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ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスという女-05

聖ファスト学院の授業は、一時間の授業を終えた後に十五分の休憩が設けられる。


そうして三時間目の授業を終えると、今度は一時間の昼食時間が設けられ、昼食を終えると午後の授業を執り行い、一度の休憩を挟んだもう一時間の授業の後、下校となる。


 ヴァルキュリアちゃんが動いたのは、昼食を食べ終えて午後の授業、私達五学生が通常授業を受け、六学年の生徒たちが校庭で訓練授業を受けている時の事だった。


彼女は朝にひと悶着があった後から行われた授業を聞きつつも、常に難しく考えるように表情をコロコロと変えていた。


時に「むむむ」と小さく言葉にしながら口をムの字にしていたと思ったら「しかし」と口をへの字にしつつ項垂れ、昼食時には用意していたらしいお弁当の箱を逆さまに開けて中身をグチャーと机に放出。


最終的に今の授業中「拙僧は無である」と言いつつ座禅を組み始めた時は、流石の私も「何だなんだこの子……」と思ったものである。


ガルファレット先生も彼女が授業を聞いていないのでは、と訝しんだようだが、問いかけをするとしっかりと答えるものだから、授業には参加をしているようだったが、心は確かに此処に非ず、という状況だっただろう。


 そんな彼女が座禅を組みながら目を閉じていた時、少女達の歓声が聞こえて、ふと目を開いて外を見据えた。


窓の外には、六学生の生徒たちが校庭を走る訓練を行っており――六学年主席の座を勝ち取っている彼、フェストラの姿も勿論あった。


動きやすい衣服をまとい、校庭を駆ける彼は、普段の不敵そうな笑みを浮かべている表情とは異なり、一点を見据えた真面目な表情で、同じ六学年に属している女生徒たちは、彼の端麗な顔立ちを見据え、ついつい目で追ってしまうようだ。


まぁ、ムカつく事に奴は顔が良い。故に、少女達が視線を向けてしまう事も納得は出来るのだが……正直私はアイツが嫌いだし女の子大好きだから「おいフェストラお前に視線向けてるカワイ子ちゃんたちを皆私に寄越せ」と詰め寄りたい所である。



「……フェストラ殿も、授業を受けるのであるな」


「アイツ、訓練になると真面目だよ? むしろ座学授業は全然話聞いてないってガルファレット先生も言ってたし。ね、先生」


「ああ。……まぁ、今はお前たちが授業を聞いていないようだが」


「気にしないで下さい先生」


「気にするなとはお前……」



 窓際の席に座ったのは失敗だったなぁ、否が応でも目に入ってしまう。なんで授業中にも関わらずアイツの頑張ってる姿見なきゃいけないんだろう?



「フェストラ殿は、将来を約束された王族家系の嫡子なのであろう? であれば、授業など真面目に受けていないのではないか、と考えていたが……」


「いやいや、それはアイツの事を誤解してるよ」



 恐らくヴァルキュリアちゃんにも他意はないのだろう。


あくまで彼女が頭に思い浮かべている、権力者の子としてのイメージを口にしただけだろうが、それはちょっとだけ聞き捨てならない。


確かに私はフェストラが嫌いだけど、勝手な思い込みで他人を判断するべきじゃないし……私がアイツを唯一好んでいる部分が一つだけあるのだけれど、それを誤解されているのも気分がよろしくない。



「アイツはね、確かにいけ好かない奴だよ。父親の持つ権力を自分でも惜しみなく使って、他人を駒のように動かす事を何とも思っていないような奴さ」


「拙僧の思い描くフェストラ殿、その者であるな」


「でもアイツは、その動かせる駒の中に自分すらも入れているんだ。どんな状況になったとして、自分が動く必要があるなら動く。むしろ自分が動く事で状況を有利にする事が出来るなら、積極的に動こうとする行動派だ」



 奴が座学授業を真面目に受けないのは、学院に入学するより前に叩き込まれている英才教育によって、既に知り得ている事ばかりだからだ。


既に知り得ているならば、授業を受ける必要などなく、より優先すべき事が多くあるとして、その時間を有効的に使おうとする。


例えば、対アシッドチームの編成をする為、私を勧誘した昨日のように。


だが訓練は、身体作りの時間は違う。それは今の奴にも必要な時間だし、どれだけ行っても無駄にならない。知識だけで身体が成り立つことは無いと知っているから、真面目に受ける。


まぁ統括すれば……奴は『ルールに縛られる事無く、結果を出す為に最大限の努力を欠かさない男』という事だ。


それこそ、私がフェストラ・シュッレンツ・フォルディアスという男の、唯一好んでいる部分である。



「アイツは自分に出来る事を愚直にこなす真面目な奴だ。どうしてアイツがそんなに頑張るか、ヴァルキュリアちゃんには分かる?」


「それが、フォルディアス家の嫡子として必要だから……だろうか」


「違うよ。……アイツが、この国や民を守りたいと願ったからだ。仮にアイツがフォルディアス家の子じゃなくても、アイツはきっと自分に出来る方法で、この国を良くするために動いただろうね」



 フェストラがフォルディアス家の嫡子として生まれた事は事実だ。


そして結果として、奴が王となるべく教育を施された事も、間違いなく事実ではある。


しかし奴の根底にあるモノは、間違いなく「人や国の在り方を守りたい」とする心であり、奴が王になろうとする理由も「彼が人や国を守る最も手っ取り早い方法が王になる事」であっただけ。



 ……そう言えば、アイツ前に私へ言ったっけ。



『この国はやがて、オレによって統治される。オレによる統治によってのみ、この国の民は安寧と平和を勝ち取る事が出来るんだ』と。



 これは、自分が王になる事を過信した言葉じゃなくて、自分が王になる事で勝ち取れる安寧と平和があって、その先の未来に人々を導きたいという想いの表れだ。


だから奴は「王」であろうとするけれど――もし奴が王でなくなる事で、勝ち取れる平和や安寧があるのなら、きっと奴は惜しむ事無く、王としての自分を捨てるだろう。



……まぁ「王であろうとしている」結果として物凄い大仰な態度を取る奴だからこそ、私もそこは嫌ってるけど。



「……『時に誰かの理想や願いを許容できるように、立ち止まって、考える事も重要』……か」



 奴とひと悶着あった後、ガルファレッド先生が口にしていた言葉を繰り返すようにした彼女は、しばし考え込んだ後、席を立ち、先生に向けて背を伸ばす。



「失礼するのである!」



 たったそれだけを述べた後、彼女はピューンと廊下へと飛び出して行ってしまう。


ポカンとしている私とガルファレット先生だったけれど……彼女がどこへ向かっていったか、それはすぐに分かった。



窓から見える校庭に――今、ヴァルキュリアちゃんが駆け出していく所が見えた。



**



フェストラ・フレンツ・フォルディアスは、訓練授業に退屈していた。


身体作りの際に必要となるからこそ、この授業だけは真面目に取り組んでこそいるが、最近は物足りなさを感じているのだ。


 体力も腕力もある程度は身についた。そして継続的な運動こそが、ある程度を越えた先の更なる身体能力向上に繋がると知っている。故に彼はまだ訓練を愚直に続けているが、若干の成長停滞は否めない。


僅かに浮かぶ汗を拭いながら、周りより放たれる黄色い声援を聞き流し、今一度校庭を走ろうかと周りを見渡した、その時である。


一人の少女が、自分に向けて駆け出してくる光景が目に映った。


それも、同学年の生徒ではない。むしろ後輩とも言うべき五学生……今朝、フェストラとひと悶着があった、ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスだ。


校庭の砂をかき分けるように滑りながら、フェストラの前へと立ちはだかった彼女を見据え、フェストラはギロリと彼女を睨みつける。



「何の用だ」



 冷たく、突き放すような言葉だったが、しかしヴァルキュリアは平然と……否、そうした言葉を受け取ったからか、より眼力を強めてフェストラを見つめた次の瞬間。


腰に携えた自身の剣……グラスパーの柄に、手を乗せた。



「フェストラ殿、拙僧と手合わせ願いたい!」


「……お前、何を宣っている?」


「む? 言葉を理解できんか?」


「お前の行動を理解できんと言っているんだ」



 フェストラは多くの人間の行動や考えを先読みする思考能力に優れている。


ある程度の知能を持つ人間の知的水準に合わせて思考する事で、その者の行動予測が立てられるように、人間観察も欠かさずに行い、そして概ね予想を的中させる事に自信を有している。


 だが――彼女の行動や思考だけは読めない。


 彼女は何を考えているか、全く読めないのだ。理解できず、フェストラは困惑をするしかない。



「ちょ、あの子何を言い出すの急に」


「あの子って魔術学部から五学生に編入した子よね?」


「優秀なのでしょうけど、フェストラ様に勝負を挑むなんて、愚かね」


「そもそも、フェストラ様がそんな手合わせを受ける理由などないじゃない」



 周りの生徒も同様に困惑している。


何が起こっているのか理解できずにいる中――フェストラは、校庭から見る事が出来る、五学生クラスの窓へと視線を向ける。


窓には、フェストラと同じく彼女の突拍子のない行動に困惑しながらも……苦笑し、手を合わせ、頭を下げるクシャナ・アルスタッドの姿があった。



 ……付き合ってやってくれ、という意味なのだろうが、フェストラにはその意味も、意義も理解できずにいる。



「……何故、お前と手合わせしなければならん」


「拙僧には上手く理解できぬ、フェストラ殿の理想や願いは、剣を交える事により理解出来るのではないかと考えたが故だ」



 流石に彼女も馬鹿ではない。フェストラが彼女を対アシッドチームに勧誘を行おうとした事を言葉にせず、ただ彼の理想や願いと言った、曖昧な言葉にする事で意図を伝えようとする。


否、それだけじゃないと、フェストラは見抜いた。


彼女は、本当に彼を計ろうとしているのだ。


実力だけではなく、彼の振るう剣や技術から、彼の目指す未来への信念を。


そう気づいた瞬間、フェストラは込み上げる笑いを堪える事が出来なかった。



 ――彼女は何とも、不器用な女だ、と。



「ク、ハハ、ハハハッ!!」


「何が可笑しい」


「可笑しくない筈があるか阿呆めが! ――しかし、度を過ぎた阿呆さには、オレも度肝を抜かれたぞ! その怪奇だが、しかし真っすぐな部分は善い!」



 勝負を受ける理由などない。しかしフェストラも、彼女の力量に興味はある。


加え、彼女を知る事が出来れば――より自分は多くの人間を学ぶ事が出来ると、その手を天に掲げる。



天に掲げられた手が、バチバチと青白い光を発した瞬間――彼の手には、金色に輝きを放つ、一本の剣が握られた。

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