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幸せの容-03

 とはいえ……アマンナには懸念があった。


確かにラウラという男を失脚させるに必要な手であったと思う。加えて捕らわれているクシャナを救出する為にも、帝国城の混乱は必須と言えよう。


しかし、敵にフェストラがいるという状況となったラウラが、この事態を想定していないとも考えられないのだ。



「本当に、これで良いんでしょうか……?」


「どうしてだい?」


「ラウラ王は、数多な状況を予見し、敵がどう動いても対処し得る人物であると、思って。その彼が、ゴシップ紙の動き程度で惑わされるような人間とは……」


「そうだね。それは私も考えていた事だ」



 ラウラという男はこれまでの中で、クシャナやフェストラがどう動くかをある程度予期し、その上で必要な手段を採ってきた。そんな彼によって計画された野望が、この程度の策略……と言えば聞こえは悪いが、国内情勢の悪化を招かれた程度で頓挫するとは考え辛い。


勿論、アマンナという存在を危険視し、彼女を厄介と見て排除に動いた結果、フェストラの離反を招いてから時間はそう立っていない。対処しようにも出来ない可能性は十二分に存在するが、それにしたって甘い一手にも思える。



「ふふ」


「……何故、笑うんです?」


「いやなに、君は随分と変わったなと思ってね」


「……そう、ですか?」


「そうさ。今までの君ならば、フェストラ様のする事に何の疑問を沸かせる事なく、二つ返事で従っていた筈だ」



 それは、と否定を口にしようとした所で、メリーも首を横に振る。



「いや、分かってる。今までも何だかんだ、疑問は常にあったのだろう。けれどそれを口に出す事なく、フェストラ様のお考えならばと、言葉を選ばずに言うならば、思考停止していただけの事だろう」



 悔しい事に、メリーの言葉通りだ。


これまでも、幾度かフェストラのやり方に疑問を持たなかったというわけではない。


フェストラの命じる行動は、数多の考えや狙いが重なり合った上で必要なものだ。だからこそ、一見するとその理由や、行動による結果を簡単に予想する事が出来ない。


 だからこそ、考えるだけ無駄だと、フェストラのやり方に従う事だけに集中しようと、結果として彼の考え通りに事が運ぶ筈だと、そう妄信していた事に違いはない。



「以前、君と話した事を覚えているかい?」


「以前……?」


「君とクシャナ君を相手に、私がゲームをした時だよ。乱暴な解決方法を使われて、実に驚かされたものだったけどね」



 まだ彼の名前が、メリー・カオン・ハングダムであると判明すらしていなかった時。


クシャナと共に入った喫茶店に彼が現れ、少しだけ話をした時の事だ。



「私は君の心が知りたかった。対魔師の家系であるシュレンツ分家で産まれ育ち、フェストラ様の影として生きる事を強制された君が願う心。その心に従った時、君は一体どんな願いや想いを以て行動するのかと、私は君に語ったじゃないか」


「……正直、忘れていました」


「そうだろうね。色々とあったものだから。けれど私は今でも、君の心を知りたいと考えている」



 足を止めるメリーに、アマンナも足を止める。僅かに空いた距離、二者は真剣な面持ちで、互いの表情を視界に捉えた。



「君は変わったよ。フェストラ様に妄信するだけではなく、自らの意志を織り交ぜて、彼が正しいか否かを考えるようになった。それは、傍から見ていても好ましい事だと思う」


「それが、何ですか?」


「それでも、やはり疑問なんだ。君は紆余屈折の末に、それでもフェストラ様の下で戦い続ける道を選んだ。けれどその先に、君にとっての幸せはあるのかい?」



 幸せ――アマンナはその言葉を聞いて、僅かに思考を巡らせたが、どれだけ考えても答えらしい答えを出す事は出来ずにいる。


だからこそ、首を横に振る事で、否定を表した。



「そんな事、わかりません」


「分からないのに、それでも君はフェストラ様に従い続けるのかい?」


「分からないからこそ、です。今は、お兄さまの言葉が……正しいと、思っています。でも、未来の事なんて……わたしには、分かりません」



 自らの目を一つ、覆うように手をかざした彼女の行為。それは、自分の持つ魔眼に対する言葉でもあるのだろう。



「貴方にあの時、聞かれましたね。わたしが、これまでの人生で、どれだけの人間を、殺めてきたか」


「そうだね、それを問うたよ」


「勿論、手にかけた人も、います。わたしは特に、ルトさまと共に行動し、現場で教育を、施されていましたので……ですが、今思えばお兄さまは、教育を終えたわたしを……人を多く殺める事のない場所に、置いてくださっていました」



 シュレンツ分家の娘であるアマンナは、フレンツ宗家の息子であるフェストラの手を汚させぬ為に動く、影としての在り方を強制された。


その為に必要な術として、メリーの妹であるルトにアマンナは教育を受け、その過程で必要だと多くの人間を殺めてきた事実は変わらない。


けれどフェストラは、そうした妹の在り方を否定する事なく、それでも多く人を殺めて欲しくないと考えたのか、アマンナを長くそうした場所に置かぬよう動いてくれた。



――アマンナはそうした兄の心を今更ながらに気付き、心の底から彼を兄として慕う事が出来るようになった。



「未来の事なんて、魔眼を以てしても、見る事なんて、出来ません。でもだからこそ……今見える景色を、目の前にある光景を、守る為に動く……その先に辿り着く場所が、幸せかどうかなんて、関係ない」


「もし、フェストラ様が選択を誤った時。君は彼に付き従うだけでなく、殴ってでも止めるという決意はあるのかい?」


「……それも、その時にならないと、わかりませんが」



 今度は、横にではなく縦に、首を振る。



「もし、お兄さまのやり方が、間違いだと思ったら……心で感じたのならば……わたしが、お兄さまを止めます。それこそ、これまでわたしを導いてくれた……お兄さまにわたしが出来る事だって、自分自身を、今なら信じられます」



 未来の事など分からなくても、自分の選択を信じて行動し、その先に待つ未来へと歩んでいく事は出来ると。


 そうして辿り着いた先が、幸せなのか否かは、その時の自分が心で考える事だと。


彼女がそう断言する姿を見て、メリーは再び微笑んだ。



「本当に、君は変わったね。昔の君もそれなりに好ましかったが、今の君は……うん、アスハのように美しいよ」


「アスハ……ですか?」


「ああ。アスハも、昔は誰かの言葉に従う事しか出来なかった。でも、今の彼女は違う。見えない誰かの言葉にじゃなくて、自分の心で従うべきと決めた人間に就き、その上で自ら思考し、行動に移す。その在り方を、私は美しいと認識している」


「……貴方は、アスハの事を……その、好いているんですか?」



 最後の問いだけは、僅かに語調が上がったように感じ取れたメリーは、首を傾げながら返答する。



「美しいと思うし、魅力的な女性だとは思うよ」


「その、そうじゃなくて……えっと、恋人に、したい……みたいな」



 もじもじと、指を絡ませながらそう問うた彼女に、メリーは一瞬驚き「本当に君は変わったのだね」と茶化したが、アマンナは興味津々と言った様子で、答えを待つ。



「……どうだろう。私は昔から、そういう感情には疎いんだよ。むしろ他者が美しければ美しい程、妬んで生きてきた人間だ。今更美しい女性と結ばれたい等、考える資格もあるまい」



 顔面奇形という障がいを持って生まれたメリーは、幼い頃から自らの顔にコンプレックスを持ち、他者と距離を取り、自らも他者から認識されたくないと願ってきた。


そして、自分とは違い美しい容姿を持つ者には嫉妬し、何故自分はこんな顔で産まれてきたのだと、自らを呪いもした。


そんな人間が、美しい女性と結ばれたいと。


自分自身さえも好きになれない男が、理想とする女性と結ばれたいと。


そう考える事こそ、おこがましい事だと思ってしまう。



「だが……そうだね。アスハには幸せを掴んで貰いたいと願っている。これは長らく彼女を支えてきた私が、心の底から願う事だ」


「アスハにとって、幸せとは……なんなのでしょう」


「さて。でも、彼女が幸せを掴む為に必要な事は、何だってやってやるさ。――私達は、そういう絆で結ばれた、友達だから」



 友達。


その言葉を聞いて、アマンナは何故か、一人の少女の姿が脳裏に浮かんだ。


ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスの姿が。



(どうして……ヴァルキュリアさまの、姿が……?)



 そう自問しても、答えなどある筈がない。しかしそれでも、考えてしまう。


ヴァルキュリアはあくまで、共に戦う存在でしかない。友達と言える間柄ではない筈なのに……それでも、彼女の姿が頭から離れず、アマンナは顔を赤らめた。



「どうしたんだい?」


「い……いえ、その、何でも……ありません」



 足を止めている暇はないと言わんばかりに早歩きで進む彼女を、メリーは苦笑交じりに追いかける。



「どうにも私より、君の方が色恋沙汰には興味津々のようだ」


「……そんな事、ありません」


「ふむん。今、君の頭に誰の姿が浮かんでいるのだろうねぇ。私としても少し興味がある。これだけ色んなゴシップ社を巡っていると、民衆が下世話な事に興味がある感覚も分かってきているのかもしれないね」


「本当に、下世話です」


「おや、手厳しいお言葉だ。……ヴァルキュリア君かい?」



 名を当てられ、顔が赤くなる感覚と共にアマンナはメリーの胸を叩いた。それなりに痛かったのか、メリーは僅かに呻きながら「悪かったよ」と言葉にしつつ、しかし笑みを崩す事は無かった。



「さて、談笑も終わりだ。……私達ももう一仕事、するとしようか」


「……はい」



 いつの間にか辿り着いていた、三件目に立ち寄らなければならない場所、シャミナ通信社の前。


アマンナは頭を振るって余計な思考を排しながら、胸元に用意していた一通の便せんを手に取った。



「今度は、どんなタレコミなのだろうね」


「それは、分かりませんが……多分、ラウラ王に関する何かなのでしょうね」



 共に並んでシャミナ通信社の扉を開き、中へと入っていく彼女達の姿は、誰に見られる事も無い。


既に時刻は深夜に至っていて、周囲には人っ子一人として存在はしていなかった。

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