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幸せの容-05

「私はグロリア帝国でアスハ・ラインヘンバーとして暮らした中でも、地球で山口明日葉として暮らした中でも、友人関係など出来た事は一度も無かった。だから、こういう場合に何と声をかけ、何をしてやるべきかも分からないんだ」


「確か、帝国の夜明け主要メンバーは、クシャナ殿と同じく、一度はチキューへと輪廻転生を果たしていると伺っているが」



 既にアスハ達帝国の夜明けに関する情報は、クシャナやフェストラから伺っている。彼女達が十七年前から行方不明となっている間、転生魔術によって地球で生まれ変わっていた事も。



「ああ。我々は皆、地球の秋音市へと転生を果たし、そこで十七年間……お前達の年頃までを過ごした。しかし、それによってメリー様と出会えた事以外、何か得るものがあったとは思っていない」



 身体が冷えすぎてはならない。湖から身体を出し、生暖かい空気の中で身体を曝け出すアスハは、近くの岩場までファナを連れていくと、彼女の身体を抱き寄せ、身体を温め合うように密着させた。


 その隣に、ヴァルキュリアが腰掛ける。



「何も見えぬというのは、それだけ他者と共感できる景色が無い事を言う。何も感じる事が出来ぬというのは、こうして触れ合う事に何の意義も見出せぬ事を言う。だから、私はファナ・アルスタッドを宥める為に必要な事が、分からない」


「しかし、アスハ殿はそうして他者の事を理解しようと努めているではないか。拙僧からすれば、それだけで十分に意義のある行為だと思う」



 夜風で乾いていく身体。それでもまだ残る水気を軽く布巾で拭いながら、ヴァルキュリアはファナの手を軽く握った。



「ひょわっ」


「拙僧はアスハ殿と違い、感覚がある。目も見える。故にファナ殿のか細くて柔らかな手に触れる事で得る感慨は確かにあるのだ。しかし、この感慨を他者と共有し、理解する事は出来ないと諦めている節があった。……ちなみに今のファナ殿が漏らした声についても理解できん」


「人間とはそういうものだ。他者と真の理解を深める事など、出来る筈がないし、出来て良い事でもない。もしそれが出来るとしたら、人間を越えた……そう、それこそ神の所業なのだろうよ」


「だが少しでも他者を理解しようと努める事は出来る。それもまた人間らしさというものだ。拙僧にはそんな考えが今までなかったし、必要のない事と思っていた。……この認識を変える事が出来たのは、クシャナ殿と出会い、シックス・ブラッドという仲間と出会えたが故だ」



 ――だから拙僧も、クシャナ殿を一刻も早く助け出したい。



ヴァルキュリアは岩場を伝いながら脱ぎ捨てた衣服を拾い上げ、下着から丁寧にまとっていく。



「拙僧は、クシャナ殿と出会う事で、人間らしく生きる道を選べるようになった。魔法少女のように、気高く美しい女性になりたいとも願えた。だからこそ恩義もあり、彼女の事を好ましいと思っている」


「クシャナ・アルスタッドを想う気持ちは、ファナ・アルスタッドと同じ……という事だな」



 二人の言葉を聞き、ファナは俯きながら水面に映る自分の顔と、自らを抱き寄せて温め合うアスハの顔を見比べる。


同じ人間である筈なのに、要所要所は確実に違っていて、その違いを認識し、自らと他者の違いが一目で分かる。


けれど、アスハには他者との違いを認識すら出来ず、またファナやヴァルキュリアは、その違いを当たり前だとして考える事無く、これまで生き続けてきた。



――でも、想いを重ねる事は出来て、同じ目的の為に動く事は出来る。



今この場にいないフェストラもガルファレットもドナリアも、メリーもアマンナも、この場にいる三人だって、クシャナを助け出したいと言う思いは一緒で、共に戦う事は出来るのだ。


なのにファナは、それを理解する事なく、家族だからという理由を以て、自分だけがクシャナを一刻も早く助け出したいと思い違いをしていたのだと、気付けたのだ。



「拙僧は、先に戻っている。アスハ殿、ファナ殿の護衛を任せた。……少し、二人で語らうといい」



 これまでの言動から、アスハの事を信頼に足ると理解したのか、ヴァルキュリアは足元に付いた砂を払いながら靴を履き、そのままアジトの方へと向かっていく。


薄暗い闇の中に消えていく彼女の背中を見据え、ファナは僅かに気まずい空気になるのではないかと考えていたが……しかし、アスハはそんな空気などを知る由も無く、少しだけ強くファナの身体を抱きしめる。



「ファナ・アルスタッド」


「っ、はい!」


「すまない。私が至らなかったばかりに、クシャナ・アルスタッドが捕らわれの身になってしまった事は、紛れもない事実だ」


「……いえ、その」



 ファナの言葉や行動が、アスハに対し強い責任感を負わせる形となってしまったのではないか。


そう考え、ファナは何と言って彼女へ弁解しようかと考えたが、しかしそれよりも前に、アスハは強い決意を以て、彼女に宣言する。



「だからこそ……私は、お前の大切な家族である、クシャナ・アルスタッドを助け出す為に、何でもすると約束しよう。そして、お前の事も守る」



 彼女の言葉に、嘘は感じられない。むしろファナの身体を抱き寄せ、痛い程にも感じる力には、その覚悟が込められていたと、ファナにも思う。


 そんな彼女に、何か言葉をかけてあげたいと考えるファナだったが、アスハはファナの身体を、水気を絞った布巾で吹き始める。



「んひゃっ!? あ、アスハさんっ!?」


「長く水と夜風に当たり過ぎると風邪を引くだろう。早く拭いた方が良い」


「じ、自分で拭きますっ、自分で拭きますってばぁ!」


「遠慮をするな。私としても罪滅ぼしは多く出来れば出来る分だけ」



 ――と、そこでアスハの言葉が不意に止まった。



ファナの身体を拭く手も止まったが、しかしファナを抱き寄せる力だけは強くなり、ファナは「いたっ」と脇腹辺りに走る痛みに表情を変えた。



「ア……アスハ、さん?」


「静かに」



 ファナの口元を抑えたアスハは、意識を集中させるように目を閉じて、しばしの間沈黙していたが……そこで遠くから剣戟のような音が聞こえ、ファナに彼女の着替えを押し付けた。



「え、あの、何が」


「戦闘だ。アジト周辺から異音が聞こえる。……これは、隊列も進行もバラバラな、足音と、呻き声。つまり、アシッドによる襲撃だろう」



 アシッドによる襲撃。


その言葉を聞いて、ファナが言葉も動きも止まった瞬間。


アスハは着替える事無く上着を一枚だけ羽織り、腰に手を差し向ける事でどこからか出現させた剣を抜き、構えた。



「……来るッ!」



 異形な気配を感じ取り、それと共にファナさえも認識出来た、黒い影と枝葉を踏みながら駆け出してくる足音。


木々の間から勢いよく飛び出し、アスハへと襲い掛かるのは、口元から涎を垂らし、肉に飢えた獣。


間違いなく、アシッドと断言できる存在だ。



「すまんっ!」


「へっ、わばぁっ!?」



 ファナの背中を蹴り、彼女を湖に落としたアスハ。その水しぶきが舞うと同時に、アスハは地を蹴った。


アシッドの数は十二体。それだけの獰猛な獣が襲い掛かってきて、盲目のアスハにはファナを守る為に必要な術は無い。



「顔を出すなよ、ファナ・アルスタッド!」



 声と共に剣を振るい、アシッドの一体を両断したアスハは、飛びつく様にこちらへと襲い掛かるアシッドの動きを認識すると同時に身を後方へ下げて飛びつきを躱し、敵の姿勢が崩れたと同時に身を低くしながら、横薙ぎに振るった一閃を見舞う。


それにより、五体のアシッドが同時に脚部を斬り裂かれ、身動きが取れなくなると同時に残るアシッドと相対するが、しかしアシッド同士の戦いにおける戦力差というのは実に顕著なモノとなる。



「、こっちを見ろッ!」



 今、自らへと殴りかかろうとした四体のアシッド、その内正面に位置していた一体の腹部を蹴りつけながら、残り三体のアシッドへ強く目を見開きながら、眼鏡を投げ捨てる。


瞬間、動きを止めてビクビクと震え出した彼らは……クルリと身体を転身させ、同様の目的を植え付けられている筈の、他のアシッドに向けて駆け出し、その歯を剥き出しにした。


支配能力を用いて、アシッド同士を同士討ちさせる。それが果たせずとも動きを止める事は出来る。


そして何よりも――今、ファナを守りながらという状態での戦闘は、アスハにとって不利以外の何物でもない。



「ぶはっ」



 今、湖の中から顔を上げたファナが、空気を求めて口を大きく開いた。


それと同時に伸ばされたファナの手をアスハが取り、彼女を強引に抱き寄せると、そのまま混戦状態となっているアシッド達の隙間を縫うようにして、アスハは駆け出した。


方向としては、アジトとは逆方向だ。



「ア、アスハさん! そっちアジトとは逆――」


「分かっている! しかし現状、アジトも戦闘中であるとしか思えん!」



 ファナを守る為の戦力が分散してしまう事はなるべく避けたいが、しかし現状はそうも言っていられない。


今、アスハの操ったアシッドによる混乱から逃れ、一目散にこちらの血肉を求めて走ってくるアシッドが二体いる事に気が付いた。


 その後方からも数体、アシッドが迫る足音も聞こえる。このままでは追いつかれる。


もし追いつかれてしまった場合、ファナを降ろして自分一人で戦闘し、ファナには逃げて貰うという方法もあるが、そうなってしまっては一体でも討ち漏らした際、ファナを守れる者がいなくなる。



 ――せめてもう一人、ハイ・アシッドがこちらに居れば!



 そう心の中で慟哭した、その瞬間。


アスハが蹴り付けた地面が、わずかに隆起する感覚。


それと同時にアスハは前進していたが、今まさに同じ地に足をつけたアシッド二体の真下、その隆起した地面から黒光りする槍のようなモノが幾多にも出現し、その鋭い矛によってアシッドが下部から突き刺さり、その刃は脳にまで達した。


 思わず足を止めたアスハ。まだ迫りくるアシッド達がいる中で、足を止める事はご法度とも言えただろうが……しかし、その迫るアシッド達に向け、正確に拳を叩きつける男性が一人、木々の陰から姿を現して、今アスハへと視線を向ける。



「……ったく、盲目女が無茶すんじゃねェよ」


「ドナリア……!」

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