素は無いように思える。


扉に身体を叩きつける音が、一層激しくなる。扉の先にある机や椅子、ベッドなどのバリケードも余裕がなくなっているように瓦解し始め、少しでも崩れれば、アシッドはすぐに乗り込んでくるだろう。



「せめてドナリアをこちら側に残しておくべきだったんじゃないか?」


「いいや。多分ドナリアは気付いていると思うが……奴が最後にオレへした質問を覚えているか?」


「最優先で守るべきは、という質問だったが」


「ああ。もしオレ達が最悪な状況に陥ったとしても、ファナ・アルスタッドだけは守り切れという事だ」



 ガルファレットはあの質問を「ヴァルキュリア、アスハ、ファナの中で最優先に守るべき人物は誰だ」という質問と捉えていたが、ドナリアやフェストラとしては「フェストラ達のピンチに駆け付ける必要があるのか」という認識として捉えていた、というわけだ。



「……まさかお前、この状況は」


「ああ。三つほどの理由を以て現状が最良と判断しているが、オレの生死については、まぁ絶望的だよ。それなりに生き残る為の算段は立てているが、これが上手く噛み合うか否かは、それこそ――あの女しか知り得ない」


「あの女……?」

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